ヤシカエレクトロ35のカメラ修理

今日は「灯台記念日」だそうですよ。
1868(明治元)年11月1日(新暦)に
神奈川県横須賀市の観音崎に
日本初の洋式灯台「観音埼灯台」が起工されたことに由来しています。
観音埼灯台は三浦半島東端に立っており
関東大震災などの大正時代の地震により1923(大正12)年と
1925(大正14)年の2度再建され、現在の灯台は3代目にあたるそうです。
先日、友人の車に乗せてもらって城ヶ島まで行ったのですが
その帰りに観音崎付近を通ってますねぇ
結構な雨降りだったのと日没寸前だったため
岬の先までは行っていないですし灯台も見てはいませんが
城ヶ島ではいつもの安房埼灯台を見てきました。
いずれにしても灯台は岬の先端にあることが多く
頂上とか先端ってやはり行ってみたくなりますよね(笑)
そっか…山の頂上と岬の先端って
そういう意味では何か似てますね(笑

さてさて

本日は「ヤシカエレクトロ35」のカメラ修理を行っています。
エレクトロ35シリーズは初代から一貫して
「ろうそく1本の光でも写る」カメラをコンセプトとしていて
シリーズを通して大口径レンズにスローシャッターに強みがある
電子制御シャッターを搭載した絞り優先オート機です。
今回は正確に言うと1968年発売の「エレクトロ35G」です。
Gは「ゴールドメカニカ」の頭文字です。
初代をベースにして基板接点に金メッキを採用し
耐久性を向上させたモデルです。同時に巻上レバーの形状変更等の
小変更も行われています。
初代から「GSN/GTN」までは外装サイズ・デザイン
内部機構はほぼ同じでマイナーチェンジを繰り返して進化しています。
前期エレクトロのこのレトロなデザインと
少し大柄なしっかりしたボディは非常に魅力的だと思います。

お預かりしている「エレクトロ35」は
腐食や劣化が多く見られる電池室はキレイです。
ちゃんと電池を抜いて保管してあったものと思われます。
新しい電池(4LR44)を電池アダプタを介してセットしてみると
バッテリーチェックは正常に点灯します。
しかしながらシャッター制御は全くできず
電池が入っていないときと同じように一定速で切れています。
どこかの接点不良か何かでうまく電気が通じないようです。
そして巻き上げ時にエレクトロ特有の
レリーズ軸の戻る「カチン」という音も鳴りません。
これが鳴らない個体は通電していてもかなりの確率で
オート不良が起こってしまいます。
このレリーズ軸の戻る音はシリーズを通して
全てのエレクトロ35で巻上時にカチンとなるのが正常です。
他、レンズ・ファインダーにもかなりのカビ・汚れがあります。
しかしながらまずはシャッター及びオート露出を正常に
動作させることから取り掛かりたいと思います。

古い電子制御機なので配線も非常に多く
ややこしいカメラではありますが
整備性自体は悪くありません。
意外なことに使われている電子部品自体は意外に丈夫で
電子部品関連のトラブルで修理不可能という個体は
比較的少ないです。
とはいえデリケートな部分も多いカメラな上に
生産から50年以上経過しているため
分解整備には非常に神経を使います。
当店は比較的エレクトロの修理依頼が多いので
見慣れた内部構造ではありますが
慎重に整備をここから行っていきます。

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ニコンEL2のカメラ修理

今日は「日本茶の日」だそうですよ。
1191(建久2)年のこの日に
臨済宗の開祖・栄西が宋から帰国し
茶の種子と製法を持ち帰ったとされています。
これにより茶を飲む文化が一度廃れた日本において
茶の栽培が再び広まり
日本の貴族だけでなく武士や庶民にも
茶を飲む習慣が広まっていったということです。
日本茶…特に普通のお茶は
なんだかんだ馴染んでいるせいもあって
やはり飲みやすいし美味しいですよねぇ…
毎日の中でコーヒーを飲むことも多いですが
なんとなく口が乾いた…とか、何か飲みたいってときには
やはり温かいお茶を飲むことが多いです。
ただ…普段はお手軽な緑茶パックが多いですが…(笑)
ほとんどの日本茶は不発酵茶である緑茶で
緑茶の種類には、煎茶、玉露、番茶、ほうじ茶、玄米茶、抹茶などがあります。
でもやはり煎茶が飲みやすくていいですね。
そんなこと書いてたら何か飲みたくなってきたので
ちょっと書くのを中止してお茶入れてきます。
パックでお湯注ぐだけですが…(笑

さてさて

本日は「ニコンEL2」のカメラ修理を行っています。
1977年発売のカメラです。
ネーミングは「ニコンEL2」で銘板も「Nikon」ですが
要は「ニコマートEL」の後継機種です。
個人的には「ニコマートEL2」のほうがしっくりきますね…
機能的にはニコマートELをAiレンズ対応としたカメラです。
地味なマイナーチェンジ版ともいえますが
機能的にはそれしか変更がなくても
中身はもはや「ニコマートEL」とは全く別物です。
機械的な巻上機構とかミラー駆動はニコマートかた引き継いでいますが
電気回路は全面改良で基板もフレキが使われています。
露出計受光素子もCDSではなくSPDに変更されており
中身、特に電子制御関連に関しては「ニコマートEL」よりも
かなり次期モデルの「FE」に近いモノがあります。
それもそのはずで開発はニコンFEと並行して行われたそうで
露出制御用ICはFEと共用なのだそうです。
FEの登場が翌年の1978年なので当然とはいえば当然かもしれません。
FEが翌年発売されたこともあって「EL2」は比較的
見ることの少ないカメラです。

お預かりしている「EL2」は一通り動作はしていて
撮影にも使えるレベルではあります。
ただ長い間未整備な個体のためフィルム室等
分解しなくても見えるモルトは全て劣化しています。
当然内部のモルトもそうだと思われます。
そしてシャッター羽根の汚れ等の影響だと思われますが
高速シャッターが少々不安定です。
加えてネガであればまず問題ないレベルですが
露出計もオーバー目です。
そのあたりの電気的調整も含めてリフレッシュが必要かと思います。

まだ取り掛かり始めでこれから本格的に分解整備を始めます。
この状態でもわかりますが基板付近の様子が
ニコマートELとは全く異なります。
これだけの内部変更を行っている割には
整備性はさほど悪くありません。
さすがにFEのほうが整理されてはいますが…
このタイプのカメラはいったん取り掛かると
効率よく且つ丁寧に作業して
なるべく早く閉じてしまいたいので
これから集中して作業を行います。
(要はあまり分解した状態で放置したくない(苦笑))

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キヤノンF-1のカメラ修理

今日はこれといった記念日のない日ですねぇ…
ということで過去の10/28の出来事を調べてみると
1972年10月28日にパンダのカンカンとランランが
上野動物園にやってきた日なのですね。
中華人民共和国との国交恢復を記念して
日本に贈られた雌雄2頭のパンダです。
私はまだ3歳でしたが
おぼろげながらカンカン・ランランのことは覚えてますよ。
このあと11月5日に一般公開されて
日本中大騒ぎになりました。
最盛期には毎日平均1万5千人が訪れ
長さ2キロメートルにわたる2時間待ちの行列ができ
観覧時間はわずか30秒だったそうです
今でもパンダは上野動物園やアドベンチャーワールドで
大人気ですがこの時の大フィーバーぶりは
別格だったと思います。
確かに遠目で見ている分にはかわいいですものねぇ…
動物園も長らくご無沙汰です。
上野かズーラシアか季節の良いうちに行って来なくては…

さてさて

本日は「キヤノンF-1」のカメラ修理を行っています。
何度も同じようなことを書きますが
一眼レフの開発に立ち遅れ気味だったキヤノンが
社運をかけて開発した初のプロ向け一眼レフです。
「F-1」ボディ本体も素晴らしいですが
FDレンズ群や各種アクセサリーを含めた
システムカメラとしてもあらゆる撮影に対応できる
まさにプロ向けのカメラだったと思います。
この分野でそれまでまだに独り舞台だったニコンFの後継である
ニコンF2を止めるために登場したカメラです。
F-1の登場によりここから長らく続く
ニコン・キヤノン2大メーカー時代への幕開けとなりました。
機能としては今となっては一般的なマニュアルカメラの
標準的なものと言えますがニコンF2もそうですが
驚異的なのはその耐久性です。
過酷な場面でも撮影を続けることのできるタフさはまさにプロ仕様です。
ただ、どんな過酷な環境にも耐えうるのは
新しい状態を維持しているから…という前提もあり
さすがに経年劣化には勝てない部分も存在します。
機械なのですから当たり前ですよね。
当時のまま…とは言いませんが
できるだけ良いコンディションで本来の姿で動作するためにも
登場から50年以上経った現在では一通りの整備が必要です。

お預かりしている「F-1」はシャッターは一通り動作していますが
やはり幕軸や巻上に油切れの兆候が見られます。
巻上フィール的な部分は個体差やこれまでの使用環境にも
かなり左右されるので何とも言えない部分がありますが
シャッターに関しては明らかに数値にも出てきます。
開いてはいますが1/2000だともう閉じる寸前という感じで
先幕の動きがかなり悪いようです。
後幕の幕速も先幕ほどではないですが
本来の状態から考えると動きが悪いようです。
やはり巻上やミラー駆動部を含め可動域には入念な整備が必要です。
加えてこちらはご依頼者様からもご指摘があった部分ですが
露出計が電池を入れても全く反応しません。
バッテリーチェックにすると指針は反応するのですが
これも全く安定しません。
BCで動くということは露出計本体は何とか大丈夫かと思われます。
おそらくはSW周りの接触不良かと思われます。

まだ取り掛かり始めですが
これから本格的に分解整備に取り掛かります。
この状態で既に露出計SW近辺については確認ができますが
SWの接触部は一目で「これは電気通らないわ」と思うほどに
粉が噴いて覆われているような状態です。
反対にこれでよくBCだけでも反応があったものだと思います。
端子部は外して入念に磨いて導通を確保していきます。
ボディ側はこれから分解を進めて一通りの整備ですが
取り外し可能なファインダー部のその後で分解です。
プリズムに今のところ腐食は見られませんが
プリズム上には大きな座布団モルトが乗っかっていて
それも加水分解が原因でプリズム腐食に進んでしまうので
その対策も行っていきます。

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コニカオートS2のカメラ修理

今日は「柿の日」だそうですよ。
言われてみればまだ今シーズンは柿食べていないですね…
少し前からスーパーでもよく見かけるから
「とりあえず今日はいっか…」って見送り気味になっています。
歯ごたえのある実と優しい甘さがいいのですよねぇ…
昔は実家の近所でもいたるところで柿の木を見かけたものですが
(その大半は渋柿)
最近は地元に帰ってもあまり見ないですね…
柿の木の下の道に潰れた柿がぐしゃぐしゃになって落ちているのが
昔はこの季節の日常の光景でしたね
「柿の日」の日付は日付は、1895(明治28)年のこの日に
俳人・正岡子規が奈良旅行に出発し
あの有名な「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」の句を
詠んだとされることからだそうです。
柿の実は栄養価も高く含まれるカキタンニンは
高血圧の予防に効果があるそうですよ。
やっぱりしっかり食べなくちゃダメですね。
今夜帰りのスーパーで買って帰ります!!!

さてさて

今日は「コニカオートS2」のカメラ修理を行っています。
オートS2も修理依頼の比較的多いカメラです。
1964年発売のカメラです。
「オートSシリーズ」は同時期に発売されていた
「コニカSシリーズ」にシャッタースピード優先オートを
搭載したカメラです。露出計の受光体は
「S」のセレンから「オートS」ではCDSに変更されています。
最初の「オートS」の受光体は上カバー前面方付近に配置していましたが
「オートS2」ではレンズ枠内に移設され
フィルター使用時の露出倍数等を考えなくても良い設計になっています。
搭載レンズはヘキサノン45mmF1.8の大口径です。
シャッタースピードスピード優先オート搭載がセールスポイントですが
マニュアル露出も可能でその際も露出計は動作します。
シャッターユニットはコパルSVAです。
大口径レンズを搭載することもあり少し大柄ではありますが
非常に使いやすく且つ写りの評価も高いカメラです。

お預かりしている「オートS2」はまず電池を入れても
露出計が全く反応しません。
露出計のon/offスイッチないので
電池を入れてある程度の明るさのところにレンズを向ければ
多少なりとも反応がなくてはいけません。
底部にはバッテリーチェックボタンがあり
これを押すと指針が無条件にある程度まで動くはずなのですが
こちらもほとんど反応がありません。
何度か押しているとたまに一瞬指針が振れるので
メーター自体は生きていると思われます。
オートS系は露出計に関連するトラブルがやはり多いですが
その大半が電池室周りの配線、ハンダの腐食です。
今回もそうかと思われます。
シャッター自体は動作しているものの
ファインダーを覗いて見ると曇りも酷く
そして距離計二重像が全く見えません。
二重像を映し出す中心の枠自体も全く見えないため
距離計の最初の反射面のミラーが脱落していると思われます。
これも「オートS系」では比較的多いトラブルです。

画像の右端に小さなミラーが写っていますが
これがファインダー内部に転がっていました。
これが脱落しているために二重像が全くファインダーに映りません。
電池室の周りにはバッテリーチェックのSWもあるために
数本の配線が繋がれているのですが
どれもこれもハンダ部に緑青が噴いていて
そのうちの何か所は完全に断線していました。
これでは露出計もバッテリーチェックも動きません。
そのあたりの修理も含めてこれから一通りの整備を行っていきます。

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ヤシカフレックスのカメラ修理

今日は「リクエストの日」だそうですよ。
1936(昭和11)年のこの日に
ベルリンのドイツ放送で
世界初のラジオのリクエスト番組が始まったとされているそうです。
ラジオのリクエスト番組って昔は多かったですよねぇ
小学校高学年から高校生くらいまでは
よくラジオ聴いていたので特にそう思うのかも…
でも今でも当時よりは少ないですがあるらしいです。
ただ昔はハガキリクエストや電リクでしたけど
今はメールやオンラインフォームです。
そのあたりは時代の流れですねぇ…
有線放送のリクエストやリクエストランキングも
今でもちゃんとあるのですね。
ラジオのリクエスト番組もそうですが
ラジオドラマとかも昔はよく聴いてました。
ちょっといろいろ懐かしいです。

さてさて

本日は「ヤシカフレックス」のカメラ修理を行っています。
「ヤシカフレックス」はヤシカの作る二眼レフのシリーズですが
二眼レフほぼ全て「ヤシカフレックス」というネーミングで
実はいろいろな種類の二眼レフが生産されていて
その判別が非常にややこしいのです。
修理する立場ではその機構や構造がわかればいいので
モデル名なんどあまり関係ないのですが
所有されている方としてはどのヤシカフレックスなのか
もちろん知りたいですよね…

今回お預かりしている「ヤシカフレックス」は
レンズ前面フィルター取り付け部がバヨネットマウントで
ビューレンズ・テイクレンズ間に赤色の文字と楕円で
「Yashica」とあることから
1955年発売の「ヤシカフレックスC」(C型)だと思われます。
搭載レンズは80mmF3.5でシャッターユニットはコパル製
B・1s~1/300までをカバーします。
フィルム装填はスタートマーク合わせのセミオートマット式です。
フィルムカウンターはフィルム装填後に「S」に手動リセットして
そこからは各コマ自動巻き止めで巻上ノブのボタンを押して
次のコマに進む形式です。
セルフコッキングはなくシャッターチャージはテイクレンズ脇の
独立したチャージレバーで行いレリーズボタンでシャッターを切ります。
この時代に多く見られる二眼レフのパターンで
少しだけ慣れれば非常に使いやすいと思います。
お預かりしている個体は若干のシャッター粘りがあるものの
シャッターは基本的には作動して他の機能も一通りは
動作しています。
ただレンズの状態がよろしくなく前玉にも後玉にも
カビがびっしり生えている状態です。
最初はこれはかなり強烈なカビ跡が残るかな…とも思われたのですが
結果を先に言うと全く問題なく
クリアな状態に清掃することができました。
ファインダーも同様にかなり見づらい状態だったのですが
スクリーンの清掃とミラーは曇りが激しいので交換で対処して
こちらも充分にクリアな状態にすることができました。


画像は現状確認を行っただけで整備前のモノです。
ここから外観も含めて
できる限りの清掃整備を行っていきます。
1950年代は本当に数えきれないくらいほど多くの種類の
国産二眼レフが存在しますが
その中でもヤシカフレックスはなかなkのヒット商品で
現存数も9多く売れただけあって非常に使いやすい
良いカメラです。各部の質感も高く
しっかり整備してキレイにして持っていると
満足度は非常に高いと思います。

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ニコンFGのカメラ修理

今日は「マーガリンの日」だそうですよ。
マーガリンの生みの親であるフランス人の
イポリット・メージュ=ムーリエの誕生日に由来しているそうです。
高価なバターの代用品ということで
開発されたマーガリン
直接食べ比べれば確かにバターの良さは感じられますが
単体でトーストに塗って食べている分には
マーガリンで充分ですねぇ…というかマーガリン美味しいです。
ただ油脂の塊なのでつけ過ぎには注意ですね…
だいたい昔からパンにつけ過ぎる傾向があるのですが
たーっぷりマーガリンを塗ったトーストを
めちゃくちゃ食べたくなるときがあるのですよねぇ(笑
そういえば子供の頃からだな…
冬になるとストーブで給食のパンを焼いても良かったのですが
それに当時の銀紙に包まれた四角いマーガリンを
一口に一個塗りたくって周りの友達にマーガリンもらってたわ…(苦笑)
今、そんな食べ方したら確実に体調に異変をきたします…
マーガリンはラーマ派だったのですが生産終わってしまったので
今は普通にネオソフトです(笑

さてさて

本日は「ニコンFG」のカメラ修理を行っています。
1982年発売のカメラです。
当店で扱えるカメラとしては最新の類になります…
ベースは1980年委発売されたニコンEMで
絞り優先オート専用でエントリー機に割り切ったEMは
海外では好調だったのですが
これまでのニコンらしくないと国内ユーザーには不評で
急遽EMをベースにマニュアル露出、プログラムオートを追加し
フルスペック化されたカメラだと言われています。
プログラムオートは絞りを手動で最少絞りから変更すると
プログラムシフトと称してシャッター速度優先オート風に使えます
この機能のためにレンズ側のAi連動爪の動きを絞り段数に
ほぼ比例するよう改善したAi-Sニッコールレンズが投入されています。
それでも旧Aiニッコールレンズでもオート露出を可能とするため
ミラーアップ直前に絞り込み測光を行う
瞬間絞り込み測光も搭載されています。
そのあたりの機構もあってミラー駆動音が少々独特で
個人的にはこの「シャコン」という音がお気に入りだったりします(笑
しかし当時のニコンの生真面目さが垣間見える造りと機能です。
そのためにかなりややこしいカメラになってしまいましたが…

お預かりしている「FG」がご依頼者様が
長らく使い続けているカメラです。
ある時を境に電源が入らなくなってしまったとのことで
お預かりしました。
そういう場合は単に電池室の汚れ(特に蓋側)が原因だったりするのですが
今回は電池室を清掃しても全く復帰しません。
単純にフィルムカウンター連動のSW部の接触不良か
電池室裏の配線やハンダ不良であればいいのですが…
基板内トラブルの場合は修理不可能になる場合も多いカメラです。
電源が全く入らない場合はいろんな可能性が考えられるので
ある程度は分解してみないと修理可否の判断もできません。

これから本格的に分解整備に取り掛かります。
まずはフィルムカウンター連動SWには問題なさそうです。
おそらく電池室裏側のハンダか配線と思われます。
まだ確定ではありませんがいくつか調べた結果
おそらく基盤そのものは大きな問題はなさそうです。
少し話は逸れるのですが
FGの場合はまだ傾向がわかっているので良いのですが
ベースとなるEMの場合はたまに巻上レバーの取り外しに非常に苦労します。
…というのも単に固いから苦労するのもあるのですが
生産時期によって留めネジのあるものないもの
レバーを止める蓋部分のネジが逆ネジの場合、順ネジの場合があって
ネジが固い場合はそこがはっきりするまで
あまり力を入れられないのですよね…
それで巻上レバーを外すのにえらく時間がかかることがあります。
さっきも言いましたがFGはある程度
傾向がわかっているのでまだ良いのですが…
ちなみにFGもEMと同様、巻き戻し側クランクは下手に力任せで外すと
破損させる可能性が高いので注意が必要です。
それでもまだニコン機は電子制御機であっても
整備性に関してはよいものが多いです。

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ヤシカエレクトロ35CCのカメラ修理

今日は二十四節気でいうところの「霜降」ですね。
秋が一段と深まり、露(つゆ)が冷気によって
霜(しも)となって降り始める頃なので
「霜降」とされています。
江戸時代の暦の解説書『こよみ便覧(べんらん)』では
「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」と説明されています。
次の節気はもう「立冬」ですが(11/7頃)
まだ全然そんな秋が深まった感じはしないですよね…
日中は意外と気温が高い日も多くまだ少し「暑さ」も感じます。
「秋らしいねぇ」と感じるのはほんお一瞬だったりするのでしょうね
私は秋が四季の中で一番好きな季節なので
なんとも寂しい気がします。

さてさて

本日は「ヤシカエレクトロ35CC」のカメラ修理を行っています。
お馴染みの「ろうそく1本の光でも写る」カメラをコンセプトとした
絞り優先オート専用機のシリーズが「エレクトロ35」です。
シリーズ中にいくつものカメラが存在しますが
その中で唯一の35mm広角レンズ搭載機が「CC]と
そのマイナーチェンジ版の「CCN」です
(中身はほぼ同一)
カラーヤシノンDX35mmF1.8のエレクトロシリーズらしい
大口径レンズを搭載します。
エレクトロのコンセプト的にもそうですが
この時代の大口径レンズはボケ味を楽しむとかの意味ではなく
低輝度時にできるだけ速いシャッタースピードを確保でするためのものです。
特にこのCCやCCNは絞り羽根が2枚羽根で独特の形状をしているので
開放ならまだしも開け気味でボケ味を楽しむ感じではないと思います。
それでも35mmF1.8のレンズは貴重ですし
使ってみたい衝動にも駆られますね。

お預かりしている「CC」はかなり使い込まれた個体のようです。
CC&CCNはエレクトロらしいあのギンギラギンなシルバーの設定はなく
ブラックボディのみの設定なのですが
適度に剥がれたブラックボディがなかなか良い味を出しています。
外観が適度にヤレ気味なのは魅力的なのですが
中身も少々くたびれているようで
こちらは「良い味」とかは言ってられないですね。
オート制御がとにかく不安定で基本的にやたらと
シャッターが開いたままになろうとします。
10回切ると7回は異様なスローシャッターで切れてしまい
とてもまともに撮影に使える状態ではありません。
まともに切れるときの制御は悪くなさそうなので
おそらくマグネットの吸着に問題があるのか
エレクトロならではの抵抗のハンダ劣化とかで
明るさに対しておかしな抵抗値に
なってしまうのではないと思われます。

まだ取り掛かり始めの段階です。
ファインダーやレンズにもそれなりにカビ等があり
距離計も無限がズレてしまっています。
その辺りも含めて全体的な整備をこれから行っていきます。
このCCからエレクトロも本格的に小型化が進められていきます。
この頃はまだ初代からの流れを汲む「GS」が
まだ販売されていますが
本流のモデルも1973年の「GL」で一気に小型化されます。
その前に目測超小型の「MC」も発売されます。
このあたりのモデルの変遷を見るのも
当時の時代の流れを感じることができて楽しいですね。

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オリンパスペンEESのカメラ修理

今日は「あかりの日」だそうですよ。
1879(明治12)年のこの日に
アメリカの発明家トーマス・エジソンが世界で初めて
実用的な白熱電球を完成させたことの由来しています。
毎年思いますが「電灯」とか「照明」じゃなくて
「あかりの日」なのが何とも暖かさを感じさせていいですね
現在では夜間でもあかりも何もない闇の中なんて
あまり直面することは意外とないですよね。
少し前まで山登りに頻繁に行っていましたが
山の中での夜は本当に真っ暗です…
もちろん照明器具はいろいろと持っていきますが
全てを消すと足元ひとつ見えなくて一歩も動けません…
本当にあかりも何もない闇の中ってこんなにも暗いんだと
再発見できました…(苦笑)
そしてこれも山での話ですが
いろいろな要因で下山が遅れて
日没を少し過ぎてしまったことが
何度かあるのですが
ヘッドライトの細い光を頼りに登山道を下山していく中
麓の家々のあかりが見えると本当にほっとするのですよねぇ…
無事に降りれた!というのもありますが
生活感のある現実世界に戻ってきたような気がして…
まぁあまり何度も味わいたくはありませんが…(笑
何にせよ生活のあかりって暖かくていいものです。

さてさて

本日は「オリンパスEES」のカメラ修理を行っています。
オリンパスペンシリーズは言うまでもなく
ハーフカメラの代名詞のようなカメラです。
カメラ好きな方には「ペンS」と「ペンD」が人気ですが
一般的にはやはり「ペン」といえば
「ペンEE系」を思い浮かべる方が多かったのではと思います。
「EE」やそのゾーンフォーカス版の「EES」シリーズは
登場した1961年から基本的な構造を引き継ぎながら
モデルチェンジを重ね最終の「EE-3」は1986年まで生産されました。
セレン光電池搭載のハーフカメラが1986年まで生産されたって
改めて考えるとすごいな…といつも思います。
(その時代を雰囲気がわかるだけに…85年にはα7000が出ています)

今回お預かりしている「EES」は
初代ペンEEをベースに固定焦点ではなく
前玉回転式3点ゾーンフォーカスとされたカメラです。
加えてレンズは30mmF2.8に変更されています。
露出がシャッター速度1/30、1/250秒の2速切替プログラムオートとなるのは
後期の「ペンEE」と同じ仕様です。
「EE」と同じく誰でも簡単にすぐ使えるように設計された
コンパクトなハーフカメラです。

お預かりしている「ペンEES」は
シャッターは何とか切れるのですが
オート制御がほぼ働いていない状況と思われます。
レンズキャップをしても赤ベロが出ることもなく
シャッターが切れてしまいます。
露出計は動いているような感じはするのですが…
鏡胴が妙にグラグラで感度リングはクリック感もなく
スカスカに回ってしまいます。
このあたりに原因があるものと思われます。

構造もシンプルで整備性も良いカメラです。
シャッターユニットのネジが強烈に固着していて
ちょっと時間がかかりそうなので
そのタイミングでの画像です。
シャッターユニットのネジは強烈に固着していますが
他のあちこちのネジがゆるゆるに緩んでしまっています。
鏡胴リングがスカスカなのもそのせいで
オートが効かないのもそのせいでした。
それ以外にも中にはネジが完全に外れてしまっている部分もありました。
「ペンEE系」は内部のいろいろなところのネジが
緩みやすい傾向にあるので分解の際には
あらゆる部分のネジをチェックします。
分解歴があってネジが外れているわけではなく
長い時間の間に振動等で緩んだものと思われます。
外れたネジが意外なところに紛れ込み
余計なトラブルを起こす場合も多いので
そのあたりも考慮して全体の整備を行っていきます。

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ミノルタSR-1のカメラ修理

今日は「頭髪の日」だそうですよ。
「とう(10)はつ(20)」(頭髪)と読む語呂合わせからだそうです。
毎月18日も「とう(10)はつ(8)」(頭髪)と読む語呂合わせで
同じく「頭髪の日」となっています。
頭髪…というか髪型とか昔に比べると
随分気にしなくなりましたが大事ですよね
意外な程に髪型で印象変わりますものね…
ここ数年でかなり白髪が増えてきたので
対策を打つべきか否か最近よく考えます。
やはり白髪が多いと老けて見えますものねぇ…(苦笑)
いや…別に老けて見られて
もはや大きな問題はないのですが
お店をやっている以上、対峙する方に不快感をなるべく与えないように
清潔感だけはなるべく保ちたいものです。
その点でも髪型は服装はある程度は
気にしなくてはダメですねぇ…
オシャレに気を使う余裕はありませんが
身だしなみには気をつけます!

さてさて

本日は「ミノルタSR-1」のカメラ修理を行っています。
過去に何度も「SR-1」の修理をするたびに
当時のミノルタ一眼レフトップモデルは
SR-2、SR-3、SR-7とモデルチェンジのたびに
モデル名も変わるのにそれらをベースとした
普及機のSR-1は中身が変わってもずっと「SR-1」のままで
同じSR-1でも種類が多くて少々ややこしい…なんて
話をしています。
今回の「SR-1」はニューSR-7がベースとなる
「ニューSR-1」です。
1965年発売のカメラです。
ベースとなるニューSR-7から露出計と1/1000が
省略されています。
それ以外の内部機構はほぼニューSR-7と同一です。
ニューSR-7登場時にダイキャストと内部機構が一新され
後に登場するSR-T101の土台となるものになっています。
ニューSRー7とSR-T101の主な違いはTTL露出計搭載と開放測光なので
ニューSR-1は大雑把に言えば「露出計のないSR-T101」と言っても
あながち間違いではないかと思います。
ただ「SR-T101」は超ロングセラーなので
基本的構造は同じでもモデルライフ内に
小変更はいろいろ加えられてかなり細かいところは改良されて
最終モデルに至っています。
話がそれました…すなわち「ニューSR-1」は
それまでの「SR-1」とはスペックは大差なくても
中身は全く別モノです。
小型化された外観やこれまで以上に感触の良い巻き上げに
違いが表れていると思います。

お預かりしている「ニューSR-1」は一通りは動作している状況です。
ベースがほぼSR-T101なので丈夫さも同様です。
ただやはり各所油切れの兆候は出ていて
巻上の感触やシャッター音でもそのあたりは感じられますし
実際にSS計測を行ってみても
やはり先幕後幕の幕速バランスは崩れていて
高速シャッターの精度は出ていません。
スローガバナも少々粘り気味です。
内部モルト(少ないですが)も含めてモルトは全滅で
ファインダー内にもゴミがたくさん混入しています。
やはり全体的にリフレッシュして
快適に使えるように整備が必要です。

まだ取り掛かり始めですが
これから本格的に分解整備に取り掛かります。
内部構造は連動糸と露出計回路のない
SR-T101とも言えますので
当然ながら整備性は非常に良好です。
フィルムカウンターの形状や巻上レバー直下に配置される
スローガバナとかやはり明らかに「SR-T101」と同様ですね。

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リコーフレックスダイヤLのカメラ修理

今日は「海外旅行の日」だそうですよ。
「遠(10)くへ行く(19)」と読む語呂合わせからだそうです。
海外旅行なんて片手で数えられる程しか
行ったことないですし
それもどれも以前勤めていた会社の行事ごとばかりで
純粋なプライベートでは一度もないですねぇ…(笑
そもそもあまり興味がなかったりします。
「遠くへ行く」という意味では23区から出るだけでも
私としては充分遠くなのですが…
海外旅行はともかくとしても
たまに気分転換に遠出するのはいいでしょうね
別に観光名所なんてなくてもいいかな…
同じようでも見たことない風景、道、建物、そしてその雰囲気が
感じられれば充分かと思います。
一泊すればもっと非日常でいいでしょうねぇ
もう少し寒くなったら温泉旅行とかいいですね
たまには帰省以外に泊まりで遠出してみようかな…
(多分思うだけで面倒くさくなって終わります(笑))

さてさて

本日は「リコーフレックスダイヤL」の
カメラ修理を行っています。
リコーフレックスというとピント調節がギアで
前玉を回転させるプレスボディの
軽量な二眼レフが思い浮かびますが
(リコーフレックスⅢ~Ⅶ・ミリオン等)
それとは別のシリーズでダイキャストボディを採用した
高級二眼レフのシリーズが「ダイヤシリーズ」です。
ピント調整はヘリコイド式となり
レンズボード両端から出ているピントレバーで調整を行います。
レンズやシャッターはモデルによって搭載されるものが異なります。
フィルム装填はスタートマーク合わせのセミオートマットです。
セルフコッキングこそ搭載されませんが
露出計設定はビューレンズ上に集中表示され
非常に使いやすいしっかりしたカメラです。
ダイヤシリーズには最初の「ダイヤ」「ニュ-ダイヤ」
「ダイヤL」「ダイヤコード」等が存在します
今回の「ダイヤ」は「ニューダイヤ」をベースに
セレン式露出計を搭載し露出設定がライトバリュー式に変更された
「ダイヤL」です。発売開始は1957年のカメラです。
レンズはリケノン8cmF3.5(ビューレンズはF3.2)
シャッターユニットはこの時代の高級国産二眼レフでは定番の
セイコーシャMXLが搭載されています。(B・1sec~1/500)

お預かりしている「ダイヤL」は
外観はなかなか良いコンディションです。
ケースに入れて長期間保管されていたものだと思われます。
精度はともかくとしても露出計も作動しています。
ただシャッターに大きな問題を抱えています。
テイクレンズ側から見えるシャッター羽根をよく見ると
ほんのわずかに隙間が空いた状態で止まっています。
この状態から普通にチャージしてシャッターが一応切れますが
開く方向へは少し粘りながらも何とか開きますが
閉じるときの羽根の動きは明らかに緩慢で
ゆっくりと閉じ始め最終的に最初と同じ
少し開いた状態で止まる状態です。
粘っている時点で全くダメなのですが
開いたまま止まる状態ではもちろんフィルムは
シャッターを切らなくても感光してしまいます。
これでは全く撮影に使うことはできません。
加えてレンズにはかなりカビがあり
ファインダーもかなり汚れていて見え辛い状態です。
シャッターのトラブルはもちろんですが
全体的にも整備が必要な状態です。

造りもしっかりしたカメラですが
見た目の高級感や質感も非常に高いカメラです。
まだ現状確認を一通り行っただけの状態です
問題点の洗い出しや対策の方向性は決まったので
これから分解整備取り掛かります。
まずはシャッターユニットを降ろして
シャッター羽根・絞り羽根の洗浄清掃調整
シャッターユニットの整備から取り掛かっていきます。

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