キヤノンⅥTのカメラ修理

今日は「道の駅の日」だそうですよ。
103ヵ所の「道の駅」が第1回登録された
1993(平成5)年4月22日が由来となっています。
現在では「道の駅」は1000ヵ所を超えているそうです。
高速道路のSA・PA的な存在を一般道で行っているのが
「道の駅」ですね。もうすっかり定着しました。
駐車場も広いところが多く
停めやすいですし、ついつい立ち寄ってしまいますよね。
そしてせっかく停まったからとトイレ休憩のついでに
店内とかに入ってみると地元の名産品とかあって
これまたついつい買ってしまうのですよねぇ(笑
高速道路のSA・PAもそうですが「道の駅」も
ふらりと立ち寄るのに最適ですね。
GWもきっとどこも大盛況でしょうね。
まぁ私は現在、クルマを所有していないので
あまり縁がなくなってしまいましたが…(苦笑

さてさて

本日は「キヤノンⅥT」のカメラ修理を行っています。
1958年発売のカメラです。
見た目は前作の「ⅤT」に似ていますが
シャッター機構が刷新されています。
一軸不回転倍数系列のシャッターに進化しています。
これにより低速シャッターだけ全面のシャッターダイヤルで
設定を行うこともなくなりましたし
巻上時やシャッター動作時にシャッターダイヤルも一緒に
回転することもなくなりました。
使い勝手的には大きな進歩です。
60年代に入るともうこれが当たり前の装備になっていきます。
このシャッター機構はこの後、キヤノンの一眼レフ機にも
受け継がれて後のFシリーズや旧F-1にまで
基本的な部分が引き継がれていきます。
トリガー巻上の「ⅥT」とレバー巻上の「ⅥL」が
同時発売されています。
今回は「ⅥT」ですがキヤノン高級機お得意の
トリガー巻上もこの「ⅥT」が最終となってしまいました。

お預かりしている「ⅥT」は
少々レアなブラックです。
非常にキレイな外観で傷やスレも少ない個体です。
ただし動きには少々問題があるようで
各部共に動きのスムーズさに少々欠ける状況ですが
高速シャッターの精度には特に問題があって1/1000は
開ききっていない状態です。
先幕の動きが悪く後幕に追いつかれてしまう状況です。
この状態だと1/1000で撮った写真は
写真の左1/3くらいは写らない状態で
1/500使用時にも左端はかなり暗くなってしまうと思われます。

いつものモナカ構造でまずは外板を外して
シャッター周りの動きをチェックしていきます。
そのうえでさらに分解を進めて各駆動部の
一通りの整備を行っていきます。
その後、これもキヤノンお得意の反閇ファインダー等の
清掃や調整も行っていきます。

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オリンパスペンEE-3のカメラ修理

今日は「珈琲牛乳の日」だそうですよ。
神奈川県平塚市の守山乳業株式会社から
王冠で栓をした瓶入りの「珈琲牛乳」が
1923(大正12)年4月20日に
東海道線国府津駅で販売を開始したことに由来しています。
当時、並弁当が1箱35銭で売られた時代に
珈琲牛乳は20銭とかなり高額だったにもかかわらず
飛ぶように売れたということです。
大人となった今では少し甘すぎるとも感じますが
コーヒー牛乳、美味しいですよねぇ…
私、生まれ育った実家はお風呂がなくて
銭湯通いだったのですが
風呂上がりに番台の傍にある引き戸の冷蔵庫で
飲み物がいろいろ売られていて
そこからコーヒー牛乳取り出してはよく飲んでました。
もちろん瓶でした。60円とか70円とかだったかすかな記憶が…(笑
冷蔵庫に使い込まれた通常の栓抜きとラムネ用の栓抜きが
ビニールのひもでぶら下がってました。時代ですねぇ…
当時の銭湯って意外とコミュ力を鍛えられるところで
同年代の友達と会うのはもちろんですが
刺青の入ったおじさんとか筋骨隆々の土方のあんちゃんとかに
よく話しかけられていろいろ仲良くなっていくのですよねぇ…
もちろんそこだけの付き合いではありますが…
子供だから結構物怖じしていないし…今よりコミュ力高かったな…(笑

さてさて

本日は「オリンパスペンEE-3」のカメラ修理を行っています。
1973年発売のカメラです。その名の通りペンEEシリーズの3代目です。
カメラ好きの方の中ではペンというと「ペンS」や「ペンD」に
注目が集まりますが60年代や70年代をリアルに過ごしてきた方は
ペンといえば「EEシリーズ」の姿を思い出す方の方が多いと思います。
それほどヒットしてロングセラーとなったカメラです。
「EE-3」はオートフォーカスカメラが主流となっていく
1986年まで生産が続けられペンシリーズ全体でも
最後まで生産が続けられたカメラです。
長く生産されたヒットモデルのため現存数も非常に多く
コンディションも千差万別なカメラでもあります。

お預かりしている「ペンEE-3」は
一通り動作はしているのですが
「写真が白っぽくなってしまう」とご依頼者様から
問題点をうかがっています。
ネガ原版を見ていないので何とも言えない部分もありますが
カメラ側の問題として考えられる原因を
いくつかチェックしていきます。
まずは定番の光線漏れですが
モルトは全て完全に劣化してしまっているので
可能性としては高いと思われます。
そしてレンズ中玉がカビで真っ白に白濁した状態になっています。
これも写真を白っぽくさせる原因になりますね。
ガラス変質で白濁しているようなら清掃ではどうにもなりませんが
今回はカビが濃く生えて真っ白になっている状況でした。
これであれば清掃で問題なくクリアになると思います。
さらに露出計指針が途中で引っかかってしまうことが多々あるようで
これが原因でかなりオート露出がオーバーになってしまうようです。
これも写真が白っぽくなる原因になりますね。
ペンだけではなくこの時代に多い
指針挟み込み式オート制御のカメラは
何度も挟み込まれているうちに指針が微妙に曲がってしまい
引っかかってしまうことが結構あります。
今回の主要因がどれであるかは断定できませんが
全ての要因を排除していく整備を行っていきます。

基本的にはシンプルな構造のカメラなので
整備性は非常に良好です。
毎度真意されるセレンの状態は今回は問題ありません。
シンプルな構造ではありますが
やはり時間が経過していることと
元々がお求めやすいカメラで
それほど耐久性の高いカメラではないので
開けたからにはチェックしておかなくてはならないポイントは
結構多岐にわたります。
でもしっかり整備調整しておけばまだまだ長く使えるカメラです。

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キヤノンVLのカメラ修理

今日は「地図の日」だそうですよ。
1800(寛政12)年のこの日に
伊能忠敬が蝦夷地の測量に出発したことに由来しています。
その後、16年にわたって測量をして歩き
本格的な日本全土の実測地図である『大日本沿海輿地全図』を
完成させ、国土の正確な姿を明らかにしています。
実際に地図が完成したのは
伊能の死後、1821(文政4)年のことだったそうです。
この地図とは全く関係ありませんが
子供の頃、地図を見るのが好きで
頻繁に眺めていました。
それも日本地図や世界地図ではなくで
自分の住んでいる町の住宅地図…
「こんなとこに道があるんだ!後で行ってみよう!」とか
「〇〇くんちに行くのにこっちのほうが近いじゃん!」とか
「この川、こんなとこに繋がっているんだ!」とか
それはそれは重宝しました(笑
なぜか家には酒屋さんとかが持ってそうな
分厚い市内全域の住宅地図があったので
頻繁に引っ張り出しては道をたどったりしていました。
懐かしいですねぇ…

さてさて

本日は「キヤノンVL」のカメラ修理を行っています。
1958年発売のカメラです。
1956年の「VT」登場以降
いくつかの「Vシリーズ」が発売されますが
この「VL」及び廉価版の「VL2」が同時発売されて
「V型」の最終機種となっています。
「L」なので巻上は一般的なレバー式です。
シャッターはB・1~1/1000をカバーし
巻き戻しはクランク式で
セルフタイマーも装備されています。
ファインダーはキヤノンお得意の
3段階変倍ファインダーです(35mm/50mm/RF)
質感も高く非常に使いやすいカメラです。

お預かりしている「VL」は
外装もキレイで保管状況の良い個体です。
たださすがにシャッターや巻上に
油切れの兆候が見られ
高速シャッターの精度は出ていません。
スローガバナも油切れで
1秒にセットすると途中で止まりそうになってしまいます。
見えの良いことで評価の高いファインダーも
カビや曇りで少々霞がかったようになっています。
やはり気持ちよく使うには全体的な整備が費用です。

まずは本格的な分解整備の前に
駆動部の動きを確認していきますが
お馴染みの最中構造で前板が外れれば一通りの動きが
見える状態になります。シャッター幕はステンレス製で
布幕のような劣化の心配はないですが
多少のシワができてしまうのは致し方ないですね。
もちろんシャッター走行に問題があるほどではございません。
これから分解を進めて本格的に整備を行っていきます。

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ニコンFのカメラ修理

今日は「エスプレッソの日」だそうですよ。
ちゃんとしたエスプレッソマシンで淹れた
エスプレッソは濃くて強烈な香りで
何とも美味しいですよねぇ…
昔、会社員時代に勤めていたショールームに
お客様に出す用のエスプレッソマシンがあって
たまに仕事サボって淹れてゆっくり味わってました。
言われてみればエスプレッソも何年も飲んでない気が…
家庭用のエスプレッソマシンを導入しようかと
過去にも何度か検討したことがあるのですが
きっとすぐに面倒くさくなっちゃうのだろうなぁ…と
思って毎回見送っています(笑
いや、今どきのインスタントコーヒーは
それだけ簡単で美味しいのですよ…
私くらいの楽しみ方であればそれでも十分…(笑

さてさて

本日は「ニコンF」のカメラ修理を行っています。
言わずと知れた伝説の一眼レフですね。
キチンと整備された個体であれば
現在でもトップレベルのフィルムカメラです。
1959年発売のカメラです。
精度の高い非常に頑丈な部品を精密に組み上げた
カメラといった感じが節々から感じられます。
さすがに登場から60年以上経過するので
長らく放置された個体だと動きが悪いものも
多々見受けられますが端々の造りが良いので
きちんと整備を行えば全く問題なく動く事の多いカメラです。

お預かりしている「F」は初期のモデルですが
ご依頼者様のお宅でかなり長い間眠っていたようです。
それでも保管状況は悪くなく
見た目はファインダーやレンズに比較的軽微な
カビがある程度で良好です。
ただシャッターが全く切れません。
どうやら巻上はできるようなのですが
レリーズしても何も動かないような感じです。
(巻き戻し可能に切り替えたときに一応シャッターは走行する)

整備性も非常に良好です。
定期的に分解整備を行いながら
長く使用することを前提に作られているのがよくわかります。
シャッターが切れない原因は
ミラーチャージロックがかからず
巻上時にミラーチャージも行いに動くものの
ロックがされないからそのまままたリリース状態に戻ってしまい
シャッターを切ろうとレリーズしても
ミラーがチャージされていないから
ミラーが動かず当然シャッターも切れない…といった感じです。
シャッターが切れるようになって確認できましたが
スローガバナーは定番の固着で
さすがに高速シャッターの精度は全く出ていませんでした。
もちろんこれらもこれからの整備で全く問題なく改善されます。
まだまだ長く使えるカメラなので
ぜひ撮影にガンガン使っていただきたいカメラです。

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ミノルタコードのカメラ修理

今日は「喫茶店の日」だそうですよ。
1888(明治21)年のこの日に
東京・上野に日本初の本格的なコーヒー喫茶店
「可否茶館(かひいさかん)」が開店したことが由来となっています。
「可否茶館」での値段は
もりそば1杯1銭の時代にコーヒーが1銭5厘
牛乳入りコーヒーが2銭だったそうです。
超高級品ですね…(苦笑)
さらに席料が1銭5厘もしました。
値段が高すぎたこともあり「可否茶館」は
3年もたずに閉店してしまったそうです。
最近は喫茶店自体も少ないし
立ち寄ることもほとんどなくなってしまいました。
大人になってからはひとりでちょっと立ち寄るにしても
友達とたわいもない話をするときも
夜であることが多いので
居酒屋にいってしまいますのねぇ…
喫茶店を一番よく利用していたのは
高校生の頃のような気がします。
バイトまでの隙間時間とか
友達と学校帰りに少し話したいときとか
やたらと立ち寄っていましたね。
そこら辺中にちょうどよく居心地の良いお店がたくさんありましたし…
まぁ遠い遠い昔の話です(笑

さてさて

本日は「ミノルタコード」のカメラ修理を行っています。
1953年発売のカメラです。
当時発売されていた「ミノルタフレックス」の
普及版として発売されたカメラですが
ピント調整にその後のミノルタ機の特徴ともなる
「ハラキリ型」ピントレバーを備えたカメラです。
ノブ式のピント調節よりも素早くピント合わせを行うこともでき
非常に使いやすいピント調整です。
シャッターユニットはシチズン聖が搭載されたものと
今回お預かりしているセイコーシャラピッドが
搭載されたものが存在します。
レンズこそ3群3枚となりますが
機能的にはミノルタフレックス以上で
写りも非常も良いカメラです。

お預かりしている「ミノルタコード」は
かなり長い間、しまい込まれたまま眠っていたものと思われます。
それでも保管状況は悪くなかったようで
一番心配されるレンズの状態は
若干のカビがみられるものの基本的にはクリアで
かなり良いコンディションです。
ただしファインダーはすりガラスもミラーも曇りまくっていて
ピント合わせも普通にできないような状態です。
シャッターにも定番の粘り見られます。
フィルム装填はスタートマーク合わせの
セミオートマットですが
フィルムカウンターが何らかの原因でズレてしまっているようで
12枚撮り切ったあと裏蓋を開けると勢いよく戻って
シャキンと戻り切った音はするのですが
カウンター窓には三角マークではなく「ー」が出ている状態です。
(要はカウンターポジション的には戻り切っていない)
このカウンター位置に従ってフィルムを入れて撮影すると
1枚目は微妙に切れてしまい
フィルムは2枚分くらい残して撮影が完了することになってしまいます。
いずれにしても全体的に整備を行えば
快適に使用できる状態になると思われます。

今回は外装の貼り革がボロボロのため全て貼り換えを行うので
まずは分解に関係ない部分も含めて全ての貼り革を剥ぎ取ります。
60年代以降のカメラでポピュラーなビニックスレザーではないので
キレイに剥ぎ取るだけでもそれなりに時間がかかります。
画像はまず革剝ぎ取りが終わった状態です。
画像でもミラーが強烈に曇っているのがよくわかります。
これから本格的に分解整備に取り掛かっていきます。

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ペンタックスSVのカメラ修理

今日は4月11日で
「し(4)っかりいい(11)」と読む語呂合わせから
「しっかりいい朝食の日」と
「しっかりいい髪の日」なんて記念日が制定されています。
朝食はやはり1日のスタートですし
しっかり食べなくてはダメですねぇ…
勝手な事情ですが私はいつもお昼がカフェオレ1杯だけなので
なおさら朝しっかり食べていないと持たないのですよね(苦笑
糖質制限の関係でお米をしっかり食べるのも朝だけなので
毎朝、少しばかりのおかずと米1合でエネルギー満タンにして
1日に臨んでいます。
昔は「寝起きにいきなり食べられない…」なんて思っていましたが
しっかり睡眠取っていれば寝起きでも食欲は出るみたいです。

さてさて

本日は「ペンタックスSV」のカメラ修理を行っています。
1962年発売のカメラです。
1964年には新世代となる「SP」が発売されますので
SP登場より前の「アサヒペンタックスシリーズ」の
ほぼ完成形といえるカメラです。
ベースは「S3」ですが構造的にもかなり手が加えらていて
非常に使いやすいカメラに進化しています。
機能的にもセルフタイマーが装備され
フィルムカウンターも自動復元式となり
露出計こそ装備されませんが
マニュアルのフィルムカメラとしてそれ以降のカメラと
遜色ない最低限の機能が一通り揃っています。
カメラボディはこのくらいのシンプルさが
ちょうどいいのよね…と思わされるカメラです。

お預かりしている「SV」はご依頼者様のお宅で
ずっと使われているカメラなのだそうです。
さすがに近年は出番が少なく
あまり動かされてはないようですが
20年前に一度オーバーホールも行っているらしく
コンディションはかなり良い方かと思われます。
ただし、現在となってはさすがにシャッターの動きが悪く
明らかに幕の動きが悪いのがフィルム室から見ていても
目視でわかるような状態です。
SPより前の「アサヒペンタックス系」は
未整備の場合、シャッター幕の劣化が深刻な場合がほとんどです。
今回はフィルム室から見ている分には比較的
幕のコンディションはよかったのですが
分解してフィルム室から見えない部分をチェックしてみると
特に後幕の一部にかなり幕の硬化が進んでいて
これがシャッターの動作不良の原因かと思われます。
そして後でわかったのですが
ずいぶん昔の話だとは思われますが
先幕のみは過去に交換歴があるようです。
それでも先幕の硬化も少し始まってはいましたので
ご依頼者様との相談の結果
どちらも幕交換を行うことになりました。
やはりそれが一番問題ない処置だと思います。

現王を確認するためにある程度分解していますが
これからさらに進めて
シャッター幕交換を行っていきます。
その際に当然ながら幕軸や巻上駆動部、ミラー駆動部等の
清掃整備を行います。

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ミノルタSR-T101のカメラ修理

今日は「よいPマンの日」だそうですよ。
冬春期の「ピーマン」の主産地である
茨城県、高知県、鹿児島県、宮崎県の4県のJAグループで組織する
「がんばる国産ピーマン」プロジェクトが制定しています。
日付には「P」と「9」の形が似ていることから
「よ(4)いP(9)マン」「4県のP(9)マン」の語呂合わせなどからだそうです。「ピーマン」の出荷量が増える4月に
より多くの人においしいピーマンを食べてもらうことが目的とのことです。
ピーマン、苦手な方ってやっぱり多いのですかね?
私は子供のころから普通に食べられましたが
確かに少々の苦みが独特ですよね。
大人になると軽く炒めて塩コショウするだけで
ビールのつまみにめちゃくちゃ合うので重宝しています。
香ばしくてあの少し苦み走ったとこも美味しいのですよねぇ…
ちょっとした付け合わせにもにも使いやすいので
割とスーパーでよく買います。
ビタミンCが豊富で、ピーマン1個あたり80mgのビタミンCが含まれており
トマトの5倍にも相当するそうですよ。

さてさて

本日は「ミノルタSR-T101」のカメラ修理を行っています。
1966年発売のカメラです。
ミノルタ初のTTL測光方式と開放測光を搭載したカメラです。
丈夫で使いやすいカメラで7年以上に渡って生産が続けられた
ロングセラーモデルです。
後継機に当たるSR-TスーパーやSR505/SR101も
基本的な構造はこのSR-T101がベースになっていて
それらでミノルタの機械制御シャッター一眼レフが
終焉を迎えてしまうので
ミノルタの機械制御シャッター一眼レフとしてはこのSR-T101で
ほぼほぼ完成形といえるかもしれません。

お預かりしている「SR-T101」は
シャッターは一通り動作していますが
やはり各部の動きがいまひとつよろしくなくて
高速シャッターの精度は出ていません。
先幕が少し遅いため1/1000はかろうじて開いてはいるものの
もう少し動きが悪くなると一部が開かなくなりそうです。
後幕の動きが比較的良いため
お決まりのミラーアップ等は起こらず
一見すると調子よく動いているようにみえます。
露出計関連は全くダメでBCは少し反応するものの
露出計モードにすると全く指針が動きません。
いつものSW周りの接触不良もあるのですが
ハンダ劣化が進んでいるための接触不良があるようです。
比較的、SR-T系では多いトラブルです。

開放測光に関連する連動糸が比較的多く
整備時には一部を取り外す必要があるので
正しい手順がわかっていないと整備に苦労するカメラです。
ただし、手順を把握していれば
整備性自体は非常によく
分解整備を行うときのことも
よく考えられた構造になっています。
ファインダー周りに内部モルトが多いので
分解時にはこのあたりの処理を入念に行わないと
せっかく清掃をしてもすぐにファインダーが
ゴミだらけになってしまいます。
SR-T系は当店では修理依頼の多いカメラなので
比較的弱点等は分かっていますが
それだけはなく入念に分解整備を行っていきます。

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オリンパスペンFのカメラ修理

今日は「オープンカーの日」だそうですよ。
「4月」が桜の舞う中を走れる
オープンカーにとって最高のロケーションの時期であることと
オープンカーは「五感」に訴えかける車であることから
4月5日に制定されたそうです。
確かにこの季節も非常に気持ちよいですが
オープンカーは真夏以外はどの季節でも
気持ちよいですよね。
バイクも開放感ありますがヘルメット不要で
気軽な服装で乗れるオープンカーはさらに開放感ありますね。
真冬でもシートヒーター搭載車なら
十分に暖かいのですよねぇ
反対に冷たい風が気持ちくらいです。
いざとなれば幌閉めればいいだけの話だし…
私も過去にオープンカー乗っていた時期がありましたが
天気の良い日は四季を問わず幌を開けてました。
もう所有して乗ることはおそらくないでしょうが
気持ちよいのは間違いないですね

さてさて

本日は「オリンパスペンF」のカメラ修理を行っています。
もはや他に比べるものもない
孤高の存在のハーフ判一眼レフカメラです。
ハーフ判一眼レフカメラというだけなら
他にも少ないながら全くないわけではないのですが
ハーフ判であることに特化して
35mm判とは全く違う構造でハーフ判であることの
メリットを最大限に出そうとしているカメラは
私の知る限りでは「ペンFシリーズ」だけかと思います。
いつも書いているので割愛しますが
ロータリーシャッター採用、
独特のファインダー光路とその構造
それらに伴う独特のデザイン
機械構造的にも他で見られない部分が多いカメラで
それだけで非常に魅力的です。
最初の「ペンF」は1963年に発売され
その後、露出計、セルフタイマーを内蔵し
巻上をダブルストロークからシングルストロークに変更した
「ペンFT」が1966年に発売されています。
今回お預かりしているのはシンプルな最初の「ペンF」です。

独特の構造で小型化を進めているせいもあって
生産から60年経過した現在では
いくつかのウィークポイントも見られるカメラではあります。
今回もそうですがミラー駆動部に比較的動作不良が起こりやすく
未整備で汚れや油切れを起こしてしまうと
ミラーアップしたまま固着してしまうという現象が起こりやすいカメラです。
加えて最高速の1/500以外のシャッタスピードでは
ガバナを使用してシャッタースピードの制御を行っているのですが
そのガバナが粘ったり固着を起こしたりする症状も
よく見受けられます。
今回お預かりしている「ペンF」でも両方の症状が確認されています。
他にも今回の「ペンF」では問題ないのですが
プリズムが腐食してしまっている個体が
比較的多いと思われます。
ちなみに当店では既に「ペンF」の交換用プリズムは在庫がありませんので
残念ながらこれに関しては対応不可能となります。

他のカメラでは全く見られない独特の構造ばかりのカメラですが
そのあたりが把握できていて手順さえわかっていれば
整備性は良好なカメラです。
今回はいずれにトラブルも積年の汚れや油切れが原因と思われるので
とにかく各駆動部をスムーズに動作できるように
整備を行っていきます。
「ペンF」は当店でも修理依頼が多いカメラなので
そのあたりの手順はさすがに頭に入っています。
…とはいえ、デリケートな部分が多いカメラなので
慎重に分解整備を行っていきます。

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リコー35デラックスのカメラ修理

今日は「写真シールの日」だそうですよ。
ここでいう「写真シール」は
いわゆる「プリクラ」のことですね。
プリクラは『プリント倶楽部』を開発した
株式会社アトラスの登録商標となっているそうです。
「プリント倶楽部」以外にも写真シール機は
いくつもの存在しているので
「写真シールの日」なんですね。
でも一般的には「プリクラ」としか呼ばないですよね。
人気のピークは2000年頃ですね。
私はもう結構なおっさんでしたが
それでも当時は結構プリクラ撮ってますね(笑
貼らなかったものは意外とちゃんと保存しています。
少し前に写真を整理したときに
当時のプリクラもアルバムに整理したのですが
普段の写真以上にテンション高いものが多いことと
4~5人で撮ったものも多くて
これはこれで貴重な思い出になりますね。

さてさて

本日は「リコー35デラックス」のカメラ修理を行っています。
1956年発売のカメラです。
レンジファインダー搭載のレンズシャッター機です。
巻上レバーが底部に配置される「ピストルレバー」タイプで
レトロなデザインでもあり
1950年代の良い雰囲気を醸し出しているカメラです。
搭載れるレンズは写りの評価の高い
リコマット45mm F2.8です。
シャッターユニットはこの時代の高級機によく搭載されていて
お馴染みのセイコーシャMXです。
B・1s~1/500をカバーします。

お預かりしている「35デラックス」は
かなり長い間、使われずにしまい込まれていたようです。
ただ保管状況は悪くなくさすがにレンズやファインダーに
多少のカビは発生していますが清掃で何とかなりそうなレベルです。
シャッターも一応は動作していますが
レンズシャッター定番の羽根粘りが発生していて
明らかにシャッター羽根の動きが緩慢です。
巻上にも油切れの兆候もあり
やはり普通に使うにはしっかり整備したうえで
ゆっくり長い眠りから覚めてもらう必要があるようです。

50年代のレンズシャッター機なので
基本的にシンプルな構造のカメラですが
巻上等になかなか独特な造りがあって面白いカメラです。
シルバー仕上げの鏡胴は随分汚れてしまっていますが
整備後に磨き上げればかなりの高級感もでそうです。
「デラックス」の名の通りの質感も出るように
しっかり整備を行っていきます。

オリンパス35EDのカメラ修理

今日は「五百円札発行記念日」だそうですよ。
1951(昭和26)年のこの日に
政治家・岩倉具視の肖像の500円札が
日本銀行より発行されたことの由来しています。
当時の1000円札と100円札の間を埋めるべく
登場した500円札(B号券)でした。
さすがにこの五百円札にはなじみがないですね。
続いて1969(昭和44)年11月1日には
500円札(C号券)の発行が開始されたました。
B号券と同じで、表面は岩倉具視、裏面は富士山で
原画像はB号券と同じものを使っているため
全体的なデザインはよく似ているが印刷はより精緻になりました。
このタイプの五百円札はなじみがありますし
普通に使っていました。ほかの紙幣とは異なり青っぽいお札ですね。
1982(昭和57)年に500円硬貨が発行された後も
1985(昭和60)年までこの500円札の製造は続けられ
1994(平成6)年4月1日に支払いが停止されました。
懐かしいですね。
でも今となっては五百円はやはり硬貨のほうが
使いやすそうな気もしますね、

さてさて

本日は「オリンパス35ED」のカメラ修理を行っています。
昨日のブログの「35DC」のボディに
既に登場していた「35EC系」の電子制御システムを
載せたようなカメラです。
搭載されるレンズはDズイコー38mmF2.8です。
シャッターユニットはこの時代、
他メーカーの電子制御機でもおなじみの
セイコーESFシャッターを搭載します。
電池はNR52を2個使用します。
現在の電池で置き換えるにはアダプタ等が必要です。
コンパクトでより気軽に撮影を楽しめるカメラですが
このタイプの電子制御シャッター機は
修理不可能な場合も多いカメラです。

お預かりしている「35ED」は
ご依頼者様の生まれ育った家に子供のころからあった
カメラということですが
記憶にある頃には既に壊れていて
子供時代のご依頼者様のおもちゃ代わりになっていたそうです。
…なのでご依頼者様はこのカメラが
正常に動いている姿を見たことがないということです。
お決まりの電池室腐食で電源が入らずシャッターは不動
レリーズも妙な位置で固着してしまっています。
腐食がどのあたりまで拡がっているかがポイントになりそうです。

現状を確認すrためにまずはある程度分解を進めますが
なんとかなるような気もします。
ただ基盤が正常かどうかはこれからもう少し詳しく調べてみます。
幼少期の思い出のカメラということなので
なんとか復活させてあげたいですね。

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