月別アーカイブ: 2023年2月

キヤノネットQL19のカメラ修理

今日は「富士山の日」だそうですよ。
「ふ(2)じ(2)さん(3)」(富士山)と読む語呂合わせと
この時期、富士山がよく望めることからだそうです。
そうなのですよねぇ
天気が良くても意外と富士山は
雲に隠れて見えないことも多いですものねぇ
頭やらかして以来、すっかり縁がなくなりましたが
私も山歩きは好きで富士山も一度登っています。
いつだったっけ?と思って調べたら2010年の夏…
もう13年前になるのかーーーー
夏山に出かける分には登山道も整備されていて歩きやすく
途中に山小屋も多く人も多いため
心配事は少なくてすみますね。
でも3000m超の山ですからもちろんそれなりにハードでした。
9合目から上は明らかに空気も薄いです。
北岳(3193m・日本で2番目に高い山)は何度も登っていて
あまり空気の薄さを感じることはありませんでしたが
3500m超えるとやはり違いますねぇ
でも個人的には1回でもう充分…って感じでした…
道や景色が単調すぎるのと、やはり人が多すぎる…(苦笑)
富士山はともかく南アルプスの山々には
もっともっと行きたかったですねぇ…

さてさて

本日は「キヤノネットQL19」のカメラ修理を行っています。
社会現象になるほど大ヒットした初代キヤノネットの
構造を受け継ぎながらもより改良の進んだカメラです。
巻上レバーや巻き戻しクランクは初代の底部配置から
一般的なボディ上部に移設され
露出計受光部もセレンからCdSに変更されています。
モデル名にも「QL」とありますが
この時代のキヤノンのお得意ともいえる
「クイックローディング」が搭載され
フィルム装填もかなり簡単に行え、失敗も少ないと思われます。
基本的な機能や構造は初代から受け継がれていて
大口径レンズにレンジファインダー搭載
SS優先オートに加え
露出計はオフになるもののマニュアルも可能という部分は
最終モデルの「G-Ⅲ」まで受け継がれるキヤノネットの特徴です。
この4年後に出る「ニューキャノネット」になると
小型化が一気に進みますが
まだこの時代のキヤノネットは初代同様、少し大き目のボディです。
その分、撮影時のホールディングはしやすく
内部構造にも余裕があり整備性も良好です。
非常にバランスの取れた良いカメラだと思います。

お預かりしているキヤノネットは巻上はできるものの
レリーズしてもシャッターがうんともすんとも言いません。
でもレリーズボタンを押すと次の巻上が行えます。
典型的なシャッター羽根固着の状態です。
レンズシャッター機の宿命とも言える症状です。
シャッター羽根がこれだけ貼り付いているということは
オート制御の構造があるため
もっと小さなバネ力で駆動する絞り羽根も当然のように固着です。
シャッターユニット内からキレイに清掃して
無駄な油脂類や汚れを落とし、羽根自体の入念な清掃が必要です。
他にも距離計のズレだったり
レンズやファインダーに汚れ・カビが見受けられます。
電池室には当時の水銀電池がそのまま入っていましたが
意外なことに電池室や配線へのダメージはあまりないようです。

いずれにしても全体の一通りの整備が必要な状況です。
先述した通り整備性も非常に良好なカメラです。
初代はレンズユニットと露出計のSS情報伝達が
ちょっと独特な構造で行われており
デリケートな部分もあったのですが
そのあたりも「QL17/19」になると改善されています。
ファインダー絞り表示も固着しやすい初代の構造から
改良されています。
反対にオート制御は初代とほぼ同じ構造ですね。
ここは改良する必要がないほどよくできているということでしょうね。
これから本格的に各部の分解整備に取り掛かります。

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。

ニコンF2フォトミックのカメラ修理

今日は2月20日…キリの良い日付で
記念日制定もそれなりに多い日なのですが…
どうもこれと言ってピンとくるものがないですねぇ(苦笑)
じゃ2月20日の過去の出来事を…と思って調べてみると
ここのブログでもよく話題になる
マーキュリー・アトラス6号(コールサイン:フレンドシップ7)が
1962年2月20日に打ち上げられています。
このフレンドシップ7に
アンスコオートセット(初代ミノルタハイマチックのOEM品)の
改造品が搭載され「世界初の宇宙に行ったカメラ」となったわけですね。
ミノルタはこの1件以降、ハイマチック7やSR-7を
発売し、ミノルタにとって「7」が特別な数字になりました。
フレンドシップ7に載った宇宙飛行士ジョン・グレンが
1963年に来日した際にはミノルタから
製造番号77777777のハイマチックがプレゼントされたそうです。
フレンドシップ7はワシントンD.Cの国立航空博物館に
現在も展示されていてその写真も見たのですが
さすがに時代を感じますし
よくこんなもので宇宙まで行って帰ってこれたなぁ…と思ってしまいます(苦笑

さてさて

ここまでフレンドシップ7に関することを書いたので
今日の修理はハイマチック…いやせめてミノルタ機かと思うところですが
最初のタイトルにあるように
今日は「ニコンF2フォトミック」のカメラ修理を行っています。
そんなうまいタイミングで都合よくスケジュールはされておりません(笑
「ニコンF2フォトミック」の発売は1971年なので
初代ハイマチック発売の10年後、フレンドシップ7の発射から9年後になりますね。
伝説の一眼レフとなった「F」の後継機F2の
露出計内蔵フォトミックファインダー搭載モデルです。
「F」の時代にも「フォトミックファインダー」及び搭載モデルは存在しましたが
あくまでも派生モデル的位置づけでした。
デザイン的にも好みはあるとは思いますが
一体感といった意味ではやはり少しちぐはぐした印象でした。
これが「F2」の時代になると内蔵露出計もかなり一般的な存在となり
F2ではフォトミックファインダー装着モデルの方が
露出計レスの従来のアイレベルファインダー搭載機よりも
メインの存在になってきています。
フォトミックファインダーが装着されることが前提で
電池室から「F」時代のファインダー側からボディ底部に移設され
電源SWは巻き上げレバー連動となります。
電池室がなくなったこともありフォトミックファインダーも
随分コンパクトになりました。
それでも少し頭でっかち感はあるのですが
F2フォトミックのレベルであれば「ニコンらしい武骨さ」で
逆にカッコ良いと思えてしまいます。
少なくとも個人的には「F2フォトミック」のデザインは私は好みです。
露出計内蔵なのが最大の特徴ではありますが
フォトミックファインダーにはアイレベルとは異なり
ファインダー内にSSと絞り値が表示されるようになっています。
個人的にはこれが一番のフォトミックのメリットではないかと思っています。
絞り値表示に関しては直読式になってしまう「Ai方式」のフォトミックより
「非Ai」のフォトミックの方が視認性に優れています。

お預かりしている「F2フォトミック」は
ボディ側はスローシャッターでのガバナの粘り
高速シャッターの精度不良と
油切れが主な要因とみられるトラブルを抱えている状況です。
しかしながらこれらは通常の整備清掃の上での
調整で解消できるのがわかっているので
心配はしていないのですが
少し気がかりなのがフォトミックファインダーの露出計です。
バッテリーチェックはほぼ正常に動作しているのですが
通常の露出計だと明るさに関わらず常に
針が振り切ってしまう状況です。
F2フォトミックに限りませんが
この時代の露出計でこうい症状が出る場合は
多くの場合がブラシ等で接触する摺動抵抗の
汚れ・劣化が原因のことがほとんどです。
少し余談ですが「F」フォトミックでこの症状が出ていれば
かなりの確率で摺動抵抗上の抵抗体が剥がれ落ちてしまっていて
ほぼ抵抗のない状態になっていて修理不能となります。
F2フォトミックでは抵抗体もF時代に比べればかなり丈夫になっていて
抵抗体が剥がれ落ちている可能性は低く
おそらく汚れが原因だとは思われますが
抵抗自体がダメで修理不能の可能性もそれなりにあり
かなり心配な状態です。
…というわけで今回はボディは後回しにして
フォトミックファインダー側から整備していきます。

結論から言うと何とかなりそうです。
あまり強烈な溶剤等で清掃すると
この作業自体で抵抗体を剥がしてしまう恐れがあるので
かなり慎重に少しだけ抵抗体の清掃を行いますが
症状に明らかに改善の様子が見えたので
抵抗体自体は無事でブラシや抵抗体表面の汚れが
指針振り切りの原因のようです。
とりあえずは少し安心しました。
まだ抵抗体のほんの一部で試してみただけなので
これから本格的に清掃整備に取り掛かります。
その上でできる限りの精度が出せるように調整を行っていきます。
そして改めてボディ側の整備にも取り掛かります。
古いものですからしかたないのですが
やってみないことにはわからないことも毎日多く
なかなか神経をすり減らします(苦笑)

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。

ニコマートELのカメラ修理

今日は「プライヤの日」なのだそうですよ。
「プ(2)ライ(1)ヤ(8)」と読む語呂合わせからだそうです。
プライヤ…要はモノを挟む・掴むための工具ですね。
いわゆる「ペンチ」もプライヤの一種です。
(余談ですが日本では逆に「プライヤ」が
ペンチの一種を指すことも多いようです)
ペンチにしてもプライヤにしても身近な工具ですよね。
私の仕事の場合は相手にする部品が小さいので
一般的なプライヤの出番は少なく
部品を掴んだりするのはピンセットが主役となります。
ただ、プライヤの一種でもあるラジオペンチは
先端加工してカニ目を回す際に多用しますし
これもプライヤの一種でもある「ニッパー」も多用します。
あまり出番が多いのは良くないですが
「ネジザウルス」もプライヤの一種ですね。
この手の工具は毎日手にしますし
工具屋さんやホームセンターに行くと
何か役に立てそうな工具はないかプライヤ関連は
かなり頻繁にチェックします。
手先の器用さというか技術だとかいう前に
使いやすい工具を正しく使うのも非常に大事です。
「弘法筆を選ばず」なんてことも言いますが
道具次第で作業効率は全く変わりますよ。
まぁこれもこだわり過ぎも禁物で
無駄に高価な工具を使うのもどうかとは思いますが…
工具は何にしても基本的には消耗品ですし…
(長く使えるものももちろんありますが…)
今日もいろいろな工具を手にしながらカメラを整備していきます!

さてさて

本日は「ニコマートEL」のカメラ修理を行っています。
1972年発売の電子制御シャッター機です。
ニコマートシリーズは機械制御シャッター機の「FT系」が
60年代から先行発売されており
EL系は随分遅れての追加となった形です。
ニコン初の絞り優先オート搭載機であり
「非Aiレンズ」でオート撮影ができるのは
この「EL」とワインダー対応の「ELW」のみとなっています。
電子制御シャッター機なので電池がなければシャッター制御はできませんが
電池がない場合は1/90のみ使用可能の状態になります。
オート時には1/1000~4秒のSSを無段階で設定する仕組みになっています。
特徴的…というか独特なのは電池室の場所で
なんとミラーボックス内底部に電池室が配置されています。
ミラーアップまたは指でミラーを上げておいて
電池室の蓋を開くような手順となり
またこの電池室、電池(4SR(LR)44)が取り出しにくいのです…
設計時に相当場所に困ったのでしょうね…(苦笑)
決してコンパクトなボディではないので
何とかならならなかったのか…という気もしますが…
今でもよく覚えていますが
初めて「EL」を手にした時に説明書も何も手元になく
「あれ???電池ってどこからいれるの????」と
電池室を探しまくったあげく
自力では見つけられなかった…ということもありました(笑
電池室云々の話はともかく
基本的には非常に使いやすい露出計ファインダー表示を持つカメラで
オート時だけではなくマニュアル時にも使いやすいカメラです。
シャッターは既に実績充分のコパルスクエアです。
機械的安定度は抜群のユニットなので電子制御さえ安定してれば
非常に信頼性の高いシャッターです。

お預かりしている「ニコマートEL」は非常にキレイな外観の個体です。
動作も一通りは行えているのですが
細かくチェックしていくといくつか問題を抱えています。
まず高速シャッターに問題があり
1/1000設定だとシャッターは全く開きません。
1/500設定だと開くのですがこのときも1/1500くらいの露光量しかありません
非常にスリットが狭い状態ということです。
こういう場合に多いのが先幕の動きが汚れ等で遅く
後なくに追いつかれてしまっているパターンですが…
今回の場合は少し状況が異なるようです。
1/500や1/250で計測してみると先幕の動き自体は悪くなく
後幕よりも少しばかり幕速は速いほどなのです
…となるとマグネットの吸着解除の
タイミングがよくないということだと思われます。
単純にマグネット吸着部の汚れ等が原因であればまだ良いのですが
制御部の問題だとちょっと大変かもしれません。
そのシャッタースピードの問題を抜きにしても
オート制御はかなりアンダー気味でSSの精度は充分出ている
1/125や1/60を使うような設定でもオートは2段近くアンダーになってしまいます。
露出計の指示する値自体は問題ないようです。
それからこれは原因は単純ですが
フィルム室の蓋(ボディ裏蓋)が非常に開きにくくなっています。
巻き戻しクランクを引き上げた時点でロックは外れているのですが
そこから指で強引に開かないと裏蓋が開きません。
確かにモルトは劣化していて多少粘着質ですが
通常はそのくらいではこんなに開きにくくありません。
で、開けた状態でよく見てみると…
モルトを随分前に一度替えているのだと思いますが
その際にボディ側の溝部分は中途半端なモルト除去にとどまっていて
新しいモルトを本来モルトの貼られていない
裏蓋側にそれも厚めに貼ってあります
そして今度はその貼ったモルトが劣化してしまっています。
で、裏蓋の空きにくい原因はこの裏蓋側に貼ったモルトです。
試しにざっくりモルトを除去してみると
見違えるように普通に開くようになりました。
もちろん後で正しい位置に適正な厚さのモルトを貼り直します。

まだ現状をチェックしただけの状態です。
これから本格的に分解整備取り掛かります。
整備性はそれほど悪くないカメラですが
上カバーを開ける際に予備知識がないと
わかりにくいところが一ヶ所あり
そこがまた場合によっては
回りにくくてなかなか開かないのですよねぇ…(苦笑)
まぁ、何にせよ。何とかがんばります!

ミノルタXDのカメラ修理

今日は「天使の囁き記念日」だそうですよ。
ここでいう「てんしのささやき」とは
マイナス10℃以下になると空気中の水蒸気が凍ってできる
氷の結晶「ダイヤモンドダスト」のことだそうです。
1978(昭和53)年のこの日に
北海道幌加内町母子里(ほろかないちょうもしり)で
気象庁の公式記録の対象から外れていたため
非公式だそうですが国内最低気温のマイナス41.2℃を記録したそうです。
これにちなみ、同町の「天使の囁き実行委員会」が
1994(平成6)年に制定した記念日です。
ダイヤモンドダスト(細氷)は気温もさることながら
いろいろな条件が揃わないと出現しないのですよねぇ
でも人工的に作りだすこともできるそうです。
一度は実際にダイヤモンドダストの舞うところを
体験してみたい気もしますが…
いや…もう常識外に寒いところや暑いところはイヤだな…
間違いなく身体にダメージありそうですもの…(苦笑)

さてさて

本日は「ミノルタXD」のカメラ修理を行っています。
1977年発売の世界初の両優先オート(絞り優先・SS優先)搭載カメラです。
もちろんマニュアル露出も可能です。
いわゆるマルチモード機の先駆者となったカメラです。
翌年にはさらにプログラムオートも搭載された
最大のライバルであるキヤノンA-1が発売され
本格的なマルチモード機の時代に移り変わっていきます。
発売当時は機能的な面が非常にクローズアップされていましたが
現在ではその端正で飽きの来ない優れたデザインと
ミノルタらしい何とも気持ちよい使い心地で
注目されるカメラとなっています。
凝縮感のあるコンパクトなボディが誰が見ても
好印象なイメージだと思います。
この時代のミノルタらしく使い心地の良い基本設計のカメラに
当時の最先端の最先端の電子技術を組み合わせ
高機能てんこ盛りにしたカメラなのですが
現行機種だった当時から
電気系のトラブルが多いカメラであったのは有名です。
現在それなりに動作している個体は当時に
正しい対策が施されたものも多く
それほど困った状態のものを見ることは少ないような気もしますが
当時から長らく眠っている個体は安心できないものが多いです。
当然ながら電子部品の交換等は不可能な部分が多いので
場合によっては修理不可能になることも多いカメラです。

お預かりしている「XD」は人気のブラック塗装モデルです。
随分長い間使われずに仕舞い込まれていた個体だと思われます。
その際に電池が入れっぱなしになっていたものとみられ
電池室にはかなり激しい腐食が発生しています。
電池室から見える部分もそうですが
裏側の端子やハンダ、周辺の配線等にも腐食が広がっていると思われます。
当然ながら電源は全く入らない状態です。
電源が入るようになっても電子部品の問題でまともに動かない可能性も
それなりにあるので修理する立場としては
なかなかハイリスクな状態と言えると思います。
もちろん何とかする方向でできる限りの整備を行っていきます。
電源が入らないのでシャッターは「B」と「O」でしか切れません
そこでも他の問題が確認されています。
XDでたまにある症状なのですが
ボディ側のレンズ絞込レバーの動きが悪く
レンズを全く絞り込めない状態になっているようです。
ここは単なる機械的な動作不良なので何とか改善できるかと思われます。
加えて巻上部にはかなり粘りがあり
XEほどではないにしろ魅力の一つである
「巻上の滑らかさ」も大きく損なわれた状態です。
こちらも最終的には改善してきたいと思います。

まだ上カバーを外しただけの状態ですが
これから本格的に分解整備に取り掛かっていきます。
これだけのフレキを抱えた電子制御満載のカメラなので
当然ながら分解整備の難易度は高いカメラです。
細心の注意を払いながら作業を行っていきます。

…このあと…まずは電源の復旧を行い
まずは電気でシャッターの切れる状態にするのですが
なかなか動きが不安定でやはり各接点や摺動抵抗の
接触不良があちこちにあるようです。
ただ致命的に制御不能な症状はなさそうで基板内漏電も行っておらず
何とか修理可能な状態であることが判明して少し安心しました。
これからさらに整備調整を行い普通に使える状態にしていきます。

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。

ペンタックスSPのカメラ修理

今日は記念日設定の少ない日なのですよね…
そんな中、「次に行こうの日」なんてのが制定されてますね。
日付は4月の新学期を前に
「次に(2)行(1)こう(5)」と読む語呂合わせからだそうです。
いろんなことで切り替えは大事ですよね!
ただ捉え方にもいろいろあって
ひとつのことをあきらめずにあきらめずに
失敗を重ねてもまた取り組みを変えてトライし続けることで
初めて身になるものも多いですものね
何も考えずに同じことを繰り返して
同じ失敗をしているようではまたダメなのでしょうが…(苦笑)
大枠で同じ目標に対して
いろいろな方法を試すという意味で「次に行こう!」ってのは
いいかもしれませんね!
まぁいろいろな場面によって考え方も変わりますので
一概には言えませんか…
「あきらめが肝心」ってこともありますし
切り替えるのではあればスパッと次に行かなくちゃダメでしょうねぇ
何事も毎日がいろんな判断の繰り返しで大変ですよね
何だか話がとっちらかってきたので今日はこの辺で…(笑

さてさて

本日は「ペンタックスSP」のカメラ修理を行っています。
これも修理依頼の多いカメラですね。
何と言っても大ヒットモデルで現存数が非常に多いということもありますが
その上にM42マウント機でレンズの選択肢も多く
現在でも非常に人気のあるカメラということで
当然ながら修理依頼も多くなってくるわけです。
新品が大ヒットした当時はM42マウント云々というよりも
TTL測光で露出計が使いやすく
超高級機に遜色ないスペックの割には比較的お求めやすい価格で
まさに時代にうまくマッチしたのがヒットの要因かな…とも思います。
レンズマウントがユニバーサルマウントで
絞り情報伝達機能の全くないM42マウントの為
測光は絞込測光となってしまい
TTL開放測光に慣れてしまっていると少し不便さを感じますが
それも慣れてしまえばそれほど問題なく使いこなせると思います。
その他の部分はシンプルな一眼レフですが
シンプルな故に使い勝手は悪くないと思います。

お預かりしている「SP」はまず低速SS時に
かなり高い頻度でミラーアップしたままになってしまいます。
SPの修理の際によくあるパターンですが
今回もミラー駆動部の動作不良と言うより
シャッター後幕の動作不良により
先幕が完全に走り切った後で後幕がスタートする
低速SS時において幕走行が正常に完了せず
後幕リンク部がミラーダウンレバーを蹴れないことが原因かと思われます。
そんな状態なので高速SSでもシャッターは切れていても
やはり精度は正しく出ていません。
先日のKXの修理でも書いた通り
SP以降のペンタックス横走り機は
調速カム周りの動作不良が経年劣化のため
酷いものが比較的にあり
そうなってくるとそう簡単に高速SSの精度が確保できなくなってくるので
整備の際にも注意が必要です。
今回は幕軸清掃や注油で結果的には問題はクリアできています。
そしてSPの整備でこれも問題の多い露出計ですが
古い水銀電池が中に入ったまま腐食してしまっているようで
電池室の蓋がビクとも開きません…
これはなかなか苦労しそうです。
力任せに開けようとしても壊してしまうのがオチなので
溶剤や潤滑油を使って時間をかけて緩ませていきます。
次巻は非常にかかりましたがこれも何とかなりそうです。
電池室裏の接点もかなり腐食が進んでおり
徹底的に磨いた上に処置を行って導通を確保していきます。

今回はプリズムは腐食もなく非常に良い状態です。
コンデンサレンズや接眼れずも含めて
若干のカビや汚れがあったので
そこはできる限りの清掃でさらにキレイにしていきます。
CdSや基板内抵抗等は問題なさそうです。
電池室周りさえ修理できれば後は調整で
露出計精度も確保できそうです。
巻上機構周りは油切れも進んでいますので
本来の軽快な巻上になるようにこちらも整備を進めていきます。

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。

フジカV2のカメラ修理

今日はこれといった記念日の少ない日ですが…
「世界ラジオデー」だったりしますね。
ユネスコが制定した国際デーのひとつです。
中学生になる少し前あたりからだったかな
やたらとラジオ聴くのが楽しい時期がありました。
最初はAMラジオが中心で
好きな芸能人が出てるラジオドラマとかを聴いたり
オールナイトニッポン聴き始めたのもこの頃です。
そのうちFMラジオでエアチェックするのが主になり
その頃録ったカセットテープはまだ大事に保管してありますし
まだ普通に聴くこともできます。
そういえば少し前に思い出したように夜中に
やたらとAMラジオが聴きたくなって
小さなラジカセを出して枕元で流していたりしたのですが
夜中にチューニングダイヤル回して
受信できる局を探していると何だか懐かしい気分になれました。
こういった昔は普通にやっていて
今はしなくなった行為をひさしぶりにやってみると
記憶を開くトリガーになるのですよねぇ
その時も忘れかけていたいろんな当時のことを思い出しました。
私はフィルムカメラを弄ることが毎日の習慣になっているので
それは当たり前の行為で懐かしくもなんともないのですが(笑
フィルムカメラの操作でも
同じように感じる方も多いかもしれませんね。

さてさて

今日は「フジカV2」のカメラ修理を行っています。
1964年発売のカメラで
1950年代からの「フジカ35」の流れを汲む
最終モデルとなるモデルです。
巻上レバーこそ一般的なボディ上部に配置されましたが
背面配置のピント調整ダイヤルや
側面に配置された巻き戻しクランク等
フジカ35らしい部分が多く残ったカメラです。
露出計受光体は時代を反映してセレンではなく
CdSが採用されています。
露出計と連動してシャッタースピード優先オートが搭載されています。
レンズは非常に評価の高いフジノン4.5cmF1.8が搭載されています。
もちろんレンジファインダー搭載ですが
ファインダー内表示もなかなか凝っていて
設定したSSもファインダー内に表示されます。
そしてシャッタユニットは前モデルの
フジカ35オートMのコパルマジックではなく
シチズンMLTが使われています。
しかしながらこのシチズンMLT、レンズシャッター機としては
非常に珍しい1/1000シャッターを搭載しています。
やはり一癖も二癖もあるちょっと変わったカメラであることに
間違いはないかと思います。

この「V2」も以前のオートMほどではないのですが
なかなか整備の大変なカメラです。
フジカ35の系譜はシリーズを通じて
若干華奢にできている部分も多く
発売から60年前後経過する現在においては
各部の部品音経年劣化がなかなか厳しい状態のモノが多いのです。
今回のV2はお預かりの時点で
絞り羽根固着、露出計不動、距離計に大きなズレありといった状態でした。
絞り羽根の固着は定番の油滲みによるもので
シャッターユニットにも大きな問題はなかったのですが
露出計周りは単なる電池室周りのトラブルだけではなく
内部の抵抗が全くダメだったりCdSの劣化が
思ったより酷かったりとなかなか大変な状態でした。
どうしても露出計に関してはできる限りの調整とはなってしまいますが
実用上に問題ない程度には何とかまとめることができました。

画像は一通りの整備が完了した状態でのものです。
CdS受光部の窓と連動するASA設定ダイヤルが
デザイン上もアクセントになっており
パッと見た目でV2とわかる大きな特徴になっていますね。
自慢の4.5cmF1.8レンズはカビがそれなりにあったものの
清掃整備後は非常にクリアになっており
その写りが非常に楽しみだと思います。
ご依頼者様には存分にお楽しみいただければと思います。
もう少しだけ様子見の時間をおいてから
最終チェックを行い、問題なければ完成となります。

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。

ペンタックスKXのカメラ修理

今日は「ボンカレーの日・レトルトカレーの日」だそうですよ
本格的なカレー屋さんで食べるカレーも良いですが
自宅で手軽に食べられるレトルトカレーも美味しいですよねぇ~
炊きあがってから時間が経って
水分が飛んだ冷めたご飯に合うのですよねぇ~
こう書いているだけで
やたらとレトルトカレーが食べたくなってきますね!
1968(昭和43)年のこの日に
日本初のレトルト食品である「ボンカレー」が発売されたことが
由来となっています。
私の世代だとボンカレーというと
やはり松山容子さんのパッケージのイメージなんですよねぇ
そこら辺中に当時多かったホーロー看板もあったような気がします。
さらにテレビCMでは仁鶴さんの
「3分間待つのだぞ」のセリフと
「じっと我慢の子であった」のナレーションが印象的でしたねぇ
レトルトカレーは普段はハウスのカリー屋カレーを選ぶことが多いのですが
今夜はボンカレーにします!
ちなみに昨年も書いたかもしれませんが
一人暮らしの独身男性でも温めるだけで簡単に食べられることから
「独身男性のカレー」という意味で
「チョンガーカレー」という名前になる案もあったそうです。
もしこっちになっていたら
間違いなく現在まで同じ商品名では続いてなかったですよねぇ
ボンカレーでよかった(笑

さてさて

本日は「ペンタックスKX」のカメラ修理を行っています。
それまで採用していたM42マウントから
ペンタックス独自の「Kマウント」を採用した
最初のシリーズ「Kシリーズ」の中核モデルです。
1975年6月に「K2」「KX」「KM」の3機種が同時発売されました。
トップモデルの「K2」は電子制御機で
ES2の進化版と言えるモデルで
「K2」「KM」はSP系の進化版と言えるカメラです。
今回の「KX」は基本的なシャッターやミラー駆動部の構造等は
SPからの設計を引き継いでいますが
露出計受光体はSPDとなり、
ファインダー内表示も二針式の非常に使いやすいものになりました。
さらにレンズ側の絞り値をファインダー内で直読できるようにもなっており
ファインダー内で露出方法がすべて把握できる形式となってます。

お預かりしている「KX」は精度はともかく
シャッターは一通り作動していますが
露出計は全く動きません。
電池室の腐食がかなり確認できていたので
各接点の清掃と電池室周辺の配線交換で
改善するかと予想していましたが
思っていた以上に腐食の酷い状態でした。
電池室から発生した腐食や緑青は
電池室及びその周辺だけにとどまらず
露出計基板の主要な部分にまて広がっており
とても清掃や磨きでどうにかなるような状態ではありませんでした。
さらに露出計本体も内部で断線しており
こちらも交換で対処するしかなさそうです。
さらにシャッタースピードも妙に不安定で
幕軸や調速カム関連に動作不良があるものと思われます。

画像は一通り整備が完了した状態でのものです。
結局、露出計本体、露出計基板、電池室への配線は
全て交換で対処いたしました。
シャッター関連は徹底的な清掃と最小限の注油
その上での調整で安定して高速まで精度が確保できております。
余談ですが…SP系以降のペンタックス布幕横走り機は
やたらとSSが不安定なモノが多いですね…
そしてそれがなかなか直りにくい…
統計を取っているわけではありませんが
単なる印象だけではないような気が…(苦笑)
今回のKXに関してはもう問題ないと思われます。
もう少し油脂類が馴染むまで様子見をしてから
最終チェックを行っていきます。

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。

オリンパスペンFのカメラ修理

今日は「建国記念日」で「わんこそばの日」ですが
個人的には2月11日といえば
私自身の「脳梗塞(延髄梗塞)記念日」ですねぇ(苦笑)
今日で発症から丸3年が経過しました。
個人的な話で恐縮なのですが少しだけ…
細かいことを言えばいろいろな障害がまだ残っていますが
大きなものは相変わらずの歩行時のふらつき(バランス障害)と
左顔面・首下右半身の感覚麻痺(温痛覚麻痺)ですね
それでも1年前と比べると
毎日のリハビリの効果もあってか
少しずつはよくなっています。
発症直後~退院直後の頃は杖なしでは
室内さえまともに歩けないし
左目は複視や霧視が酷くて使い物にならないし
右手も動かしにくいしで
「あーこりゃ何もかも普通の生活は終わったかー」と思いましたが
今では何とかかんとか普通の生活ができていることに感謝です。
ただまだまだ油断はできなくて
先日も脳MRIを撮って画像を見せてもらったのですが
梗塞の原因となった血管は反対側の正常な血管に比べて
明らかに細く画像上でも頼りなくて
ちょっとしたことでまたすぐに詰まるんじゃないかという状態でした…
日々の血圧や血糖値、水分補給には細心の注意が必要です。
もう再発だけは勘弁してほしいですねぇ…
日々の生活から気をつけます!

さてさて

本日は「オリンパスペンF」のカメラ修理を行っています。
世界的にも非常にめずらしいハーフ判一眼レフですね!
ただ単純に通常の35mm判一眼レフがハーフ判になっただけではなく
ロータリーシャッターや
ペンFでしか見られないファインダー経路と構造
その独特のスタイリング等
ハーフ判ならではの一眼レフになるように独自の工夫が隅々まで
凝らされたカメラです。
ハーフ判云々というよりもこの機械的構造だけでも
1台手元に持っておきたいと思うほどの魅力にあふれたカメラです。
特に露出計レスの「ペンF」はよりオリジナリティに溢れていて
その軽快なダブルストロークの巻上も非常に心地よいカメラです。
私も個人的に1台
それなりのコンディションのモノを持っておこうと思い
所持していたのですが部品取りに困ったときに
一部を使ってしまったりして
今や普通に使える状態ではないのですよねぇ(苦笑)
またそのうちに自分のも整備しておきたいですね

お預かりしている「ペンF」は
まずレンズを付けてシャッターを切るとミラーアップしたまま
シャッターが切れずに固着してしまいます。
レンズを外してミラーを少し指で押し上げてやると
何とかシャッターは切れ
そのままレンズを付けてない状態だとそれ以降もシャッターは普通に切れます。
このパターンだとレンズ側の絞りが粘っていて
絞り込むのに大きな力を必要とするため
カメラ側が固まってしまうという事例も多いのですが
今回の場合はレンズ側の絞りには何の問題もありません。
非常に軽い力で絞り動作は可能な状態です。
今回の場合はボディ側の絞込レバーの動作不良の為
レバーにわずかな負荷がかかっただけで
シャッターをスタートさせるレバーを蹴れなくなることが原因のようです。

…絞込レバー周りとミラー駆動部の動作改善を行わば
後は通常の整備で完了かな…と分解を進めていったのですが
表面的に不具合は出ていなくてもシャッターユニット周りに
かなり罠が仕掛けられていました(苦笑)
以前に分解された経歴があるらしく
シャッターユニットの留めネジに
ネジロック代わりと思われる大量のゴム系接着剤が盛り塗られていました。
当然そんなとこに大量の接着剤を使うと
シャッター羽根経路にも接着剤は入り込んでおり
さらに幕軸のネジもグラグラで
よくこれでまぁとりあえずはシャッターが動いていたものだと思うほどでした。
当然、不要な接着剤は全て除去し
シャッターユニットは念入りに根本的な部分から整備しなおしました。
まだ重篤な破損等のダメージがなかっただけ良かったのですが…
もう少し言えば外装等の組み立てもおかしなところが何か所かあり
明らかに知識のない方の再組立てと思える分解痕でした…困ったものです。

現在、一通りの整備を終えて少し油やグリスが馴染むまで
様子見をしている段階です。
シャッター、巻上、ミラー駆動、どこも非常に快調に動作しています。
花文字のレンズキャップ、カッコいいですよね
今はこのレンズキャップも単独で手に入れようとすると
結構なお値段がするのですよねぇ
「ペンF」の場合はボディ側にも金の花文字が入っているのが
また何ともカッコ良いですよね!
それにしてもこの上面がフラットでレンズがオフセットされた
独特のスタイリングは何とも言えず魅力的です。
この後、最終的なテストを行ってもんだいなければ完成となります!

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。

ミノルタSR-7のカメラ修理

今日は2月10日で語呂も良いこともあり
記念日の設定が多い日ですねぇ
「ニットの日」、「ふとんの日」、「ニートの日」
「二重の日」、「封筒の日」…
そんな中、今日は「トムとジェリーの誕生日」なのですね!
「トムとジェリー」(Tom and Jerry)の
第一作となる短編作品「上には上がある」(原題:Puss Gets The Boot)が
アメリカで劇場公開された1940年(昭和15年)2月10日が由来となっています。
日本では1964年にTBS系で放送されて以来
何度も再放送も行われています。
私も子供の頃、再放送でしたが毎週欠かさず見てましたねぇ
30分放送で3話構成なのですが
1・3話がトムジェリで2話目はトムジェリではなくて
他のキャラクターの話だったのですよね
この通称「真ん中の話」も好きでしたねぇ
ドルーピーとかロードランナーとか…
うーん…DVD買おうかな…(笑

さてさて

本日は「ミノルタSR-7」のカメラ修理を行っています。
SR-7は途中で大きなモデルチェンジを行って
ダイキャストボディの変更等も行われています。
そのモデルチェンジ後のSR-7は「ニューSR-7」と呼ばれ
ダイキャストも後のSR-T101のベースになるものです。
今回の「SR-7」は1962年発売の前期モデルです。
「SR-7」の前モデルは「SR-3」だったのですよね。
ここでも「フレンドシップ7」にハイマチックが持ち込まれたことの影響で
ハイマチック同様いきなり「7」になったわけですね。
この時代以降、ミノルタのカメラは区切りのモデルや
力の入ったモデルに「7」を多用することになります。
世界で初めてCdS素子使用の外光式露出計を内蔵した一眼レフカメラでもあります。
実は露出計周りもそうですがシャッターの構造等も
なかなか独特な造りをしているカメラで
修理・整備する立場から見るとちょっと難儀なカメラなのです。
「ニューSR-7」になるとかなりオーソドックスな造りに戻るのですが
この前期のSR-7とそれをベースとしているSR-1は
なかなか難しいカメラかと思います。

お預かりしている「SR-7」はミラ-アップしたまま
固着している状態でお預かりしました。
ミラーアップそのものは幕軸やミラー駆動部の粘りが原因で
その辺りを少し解消してやれば
とりあえずは動作するようにになったのですが
幕速を始めとにかくシャッター動作が不安定で落ち着きません。
幕ブレーキ関連の部品の摩耗による動作不良が酷く
まともに動きが落ち着くまでにかなり苦労をさせられました。
さらに露出計もあちこちの接点がダメで
まともに動く状況ではなく
さらに露出計本体にも問題が多い状態でした。
こちらも詳細を書けばキリがないので割愛しますが
かなり苦労して何とか使える状態には修理できました。

最終的にシャッター、巻上、ミラー駆動部、露出計
全ての機能が問題なく使える状態にすることができました。
画像は一通りの整備が終わった状態でのモノです。
もう少しだけ様子見をした後に最終チェックを行い
問題なければ完成となります。
SR-7は前モデルのSR-3やこの後のモデルになるSR-T101に比べると
なぜか苦労させられる印象の強いカメラです。
でき上がってみればミノルタらしく
非常に気持ちよく使える良いカメラなのですが…(苦笑)

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。

リコーフレックスダイヤLのカメラ修理

今日は2月9日…語呂合わせの記念部の多い日ですね。
「ふく(ふぐ)の日」、「服の日」、「肉の日」…等々
そんな中に「大福の日」なんてありますねぇ~
餡子大好きな私としてはここに触れないわけには…(笑
餡子の優しい甘さとお餅のふっくらもちもちがたまりませんよねぇ
コンビによると何かついでについつい買っちゃいますよねぇ
ただ、30代の時にこういうのと甘い缶コーヒーを
外回り中、コンビニに立ち寄るたびに大量消費したせいで
糖尿病を引き起こす原因になってしまったような気が…(汗)
まぁ何事も「過ぎたるは猶及ばざるが如し」で
適度なところ、いや少し少ないかな…というところで
とどめておくのが大事なのですよねぇ…ほんと反省します!
まぁ大福は何も悪くないのですが…(笑
お餅なので腹持ちもいいし
1個あれば幸せな気分になれるおやつだと思います。
晩御飯かなり少なめにして
大福1個だけ追加したくなりました…

さてさて

本日は「リコーフレックスダイヤL」のカメラ修理を行っています。
リコーフレックスというと大ヒットした
プレスボディの軽量コンパクトなタイプを思い浮かべますが
「ダイヤシリーズ」はそれとは全く異なるカメラで
ダイキャストボディを持ちピント調整もヘリコイドを使用したカメラです。
シンプルで最小限の機能のみを持ち低価格な従来のリコフレとは
全く異なる路線でいわゆる本格派な高級志向の二眼レフです。
最初のダイヤの登場は1955年ですが
翌年にはレンズ枠にBay1バヨネットを持つ「ニューダイヤ」が登場します。
さらに1957年にニューダイヤをベースに
セレン光電池を使用する露出計を搭載したものが
今回の「ダイヤL」となります。
最初のダイヤから採用されている左右側面に出ている
シーソー式のピントレバーは非常に使いやすく
素早く大雑把に合わせたいときにも
じっくり構えてピントを追い込んでいく際にも使いやすい優れモノです。
シャッターは「L」の場合はセイコーシャMXLが搭載され
最高速1/500から1秒・Bまでをカバーします。
最近よく書くような気もしますがこの時代のセイコーシャシャッターの
1/500は強靭な1/500専用の別バネを使用したものなので
1/500にセットする際には必ずチャージ前にセットします。
SS・絞り設定はビューレンズ上に集中表示されます。
ファインダースクリーンもたんなるすりガラス1枚ではなく
フレネルレンズが追加され非常にピントの山の掴みやすい仕様です。
レンズは4枚構成のリケノン80mmF3.5です。

ダイヤLのセレンは残念ながら劣化していて起電しないものが多く
ここの修理は実質不可能な状態です。
今回お預かりの「L」も露出計は全く光に反応しませんが
ここは残念ながらこのままとなります。
シャッターはレンズシャッターの宿命でやはり粘り気味です。
まず1回目にシャッターを切ると明らかに見た目にもゆっくりと
シャッター羽根が動いて開くような状態です。
連続してシャッターを切ると
2回目以降は見た目には普通に切れている感じですが
しばらく放置しておくとやはり1回目のシャッターは
ゆっくり開きます。これではまとも写真は写りません。
さらにSS・絞り設定レバーが
強烈に固着していて全く動きません…
レンズは比較的キレイなほうですがやはり若干のカビ汚れがみられ
ファインダーミラーは劣化でかなり曇っています。
スクリーン自体もかなり汚れてしまっています。
要は全ての機能に関して整備・修理の必要な状態です。

SS・絞り設定レバーの固着はシャッターユニットや
絞りユニット側で固着しているのではなく
上画像で取り外してある連動表示機構側で固着しているのが
このカメラでのパターンです。
もう少し詳しく言うと表示窓のプラ板と表示板が
くっついてしまい離れなくなってしまうのです。
もう少し余裕をもって隙間を作ってくれてあれば…
で、表示窓が密着して固着するので
表示板側に刻印されているSS値やLV値は問題ないのですが
表示窓側にプリントされている絞り値は当然剥がれてしまって
全く読めない状況です。
このままでは動くようになっても使いづらいので
後で何か対策を考えます。
それ以外はこの時代の二眼レフで通常行う整備を一通り行います。
ファインダーミラーは今回も交換で対応します。

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。