カテゴリー別アーカイブ: カメラ修理

オリンパスペンEEDのカメラ修理

今日は「電気記念日」だそうですよ。
記念日の由来が少しややこしいのですが
1878(明治11)年のこの日に
工部省電信局は万国電信連合に加盟する準備として
東京・銀座木挽町に中央電信局を開設したのだそうです。
そして同日にその開局祝賀会が東京・虎ノ門の工部大学校
(現:東京大学工学部)の講堂で開催されることになりました。
会場に電気灯を使用するよう、工部卿・伊藤博文から
特に命ぜられていたイギリス人の工部大学校ウィリアム・エアトン教授は
グローブ電池50個を用いて、講堂の天井に設置されたアーク灯を点灯するため
自ら難しい調整に当たり
エアトン教授の合図とともに50個のアーク灯が点灯されたのだそうです。
目もくらむような青白い光がほとばしり、講堂をくまなく照らし出しました。
その場にいた来賓たちは「不夜城に遊ぶ思い」と驚嘆の声を上げたといいます。
これが日本で初めて点灯された電灯であり
それを記念して今日が「電気記念日」と制定されたそうです。
(制定されたのは1927(昭和2)年に開催された日本電気協会の総会にて)
今でこそ当たり前のように電灯を点けることができますが
電気のない時代から考えると「明るく照らす」なんてすごいことですよね。
当店の店内だって入口以外に窓なんてないから
昼間でももし電気が点かなかったら真っ暗で何一つできません…
最近なんて私の目が悪いせいで電灯だけでは足らず
手元をLEDランプで照らさないとよく見えないほどですし…(苦笑)
何にせよ、簡単に電気が使える現在の環境に感謝ですねぇ
でも電気代のこれ以上の値上げは何とかやめてほしいところですが…

さてさて

カメラだって電池を使って電気を使います。
今回お預かりしている「オリンパスペンEED」は
その電池で動く露出計と連動して露出はプログラムオートで
設定されてシャッターを動作します。
シャッターそのものは機械式で電気を必要としませんが
露出計が動いていないと「光量不足」と判断し
シャッターロックがかかるので
実質的に電池を入れないと通常動作できないカメラです。
オート露出ではなくフラッシュモードにすると
シャッタースピードは1/15固定で露出計が動いていなくても
シャッターは切れますがこれで通常撮影を行うのは
少々難しいかと思われます。
今回のペンEEDも電池を入れて明るいところにカメラを向けても
露出計が動かない様子で
常に赤ベロ(光量不足警告)がファインダー内に出て
シャッターが切れない状態です。
この種のカメラではよくあるトラブルです。
その名の通りペンEEシリーズのデラックス版と言えるカメラですが
既存のペンEEシリーズとは構造もデザインも全く異なり
ペンDシリーズとも共通点はあまりありません。
「D」である所以ともいえる大口径レンズは
Fズイコー32mmF1.7ですが同じスペックの「ペンD3」搭載のレンズとは
また別設計のレンズなのだそうです。
シャッター羽根が絞り羽根を兼用するプログラムシャッターを搭載し
そのあたりは「ペンシリーズ」というより
同時期の35mm判コンパクト「35DC」に近い構造です。

露出計不動ということで真っ先に疑うのは電池室周りですが
今回の「EED」は電池室も一見キレイで
電池室内には腐食も見当たりません。
それでも電池室裏側は緑青でビッシリ…なんてパターンも多いのですが
今回は配線もハンダも大きな問題はなく導通もしています。
…となると疑われるのは露出計本体です…
EEDはファインダー内に露出計指針等の表示はありませんが
オート制御はいわゆる指針挟みこみ式です。
実はここまできてやっと気づいたのですが…
は、針がありません…(苦笑)
指針が折れてしまっているようです。
これでは露出計が動いていても常に光量不足と判断されます。
さらに針がないだけでなく露出計本体も断線まではいきませんが
内部の動作不良でまともには動作していない状態でした。
何が原因でこれほど露出計にダメージを受けているのかわかりませんが
こうなると露出計本体は中古良品と交換したほうが無難です。
今回は露出計の交換で対応していきます。
オート制御の精度調整や露出計調整は根本的に最初からやり直します。
今回はもちろん問題ないレベルに精度も出すことができました。
やはり分解してみないと中身の状況はわからないものですね。
シャッター周り整備・ピント調整、レンズ・ファインダー清掃等々を
行ない再組立てして仕上げていきます。

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ミノルタSR-T101のカメラ修理

今日はピンとくる記念日のない日ですねぇ…
それでは…と過去の3/24のできごとを調べてみると…
1983年のこの日に中国自動車道が全線開通していますね。
これは私が14歳になる直前で
地元に関連したことなので覚えていますねぇ
最後に開通したのは千代田IC(当時の山県郡千代田町)から
鹿野IC(当時の都濃郡鹿野町)の間でしたね。
その後、山陽道が開通してからは
正直なところ印象が随分薄くなってしまいましたが
当初は「中国地方においては高速道路網の東西軸は1本のみを建設する」という
予定だったので中国地方の中心を貫くような路線になっています。
高速道路としてはアップダウンやカーブも多く
トンネルも非常に多いのですよね。
SA/PAも少し哀愁を感じるようなところも多く
個人的には非常に好きな高速道路で
一本調子で少々退屈な山陽道よりも楽しい道路です。
基本的に渋滞も少ないですし…
クルマで首都圏から広島に帰るときには
吹田からあえて中国道で帰ることも多かったです。
ただし、中国山地に沿って走る路線のため
冬季は積雪や凍結が多く必ず避けていました…
ここ10年近くはクルマで広島に戻ることもなくなったので
随分ご無沙汰ですがまた中国道を通って広島に帰ってみたいですね。

さてさて

本日は「ミノルタSR-T101」のカメラ修理を行っています。
60年代のミノルタを代表する一眼レフです。
非常に使いやすく高機能で信頼性も高いカメラで
大ヒットモデルとなりました。
7年以上生産されたロングセラーモデルでもあり
後継機であるSR-TスーパーやSR505・SR101も基本的な構造は
SR-T101をベースとしていて
ミノルタ機械制御シャッター機を代表するカメラでもあります。
ヒット作でありロングセラー機でもあるので
現存台数は非常に多く中古カメラ屋さんだけでなく
リサイクルショップ等でも見かけることが多いカメラだと思います。
シャッター周りは特に丈夫なので
けなげにシャッターだけは切れる個体が多いのですが
未整備で保管状況の悪い個体も多く
大抵の個体が整備をしないと本来の姿にならない状態です。
当店にも非常に多くのSR-Tがこれまで依頼されてきていますが
今回は少し久しぶりのSR-Tの修理となりました。

お預かりしているS個体はSR-Tとしてはめずらしく
シャッターが切れない状態です。
巻上も当然ながらロックしています。
フィルむ室から幕の位置を確認すると
シャッターチャージはできているようです。
どうやらミラーチャージがうまくいかず
ジャムってしまったようです。
強制的にミラーチャージを行うと何とかシャッターは切れましたが
ミラーチャージロックの動作不良が起きているようで
その後も頻繁にミラーチャージ不良が起こります。
ミラーがチャージされないと当然ミラーアップすることができず
シャッターも動けなくなってしまうわけですね。
露出計周りのトラブルが比較的多いカメラでもありますが
今回は水銀電池もちゃんと抜いて保管してあったようで
電池室に腐食はありません。
精度に問題はあるものの電池を入れれば露出計も動作します。
ただしミラーチャージ部のみならず
全体的に機械的動きはかなり悪い状態です。
当然ながら積年の汚れと古い油脂類が抵抗となってしまっています。
ファインダー周りに多用されている内部モルトも全滅で
劣化したモルト屑もトラブルの元になってしまいそうです。

SR-T系といえば露出計及びファインダー内SS表示の
連動糸の扱いが分解整備時にはネックになりますが
さすがにこれまで数えきれないほど扱っているカメラなので
そのあたりは慣れたものです。
でも当然ながら油断大敵なのでそういうときこそ
より慎重に作業を進めていきます。
中身の動作部分の整備はもちろんのことですが
外装も随分汚れでくたびれた印象なので
できる限り磨き上げて見違える状態に仕上げていきたいと思います。

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ニコンFのカメラ修理

今日は「世界水の日」だそうですよ。
日本独自のものとしてはでは8月1日が「水の日」
水の日を初日とする8月1日~7日の一週間が
「水の週間」となっていますね。
日本は水資源は豊富な国だと思いますが
生きていくうえも産業的にも生活的にも
良い水がないと始まりませんものね。
蛇口をひねるとキレイな水がふんだんに使える環境に
感謝したいと思います。
スケールの大きな話はこのくらいにしておいて
普段から積極的に水分はミネラルウォーターや
それを使った緑茶等で積極的に取るようにしています。
なんだかんだでお店にいる間で毎日1.5Lくらいは飲んでいます。
あ、血糖値が高いからやたら口が乾くわけではないですよ
そんな時代もありましたが
今は比較的数値は落ち着いています(笑
でも美味しい水は頻繁に口にしたくなりますし
それを使って作るお茶やコーヒーも美味しいのですよ。
やはり日本人には喉越しの良い軟水が合いますねぇ
今日もこのブログがひと段落したら
美味しいコーヒーを淹れてブレイクしたいと思います。

さてさて

今日は「ニコンF」のカメラ修理を行っています。
言わずと知れた伝説の一眼レフですね。
日本製カメラの堅牢さと高い安定性を
世界に知らしめた最初のカメラだと思います。
1959年発売開始のカメラですが
この時代としては驚異的に精度の高い工作技術で造られていて
それでいて非常に強靭な
ダイキャストボディと各部品で構成されているカメラです。
当時の最高級機で非常に高価なカメラですが
販売台数も多く現存台数も多いカメラです。
定期的に整備され適度に使い続けられている
程度の良い個体も多いですが
未整備で長期間環境の良くない場所に仕舞い込まれている
個体が出てくることも多いカメラかと思います。
当店に依頼のあるカメラは長らく眠っていたと思われるものが
比較的多いような気がします。

今回、お預かりしている「F」も
当時はかなり使い込まれていたとみられ
致命的なショックを受けている部分はないと思いますが
ペンタ部を中心にアタリや凹みの多い個体です。
しかしながらある時期からはすっかり使われなくなって
かなり長い間、どこかに仕舞い込まれていたものかと思われます。
…というのも…けなげに動作はしているのですが
巻上からミラー駆動、シャッターまで
なにもかもが動きが重いのです。
積年の汚れや古い油脂類が抵抗になってしまっているようです。
高速シャッターの精度は出ておらず
低速は定番ですがスリーガバナが粘ってしまっています。
そしてこれはご依頼者様からもご指摘いただいているのですが
ミラーアップ機能が働きません。
「F」のミラーアップはミラーアップダイヤルを回すと
即ミラーアップするタイプではなく
ミラーアップダイヤルを回すとミラーダウンを止めるレバーが
内部で起き上がり次にシャッターを切った際に
ミラーを上げたままでホールドするような構造になっています。
整備中に確認したところ
ダイヤルと連動するレバーにかかっている
バネが外れていてレバーが起き上がってこない状態だったようです。

画像はまだ分解途中でのものですが
ここからミラーボックスを分離して
シャッター幕軸・駆動部、調速カム、ミラー駆動部
スロ^ガバナー、巻上機構等々
機械的に動く部分を徹底的に清掃し古い油脂類や
汚れを落としスムーズに小さな力で動けるように
整備を行っていきます。
アイレベルファインダーは凹みや傷も多いのですが
心配されるプリズムの状態は悪くなく
多少の腐食はありますがそれほど目立つものはありません。
ただ接眼レンズ周りに盛大にカビも発生しているので
こちらも入念に清掃を行っていきます。
もちろんプリズム腐食の原因となる古いモルトは除去し
交換を行っていきます。
しっかり整備清掃を行って快適に動作する状態に仕上げていきます。

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ヤシカエレクトロ35GLのカメラ修理

今日は「LPレコードの日」だそうですよ。
1951(昭和26)年のこの日に
日本初のLPレコードがレコード会社の日本コロムビア株式会社から
「長時間レコード」の名前で発売されたことが由来となっています。
私もいまだに大量のレコードを持っていて
再生環境も維持していますが
そのレコードのほとんどがいわゆる「LPレコード」です。
直径12インチ(30cm)毎分33回転のレコードですね。
再生時間はレコードにもよりますが最長片面30分程度です。
私が中学生くらいまでのレコード全盛期には
シングルレコード(EP盤・ドーナツ盤、毎分45回転)も
結構な枚数を持っていたのですが
さすがにシングルのほとんどは手放してしまいました。
今考えるともったいなかったかな…
CDですら現在では売れない時代になってしましたが
CDよりさらに聴くだけでもいろいろ手のかかるアナログレコードが
なかなか味わい深くてやめられないのですよねぇ
気軽に手っ取り早く聴きたいときにはレコードから変換した
デジタル音源をipodやスマホで聴くことも多いのですが
じっくり耳を傾けるときにはやはりアナログ盤が良いような気がします。
まぁ気分の問題がほとんどで聴き分けられるほどの
良い再生環境を持っているわけではないのですが…(笑
アナログレコードを拭き上げるレコードクリーナーの匂いをかぐと
なんともノスタルジックな気分になるのですよねぇ…

さてさて

本日は「ヤシカエレクトロ35GL」のカメラ修理を行っています。
1973年発売のカメラです。
「GL」の登場前に「CC」や「MC」あたりの
派生機種といえるモデルがが小型化を進めて
発売されていますがこの「GL」はエレクトロ本流といえる
「GSN」の後継にあたるモデルとなります。
搭載レンズはカラーヤシノンDX40mmF1.7で
シャッターは「エレクトロでは」おなじみのコパルエレク
仕様電池はこれも「エレクトロでは」おなじみの
HM-4N積層型水銀電池です。
F2.8クラスのレンズを備えた他メーカーのコンパクトさを
売りにしたカメラと比べるとさほどコンパクトではないのですが
それでも初代から前モデルの「GSN」までのボディと比べると
一回り以上コンパクトにまとめられています。
機能的には初代から続くエレクトロ35ならではのもので
絞り優先オート専用機です。
受光素子はCdSから反応の良く高感度なSPDに変更されています。
GSNまで装備されていた「B・バルブ」は省略されています。

お預かりしている「GL」は
ずいぶん長い間、使われずに仕舞い込まれていたようです。
またその間、古いHM-4N電池が入れたままになっていました。
不幸中の幸いで電池からの液漏れはなかったのですが
水銀電池はガスを発生させそのガスが金属部の腐食を誘発するため
電池室を中心にあらゆるところが青緑だらけとなっています。
当然電池室からのリード線も腐食で断線していて
電源は入らない状態です。
他、レンズ、ファインダー部も汚れやカビで曇っている状態で
さすがに全体的に徹底的に手を入れなければならない状態です。

電池室の修復や配線交換をする前に
まずは電気回路が生きているかどうかを確かめたかったので
直接リード線をつないで簡単に動作チェックを行います。
一応、オート制御は動いてはいるのですが
かなり不安定な上に制御もおかしな部分があるようです。
根本的に回路や電子部品がダメなわけではないと思われますが
これ以上は接点やハンダをすべてやり直して
確認しながら進めるしかなさそうです。
でも高い確率でおそらく何とかなるとは思います。
古い電子制御機なのでリード線の本数も多く
ハンダの数も多く接触不良等が起きていると
原因を探すのが非常に難しいカメラです。
それでも比較的整備性の良い構造のおかげで
まだ作業は楽なほうです。
電気カメラは機械的動きの整備も当然ですが
電気をスムーズに流すための接点のメンテナンスが不可欠です。
できる限り汚れや劣化を取り除く作業を行っていきます。

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ニコンEMのカメラ修理

今日は「彼岸の入り」で今日から一週間
いわゆる「春のお彼岸」ですね。
中日となるのは21日の「春分の日」です。
お彼岸といえばやはり「墓参り」というイメージですよねぇ
じいさんばあさんの歩きがまだしっかりしていた時期は
春秋のお彼岸とお盆のお墓参りは
私が大人になってからも外せない年中行事でした。
私の家の墓所は結構な山奥の登山道わきに
ポツンとある感じなので
いわゆる墓地っぽい雰囲気な少なく
子供の頃はちょっとした遠足気分で墓参りも楽しみにしていました。
関東に住み始めてからはこの時期に墓参りに行くことは
さすがにスケジュール上無理があり
春先の墓参りは十数年ご無沙汰していますが
たまにはこの時期の墓所や地元の里山の雰囲気や空気感を
楽しみたいところですねぇ…

さてさて

本日は「ニコンEM」のカメラ修理を行っています。
1980年に国内発売されたニコン初の
エントリーモデルといえるカメラです。
これまでのニコンのラインナップはフラッグシップに
F一桁機が君臨し中級機にニコマートからの流れを汲む
FM/FEが存在するのみの少数精鋭なラインナップでした。
そこに加わったのが絞り優先オート専用機で
エンプラを多用しスペック的にもかなり割り切った仕様の
この「EM」です。
先行発売された海外では商業的にも成功を収めますが
国内ではこれまでの「高級機路線」のニコンのイメージに
そぐわなかった部分もありかなり販売的に苦戦します。
そのデザインのすばらしさや使い勝手の良さが
評価され人気に火が付いたのは
残念ながら生産が完了した後のことになってしまいました。
現在の中古市場ではかなりの人気モデルです
商業的に苦しんだとはいえエントリーモデルで
お求めやすい価格設定だったこともあり
現存している台数はそれなりに多いカメラです。
ただその低価格ゆえにやはり作りが華奢な部分や
プラスチック部品が劣化のため破損している個体も多く
修理依頼もそれなりに多いカメラです。
ただしニコンらしい部分も溢れているカメラで
オート専用機なのに1/90の機械制御シャッターも備え
バルブも電池ナシで駆動することができます。
フレキを多用した時代最先端の電子制御機でありながら
電子部品を原因とするトラブルはかなり少ないほうで
たいていの場合は何かトラブルがあっても修理可能です。

今回お預かりしている「EM」はおそらく過去に
整備分解歴はない個体かと思われます。
一通りの動作はしているのですが
やはり消耗部品の劣化や各部の汚れ、
油切れはそれなりにあり
シャッタースピード、オート制御、露出計は少々不安定です。
そして「EM」はさすがにエントリーモデルということもあり
フィルム室やファインダー周りの遮光を
かなりモルトに頼っている部分が多く
ニコン機にしては大量のモルトを使っているのですが
それが巣全て粘着質に劣化してしまっています。
それがスクリーンに大量に付着しており
ファインダーはとてもとても快適なフレーミングや
ピント合わせはできない状況になっています。
外装は非常にキレイな個体なのですが
やはり全体的に整備の必要な状況です。

まだ上カバーを外しただけの状態です。
これから本格的に分解整備に取り掛かっていきます。
上カバーを外す際に当然ながら巻き戻しクランクと
巻上レバーを外すのですがEMはいつもですが
今回のこの2点の取り外しに苦労しました。
特に巻き戻しクランクはフォークを固定しておいて
クランクを逆回転して外す(大抵のカメラはこのパターン)のですが
その際にクランクねじが固着してそれなりに固い場合
無理して回すと簡単にクランク基部樹脂部品が破損します。
ここが破損している状態のEMも非常に多いです。
今回もネジ部は結構強烈に固着している状態で
それでも力任せに回すわけにはいかず
かなり時間をかけて少しずつ固着を緩めて外しました。
カメラ修理に短気は大敵です。
うまくいかないときほど落ち着いて慎重に作業を行います。
巻上レバーも留めネジを外してもビクとも動かず
こちらも苦労しました。
カメラ修理に「回す」という作業は非常に多いのですが
いろいろな要因で「回るはずなのに回らない」ことが非常に多いのです。
こういったときこそ焦らずに深呼吸して落ち着いてから
作業を進めていきます。

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オリンパスペンFのカメラ修理

今日は「漫画週刊誌の日」だそうですよ。
1959(昭和34)年のこの日に
日本初の少年向け週刊誌『週刊少年マガジン』
『週刊少年サンデー』が発刊されたことに由来しています。
この後、「ジャンプ」と「チャンピオン」が加わって
4大漫画週刊誌時代になるわけですよねぇ
私、幼少期は基本的に祖父母の家で暮らしてて
週末だけ一人暮らししている親父の家に
遊びに行くというパターンが多かったのですが
小学校入ってしばらくした頃になると
「おい、桃太郎(書店)行って
ジャンプ・マガジン・サンデー・チャンピオンみな買うてこい!」と
頼まれて買いに行くのが楽しみでした(笑
だから当時の連載漫画はよく覚えています。
ここであげるとキリがないので書きませんが…
そういえばジャンプの「けっこう仮面」だけは読んでると
「おまえにゃまだ早すぎる!」と取り上げられたなぁ(笑)
(あ、「けっこう仮面」は月刊ジャンプですね)

さてさて

本日は「オリンパスペンF」のカメラ修理を行っています。
毎度書きますが「孤高のハーフ判一眼レフ」ですね。
ハーフ判専用でハーフ判のメリットを最大限利用した
一眼レフとなると世界でもペンFシリーズだけが
唯一の存在かと思われます。
既存の35mm判一眼レフにとらわれない構造で
特にファインダー光路やそれに関連したミラー機構
さらにロータリーシャッターの採用と
一眼レフのみならず他のカメラではまず見ることのできない
独特の構造で作られているカメラです。
外観にもその独自性が表れており
一眼レフなのに上面がフラットな上カバー部
巻き戻し側にオフセットしらレンズマウント等々
この構造やデザインだけで所有しておきたくなるカメラだと思います。
実際に使用してもそのコンパクトなボディと
ハーフ判専用でこれもコンパクトに作られた豊富な交換レンズ群が
非常に魅力的なカメラです。

ペンFシリーズには最初に出たダブルストローク巻上の「ペンF」と
露出計・セルフタイマーが搭載され
シングルストロークの巻上となった「ペンFT」
ペンFTから露出計を省略した「ペンFV」の3種類が存在します。
今回は最初のシンプルな「ペンF」です。
個人的にはペンシリーズの中では
巻上角が少なくて軽快に巻き上げられ
ファインダーも少し明るい(露出計のためのハーフミラー仕様ではないため)
ペンFが好みです。
ただし、ペンFシリーズはその独特の構造と
コンパクトに収めるためやはり多少華奢な部分もあり
現行モデルでメーカーサポートの手厚いうちは問題なかったのですが
登場から60年が経つ現在となっては
ちょっとした汚れや油切れで動作不良を起こす箇所が多いのも事実です。
今回お預かりのペンFもミラーアップしたまま固着した状態で
当店にやってきました。
シャッターは走行完了しているのですがミラーが上がったままなので
当然ながら構造上巻上もできません。
どこかが破損している…というわけではないのですが
部品の経年劣化もあり手を入れないと
なかなかスムーズに動かないものが多いと追う印象です。

独特な構造であることは間違いなく
予備知識が全くないまま分解すると
他のカメラとの構造の違いに面食らうかもしれません。
しかしながら構造が把握できていると
それほどややこしい造りのカメラではなく
整備性も悪くはありません。
ただ仮にファインダー清掃のみ行いたい場合でも
ここまで開けてさらにプリズムを降ろす必要がありますが…
今回はここからもう少し分解を進めて
ミラー駆動部はもちろんのこと
各部の動きをスムーズにするための清掃整備を
徹底的に行っていきます。
心配されるプリズム腐食は今回はそれほど目立つほどのものはなく
(わずかな点腐食は数か所あり)
このまま問題なく使用できそうで一安心です。

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リコーフレックスⅦのカメラ修理

今日は「国立公園指定記念日」なのだそうですよ。
1934(昭和9)年のこの日に
内務省が、瀬戸内海・雲仙・霧島の3ヵ所を国立公園に指定し
日本初の「国立公園」(national park)が誕生したことが由来となっています。
現在の日本の国立公園は34か所ですね。
日本の国立公園の面積の約60%が国有地なのだそうです。
個人的に身近に感じるのはやはり生まれ育った地域周辺を含む
「瀬戸内海国立公園」ですねぇ
子供の頃(小学校低学年くらいかな)家の壁に貼ってあった
中国地方の大きな地図を見ながら
「瀬戸内海国立公園」っていう文字を見ながら
どこかに遊園地みたいなでっかい公園があるんだと思っていました(笑)
いや子供だから「公園=遊具がある楽しい広場」なんですよねぇ
そういう施設的なものがなういものを知った時には
軽くショックだったようなかすかな記憶が…(苦笑)
過去の記憶はさておき私がいまだに写真をたまに取りに行ったりする
倉橋島の鹿老渡も指定地ですし
呉市内の休山や野呂山も指定地です。
休山や野呂山の桜はそろそろシーズンですねぇ…
「休山せんべい」食べたくなってきたな…(笑

さてさて

本日は「リコーフレックスⅦ」のカメラ修理を行っています。
1940年あたり(諸説あり)から始まる
この時代のリコーを代表するカメラですが
いわゆる前玉回転ギアを備えるおなじみのリコーフレックスの形になったのは
1950年発売の「Ⅲ」からです。
そして爆発的なヒットとなりこの時代の「二眼レフブーム」を
牽引するカメラとなりました。
一時は日本全体のカメラ生産量の50%以上を
リコーフレックスが占めるほどのベストセラーとなったそうです。
いわゆるプレスボディーのリコーフレックスは
他メーカーの120フィルム二眼レフに比べても軽量コンパクトで
機能も非常にシンプルです。
現在でも人気なのはこのコンパクトさとシンプルさにあると思われますが
当時ヒットした要因は何といっても
性能と価格のバランスに優れていたからでしょうね。

今回お預かりしているのは1952年発売の「Ⅶ」です。
初期モデルといえる「Ⅲ」に比べると
ルーペも装備され裏ブタロックもあり
かなり使いやすい仕様に進化しています。
この「Ⅶ」からアイレベルで使える
コンツールファインダーがファインダーフードに組み込まれています。
シャッターはリケンシャッター搭載で
Bに1/25・1/50・1/100、3速のシンプルなシャッターユニットです。
レンズは「Ⅲ」以来、引き継がれている
3群3枚リコーアナスチグマット80mmF3.5をテイクレンズに搭載します。
これもシンプルな構成ですが写りの評価の高いレンズです。

リコーフレックスは非常に数多く売れたカメラということで
現存台数も非常に多いのですが
さすがに70年前のカメラで比較的お求めやすい価格ということもあり
保管環境もよくないものが多く
まともに動かないものが多い印象です。
ただ、レンズのガラス劣化によるクモリ等は
どうにもならない部分がありますが
機械的な部分がシンプルな構造のため
しっかり整備を行えばまだまだ使えるものも多いことも事実です。

今回お預かりしている「リコフレⅦ」もお預かり時には
ピントギアはおなじみの固着で全く動かず
シャッターも全く切れず
ファインダースクリーンは割れがあり
ミラーの劣化も酷く
ファインダーフードや赤窓も一部破損と
なかなか大変な状態でした。
破損部品に関しては中古部品と交換を行って対処するしかありませんが
機械的な部分に関してはとにかく
正常な動きを取り戻せるように
ひたすら清掃して積年の汚れを除去し
最小限の注油を行っていきます。

画像は一通りの整備が終わって外装の清掃等も完了した状態です。
受付時の画像がないのが残念ですが
見違えるほどキレイになっていると思います。
もちろんシャッターは精度も含めて快調に動作し
ピントギアも指1本で軽快に回ります。
レンズもできる限りの清掃で実用上問題のないレベルです。
ファインダーフードやスクリーン、ファインダーミラーは
中古部品との交換で対処いたしましたが
こちらも非常に良い仕上がりになっております。
これでご依頼者様にも存分に気持ちよく楽しんでいただけると思います。
当時としてはお求めやすいカメラではありますが
メッキ部分の仕上げとかを見ていると
高級感に溢れていて眺めているだけでも楽しいカメラです。

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ニコンFEのカメラ修理

今日、朝ご飯を食べながら
「3月15日か。。。最後(3・15)の日だなぁ。。。」なんて
考えていましたが
さすがにそんな縁起の悪そうな語呂合わせの記念日はなく(笑
今日は「靴の記念日」だそうです。
足元って意外と目立ちますし
街中でも意外と人の靴って見てしまいますよねぇ
サラリーマン時代はかなり気を使っていましたが
革靴をほとんど履かなくなってからは
割と無頓着になってしまいました(苦笑)
普段は家と仕事場の往復だと
スニーカーかサンダル履きが主ですし…
それでも昨年、高校生の頃にめっちゃ流行っていた
リーガルのサドルシューズを買ったのですが
あまりにピカピカでもったいなくって
あまり履いていないのですよねぇ…
慣らして馴染ませないといけないのですが…
でも今は履くことも少ないですが
登山靴やらライディングシューズやら
それなりにこだわったいい靴はいろいろ保管してあるのですよねぇ
幼児なくてもたまには履かないと痛んじゃいますね…
でも靴は機能的にも見た目的にも大事なアイテムです。
お気に入りのいいものを数足は持っておきたいですね!

さてさて

本日は「ニコンFE」のカメラ修理を行っています。
ニコマートEL系を源流とする
電子制御の中級機です。
前身のニコマートELと比べると
ボディサイズもコンパクトになり非常に洗練されたイメージです。
発売開始は1978年です。
電子制御シャッター機の場合、
電池がないとシャッターが全く動作しないカメラも多い中、
FEはここもニコンらしく1/90とBに関しては機械動作で
電源のない状態でシャッターを切ることが可能です。
個人的に昔、夜景撮影等にはまったことがあって
そういう場合に「B」が機械制御で電池を消耗しないのは
大きいのですよね。
夜間撮影で季節によってはかなり気温が低い場合もあるので
電池を消費するものだとあっという間に電池がなくなってしまうのです。
FEはそうしうエマージェンシー的な部分だけではなく
非常に使いやすい露出計表示もあって
絞り優先オート時に使いやすいのはもちろん
マニュアル露出時にも非常に露出のコントロールがしやすいカメラです。
加えて電子制御器とはいえ電子部品のトラブルは
かなり少ないほうです。
機械制御だからといって部品の手に入らない現代では
修理不可能になる場合も多いので
耐久性を含めてもFEはかなり優れていると思います。

お預かりしているFEも一通りは動作しており
電気関係のトラブルの心配はなさそうです。
ただ長い間未整備であることは間違いなく
各部のモルトは劣化していて
内部モルトも含めて早めの交換が必要と思われます。
シャッター羽根にも汚れの付着等で
少々動きが悪く高速シャッターの精度は少々不安定です。
加えてオート制御が全体的にかなりアンダー目です。
巻上にも油切れの兆候が見られます。
撮影に致命的なトラブルが発生しているわけではなく
このままでも全く使えないわけではないのですが
快適に間違いなく使うためには整備の必要な状況です。

FEの整備依頼は一時期ほど多くはないのですが
それでもかなり頻繁に依頼のあるカメラです。
さすがに様々なトラブルに直面したことと
それに伴い資料やデータも貯めこんでいるので
比較的対処の行いやすいカメラではあります。
それでもやはり電子制御機なので
修理不可能な場合は起こります。
もちろん今回はそんな心配はありませんが…
まだ取り掛かったばかりですが
抑えるべきポイントはわかっているので
そのあたりを中心に入念に分解整備を行っていきます。

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ニコマートFT2のカメラ修理

今日は「ペヤングソース焼きそばの日」だそうですよ。
1975(昭和50)年3月13日に発売されたことが由来となっているそうです。
手軽に食べられて美味しいですよねぇ~
さすがに最近は普通のカップ麺でも
味が濃すぎて(しょっぱすぎて)敬遠気味なのですが
ペヤングはたまに無性に食べたくなりますよねぇ
(1個は食べられないかもしれませんが…)
昔は給料日前とかに「超大盛り」に
めちゃくちゃお世話になったのですが…(苦笑)
でも私が「ペヤング」を知ったのは約20年前…
関東に来てからなのですね…
それまでは名前すら知りませんでした…
西日本在住の方はわかると思うのですが
私の出身地・広島では「ペヤング」って売ってないのですよ
(今はあるらしい…)
西日本は「カップ焼きそば」と言えば
「日清・UFO」1強状態でほかの銘柄が入り込む余地がないほどなのです。
だからこっちきて「ペヤング」を初めて知って
その知名度の高さにかなりびっくりした覚えがあります。
UFOも美味いのですよねぇ…馴染んだ味だから忘れないですよねぇ
なんだかカップ焼きそば食べたくなってきました…
でも細かいこと言えば全く「焼きそば」じゃないのですよねぇ(笑

さてさて

本日は「ニコマートFT2」のカメラ修理を行っています。
1975年発売のカメラです。
大ヒットした「ニコマートFTn」のマイナーチェンジ版です。
初代「FT」登場が1965年、「FTn」の登場が1967年なので
ニコマートFT系は本当にロングセラー機ですね。
「FT2」登場から2年後の1977年には次期モデル「FM」が登場するので
生産台数自体はそれほど多くなく
「FTn」に比べると見かけることも少ないのですが
着実に進化・改良されており非常に使いやすいモデルです。
「FTn」と機能上の違いは、まず使用電池が水銀電池から
酸化銀電池へ変更されています。
電圧維持の問題から酸化銀電池(SR44)がベターですが
アルカリ電池(LR44)でも大きな問題はありません。
ただ電圧降下による精度の変化には注意が必要です。
そしてアクセサルーシューにX接点が装備されホットシューとなっています。
そしてフラッシュ接点もX接点のみに統一されています。
そして細かいことですがASA感度設定レバーが
SSリングレバー先端を押して回すような設定に変更されています。
「FTn」では感度設定部を爪で引っかけて力づくで回すような
使いにくい設定だったのでこれは地味に助かります。
変更部分はどれも小さなことなのですが
どれも実用的で明らかに使いやすく現代的に進化しています。
より熟成されたモデルと言ってよいと思います。

基本的なシャッターや巻上等の構造は従来モデルと変わりません。
露出計回路も巻き戻しクランク下に基盤が追加されていますが
実は回路上は大きく変わりません。
結線を基板上で行うようになった…というレベルです。
ということはSSリング、絞りリングからの情報は
相変わらずのマイラー抵抗使用で伝達するのですが
今回お預かりしている「FT2」もそのマイラー抵抗周りのトラブルです。
電源は入って動作はするのですが
露出計指針がほとんどの場面で振り切れてしまい
露出計として全く使えない状態です。
マイラー抵抗(要は摺動抵抗+ブラシ)の抵抗体に問題があると思われますが
抵抗体が剥離しているようなら残念ながら交換しか手段がなく
既に交換用抵抗は入手不可な状態なので修理不能となります。
ただ、剥離ではなく単に抵抗体表面が汚れている場合も多いので
実際に分解清掃してみないと判断ができないのです。
結果からいうと今回は抵抗体清掃でほぼ問題ない状態になりました。
調整も行い精度的に問題がなく普通に使える状態に改善できました。
さすがに多少の抵抗体の劣化はあるので
リング側の設定によっては過敏に反応する部分もわずかになるのですが
ほぼ気にならない状態になっていると思います。
やってみないとわからない部分が多いのでいつも不安にはなりますが
今回もなんとかなりそうで一安心です。

画像はまだ分解に取り掛かり始めのものです。
露出計周りは上記の通りですが
シャッター周りも一部動きの悪い部分が見られ
高速シャッターでの精度が今一つなので
巻上部やミラー駆動部と一緒に一通りの整備を行っていきます。

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マミヤ35スーパーデラックスのカメラ修理

今日は3月12日…
語呂合わせで「サ(3)イ(1)フ(2)」
「サイフの日」だそうです。
毎日触れて持ち歩くものですからいいものを使いたいですよね!
そういえば私も昨年、財布を買い換えました。
それまで使っていた財布も
思い入れもあり相当気に入っていて
手に入れてからかれこれ20年近く使っていたのですが
お札入れもあちこちほつれてきて
小銭入れに至っては一部破損したままここ数年使っていたので
「さすがにみっともないし残念だけど買い換えなきゃ…」と思っていたところに
中学生の頃、憧れていた国内ブランドがまだ健在であることを知り
その頃欲しがっていた、いかにもガキっぽいものでなく
今持ってても「あーこれはいい!」と思えるものもあったので
長財布を新調したのです!
(まぁいわゆる海外ハイブランドに比べれば
全くもってたいした価格ではないですが…)
10代の頃にあこがれたものを手に入れるのはやはり満足度高いですねぇ
使い始めて半年たちますが毎日触るだけで
少し嬉しくなってきます。
これも20年くらい持つかなぁ…じゃぁもうこれが最後の財布だな…(笑

さてさて

本日は「マミヤ35スーパーデラックス」のカメラ修理を行っています。
様々なモデルがって非常に複雑でわかりにくい
「マミヤ35シリーズ」の一員ですが
今回の「スーパーデラックス」は見た目からしてわかりやすいカメラです。
モデル名の刻印も前面にありますが
なんといっても目立つのは「セコール48mmF1.5」の大口径レンズ…
F1.7搭載モデルと2種類存在するようですが
今回はF1.5搭載モデルです。
もはや当時の最高級一眼レフに組み合わされるスペックといえますね。
見た目にも大迫力で
まさにその名の通り「スーパーデラックス」ですね
レンズ一体式のレンジファインダー機なので
ジャンルとしては「コンパクトカメラ」に分類される形式ですが
全くコンパクトではありません。
それでもボディだけを見比べれば当時の
(スーパーデラックスは1964年発売)
「ミノルタハイマチック」や「ヤシカエレクトロ35」あたりと
ボディサイズはさほど変わらないので
現在の感覚ではいえば「コンパクト」ではありませんが
びっくりするほど大きいわけでもありません。
でもレンズを含めるとやはりかなり大きいです。
そしてレンズが大きいということは重いです
(ガラスは重いですからね)
ほぼ1kg近くあるのですね。
それでもこの大口径レンズと直線的なデザインのボディは
非常に魅力的なカメラだと思います。

お預かりしている「スーパーデラックス」は
もともと調子が悪く使われなった上にそこから
かなり長い間仕舞い込まれていた個体化と思われます。
電池室及びその周辺にはかなり緑青が見られ
配線は当然断線してしまっています。
もともと距離計二重像は薄めですが
さらにファインダー内の曇りも酷く
ほぼ二重像が見えない状態になってしまっています。
落下歴も過去にあるようで外装も一部破損しています。
外装破損部は交換部品がないので
できる限りの修復してかできませんが
全体的にかなり汚れて動きも悪い状態なので
一通りの整備清掃で何とか使える状態にしていきます。

肝心のシャッター周りとレンズは
清掃整備で問題ない状態に復帰できそうです。
露出計本体は生きていますが
このカメラの露出計は絞り・SSリングに
電気的抵抗で連動するタイプで
この形式の露出計にありがちな摺動抵抗の剥離よる
動きの不安定さは全て改善とはいかないと思われます。
できる限りの整備調整で
何とかある程度は使える状態にはできそうです。
巻上機構にもトラブルを抱えていましたが
そちらは問題なく改善できそうですね…
なんといってもレンズに大きなダメージがなく
一通りのカビ取りと清掃で問題なく本来の性能を発揮できそうです。
どんな写真が撮れるのか楽しみなカメラですね

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