コニカC35のカメラ修理

今日は二十四節気でいうところの「雨水」ですね。
雪や氷が解けて水となり、雪に代わって雨が降り始める頃という意味で
「雨水」とされています。
地域によっては積雪のピークでもありますが
確かにここのところ寒さが少し緩み始めてきていますね
寒の戻りもまだあるでしょうが
着実に季節は進みます。
梅や河津桜の花の見頃の地域も多いと思います。
春や秋の過ごしやすい季節はできるだけ長く続いてほしいのですが
近年の状況を鑑みると今度はあっという間に暑くなるのでしょうねぇ…
年齢の影響もあって暑さ寒さにめっきり弱くなったので
本当に困ったものです。

さてさて

本日は「コニカC35」のカメラ修理を行っています。
「じゃーに~コニカ」の愛称がつけられ大ヒットしたカメラです。
「じゃーに~」とは旅行時における携帯にぴったりということで
名付けられたそうです。
先日のブログで取り上げた「トリップ35」と同様ですね。
発売年も同じです。
距離計搭載のカメラで露出はプログラムオート専用となります。
連動する露出計はCDS式のもので当然電池を必要とします。
ただ電池が入ってなくて露出計が動かなくても
開放・1/30でシャッターは作動します。
個人的には余計なロック機構がない方が助かりますが
電池切れに気づかずシャッターを切ってしまうこともあるかもしれません。
ファインダー内の露出計の動きはしっかり確認していただければと思います。
搭載レンズはヘキサノン38mmF2.8です。
レンズを含めても非常にコンパクトで
どこにでも気軽に持ちあるかえるカメラです。

お預かりしている「C35」は正確には
1971年発売の「コニカC35フラッシュマチック」です。
フラッシュマチック機構が追加されたこと以外は
初代のC35と変わりません。
まず露出の生命線となる露出計が電池を入れても不動です。
加えてシャッター羽根の動きも明らかに緩慢で
電池を入れていない状態(1/30で切れる)で動かすと
きっちり閉まるまでにかなりの時間を要する状態です。
レンズシャッタ機によくある羽根の汚れによる粘りではなく
C35の場合はシャッター駆動部の動作不良だと予想されます。
そしてこれもC35で結構見かけるトラブルですが
鏡胴最前部の枠が微妙に歪んでいて
ピントリングが両端まで回り切れません。
過去に落下歴があると思われますが
C35はコストの問題もあってか
わりと枠部分が衝撃でゆがみやすいのです。
今回も一見するとキレイなのですが
取り付け基部が変形しているものと思われます。

コンパクトなカメラですが
構造がシンプルなこともあり
整備性は良好です。
電池室は端子を支えている基部が比較的脆く
電池入れっぱなしだと破損している場合も多いのですが
今回は問題なさそうです。
ただ端子のハンダは劣化が進んでいて
やはり断線状態になっていました。
配線にも劣化がみられるので交換で対応します。
シャッターはやはり駆動部の円盤の動きが鈍く
動作不良の原因となっていました。
ここは清掃と注油で対処します。
そして鏡胴枠の歪みは修復不可能な状態だったので
中古良品の部品と交換で対応します。
いくつかトラブルは抱えていましたが
どれも致命的なものではなく
気持ちよく撮影に使える状態に仕上げられそうです。

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ペンタックスMV1のカメラ修理

今日は「冥王星の日」だそうですよ。
1930(昭和5)年のこの日に
アメリカ・ローウェル天文台の天文学者
クライド・トンボーが太陽系第9惑星「冥王星」を
発見したことに由来しています。
現在は準惑星の位置づけとなっていますね。
トンボーは1月23日と1月29日に撮影した写真の比較研究から
動きのある惑星「冥王星」を発見しました。
これによりトンボーは一躍時の人となったそうです。
内側の天王星の運行の乱れからもう1つの惑星
即ち太陽系の一番外側の惑星の存在は予言されていましたが
写真目視での発見ってすごいですよね。
明るさは非常に暗い15等級で
その明るさの星まで含めると
本当に数えきれない数だと思うのですが…
(肉眼で見える6等星までの星でも全天に約8000個存在しています)
ちなみに冥王星の直径は2370kmで
直径3474kmである地球の衛星「月」よりも小さいそうです。
でも、冥王星には5つの衛星が発見されているそうですよ。

さてさて

本日は「ペンタックスMV1」のカメラ修理を行っています。
1979年発売のカメラです。
既存の「ME」をベースに軽量化が行われ
よりお求めやすい価格となったエントリー機です。
機械的構造はME譲りのためなかなか軽快な使い心地で
気持ちの良いカメラです。
ファインダー露出計表示も簡略化されていて
露出の適正(グリーン)、アンダー(オレンジ)、オーバー(レッド)、
の三色で表されます。
当時は「シグナルファインダー」と呼ばれていました。
絞り優先オート露出専用のエントリー機は
この時期に各社から発売され
熾烈な販売競争が行われていましたが
その中でもMV1はかなり売れたカメラだと思います。
そのため現存数は多いのですが
手荒く扱われた個体も多く
最近ではなかなかよいコンディションの個体を
見ることは少なくなっていると思います。

お預かりしている「MV1」は
ご依頼者様のところで長い間、眠っていた個体だと思われます。
大切にしまわれていたカメラのようで
外装は非常にキレイな状態です。
ただ長年しまい込まれていたため
モルトは全滅でファインダーや装着されているレンズにも
かなりカビが目立ちます。
シャッターはとりあえずは動作しますが
やはり露出計・オート制御は不安定です。
どこかが破損してるような状態ではないですが
全体的に機械的に動きをよくする処置と
電子制御機なので各接点を徹底的に清掃する
必要がある状態です。

MEベースなので整備性は良好ですが
基盤ソケットが省略されていることもあり
配線は少々多く取り回しのには
注意が必要です。
そしてMシリーズは内部モルトで
隙間を埋めている部分が多いので
そのあたりのモルト交換も見落とさずに行っていきます。
それなりに整備依頼のあるカメラなので
モルトの箇所等はもちろん把握してはいますが…
ME系特有のミラー駆動部の動作不良こそ起きていませんが
予防と対策ももちろん行っていきます。

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オリンパストリップ35のカメラ修理

今日は「天気図記念日」だそうですよ。
1883(明治16)年のこの日に
日本で初めて天気図が作られたことが由来となっています。
ドイツの気象学者エルウェン・クニッピングが
天気図を描き、英語で書かれた天気概況を翻訳したものだったそうです。
3月1日以降は印刷して1日1回発行されることとなり
8月23日以降は新橋と横浜の停車場に掲示されました。
当初の天気図は電報で送られた全国11箇所の測候所のデータを元に
描かれた7色刷だったそうです。
昔、山によく登っていたころは
天気図から少しでも詳しく現地の天気を読み取ろうと
一生懸命読み取ろうとしていました…
今は街中の天気であれば天気図まで読み取らなくても
いろいろな情報が簡単に手に入るようになったので
比較的その日くらいであれば天気や気温の予想がしやすくなりましたね。
写真撮影もそうですが外で行動すると
その日の天気や気温、風の強さ等々に大きく影響されることが多いので
やはり出かける際の天気はいろいろ気になります。
雨や雪もそうですが気温や風も行動や服装に影響するので大事ですね。
1年の中で過ごしやすい季節が少しでも長く続いていくれればいいのですが
近年は暑いか寒いか両極端で結構困りものです…

さてさて

本日は「オリンパストリップ35」のカメラ修理を行っています。
1968年発売のカメラです。
同年に発売された「ペンEES-2」を機能構造はほぼそのままに
35mmフルサイズ化したカメラです。
小旅行に気軽に持って行けるカメラとの意から
「トリップ」と名付けられています。
同じ年にコニカから「じゃーに~コニカ」の愛称で
「C35」が発売されていて
どこにでも気軽に持って行けるカメラの需要が
高まっていた時代であることをうかがわせます
そして「C35」も「トリップ35」もヒット商品となり
他メーカーも同コンセプトのカメラを
次々に開発投入することになりました。
「トリップ35」はセレン光電池使用の露出計と連動する
オート露出専用機でピントは目測式となります。
電池も不要でより気軽に持ち歩くことができ
操作も簡単に出先でスナップが撮りやすい非常に優れたカメラです。
シャッタースピードは1/30、1/250秒の2速自動切替式です。
搭載されるレンズはDズイコー48mmF2.8で
よく写ると評価の高いレンズです。

お預かりしている「トリップ35」は
ご依頼者様から「写真が妙に白っぽく写る」ということで
お預かりしました。
最初は光漏れを疑ったもののモルトはへたってはいますが
光線漏れを起こすほどのレベルではありませんでした。
オートの制御も確かにオーバー気味ではありましたが
それも根本的な原因ではないかな…と調べながら
分解をしてみたところ絞りとシャッター羽根の間に
配置されるレンズが経年劣化による変質で
かなり曇ってしまっていました。
おそらくこれが根本的な原因と思われます。
バルブがないこともあって普段の撮影では気づきにくい箇所です。
変質による曇りなので清掃ではどうにもならず
今回は手元の部品取りに程度の良いレンズがあったこともあり
中古品ですが交換で対処いたしました。

既に一通りの整備が完了しテストを行っている段階です。
画像の手前にあるのが好感したレンズです。
画像では曇りの有無はわからないですね。
オーバー目にズレていたオート制御や
露出計の精度も調整し問題なく
適正露出が得られる状態になっています。
もちろん、交換したレンズ以外のレンズも清掃を行い
本来の写りを楽しめる状態になっています。
改めてご依頼者様にも存分にお楽しみいただければと思います。

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オリンパスペンD3のカメラ修理

今日は「次に行こうの日」らしいですよ。
「次に(2)行(1)こう(5)」と読む語呂合わせから
新学期や卒業シーズン前ですし
この時期に切り替えて生活を一新させる方も多いかもしれませんね。
話が少し逸れますが
何事も切り替えの時期って判断が難しいですよね。
いろんなことにあてはまるのですが
今のままではうまくいかないから変化させる…というのも
必要ですし…あきらめずにもっと長く耐えながら
続けた方が結果的には成功する…なんてパターンも多いですものね。
最近は「続けることの大切さ」を痛感することの方が
多いような気もします。
いずれにしても変化していろいろチャレンジできるのは
残り時間にまだ余裕のある若い間だけですかね。
もうタイムリミットが近づいてくると
あれこれ手を広げるよりそれまでの経験で決めたことに
じっくり取り組むしかないかもしれません。
「継続は力なり」と昔からいいますものね

さてさて

本日は「オリンパスペンD3」のカメラ修理を行っています。
ペンDはペンシリーズの最上位となるカメラです。
最初のペンDは1962年発売となっています。
コパル製の5枚羽根シャッターを搭載し
SSはB・1/8~1/500をカバーします。
レンズはFズイコー3.2cmF1.9の高級大口径レンズです。
そしてセレン光電池使用のLV表示の露出計を内蔵します
露出計と露出設定は完全非連動で
露出計で読み取ったLV値をSS、絞りリングで手動で設定します。
2年後の1964年に露出計がセレン式からCDS式に変更された
「ペンD2」にモデルチェンジされ
1965年にはレンズが32mmF1.7にさらに高性能化した
今回の「ペンD3」へと進化します。
いずれもデラックスの「D」の名にふさわしい
高級ハーフカメラです。

お預かりしている「D3」はいくつかのトラブルが散見されました。
電池を入れてSWを押せば露出計はなんとか動作するものの
指針の動きは非常に不安定で
ときには全く動かないこともあるようです。
加えてシャッター羽根にも粘りがあり
シャッターは動作しているものの明らかに羽根の動きが緩慢です。
レンズ清掃等々も併せて一通りの整備が必要な状態です。

既に一通りの整備は完了していて
露出計もシャッターも快調に動作するようになりました。
精度的にも全く問題ございません。
これから最終テストを行って問題なければ完成となります。
シャッターは羽根洗浄で問題なく動くようになったのですが
露出計はなかなか手がかかりました。
定番の配線腐食やハンダ不良もあったのですが
SWの接触不良もありました。
ペンD系は共通ですがこのSWの接点が
少々手の届きにくいところにあって整備が少々難儀です。
そしてこのSW接点接触不良は結構な確率で
ペンDで発生するトラブルのひとつです。
もちろん今回のペンD3は接点清掃等々行い
非常に安定して動作するようになっています。

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ミノルタX-7のカメラ修理

今日は「苗字制定記念日」だそうですよ。
1875(明治8)年2月13日、
「平民も必ず姓を称し、不詳のものは新たにつけるように」と
苗字を名乗ることを義務づける「平民苗字必称義務令」という
太政官布告が出されたことに由来しています。
これより5年ほどまえの1870(明治3)年9月19日に
平民が苗字を名乗ることを許可する「平民苗字許可令」という
太政官布告が出されていますが
読み書きが不得手の人が多かったことと
当時国民は明治新政府を信用しておらず
苗字を付けたらそれだけ税金を課せられるのではないかと警戒し
なかなか広まらなかったのだそうです。
そして義務化されるということなったそうです。

さてさて

本日は「ミノルタX-7」のカメラ修理を行っています。
宮崎美子さんのCMで一世を風靡したカメラですね。
1980年発売のカメラです。
このカテゴリーの絞り優先オート専用機は
当時、各メーカー価格も横並びで(物品税の絡みもあり)
発売されていてどれも人気機種でした。
当店にもニコンやペンタックスの
同タイプのカメラの修理も多いですが
やはり「X-7」も依頼の多いカメラです。
エントリー機なのでコストを抑えるために
少し脆い部分も多いのですが
電子回路自体はこの時代になるとかなり安定していますし
使い心地もなかなか良い感じです。
エントリー機でもちゃんとミノルタらしい心地よさがあります。
特に後から追加されたブラック塗装の「X-7」は
前グリップが付き、スクリーンもミノルタお得意の
明るい「アキュートマットスクリーン」採用されていて
取り回しもよくファインダー上のピントの切れもよく
非常に気持ちよいカメラに仕上がっています。

お預かりしてる「X-7」もブラックです。
心配されるのは定番のプリズム腐食ですが
ファインダー上で見る限りは問題なさそうです。
ただ肝心の電源が入らず、電池を入れても
うんともすんとも動きません。
電池室周りの腐食をまず疑うパターンですが
電池室は比較的キレイで腐食のダメージはなさそうです。
…となるとX-7の場合、疑わしいのは電源SWです。
案の定妙にSWの回転が軽く
クリック感もありません。
X-7ではよくあるトラブルなのですが
SW部を支えるネジ受け部が樹脂製で経年劣化で脆くなるのです。
そして折れてしまいます。
こうなるとSW回転盤の抑えが効かないので
接触不良を起こしてしまうのです。
この辺はコストカットの弊害でもありますね。
エントリー機なので仕方ない部分でもありますが…

電源周りを修理した後に発覚しましたが
巻き上げにも問題があってチャージがうまくできない状態です。
電気関連の整備性は悪くないのですが
この時代のミノルタは機械的な部分の独創性が強く
整備性はなかなか厄介なカメラです。
画像にも写っていますが
プリズムはこのままあと数年放置しておくと
ほぼほぼ間違いなく蒸着面剥離まで至ってしまう状態でした
この段階で手を入れられてよかった…
現段階では外側の塗装の侵食だけなので
これで対策を打てばこれ以上は腐食の進行はないかと思われます。
分解整備にはちょっと難儀なカメラですが
比較的頻繁に整備を行うカメラなので内部は見慣れた光景です。
それでも油断せずに慎重に分解整備を行っていきます。

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フジカミニのカメラ修理

今日は「建国記念の日」で祝日ですね。
日付は1873(明治6)年に制定され
翌年から実施された「紀元節」(旧祝祭日では四大節の一つ)と同じ日で
「紀元節」の日付は古事記や日本書紀で初代天皇とされる
神武天皇が即位した日に由来しているのだそうです。
この日がはっきりと建国された日というわけではないのですね。
「建国記念日」ではなく「建国記念の日」なのは
建国された日とは関係なく
単に建国されたということを
記念する日であるという考えによるものであるのだそうです。
個人的には2月11日といえば
6年前の2020年に脳梗塞で救急搬送された日です。(苦笑)
多少の後遺症はありますが
なんとか日常生活は送れる状態であることに感謝しかないですね。
しかしながらタイミング的に
(5~6年に一度大きな病気をするサイクルが3回ほど続いている)
そろそろ次の大きな病気がきそうな予感がして
最近は怯えながら生活しています…(汗)

さてさて

本日は「フジカミニ」のカメラ修理を行っています。
1964年発売のカメラです。
フジカのハーフカメラは前年のフジカハーフが主力でしたが
各社ハーフカメラが出揃った後で参入としては後発となりました。
そんな中「フジカミニ」は「女性向き」に開発され
追加されたモデルです。
前板部はキラキラしたシルバーで装飾し
ASA感度設定は4色の人口宝石に指針を合わせて行います。
シャッター速度は1/125固定でピントも固定焦点と
非常にシンプルなカメラです。
巻上部もデザイン優先ですが初見で何も資料がなければ
巻上方法がわかりにくいかもしれません…
絞りのみをコントロールして露出設定を行いますが
鏡胴の絞りレバーに連動してセレン遮光板が
動作するようになっていて
ここを動かすことで先述のASA設定した短い指針に
露出計指針が重なるように露出設定を行います。
フィルムカウンターもそうですが
なかなか操作が独特なカメラです。

お預かりしている「フジカミニ」は
シャッターはそれなりに動作していますが
露出計が全く動きません。
…おそらく…セレンがダメでしょうね。
当店にはセレン受光体の交換用在庫はないので
通常はセレンが起電しない状態の露出計は
修理不能なのですが
今回は特別に交換用セレン(…といってももちろん中古ですが)が
手配できたので修理を行っていきます。

シンプルなカメラなので整備性は良好です。
写真に入れ忘れましたが
セレンは取り出してセレン自体を単体で
起電状況を確認したところ
ほんのわずかしか起電しておらず
露出計を動かすほどの電流は起こせない状態でした。
やはりセレン交換が必要です。
フジカミニは商業的には成功とはいえず
生産期間も非常に短く現存台数もさほど多くはないのですが
この独特のデザインで意外と人気のあるカメラです。
独特の使い方も慣れてしまえば簡単です。
どこにでも気軽に持っていけるカメラとして
なかなか魅力的だと思います。

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ニコンFE2のカメラ修理

今日は2/9、語呂合わせで
「服の日」「肉の日」なんてありますね
そして「大福の日」なんてのもあります。
ちょっと良い服を着て
肉をたらふく食べて
デザートに大福をいただく…いいですねぇ…
まぁ、これを欲求のままに続けていると
生活習慣病になりますね…(苦笑)
でもタンパク質はしっかり取りたいので
たまには脂身少なめの
美味しいお肉をたっぷり食べたいですよねぇ…
で、大福は…餡子は精神安定上必要だから
これもたまにはしっかり味わって食べる…と…(笑
お肉はともかくとして
あとでおやつ用にコンビニで大福買ってきます!
(血糖値には気を付けましょう…)

さてさて

本日は「ニコンFE2」のカメラ修理を行っています。
1983年発売のカメラです。
前年に「FM」が「FM2」にモデルチェンジしたことに続いて
姉妹機の「FE」も「FE2」にモデルチェンジされました、
「FM2」同様にハニカムチタン幕シャッターで
1/4000を搭載しますが「FE2」ではさらにシンクロ1/250となり
これはフォーカルプレーンシャッタ機としては
世界初となります。
(FM2当初シンクロ1/200でNewFM2で1/250となります)
使いやすい二針式の露出計表示や絞り優先オートは
従来のFEから引き継いでさらに使いやすく
撮影の幅の広がるカメラとなっています。
生産中止後も一時プレミア価格で取引されていましたが
現在も当時ほどではなくても
なかなかの人気でまたじわじわと相場が上がっているそうです。

お預かりしている「FE2」はかなり長い間
使われずにしまい込まれていたカメラだと思われます。
電池はずいぶん昔のモノが入ったままとなっていて
電池室の蓋側はかなり腐食してしまっています。
底部側端子は一見キレイですがおそらく裏側の配線には
ダメージがあるものと思われます。
電池室蓋をとりあえず当店所有のキレイなFE2のものに変えて
新しい電池を入れてみても電源は入りません。
加えて電池がなくても作動するはずの「M250」や「B」も
レリーズしてもミラーアップするだけでシャッターが動きません。
シャッター駆動部の固着かと思われます。
電気的にも機械的にも問題があって動かない状態です。

まだ取り掛かったばかりの状態です。
これから分解を進んて電池室からの配線交換
シャッターユニットの整備等を行っていきます。
その上で各部の調整を行い精度を出していきます。
この年代の電子制御機としては
整備性は非常に良好です。
機械的な基本構造は従来のFEとさほど変わりません。
ただハニカム加工のシャッター羽根は
非常に繊細で取り扱いにはかなり神経を使います。
集中してしっかり慎重に整備を行っていきます。

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ミノルタオートコードのカメラ修理

今日は「郵便マークの日」だそうですよ。
1887(明治20)年のこの日に
「郵便マーク(〒)」が決定したことの由来しています。
逓信省(現:総務省・日本郵政)が
逓信の「てい」にちなんで甲乙丙丁の「丁」と決定し
2月8日に告知しました。
しかし、世界共通の料金不足マークである「T」と
紛らわしいことが分かり、「丁」ではなく
カタカナの「テ」を図案化した「〒」とすることが
2月19日付けの官報で発表されたのだそうです。
「郵便マーク」と呼んでいますが、
正確には日本工業規格(JIS)において
「〒」は「郵便記号」と呼称されていて
「郵便マーク」は「〠」(顔郵便マーク)を指すのだそうです。
郵便番号の前に当たり前のように「〒」を書きますが
由来まではなかなか知らないですよねぇ…

さてさて

本日は「ミノルタオートコード」のカメラ修理を行っています。
国産最高峰といってよい二眼レフかと思います。
ミノルタはもともとほぼ国産初の二眼レフを作ったメーカーで
(1937年発売ミノルタフレックス)
それからモデルチェンジやモデル追加を重ね
独自の機能や工夫を盛り込みつつ
非常に使いやすく写りの良いカメラへと進化していきます。
その完成形といえるのが1955年に発売された
「オートコード」です。
今回はそのオートコードの中でも最終となる
1965年発売の「オートコードⅢ」となります。
220フィルムに対応できるようになりました。
そしてレンズが新ガラスを採用した
俗称「ニューロッコール」になっています。
基本的な機能構造はこれまでの「オートコード」と共通です。
クランク式の巻上、セルフコッキング
フィルム装填はセミオートマットで
平面性を高めるために通常とは逆の「上から下」に巻き上げます。
シャッターはシチズンMVLでB・1s~1/500までカバーします。
そして設定絞り・SSはテイクレンズ上の窓に
集中表示されます。

お預かりしている「オートコード」は
シャッターはほぼ問題なく動作しているのですが
一見キレイなレンズには後玉群の最前に
かなり大きなカビが生えてしまっています。
そしてファインダー上で無限遠の位置がおかしいようで
レバーを無限遠位置にセットすると明らかな
オーバーインフとなってしまっています。
フィルム面のピントを確認すると
間違いなく合っているので
ファインダーミラーの角度がおかしいか
スクリーンの位置がレンズに近すぎるものと思われます。

まだ現状を一通り確認しただけの状態です。
これから本格的に分解整備に取り掛かっていきます。
相変わらず見た目の質感も高いですね。
オートコードはある生産時期からは
フィルム室にモルトも使われています。
やはり今回もモルトは全滅です。
基本的には丈夫なカメラですが
動きが悪くなることによって巻上周りのトラブルが
起きやすい事案も過去に多々ありましたので
そのあたりの整備も含めて
入念に整備を行っていきます。

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キヤノンAE-1のカメラ修理

今日は「煮卵の日」らしいですよ。
「に(2)たまご(5)」(煮たまご)と読む
語呂合わせからだそうです。
美味しいですよねぇ…半熟だとなお絶品ですね。
たまに外出したついでに
家系ラーメン食べに行くのですが
煮卵トッピングは必須ですね。
ラーメン以外でもおでんに入っている煮卵も最高です。
煮卵に限らず鶏卵はよく食べるようにしています。
ほぼ毎朝卵かけご飯ですし…(笑
鶏卵の栄養価は非常に高く
白身と黄身の双方に動物性タンパク質が含まれます。
白身はタンパク質のみですが
黄身には動物性タンパク質と動物性脂肪が含まれ
その中にビタミンCを除く12種類のビタミンと
12種類のミネラルを含んでいます。
さらに強力な抗酸化作用もあるそうです。
だから夜に小腹がすいた時もゆで卵を作って食べています。
余談ですが沸騰してから湯に投入して中火で
7分くらいでいい半熟具合になるような気がします。

さてさて

本日は「キヤノンAE-1」のカメラ修理を行っています。
先日も「AE-1」の修理を紹介しましたが
やはりコンスタントに依頼の多いカメラです。
決して壊れやすいからではなく
それだけ当時爆発的に売れて
現存台数が多いからだと思われます。
電子制御機としてはトラブルの少ないカメラで
シャッター鳴き等の持病はあるものの
(これはAE-1をベースとするAシリーズ全機種ですが)
メンテナンス次第で長く使えるカメラだと思います。

お預かりしている「AE-1」はシャッター鳴きもなく
シャッター自体は快調に動作しています。
ただ開閉式の電池室の蓋が割れていて
蓋が閉まりません。
当店にやってきたときには養生テープを上から貼って
閉められていた状態でした。
ここの蓋は樹脂製で個体によっては劣化で割れるのですよね…
特にロック部分の爪が良く割れます。
そんなに脆い樹脂ではないのですが
さすがに登場から50年ですからしかたないですね。
交換しか手段がありませんが手に入るのも
同じような年月を経過した中古部品です。
ただまだ状態の比較的良いものが手に入るので
交換しておけばそれなりの期間、問題ないとは思われます。

蓋の爪の先端だけなら表からも交換可能なのですが
今回は蓋自体も真っ二つに割れているので
いずれにしても前板の裏からアクセスして蓋交換です。
先述した通りシャッターには大きな問題はなさそうでなのですが
露出計及びオート制御には問題があって
3段以上オーバー表示となってしまっています。
ネガでもさすがに少し明るすぎますね。
ボディ側の絞りオート制御駆動部の動きも悪いのですが
SPD(受光体)の表面が真っ白に白化していて
これも原因と考えられます。
そのあたりの対処も行いつつ
全体的な整備調整を行っていきます。

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ミノルタSR505のカメラ修理

今日は「交番設置記念日」らしいですよ。
1881(明治14)年のこの日に
1つの警察署の管内に7つの「交番」を
設置することが定められたことが由来となっています。
当初は建物はなく、街中の交差点などに
警察署から警察官が出向いていたそうですが
1881年より常設の建物を建てて
警官が常駐する現在のような制度になったそうです。
1888(明治21)年10月に全国で「派出所」(警察官の詰め所)、
「駐在所」(外勤警察官が居住する施設)という名称に統一されましたが
「交番」という呼び名が定着し
国際的にも通用する言葉になっているということから
1994(平成6)年11月1日に「交番」(KOBAN)を
正式名称とすることになりました。
「交番」が正式名称になったのは割と近年なんですね…
頻繁にお世話になるようなものではありませんが
私の毎晩のウォーキングコースに交番が3か所あるのですが
近所に交番があるとやはり安心度は高いですよね。
実際には落とし物したときくらいしか
行くことはないのですが…いつもありがとうございます。

さてさて

本日は「ミノルタSR505」のカメラ修理を行っています。
1975年発売のカメラです。
ミノルタの機械制御シャッター一眼レフとしては
最後のモデルになるカメラです。
「SR505」登場時には既に次世代となる
「Xシリーズ」の「X-1」「XE」が発売されていました。
「SR505」は「SR-Tスーパー」の後継にあたり
SR-T101の後継となる「SR101」と同時に発売されました。
どちらのモデルも基本構造は「SR-T101」がベースとなっていて
違いは絞り値がファインダー内で直読できるか否かと
フィルムシグナルの有無等々細かな機能差です。
外観もペンタプリズム周りが多少異なります。
基本的なスペックや構造は長年生産し続けている
「SR-T系」なので信頼性も高く非常に使いやすいカメラです。
当時のミノルタお得意の「CLC」
(コントラスト・ライト・コンペンセーター)
上下分割測光が搭載されています。

お預かりしている「SR505」は
これも随分長い間、使われずにしまい込まれていたものと思われます。
電池室には当時の水銀電池(MR9)が入ったままになっていて
周辺の腐食が心配されましたが大きなダメージはなさそうです。
ただし、おそらくSW部の接触不良かと思われますが
露出計にしてもバッテリーチェックにしても
指針が踊っているような状態で全く安定しません。
シャッターの丈夫さにも定評のあるカメラで
今回もなんとかシャッターは切れますが
幕走行も不安定で後幕がキレイに最後まで走り切らず
頻繁にミラーアップしたままになってしまいます。
ファインダーは接眼レンズ、プリズム、コンデンサレンズそれそれに
かなりのカビが生えてしまっていて全体的にもやがかかったように
曇ってしまっています。装着されていたレンズも同様です。
もちろんモルトは全滅です。
何かが破損しているわけではありませんが
とても本来の動きができる状態ではありません。
内外装ともに徹底的に清掃を行い
古い油脂類やカビを除去し
本来の動きを取り戻した上で調整が必要な状態です。

「SR-T系」お馴染みの連動糸が目立つ構造ですが
手順がわかっていればそれほど面倒なものでもありません。
基本的に整備性は非常に良く
分解整備を行うことを考えられた構造になっています。
SR505単体でみるとそれほど依頼数の多いカメラではありませんが
「SR-T系」でまとめるとかなり頻繁に整備を行っているので
内部も見慣れた光景です。
とはいえ古いカメラのコンディションは千差万別なので
油断せずに落ち着いて作業を行っていきます。

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