オリンパスペンEESのカメラ修理

今日は12月8日「御事納め」ですねぇ
毎年、このブログで「御事納め」のことを書くと
「あぁ、今年もラストスパートだ」という気がします
この「おことおさめ」って言葉の響きが
何とも心地よいのですよねぇ
何だか1年が静かに終わろうとしている感じがして…(笑)
この日は農作業など一年の作業が終わる日であり
農事が終わることを祝って行った行事のことも意味するのだそうです。
で、この日には、里芋・こんにゃく・にんじん・小豆を入れた
「御事汁」を食べる風習があったそうです。
江戸時代や関東の一部では、
12月8日を正月の儀式を始める「御事始め」とし
2月8日を正月の儀式を終える「御事納め」としていたのだそうです。
「御事汁」も何だか優しそうな味がしそうで美味しそうですよねぇ
これから来年2月初めの御事始めまでが
やたらと店内が底冷えして
作業中に寒く感じる季節でもあるのですよねぇ
今日も冷たい雨が降っていてなかなかの寒さですが
毎年のことなので底冷え対策は完璧で
(やたらと厚着している…静電気に注意!!!)
今のところぬくぬくと仕事できています(笑
ただ、電子制御カメラを触るときは静電気は天敵なので
細心の注意を払います。

さてさて

本日は「オリンパスペンEES」のカメラ修理を行ってます。
「買ったその日から、
ボタンさえ押せばだれにでも写真が撮れるカメラ」というコンセプトで
造られた「ペンEE」の派生モデルで
「ペンEE」では固定焦点だったピントを
ゾーンフォーカスにしたモデルです。
初期の「ペンEE」はシャッタスピードも1/60固定でしたが
発売翌年から1/30、1/250の2速切替となり
「ペンEE」発売の翌年1962年発売の「EES」は
当初から1/30、1/250の2速切替となっています
SS切替や絞り制御は露出計指針挟み込み式でオート制御します。
露出計の指針自体はファインダにもどこにも表示はありませんが
中ではセレン光電池で起電されて
通常の指針式の露出計が動作しています。
オリンパスお得意の赤ベロも露出計に連動して動作しています。
裏蓋は取り外し式です。底部のモルトは遮光にかなり重要な部分で
キチンと新しいモルトが貼ってあっても
厚みの薄いものでは確実に光漏れを起こします。
劣化していると論外です。
フィルムカウンターは手動で最初に枚数セットを行い
そこからカウントダウンしていく方式です。
ASA感度は200までの設定です。

お預かりしている「EES」は
まずシャッターが2/3くらい開いたところで固まっています。
巻上も何もできません。
単なる羽根固着なら巻上は動きそうなものですが…
羽根が開いているのを過去に何とかしようとしたのか
羽根にもキズがついていしまっています。
羽根のキズはそれほど問題はなさそうですが
固着の仕方がちょっと普通ではないような気がします。
露出計がどうなのかオート制御がどうなのかのも
この状態では全く判断ができないので
まずはある程度分解して原因を探っていきます。

何となく予感はしていたのですが
シャッター速度切替部から駆動部へリンクしている部分に
外れたネジが挟まっていました。
ペンEE系は外れたネジが内部で悪さをしていることが多いカメラです
なんでこんなにあちこちのネジが緩むのでしょうねぇ
よく外れるのはシャッタ羽根を挟み込んでいる
ユニットのネジですが今回挟み込んでいたのは
金色の真鍮ネジでそれではありません
どこかのネジが外れているはずなので
どこのものかをゆっくり探してみます。
心配されたセレン&露出計は精度はともかく動作はしています。
セレンの起電もある程度しっかりしているようなので
調整でなんとかなるそうです。
しかし絞り制御は随分粘っていてまともに動作していません。
ここもペンEE系で問題の多い部分ですね。
ネジの件をよく調べてから各部の整備調整に取り掛かりたいと思います。

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ミノルタハイマチックFのカメラ修理

今日は「アルバムの日」だそうですよ。
「フエルアルバム」でお馴染みの
(お馴染みなのは私らの世代だけかも(苦笑))
ナカバヤシ株式会社が制定しています。
一年最後の月の12月は
その年の思い出をアルバムにまとめる月。
そして「いつか時間が出来たら」
「いつか子どもが大きくなったら」
「いつか、いつか…」と後回しにされることなく
アルバムづくりをしてもらいたいとの願いを込めて、
その5日(いつか)を記念日としたものだそうです。
写真撮りっぱなしで整理が後回しになりがちですものねぇ(苦笑)
紙のアルバムはもはや時代遅れかもしれませんが
やはりあれば嬉しいものですよ
私も実家を引き払った際に幼少期のアルバムを
引き取ってきましたが
まぁ、自分の幼い姿はともかくとして
一緒に移っている友人や家族、そしてその時代の服装や背景
いろんなものが目に留まって本当に眺めるのが止まらなくなります
電子データでPC内に整理しておくのが効率は良いですが
それを見つければ誰でも手に取って気軽に眺めることのできる
紙のアルバムもやはり貴重だと思います。
こういう文化はなくなってほしくないですよねぇ

さてさて

本日は「ミノルタハイマチックF」の
カメラ修理を行っています
ハイマチックシリーズはミノルタを代表する
レンズ一体型コンパクトカメラのシリーズですが
1960年代初頭に登場した記念すべき初代ハイマチックから
2代目にして大きくリニューアルしたハイマチック7
「7」をベースとした「9」や「11」あたりまでは
コンパクトカメラとは言えないほどの大柄なボディに
大口径レンズ+レンジファインダーを搭載したモデルでした
それが1971年の「ハイマチックE」で大口径レンズはそのままに
ボディ側が小型化され
さらにその弟分ともいえる小柄なF2.8レンズを搭載した
「ハイマチックF」が1972年に登場します。
個人的にはこのサイズになってやっと自然に
「コンパクトカメラ」といえるような気がします。
この「ハイマチックF」も先行し大ヒットを続けていた
「コニカC35」の対抗機種です。
C35が機械式シャッター+指針挟み込みプログラムシャッターで
とにかくシンプルな構造であることに対して
「ハイマチックF」はセイコーESL電子制御シャッターによる
プログラムAEを搭載します。
光量の不足するスローシャッターを必要とする場面では
C35に対してかなり大きなアドバンテージがありますが
そもそも三脚を必要とする場面でこの類のカメラが
どれほど使われるか?という疑問もあるところです。
逆に手振れ写真を量産してしまいそうな気もするので
低光量時には周囲が必要です。
当時は非常に正確な露出を得られる電子制御シャッターの
優位性はかなり高かったと思われます。
今となってはなかなかメンテナンスが難しい部分もありますが…

お預かりしている「ハイマチックF」は
電池室の腐食もなく保存状態も良く
全体的に非常に切れな個体です。
ただし、電池を入れてシャッター切っても
明るさに関係なくシャッターが全く開きません。
不安定ながらバッテリーチェックは動作していて
シャッター動作音の様子から判断する分には
オート制御回路も動作しようとしている風にはあるのですが
肝心のシャッターが全く動かない状況です。
セイコーESLシャッターはその構造上
レンズシャッターではありがちな羽根の油付着による
粘りや固着は起こりにくいと思われます。
固着・不動の原因は大元のシャッター羽根駆動部の不具合か
マグネット関連の不具合かと思われます。

電子制御シャッターなので
制御部の電子部品の不具合があると
修理不可能な場合ももちろん多いのですが
今回は何とかなりそうな気配です。
同じセイコーシャッターでも「ハイマチF」の
ESLシャッターは比較的何とかある場合も多いのですが
「ESFシャッター」を搭載するカメラは
もうどうにも整備できない場合が多いです。
分解することすらリスクが高すぎて無理な場合がほとんどです。
そのため当店でも「F」は修理をお受けできる場合が多いですが
「ハイマチE」の修理は既に全くお受けできない状況です。

話が逸れてしまいました。
これから本格的にシャッター駆動部のチェックを行いながら
不具合修理と各部整備に取り掛かっていきます。

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コニカⅢのカメラ修理

今日は「E.T.の日」だそうですよ。
1982(昭和57)年のこの日に
アメリカのSF映画『E.T.』(イーティー)が日本で公開されました。
全世界では1993年(平成5年)公開の『ジュラシック・パーク』、
日本では1997年(平成9年)公開の『もののけ姫』に抜かれるまで
映画の配給収入の歴代1位だったそうです。
空前のヒット作だったのですねぇ
私が中学1年の頃ですねぇ
映画館でも見た覚えはあるし、その後、テレビとかでも
何度か見てるはずなのですが…
「全く内容を覚えていません(笑」
映画って相当何度も見てるものじゃないと
いつの間にか記憶から消えちゃうのですよねぇ
中学生あたりから社会人になるまでは
相当な数の映画見ているはずなのですが
もうほとんど覚えていません…ちょっと悲しいな(苦笑)
「E.T」の翌年の1983年に「フラシュダンス」が公開されているのですが
こっちのほうがまだ覚えてるな…
サントラ盤のレコードも買って散々聴いているし…
ジェニファービールス、キュートだったよねぇ~

さてさて

今日は「コニカⅢ」のカメラ修理を行っています。
コニカの35mm判レンズシャッター機は
1947年の「コニカスタンダード」から始まり
それが一般用として「コニカⅠ」となり
「Ⅱ」、「Ⅲ」と続いていくわけですね。
「Ⅲ」でいわゆるセルフコッキングとなり
レンズ鏡胴脇から出ている巻上レバーをダブルストロークすることで
フィルム巻上と同時にシャッターチャージもされるようになりました。
その後のカメラでは当たり前なのですが
セルフコッキングのない50年代のレンジファインダー機や
スプリングカメラ、二眼レフなんかを使っていると
本当にセルフコッキングの便利さがわかります。
ついつい、意図しない多重露光とか
未露光のコマ作ってしまいますもの…(苦笑)
「Ⅲ」はこの招き猫みたいな押し下げるタイプの巻上レバーで
また軽快にダブルストロークなのがいいですよね
シングルでもできなくはなかったのでしょうが
きっともっと巻上は重くなるでしょうし
こんなリズミカルに気持ちよく巻き上げる(巻き下げる?)ことは
できなかったと思います。
「Ⅲ」はその後に出る等倍ファインダーの「ⅢA」が
注目されがちですが
デザイン的にすっきりした無印の「Ⅲ」もかなり良いと思います。
出番がなかなかないのですが
個人的に使う個体で「Ⅲ」を1台、私も持っています。

お預かりしているコニカⅢは
まずシャッターが全く開きません…
レンズシャッター機にありがちな
いつもの羽根固着かと思ったのですが
シャッターユニットを降ろしたところでわかったのですが
どうやら今回は羽根自体は問題なくて
チャージリングが汚れか油で動けなくなっているようです。
一旦チャージした位置からレリーズしても
進めないわけですね。指である程度押してやると
そこからは一気に進みシャッターもキレイに開閉します。
シャッターユニット内は他にもスローガバナー等
いろいろと動きの悪いところがあるようすです。
羽根も含めて一旦きれいに洗浄した後で
最低限の注油を行う必要がありそうです。
その上で調整を行えば精度的にも大丈夫でそうです。
加えて「Ⅲ」の魅力に一つでもある
軽快な巻上(巻き下げ?)がかなり鈍重になってしまっています。
この状態で無理に動かしていれば
間違いなく底部リンク部品の変形とかを起こしそうなので
まずは無駄に動かさずにこちらも清掃とグリスアップを行っていきます。
無理に動作させていてリンク部品の変形を起こしてしまうと
最悪の場合、修理不可能となります。
そうでなくても本来の軽やかな巻上は期待できなくなります。
今回はそんな状態になる前かと思われますので
通常の整備で本来の姿を取り戻すことができそうです。

まずはシャッターユニットの整備から取り掛かります。
シャッターユニットの分離はリンク部分もシンプルで
かなりやりやすい部類に入ります。
シャッターユニット側が終わったらレンズ清掃も行い
巻上リンク側の整備を行っていきます。
その後でファインダー清掃に距離計の調整です。
「Ⅲ」は使い勝手の良さとそのレトロな風貌のバランスが
非常に良いカメラだと思います。
個人的にもおすすめな1台です。

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ペンタックスMEスーパーのカメラ修理

今日は「カレンダーの日」なのだそうですよ。
1872(明治5)年に太政官布告で太陽暦が採用されることとなり
明治5年12月3日(旧暦)が1873年(明治6年)年1月1日(新暦)となりました。
この改暦により、日本は太陽暦を採用している諸外国と
外交上の足並みを揃えられることになったのだそうです。
いきなり12月3日が1月1日なるなんて大変なことですよね(苦笑
旧暦も風情があってよいものではありますが
やはりどう考えても太陽暦が自然で便利ですよ
少し調べただけですが旧暦もこれがまたいろいろ変遷していて
かなりややこしいのですよ
それでなくても「太陰太陽暦」そのものがかなりややこしい…
そのあたりはまた何か気づいたときにでも
もっとよく調べてみます。
カレンダーといえばもう来年のカレンダーは準備されていますか?
店内ではいつも当月と翌月の壁掛けカレンダーを提げているので
翌月はもう来年のカレンダーになっています。
ん?もちろん来年もカープカレンダーです!
1月は大地と誠也です!
(誠也はたぶん来シーズンはメジャーでしょうが…)
来年こそは頼むよー!!!!(笑

さてさて

本日は「ペンタックスMEスーパー」のカメラ修理を行っています。
MEスーパーもコンスタントに修理依頼のあるカメラです。
パンエタックスMシリーズの基本形ともいえる
「ME」をベースにマニュアル露出モードと
1/2000シャッターを追加し
スクリーンも明るくてキレの良い
ブライトマットスクリーンに変更したたモデルです。
絞り優先AE専用のエントリー機から
これで一気に何でもできる中級機に生まれ変わったわけです。
もともとのMEの素性が良いので
巻上感触やシャッター音等の使い心地は元々優秀な上に
明るくてピントのキレの良いファインダーまで備わり
なかなか魅力的なモデルに変身したのではないかと思います。
ただ。毎回言いますがプッシュボタン式の
シャッタースピード設定は好みがわかれるところだと思います。
構造上…というかコンパクトにまとめられているため
ダイヤルを付けるためにはかなり構造変更が必要だったため
この形になったのではないかと思います。
でも意外と好評だったのか後のAシリーズや645にも採用されます。

基本的な部分はMEと同じ構造なので
MEと同じくミラーアップの持病は多発します。
今回のMEスーパーも完全いミラーアップしたままの状態で
お預かりしました。
原因は…これもいつもこのとですが
ミラー駆動部のゴムブッシュへ劣化・変質による固着です。
完全に溶けたゴム状態になっていて
回転軸にこれが付着していてはバネの力ごときでは
とてもとてもまともに動けるとは思えません。
今回も軸の奥深くまで粘着質が入りこんでいるのか
駆動軸分解前にあらかた劣化したゴムを取り除いても
全く駆動軸が動きそうな気配もありませんでした。
どちらにしても完全に分解するので\いいのですが…

今回のNEスーパーはそれ以外にも
電池室蓋側に腐食跡が残っていて
露出計やオートにどれほど影響が出ているか
かなり心配だったのですが
分解時に確認してみたところ
それほど配線や基板には緑青や腐食はなく
精度はもちろん再調整ですが
根本的な電気的異常個所はありませんでした。
ミラアップしているとその辺りが
最初に全く確認できないので
分解しているまで毎回結構不安なのです。

ME系にはミラーアップ以外にも
将来的なトラブル予防も含めて
チェック項目や整備項目がいろいろあります。
まずはシャッター-回り、ミラー周り
巻上駆動部等の整備を一通り行っていきます。
機械的な部分を一通り整備した後で
仮組して電気的な調整も行っていきます。
あ、もちろん、いたるところに大量に使われている
内部モルトも交換していきます。
これもどこもかしこもベッタベタです(苦笑)

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コニカオートレフレックスT3のカメラ修理

今日はなかなかから見易い記念日がないのですが…
あ、昨年もこれやったかな…「デーツの日」ですね。
「デーツ」とはナツメヤシの実を完熟させたドライフルーツのことで
なんでこれを取り上げるかというと
この記念日を制定したのが広島ではお馴染みの
お好みソースなど様々なソースや調味料などを開発・製造・販売する
オタフクソース株式会社だからなのですね(笑
「デーツ」をお好みソースの甘みとコクを出す
原材料としても使うのですね。
ちなみにヨーロッパでは
クリスマスのお菓子の材料に使われるのだそうです。
あぁ~お好み焼き…食べたいですよねぇ
こっち(東京)でも高田馬場あたりに
お好み焼きのお店はいろいろあるのですが
やはり地元に帰って食べたいですよねぇ…
でも年丸年始には墓参りを兼ねて呉に行ってくるので
お好み焼きも飽きるほど食べてきます!!!
あ、HPトップページでは昨日からお知らせしていますが
12/28(火)~1/4(火)は年末年始休業といたします。
もううかうかしていると年末ですね…

さてさて

本日は「コニカオートレフレックスT3」の
カメラ修理を行っています。
1973年発売のカメラです。
コニカARマウントレンズの一眼レフは
1965年発売の35mm判ハーフ/フル切替器の
オートレックスに始まり
その当時から指針挟み込み式のSS優先AEを搭載します。
オートレックスからFTAを経て
今回の「T3」となりさらに小型化されたAcom-1へと
繋がっていく系譜ですね。
指針挟み込み式SS優先オートはその構造上
シャッターレリーズが深くなるのが特徴なことと同時に
デメリットとも言われるのですが
「T3」ではそのレリーズストロークも改善されています。
…とはいえ…やはりレリーズストロークは長めではありますが…
このレベルなら好みの問題かな…といえるとは思います。
(個人的な主観では気にならないレベルです)
シャッターはオートレックス時代から引き続き
コパル製金属羽根縦走りシャッターです。
他のカメラでもお馴染みですが
非常に安定した動作を誇る堅牢性の高いシャッターユニットです。

お預かりしている「T3」はホットシューを装備したタイプで
いわゆる後期型かと思われます。
電池室でかなり激しい電池液漏れがあったと見られ
電池室を中心にあらゆる部分に腐食が広がっています。
液漏れ自体は電池室で留まりますが
その際に腐食ガスがかなり発生するのでそれが
あらゆる部分に広がっていったものと思われます。
配線はもちろん全滅でシャッターユニットまで
腐食が広がっていてあらゆる部分に緑青が付着してる状態です。
露出計はもちろん不動の状態で
さらにシャッターユニットにまで広がった腐食の影響で
シャッタースピードも非常に不安定な状態です。
とにもかくにもできる限り清掃して
シャッターユニット・露出計周りの接点・SW類の
緑青・錆落としを行った上で
駆動部分には注油を行っていきます。
配線はもちろん全て交換です。

装着されているレンズはヘキサノンAR50mmF1.7ですが
こちらもカビが酷くできる限りの清掃を行っています。
カビは全て除去できましたが
コーティング腐食劣化が発生しており後玉表面には
腐食跡が多少残ってしまいました。
実際の撮影にはそれほど影響のないレベルかとは思います。
露出計もそうですが
シャッターの動きがなかなか安定せず
かなり苦労して調整を繰り返しました。
現在は精度も含めて全く問題ない動きになっています。
すでに完成してから少し時間を経過している状態で
これから最終チェックを行い
問題なければ完成となります。

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ミノルタALのカメラ修理

今日は「一万円札発行の日」だそうですよ。
1958(昭和33)年のこの日に
最高額紙幣の一万円札が日本銀行から発行されました。
聖徳太子の一万円札ですねぇ~懐かしいなぁ
私はいいかげんジジイなので
やはりこの聖徳太子の一万円札のイメージがいまだに強いですねぇ
福沢諭吉さんになったのは1984年で
もう気づけば37年前なのです
で、2004年に表は福沢諭吉さんのままで
最新の偽造防止技術を駆使し
裏面のデザインがそれまでの雉から
京都・平等院の鳳凰像に変更されています。
で、最近、ニュースにもなりましたが
2024年に渋沢栄一さんの新一万円札が発行予定です。
大丈夫かな…生きてるかな(苦笑)
大病を患ったこともあって
最近数年後の話題が出ると
「あれ?私、そのとき生きてるかな?」って
ついつい思ってしまうのですよねぇ
いけんいけん、何事も前向きに。。。(笑
そういえば、そろそろ十万円札とかもあってもいいような気もしますが…
いや、このキャッシュレスに向かう時代の中、不要かな…
そういえば二千円札ってまだあるの???(苦笑)

さてさて

本日は「ミノルタAL」のカメラ修理を行っています。
先日、同じくミノルタの「A5」の修理を行いましたが
「AL」は「A5」をベースに
セレン光電池使用の露出計を追加し
フィルムカウンターを自動復帰タイプにしたものです。
そのフィルムカウンターは底部に移動しています。
露出計はミノルチナやALSと同じく
絞りリング、SSリングと連動して中心に指針合わせを行うタイプのものです。
まだファインダー内表まではなく
上カバー上の指針窓で設定・確認します。
「A5」がベースなのでシャッターは同じく
シチズンMLTシャッターで最高速1/1000を誇ります。
搭載レンズはレンズはロッコールPF45mmF2に統一されています。
1961年発売のカメラです。
この年の年末には初代ハイマチックが発売されます。
年代から考えるとなかなかコンパクトにまとまって
使い勝手の良いカメラです。
ただしこの時代ですから総金属製なので
重さは非常にずっしりとしています。
まぁ、そこが良いところでもあります。

お預かりしている「AL」はファインダーにクモリが少々
距離計連動部の動きが悪いのか
ピントリングにたまに二重像が付いてこないような
動きをすることがあるようです。
レンズにもカビが散見されます。
シャッター一通り動作しています。
セールスポイントのひとつでもあるセレン式露出計は
セレンそのものは十分に元気でしっかり起電していますが
SSリング・絞りリングの摺動抵抗に劣化か汚れがあるようで
露出計がかなり不安定な動きをしています。
ALSやミノルチナでもそうですが
このタイプの絞り・SS連動型の露出計だと
セレンよりもこの連動部の摺動抵抗のほうが問題になることが多いです。
交換といってもなかなか程度の良いものが
手に入りにくい部分です。
シャッターユニットは動作しているとはいえ
羽根粘りの予防も兼ねて一通りの整備を行います。
油切れの部分や逆に出てはいけないところへの
油滲み等もこの年代のカメラなら間違いなくあると思われるからです。

まだ現状チェックを行って上カバーを外しただけの段階です。
「A5」と同じくプリズムを使用した独特の構造の
ファインダー部が見えていますね
これからまずはシャッターユニットを分離し
シャッター周りの整備、露出計関連の摺動抵抗部の
清掃・調整あたりから行っていきます。
それにしてもこの時代のミノルタ機は
整備性も良く造りもしっかりしています。

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ミノルタALSのカメラ修理

今日は「フランスパンの日」だそうですよ。
美味しいですよねぇ
小麦粉・塩・水・イーストのみという
とてもシンプルな材料で職人の高い技術によって作られます。
フランスパンの特徴はやはりその硬さで
フランスパン独特のパリパリとした食感と
クラムの柔らかさと豊潤さ
その香りが何とも言えませんよねぇ…
形や大きさによって代表的なものでも
バゲットやバタール、
ブール、パン・ド・カンパーニュ、シャンピニオン、
エピ、クーペ等々、いろいろな種類が存在します。
バゲットを紙袋に入れて食料品の買い物しているのが
めちゃめちゃお洒落だと思っていた時期もありましたが
さすがに独り暮らしだとバゲットは大きすぎて
食べきれません(笑)せいぜいバタールまでですね
それでも数日間毎日パンになってしまいますが…(苦笑
いろいろ美味しく食べるレシピもありますが
単純にトーストしてオリーブオイルだけで
フランスパンそのものの食感と味わいを楽しむのもいいですよね!
こんなこと書いているとやたらとフランスパン食べたくなってきました
近所のスーパーにバタール残ってたら買って帰ります!

さてさて

本日は「ミノルタALS」のカメラ修理を行っています。
ミノルタのレンズ固定式レンジファインダー機は
先行してハイマチックシリーズが既に発売されていましたが
性能を犠牲にせずにできる限り小型化した
「ミノルチナシリーズ」を開発し発売しました。
距離計を装備し40mmF1.8の大口径レンズを装備しながら
非常に小型に造られた「ミノルチナS」と
プログラムシャッターで目測式とし38mmf2.8レンズを搭載した
「ミノルチナP」との2本立てでスタートしました。
今回の「ALS」は「ミノルチナS」の後継機で
露出計受光体をセレン光電池からCdSに変更したモデルです。
1966年に発売開始となりました。
今の感覚で言うと大口径レンズ搭載なのに小型で
特にそのボディの薄さは特徴的で
スタイリング的にも端正で高級感があり
下手をすると同時期のハイマチック7ssや11より
人気が出そうな気がするのですが
現実はなかなか販売成績は苦しい展開だったようです。
この時代にはまだまだ
「マニュアル機はある程度の大きさ、重さがないと高級感がない」という
考えや雰囲気が残っていて小型軽量なミノルチナ系は
市場ではミノルタ側が思うほどのリアクションを得られなかったようです。
現在の感覚で行くとミノルチナもこのALSも
非常に使い勝手の良い小型機として魅力的なカメラです。
私も個人的に非常に好きなカメラのひとつです。

お預かりしている「ALS」は
まずレンジファインダーに問題がいくつか散見されます。
まず二重像、ブライトフレームが非常に薄く
とても快適にピント合わせができる状態ではありません。
さらにその二重像たフレームをファインダー内に映し出す
ハーフミラーが一部ひび割れてしまっています。
ハーフミラーはいずれにしても要交換です。
通常、レンジファインダーで二重像やフレームが薄い場合は
そのハーフミラーの劣化が一番の原因であることが多いのですが
ミノルチナ系の場合はそれよりも
ハーフミラーまでの光路に置かれているレンズ類に
クモリが発生してる場合が非常に多いのです。
今回もハーフミラーは破損のためいずれにしても交換ですが
二重像やフレームが薄い原因は途中のレンズのクモリが
原因かと思われます。
シャッターそのものはそれなりに問題なく動作していますが
セルフタイマーがかなり固着していて
タイマーを使おうとすると途中で止まってしまい
シャッターが切れないままになってしまいます。
露出計もとりあえずは動作していますが
指針が振り切ってしまうことが多く
SS・絞りリング連動の摺動抵抗の劣化が疑われます。
ここの劣化は大なり小なりどの個体でも個体でも起こっていて
清掃等でできる限りの処置を行うくらいしか
残念ながら改善方法がありません。
露出計がとりあえず動いてはいるのですが
電池室には明らかに以前い電池液漏れ跡があり
分解してチェックしてみると
マイナス側端子基部のハンダはびっしりと緑青で覆われていました。
よくこの状態で通電しているものだと感心してしまうほどです。
もちろん配線ごと交換で対応します。

致命的な破損等はないのですが
細かいトラブルはいろいろと抱えてしまっている状態です。
露出計に関してはできる限りになりますが
その他の部分は安心して使っていただけるように
しっかりとこれから整備に取り掛かっていきます。

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ミノルタA5のカメラ修理

今日は「組み立て家具の日」なのだそうですよ
ここいう「組み立て家具」とは
いわゆる「カラーボックス」のことです。
和歌山県海南市に本社がある
収納家具・インテリア用品の製造・販売などを手がける
株式会社クロシオによって制定されています。
1967年(昭和42年)に同社の深谷政男氏によって
考案・命名された「カラーボックス」が大ヒット。
当時、家具はほとんどが木材を板状にしたもので作られていて
深谷氏がある日、大阪の百貨店に行き、
プラスチックでできたカラフルな箱を見ているうちに、
「家具にもカラフルなオレンジやグリーン、赤色の物があって良いのでは」との
発想から、大手紙メーカー協力のもと
当時の色紙を薄いベニヤに貼って合板を作り
特殊加工で軽い三段ボックスの「カラーボックス」を作ったのだそうです。
私が子供の頃には当たり前のようにありましたねぇ
「カラーボックス」
よく見たら店の中にも白いカラーボックスが何個かありますよ
中学生くらいのときに誰の部屋に遊びに行っても
カラフルなカラーボックスがあったような気がします
その子のセンスが結構表れてて楽しかった記憶が…(笑
昔ほどじゃないにしても
今でも安くて簡単に組み立てできて使い勝手も良いから
それなりに使われてますよね?
さすがに赤や黄色や青みたいな原色系はもう少ないと思いますが…
あえて今使っても昭和レトロな感じでいいかもしれません

さてさて

本日は「ミノルタA5」のカメラ修理を行っています。
ミノルタAシリーズはミノルタ初の35mm判レンズシャッター式
レンジファインダー機のシリーズです。
初期の「A」から「A2」まではボディがダルマ型形状で
なかなか独特な風貌のカメラでしたが
「A3」からは比較的無難な直線的デザインに変更されています。
「A5」は1960年発売開始のモデルで
レンズシャッターながら1/1000秒のシャッタースピードを誇る
シチズンMLTシャッターが装備されています。
レンズはお馴染みのロッコールPF45mmF2
あるいはロッコールTD45mmF2.8が装備されたものも存在します。
ファインダーはモデルチェンジするたびに
アルバダ式に戻ったり採光式になったりと試行錯誤していたのですが
A5は採光式が復活していいます。

お預かりしている「A5」は一通り動作してはいるのですが
いくつか問題点も抱えています。
まず距離計二重像の動きが少々おかしくて
たまに逆方向に動いてしまうことがあるようです
おそらく最短撮影距離付近でこの現象が出るのかと思われます。
レンズ後玉ユニット内には多少のクモリとカビが見られ
シャッター羽根そのものは快調に動作していますが
スローガバナが粘り気味で1秒にSSをセットして切ると
3秒以上開いてしまうような状態です。
巻上機構には油切れの兆候も見られ
レンズのヘリコイド部はグリス切れで少し軽すぎるようです。
やはり全体的に一通りの整備が必要な状態ですね

露出計を装備しないこともあり
整備性は非常に良好なカメラです。
ファインダー形式は採光式を採用していますが
その造りはなかなか独特で
最終的にはファインダー内のハーフミラーに
ブライトフレームと二重像を映し出すのですが
そこに至るまでの光路にはミラーではなく
プリズムを使用しています。
この時期にはファインダー形式に
いろいろと試行錯誤していたのが
こういうところにも出ている感じがしますが
完成度は高く非常にコストもかけられたファインダーです。

まずはここからシャッタユニットをさらに分離して
シャッター周りから整備を始めていきます。

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オリンパスOM-1のカメラ修理

今日は「鉄分の日」だそうですよ。
ここでいう鉄分は鉄道マニアさんのいう鉄分ではなく(笑
人(生体)にとって必須の元素である「鉄」のほうですね
「いい鉄分」の「いい」から11月で
鉄(Fe)の元素番号が「26」であることから11月26日としたものだそうです。
血液中の鉄分が不足するといわゆる「貧血」になるわけですね
血中のヘモグロビン値が低下した状態で
いろいろな体調不良を引き起こします。
私、今年の春に大腸ポリープの切除を行ったのですが
その2週間後にその切除跡から結構な出血が起きて
輸血までするはめになったのですね。
血液量自体は点滴とかですぐに元に戻るのですが
一旦失われたヘモグロビン値はそう簡単に戻らないようで
輸血前に6g/dlまで下がった値が退院時に8g/dl
それから数カ月たっても
息切れ、動悸、立ち眩みが収まらず
採血検査してみたら退院時と同じ8g/dl
(成人男性の標準値は13g/dl以上)
動悸に加えて不整脈まで出始めて
挙句の果てに精密検査してみたら
1日に数十秒、心房細動も出てるってことで
やっと鉄剤を処方してもらって
そこから数ヶ月でやっとほぼ正常値に戻りました。
よく貧血にはレバーやホウレン草がいいっていいますが
口から採るだけじゃそう簡単には戻らないようです(汗)
今年は何にしても「鉄分」って本当に大事なんだと
春から夏にかけて痛感した1年でした
貧血気味な方は本当に気をつけましょうね。
心房細動なんて起こってたら
重篤な脳梗塞を引き起こしますよ…

さてさて

本日は毎度おなじみの「オリンパスOM-1」の修理を行っています。
軽量コンパクトな機械制御シャッター機といえば
一番に名前の挙がるカメラだと思います。
個人的にOM-1が良いと思うのは
そのコンパクトさはもちろんのことですが
独特なシャリっとした感じの何とも言えず気持ちの良い
巻上フィーリングや非常に上品なシャッター音とかの
上質な使い心地にあると思っています。
それを味わうためにはやはりきちんと整備されて
良いコンディションでないと無zかしいですよね。

お預かりしているOM-1は
モータードライブ対応前の前期モデルではありますが
いわゆるM-1ボディの最初期ではないようです。
フィルム室を見ると立っているスタッドは2本で
(最初期は4本)フィルム圧板もそれに合わせて
横長のものが使われています。
最初期のOM-1は樹脂部品とかの強度にかなり不安な部分もあるので
このくらいの時期以降のものがいいかもしれないですね
ただこのOM-1はシャッタースピードの精度にかなり問題があって
1/1000は視野の1/3くらいしか開きません
要は1/1000で写真を撮ると2/3は真っ黒になってしまう状態です。
1/500だと何とか開きますが
それでも写真右側はかなり暗くなってしまう状態です
左側に比べて1.5段くらい露光不足になってしまいます。
1/250になるとしろっぽい壁や空を撮らなければ
まぁ何とかそれほどは気にならないかな…という感じです。
1/125だとほぼ気にならないレベルです。
先幕の動きが悪く幕速が出ていない状態で
シャッター走行中に後幕に追いつかれてしまうような状態です
1/1000だと1/3ほど走ったとこで後幕が追い付いて
閉じてしまうわけですね。
ここで安易に先幕のテンションを上げて無理矢理整えようとすると
最悪の場合、テンションバネがバカになって
修理不可能になる場合もあります。
根本的に幕軸の汚れ等で動きが悪いと思われますので
幕軸の清掃やOM-1の場合は底部巻上部の三連ギアも
シャッターの動きに大きくかかわってくるので
ここも念入りに清掃を行います。

露出計は動作してはいるのですが
1.5V電池で使うと2段近くアンダー目に出てしまうので
今回は1.5Vで最適な値が出るように整備調整を行っていきます
電池室には以前腐食が起こったことがあったようで
修復した痕跡が見受けられますが今回はこのあたりに問題はないようです。
それよりもSWに多少接触不良が出ているようなので
ここも一緒に整備清掃していきます。

シャッター周りにも関係していきますが
OM-1は比較的巻上関連のトラブルが多いカメラなので
そのあたりのトラブル予防も含めて巻上周りの
トラブルが起こりやすい部分は
念入りにチェックと整備調整を行っていきます

定番のプリズム腐食に対する対策は
以前に行われているようです
プリズム内に小さなシミが1ヶ所ありますが
これはこれ以上大きくなることはなさそうなので
現状のままで処置します。

あとは小さなことですがセルフタイマーのスタートレバー
(セルフタイマーレバーの後ろに普段は隠れている小さいレバー)の
カバーリングが欠落しています。
これもOM-1はよく紛失してしまいますね
うちの部品取りもここばかり使われて
片っ端からここの部品がありません(笑
後期モデルになるとレバー基部に穴が開いて
カバー側に突起が付いて少しは取れにくく工夫してあるのですが
前期型はかなり高い確率で紛失しています
今回は数少ない中古部品在庫から補充します

OM-1は普通のカメラでは必要のないいろいろな工夫を行って
このサイズを実現しているカメラなので
やはり数十年経過してしまうと
多少華奢な部分が目立つようになってきます。
同時期・同価格帯の
少し大柄なカメラに比べると
小まめに整備を行う必要があるとは思います。

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ヤシカエレクトロ35GLのカメラ修理

今日は11月25日…
「OLの日」、「ハイビジョンの日」、「いいえがおの日」等々の
記念日が制定されていますが…
うーん、ネタ的には絡みづらいものばかりですねぇ(苦笑)
あ、毎月25日は「プリンの日」なんですよ
これは甘いもの好きの私としては見過ごせないですね
子供の頃はいわゆる「プッチンプリン」くらいしかなくって
それでも甘くてつるんとしてて美味しくって
たまにおやつで出てくると本当にごちそうでした
それがいつのまにやらスーパーでいろんな種類が売っているのは当然で
手軽に買えるコンビニスイーツでも
工夫を凝らしたいろんなタイプのプリンが手に入ります。
そういえば晩年のばあさんが
「マンゴープリン」がやたら気に入っていて
実家に帰るたびにおみやげで買って帰ると喜んでたなぁ
もう随分前のような気もします。
つい5,6年前の話なんですけどねぇ…
何だか私もマンゴープリンが食べたくなってきました
スーパーに売ってたら買って帰りましょう(笑

さてさて

本日は「ヤシカエレクトロ35GL」のカメラ修理を行っています。
初代から続いていたあの少し大柄なボディに別れを告げ
GSN(GTN)をベースに小型化が進められたモデルです。
既に派生モデルとして広角搭載の「CC」や
目測でF2.8レンズ搭載の超小型な「MC」とかが登場してはいたので
小さなエレクトロがなかったわけではないのですが
本流のモデル(GSN)からモデルチェンジして
小さくなった機種ということで
これ以前と以降でエレクトロ35シリーズとしては
大きく分岐点となったモデルだと思います。
この前の「GSN(GTN)」までは基本的には初代エレクトロからの
マイナーチェンジモデルですから
ここでフルモデルチェンジされたようなイメージですね。
とはいえ小型化された以外は基本的機能はエレクトロ35らしいスペックで
コパル製電子制御シャッターであることは変わらず
最高速も変わらず1/500、ただし惜しいことにバルブの設定がなくなりました。
受光素子はそれまでのCdSからSPDに変更され
特に低輝度時の反応速度が速くなっています。
レンズは5mm広角となりCOLOR YASHINON-DX 40mmF1.7となりました
F1.7の大口径もエレクトロ本流の伝統通りです。
小型化されたとはいえ小型化を前面に押し出したライバル機と比べると
まだ少々大柄ではあります。
F1.7の大口径ですし個人的にはこのくらいの大きさで良いとは思いますが…
電池はCCやMCでは4LR44に変更されていましたが
このGLではやはりエレクトロの本流らしく
相変わらずのHM-4N積層水銀電池です。
この電池使うのはエレクトロだけですから
電池を見ただけでエレクトロをイメージしていしまいます(笑

お預かりしているGLは以前に電池の腐食等があったようで
電池室蓋が酷く劣化しています。
それでも通電しないほどではなく少し清掃してやれば
電源は入るようになったのですが
十分な電圧が通電しているのにバッテリーチェックが全く点灯しません。
それでも制御回路にはしっかり通電しているようで
黄色や赤の警告灯は比較的正しい値で点灯するようです
しかしながらシャッター自体はシャッター音はするのですが
シャッター羽根が全く動かずシャッターは全く開きません
他のレンズシャッター機であれば
羽根の油汚れ等による子ch買うのパターンがありがちですが
エレクトロの場合はGLに限らず
その構造上、あまり羽根粘りというのは発生しません。
羽根が動かない場合はたいていが羽根を動かしている
駆動部そのものの動作不良かマグネット吸着部の汚れによる場合が多いです。
このあたりはエレクトロ35ならではの傾向かと思われます。
他、ファインダーにクモリ、レンズカビ等が見受けられるので
それも含めて修理及び一通りの整備を行います。

ここからまずはシャッターユニットを降ろして
一通りの整備と電気的な動作確認を行っていきます。
GSNまでのエレクトロに比べると
配線周りが随分とすっきりしています。
これまでは初代の焼き直しですから
そのあたりは60年代初め設計から
やっと70年代らしい設計になったという感じですね。
それでもまだかなり配線は多くややこしいですが…
初代からのウィークポイントである
レリーズ部分のブッシュの構造はGLでも
同様なのですがこの時代になると
腐食・劣化しにくい材質に変更されています。
このあたりの機種でそこに問題が出ることはほとんどないと思います。
エレクトロ35もシリーズを通して
独創的な造りのカメラではありますね
でも個人的にも嫌いではありません。
写りも評価が高く素晴らしいです。

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