カテゴリー別アーカイブ: カメラ修理

ニコンEMのカメラ修理

今日は「図鑑の日」なのだそうですよ
図鑑かぁ。。。子供の頃には毎日ボロボロになるまで
眺めていたなぁ。。。
確か12冊セットの図鑑が合って
乗り物だったり昆虫だったり動物だったり
天体だったり色んな分野のものがセットになっていて
何かしら引っ張り出してみていた気がします。
あまりにもボロボロになったものだから
動物とか昆虫とかの図鑑は
別のものを買い足したのをよく覚えています。
セット物の図鑑が一番ベースとしてよく使うのですが
それ以外にも「鉄道図鑑」とか
「スーパーカー図鑑」とか狭いジャンルに特化した
比較的お安い図鑑が本屋さんにはたくさんあって
結構買ってもらった記憶があります。
そういうのを与えておくと数日はおとなしく見ているからかな(笑)
図鑑とはまた違いますが百科事典も
よく引っ張り出していろいろ調べてたなぁ。。。
あれ重くてかさばるのですよね。
確か大人になってから処分するのが大変だった記憶が。。。(苦笑)
今ならタブレット一つですみますものねぇ。。。
便利で良い時代になったものだ。。。

さてさて

本日は「ニコンEM」のカメラ修理を行っています。
確か1週間くらい前にもEMの修理やりましたねぇ
ニコンらしからぬ軽量コンパクトでおしゃれなエントリー機です。
現在でも人気の高いモデルですが
国内発売当初はそれまでのニコンの「質実剛健」なイメージが
ちょっと邪魔をしたのか「ニコンの入門機?うーん。。」といった感じで
イマイチ市場の反応は良くなかったようなのです。
それで続くFGではAE専用機ではなく
載せられるだけの機能を満載し
何でもできるカメラに仕立て上げたらしいのです。
特にこの頃のニコンのユーザー層は保守的な方が多そうですしね
これまでの路線と異なるモデルには
眉をひそめてしまう方も多かったのかもしれません。
1980年に国内デビューですが
その前年の1979年には先行して輸出版が発売開始されていました。
海外ではなかなか好調な滑り出しだったようです。
で、今回のEMはおそらくその輸出版です。
中身はほとんど国内版と変わりませんが
外装パーツは意外と異なる点があるようです。

写真ではわかりにくいのですが
貼り革の素材とデザインが異なります。
国内仕様のような本革チックなビニックスレザーではなく
もっといかにも樹脂っぽい貼り革です。
逆光用露出計補正ボタンとバッテリーチェックボタンが
青色のボタンです。
レンズロック解除ボタンにメッキの縁取りがありません
見た目にはそのくらいでしょうか。。。
聞いた話だと上下カバーの塗装も異なるようで
国内仕様だと外側の塗装が剥がれると
真鍮のような地金が見えるように下地処理がされているそうなのですが
(AE-1あたりが始めた日本産ならではの処理ですよね)
輸出版は単純に外装塗装がされているだけなのだそうです。
中身は基本的には国内版前期モデルと変わりません。

お預かりのこのEMはまず露出計が動作したりしなかったりです。
巻上部のSWの接触不良かと思われます。
露出計が動いているときも値が明らかにおかしかったりしたので
何だか不思議な感じだな。。。と思っていたら
Ai連動リングのテンションがほとんどかかっておらず
爪が押されると押されたままで戻ってこなくなります。
これだと絞りをレンズ側で変えても
露出計に反映されません。
さらに露出計指針の動きも不安定です。
これはその絞り連動部の摺動抵抗の汚れが原因かと思われます。
もちろんモルトは全滅で
プリズムに腐食も見られます。
あらゆる部分のチェックを入念に行いながらの
一通りの整備が必要かと思います。

1982年の電子制御機なので
基板はフレキですし分解はなかなか手がかかります。
それでもさすがはニコン機で
他メーカーの同クラスのカメラに比べると
まだ整備性は良いほうです。
部品もコストと重量の関係でプラスチックが多用されていますが
負荷のかかるところは樹脂製だとしても
意外としっかり作られており
「ニコンらしからぬ。。。」と言われる割には
きちんと作られている印象です。
この後、一通りの整備を行い
再組立てをして動きをチェックするわけですが
とりあえず抱えていた問題はすべてクリアできているようです。
入念にテストを行いながら電気的調整も行っていきます。

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ヤシカエレクトロ35GSNのカメラ修理

今日は「あかりの日」です。
1879(明治12)年のこの日に
トーマス・エジソンが世界で初めて
実用的な白熱電球を完成させたことに由来した記念日です。
「あかり」というとやはり白熱電球の
あたたかい光が合いますよね。
うちの実家の玄関路地を照らす灯りが
白熱電球で家の中からコンセントを抜き差しして
点灯させるような原始的なものだったのですが
それがないと玄関前で本当に真っ暗で
足元なんて全く見えないのですね。
で、私が帰ってくるころにばあさんが
いつも見計らってその外灯を点けておいてくれるのです。
ちょっとしたことだけど
帰ってきてうちの前の路地に入るときに
煌々とあたたかそうな白熱電球がついているのを
見ると何だか妙に嬉しかった記憶がありますねぇ
で、帰って家に入ってしばらくすると
「外の電気消したか?」って必ず聞かれるのも懐かしいなぁ
(年寄りの家なので電気はこまめに消さないと怒られる)
あぁ、やっぱり実家借りたままにしておけばよかった(苦笑)
実家のあかりって
なんであんなにもあたたかそうに見えるのでしょうねぇ

さてさて

本日は「ヤシカエレクトロ35GSN」のカメラ修理を行っています。
こちらは白熱電球ではなく
「ろうそく1本の光でも写る」を目指して作られた
長時間露出性能の高い電子制御シャッター搭載の
絞り優先AE専用機です。
初代が発売されたのは1966年で
今回の「GSN」が発売されたのが1973年です。
この「GSN」までは初代のデザインそのままに作られたモデルで
これ以降のモデルは時代を反映して小型化されていきます。
やはりエレクトロというとこのちょっと大柄な
初代からGSNまでのものが「らしい」ような気がします。
ブラックもいいですがヤシカらしい
ギンギラギンのシルバーがさらに良いですね。
これもGSNより後のモデルだと
ギンギラギン度合いが少し地味目になってしまいます。
搭載されるレンズのスペックは初代と同じく
45mmF1.7の大口径です。
この大口径レンズも「ろうそく1本の光で写る」ために
少しでもSSを稼ぐために採用されたものです。
「GS」以降ではコーティングが一新され
カラーヤシノンDX45mmF1.7となっています。
独特の青みがかった全体的には少し暗めの
ファインダーも本来であれば二重像の非常に見やすい
コントラストのついたファインダーです。
ただし未整備のものは汚れが酷かったり
曇っていて非常に見づらいものが多いと思います。

お預かりしているエレクトロ35GSNは
数日前まで普通に使えていたそうなのです。
それが現在では電池を入れるとバッテリーチェックは点灯するものの
シャッターが全く制御されず
明るさに関係なく同じ速度で切れてしまっています。
露出の適正やスローシャッターを警告する
赤・黄ランプも点灯はするようです。
古い電子シャッター機なので
電子部品に何かあるとお手上げの可能性もあるのですが
いろいろ動きを確認しているとどうも機械的に
シャッター駆動部の動きが悪いのか
ソレノイドの吸着が汚れ等で悪いのではないかと思われます。
そのあたりシャッター周りの接点も含めて
整備を行っていきます。

どうやらやはり電子部品の問題ではなさそうです。
一通りの整備を行った結果
再びシャッターを正しく制御できるようになりました。
今回は結果的に良かったのですが
さすがにエレクトロは電子部品の不具合で
修理不能のことも多いカメラです。
ただ、それ以上に単純な機械的トラブルや
接点・配線の異常によるトラブルのほうが圧倒的に多いとは思います。
初期のエレクトロは1960年代~70年代の
日本の空気感を非常に濃く伝えてくれるカメラだと思いますので
こうしてできるだけ多くの個体が
まだまだ活躍できる状態になれば私も嬉しく思います。
ただ写りは決してそれほどレトロなものではなく
非常に良い写真を作り出してくれます。
このあたりもエレクトロがなかなか侮れない部分かと思います。

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ニコマートFTNのカメラ修理

今日は「レッカーの日」なのだそうです。
古い車に乗っていると
お世話になることも多いかと思います。
駐車禁止でレッカー?それはいけませんねぇ
私、サラリーマン時代に自動車ディーラー何社かに
それなりに勤めていたこともあって
さすがにレッカー(牽引)はないですが
キャリアカーは何度も運転したことがあります。
クルマをそれ用のキャリアカーに積むことは
フックのかける場所も決まっていて
しっかりウィンチで引っ張って固定できるので
それほど難しくはない作業です。
(動かないクルマだったりするとそれなりに大変ですが。。。)
それよりも軽トラにバイクを載せて
ロープで固定するほうが大変ですし神経も使います。
まず載せるのこと自体がローダーをかけて
それなりに大変です。
で、さらに適切な位置にロープをかけてしっかり固定することが大変です。
以前乗っていた250のバイクを軽トラに載せて
広島まで行ったことがありますが
載せている最中もかなり神経を使いました(苦笑)
まぁ、もうそんなことをする機会はないかな。。。
ロープの結び方も忘れちゃいましたねぇ(笑)
全然レッカーの話じゃなくなってしまいました。。。すみません。。。

さてさて

本日は「ニコマートFTN」のカメラ修理を行っています。
ニコマートは1960年代~70年代にかけて
ニコンの中級機としては発売されたカメラです。
機械制御シャッター機の「FT系」と
電子制御シャッター機の「EL系」に大きく2つに分けられます。
後の「FM/FE」の前身となります。
「FT系」はFT、FS、FTN、FT2、FT3と
5つのモデルが存在しますが最もたくさん販売されて
現存してる台数が圧倒的に多いのも
今回の「FTN」だと思われます。
FTをベースに開放F値補正操作(いわゆるガチャガチャ)を採用し
絞りリングを1往復させるだけで開放F値がセットされるようになりました。
やはりこれがあるとないとではレンズ交換時の手間が
全く変わってきますよね。
さらに平均測光から中央部重点測光に変更されています。
使用電池はまだMR9(水銀電池)の時代ですので
現在使うには形だけ合わせた特殊な電池を使用するか
何らかの電池アダプタを使用する必要があります。
ニコマートに限った話ではないですが
この時代の露出計は電池室から電圧調整されることもなく
SW等を経てそのまま露出計に繋がっているものがほとんどです。
。。。となると水銀電池では電圧1.3Vですが
現在の電池の多くは1.5Vです。
電圧変換型の電池アダプタ等を使う場合は問題ないですが
そのまま1.5Vで使うと0.2Vの電圧アップで
露出計の針は振りすぎて1.5段ほどアンダーの値を示してしまいます。
もちろん整備には調整できるので相談していただければと思います。
余談ですがLR44等のアルカリ電池は使っているうちに
電圧は下がっていきます。それも電圧が下がっていることに
気が付かないことも多いと思います。
電圧が下がると当然、露出計の振りは足らなくなるので
露出計はオーバー気味の値を示すことになります。
その辺りのことを考慮すると
やはりカメラの電池は電圧の安定した酸化銀電池(SR44等)のほうが
安心して使えるかな。。。とは思います。

話が逸れてしまいました(汗)
で、ニコマートFTNの修理です。
お預かりしているFTNはキレイなブラックのボディで
一通り動作もしています。
ただ定番のマイラー抵抗の汚れか劣化と思われますが
露出計が妙に不安定な動きをします。
シャッターは堅牢さで定評のあるコパルスクエアですし
しっかり動作している感じだと思っていたのですが
実際の作業前に細かくチェックしていくと
高速シャッターの精度が全く出ていません。
1/1000で1/125くらいしか出ない状態です。
確かにシャッター音からも
明らかに1/1000にしては遅い動作音がしています。
何度か切っているとたまに1/500くらいで
切れることもあるのですが
ほとんどが1/125あたり酷いときには1/60以上で切れます。
汚れかダンパーゴムか何かが引っかかっているか
何にしても何かが動きを妨げているのは間違いないようです。

まだ上カバーを外し、
ファインダスクリーン等を取り外しているところです。
これからミラーボックスを外し
シャッターユニットの整備に取り掛かります。
シャッター羽根の清掃を行って
各部の清掃・注油を行えば
おそらく正しく動作してくれるのではないかと思います。
どうにも変わりばえしなければ
シャッタユニットの交換を含めて検討します。
ちなみに今回はAi-Sのマイクロニッコール55mmF2.8が
装着されていたのですが
そxひらは定番のダブルヘリコイドの固着もなく
レンズも比較的キレイだったのですが
絞り羽根が引っ込んだまま全く出てきません。
油シミで固着してしまっているようです。
こちらは先に整備を行い、ヘリコイドの再グリスアップや
レンズ清掃も既に完了しています。
絞り羽根は非常に歯切れよく開閉するようになりました。
さて問題はボディ側のシャッタユニットです。
他部分の整備調整も併せてこれから本格的に取り掛かります。

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ニコンFEのカメラ修理

今日は「フラフープ記念日」らしいですよ。
1958(昭和33)年のこの日に「フラフープ」が
東京の各デパートにおいて日本で初めて発売されたのだそうです。
アメリカでのブームに続いて日本でも発売されたもので
価格は大人向けが1本270円、子供向けが200円だったのだそうです。
1ヵ月で約80万本という爆発的な売上げを記録し大ブームになりました。
でも「フラフープをやりすぎると腸ねん転になる」という
デマも流れブームはい一気に沈静化していきます。
フラフープの少し前に「ホッピング」(今でいうポゴスティック)も
ブームとなりましたがこちらは「やりすぎると胃下垂になる」なんて
デマで沈静化していくのですよね。
まぁ情報の少ない時代ならでは。。。といったところでしょうか。。。
さすがにどちらも私の生まれる前の話ですが
それぞれのデマは子供の頃に聞いたことがありますよ。
昭和のブームというのは一気に大流行して一気に沈静化するものが
多かったような気がします。
フラフープの嗣は「ダッコちゃん」ですかね。
私が幼い頃にもまだ少し残っていましたが
私がよく覚えているのは「ダッコちゃん」より「モンチッチ」かなぁ(笑)
まぁ覚えているだけで当時夢中だったのは
やはり「スーパーカー」でしたが。。。(笑)

さてさて

本日は「ニコンFE」のカメラ修理を行っています。
FEは1978年の発売です。
スーパーカーブームは沈静化しつつあり
ブルトレブームが盛り上がっていたのですが
多くのブルートレインが廃止になった頃で
私の大好きな石野真子さんが
「狼なんか怖くない」で歌手デビューし
「私の首領(ドン)」、「失恋記念日」と立て続けに
シングルを出し大晦日にはレコ大で新人賞をもらった年でもありますね(笑)
すみません、大きく話が逸れました。。。
カメラ業界的には電子化が大きく進みつつある時代で
前身のニコマートELの時代に比べると
カメラの小型化も進み電子回路もICが使われ
効率化がすすめられていた時代です。
FEは現在使ってもあまり古臭さは感じられないと思いますし
キチンと整備された個体であれば
40年前のカメラとは思えないほど
ストレスなく使えるカメラだと思います。
巻上は官能的とまでは言えませんが
非常に軽快でファインダーの見えもピントのキレも良く
何といっても露出計関連の情報が
非常に使いやすくファインダー内に表示されるカメラだと思います。
絞り優先AE機としてもマニュアル露出機としても
非常に使いやすい1台です。

お預かりしているFEは
一通り動作はしているのですが
測定器でチェックしてみると
シャッター速度は全体的に妙に早めで
(1/1000が実際にには1/1750あたり1秒が0.7秒あたり)
露出計は少しオーバー気味であるのですが
オート時の実際の露出は1.5段以上アンダーになるといった感じです。
おそらく新品時から分解整備はされていない個体と思われるので
この辺でりしゅれっ種が必要な状態かと思われます。
フィルム室やミラー受部のモルトは交換されているのですが
上カバーを開けてみると接眼レンズ下の
座布団モルトは加水分解でぐちゃぐちゃな状態でした。
ファインダー内もモルト屑だらけだったので
内部モルトの交換はもちろんしっかり清掃整備も行います。
シャッターユニットやシャッター羽根
ミラー駆動部や巻上機構部、可動部分は全て清掃の上
必要最小限の注油を行います。

機械的にストレスなくスムーズに動作できる状態にしてから
最終的に電気的にも調整を行います。
シャッタスピードの調整やバランス
メーター・オートの調整やバランスも
基板上の可変抵抗で行います。
少し前にも書きましたがそれぞれのヴォリュームの
役目がきちんと把握できていないと
調整はまともには行えません。
FEは特に調整ボリュームの数が多いので注意が必要です。
初期設定以外では基本的に触ってはいけないものも存在します。
測定器で随時確認しながら精度出しを行っていきます。
結果的には全く問題ないレベルまでSS、露出計、オート共に
精度を出すことができました。
これなら安心して使っていただける状態になったと思います。

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ニコンEMのカメラ修理

今日は「貯蓄の日」だそうですよ。
うーん、あまり得意ではないですよねぇ。。。(笑)
まぁ仕事柄、怪我とか病気とかで
突然働けない期間ができたときに
そこを何とかしのぐ程度は絶対に必要だとは思いますが。。。
(今年実際にそういうことがあったわけですが(汗))
それほど余裕のある収入があるわけでもないので
あまり貯蓄はできないですよねぇ。。。
でも少しは貯めとかないと
先日の入院やらコロナ禍やらで
こう見えて結構ダメージ食らってるので。。。(苦笑)
まぁ、手間仕事なので地道に少しずつがんばるしかないですな
私が貯める程度の貯蓄ではあまり関係ないのですが
大きな金額を現金で持っていても長い目で見ると
目減りしていく一方ですし
なかなか難しいものですよね。
最低限の貯金は必要だとは思いますが
私のような立場(独身・家族なし)だと
それ以外はなるべく使い切ったほうが
世の中のためにはなりそうですね。
欲しいものはいくらでもあるから
やっぱり仕事を頑張りましょう(笑)

さてさて

本日は「ニコンEM」のカメラ修理を行ってます。
1980年に当時のフラッグシップである「F3」と
同時期にデビューしたエントリー機です。
ニコンとしては初のエントリー機です。
それまでのニコン一眼レフ機のラインナップは
フラッグシップのF一桁機
中級機のFM/FE(前身はニコマート)のみだったのですね
当時は物品税の関係もあり
ボディ価格4万円の絞り優先AE専用のエントリー機というのは
各メーカーでラインナップされていて
またそれぞれがかなりヒットしていました
(X-7,OM10、MV1等々)
またニコンはどちらかといえばこういう
軽量コンパクトなエントリー機は苦手と思われていましたが
このEMはデザインといい使い勝手といい
もちろん軽量コンパクトさでも他メーカーエントリー機に
全く劣らないもので実際にかなりのヒット商品となりました。
このカテゴリーのカメラは電子制御なのが当たり前ともいえたのですが
「B」と「M90」が電池ナシでも動作するのは
ニコンらしいと言えると思います。
余談ですがAF時代になると軽量なエントリークラスで
ニコンはちょっと苦しむのですよねぇ(特に「U」が出るまでは)
本当はやはりあまりこういうのは
得意ではなかったのかな。。。と少し思っていしまいます(笑)
でもEMシリーズ(FG、FG-20を含む)は
どれも非常に良いカメラだと個人的には思っています。

お預かりしている「EM」は
まず巻き戻しクランクの円盤部が無残に破損しています。
ここ壊れるのですよねぇ。。。
もともと樹脂製でちょっと弱い部分が
経年劣化でさらに脆くなっているので。。。
でも普通に回してる分には
そんな壊れることもないとは思うのですが。。。
よくあるのは分解しようとして逆回転させようとしたときに
思った以上に固く締まっていて
力任せに回した時に割れるのですよねぇ。。。
今回は単純に円盤部が割れているだけではなく
根本の受けのネジ部までへし折れています。
(X-7でよくネジ切れてしまう部分)
EMのこの部分は樹脂とは言えども太いので
そうそう千切れることはないのですが。。。(汗)
それとは別の話で露出計がカウンターが1になっても
全く動きません。同様にオートも効きません。
バッテリーチェックは点灯するので
カウンター部のSW部に何かしらの問題があるのではと思われます。
そのフィルムカウンターも動作不良で裏蓋を開けても
ゼロに復帰しません。

巻き戻し部に黒い突起部分が見えますが
ここが折れてしまっていたのですね。
写真はそこも交換した後のものです。
念のため電池室からの配線や接点も清掃整備し
シャッターユニットも整備いたしました。
露出計不動の直接の原因はやはり巻上部SWの
接触不良でした。
これから電気的な調整を行って
露出計やオートの精度を出していきます。
ところで当店の部品取り用個体には巻き戻しクランクのない
EMがたくさん眠っています。
まぁ他の部分も少しずつ使っていくのですが
それにしてもEMの巻き戻し部の破損の多さには困ったものです。

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ミノルタオートコードのカメラ修理

今日は「ボスの日」なのだそうです。
ここでいう「ボス」とは
缶コーヒーやエフェクターではなくて
「ボス、がってんだ!」とか
「これはボスに知れるとヤバイからやっちゃいな!」とかの
「ボス」です(語彙力にかなり問題が。。。笑)
英語の「Boss」の本来の意味は
上司、社長、監督、親分、主任、実力者などの意味なのだそうです。
で、今日は従業員が職場の上司を称え感謝する日とされています。
私もここのお店の一応、ボスなのですが。。。
「ひとりでやってるから誰も称えてくれません!(ヒロシ風に)」
笑。。。まぁ冗談はともかく
私もサラリーマン時代がそれなりに長かったし
時代的に今でいうブラックな職場も多かったので
おっかない上司や
理不尽な上司もたくさんいましたねぇ。。。
もちろん尊敬できる上司もたくさんいらっしゃいましたが。。。
何にしたって団体行動が苦手で
会社勤めが向いていないから今こうやって一人で仕事しているのですよねぇ
そこは間違いなかな。。。(笑)
でもひとりでできることなんてやはりしれてます。
それは頻繁に痛感する点です。。。
でもそれはそれでしかたないのです。
今日もがんばって仕事しますよ~

さてさて

本日は「ミノルタオートコード」のカメラ修理を行っています。
ほんの数日前にもオートコードの修理を行いましたね。
先日も書きましたが国産最高峰の二眼レフといってよいカメラです。
今回のオートコードは何種類かあるオートコードの中でも
最終モデルとなる「オートコードⅢ」です。
オートコードの最終。。。ということは
ミノルタの二眼レフとしてもこのオートコードⅢが最終機ということです。
発売は1965年です。
基本的な構造はオートコードであればどのモデルでも同じですが
「Ⅲ」の直前に出た「オートコードCdS」から
レンズのガラス材質やコーティングが新しくなったレンズを搭載し
「ニューロッコール」と言われています。
ビューレンズのコーティングがうっすら青みがかっているのが特徴です。
さらに「Ⅲ」では220フィルム対応となっています。
まぁ、今となっては220フィルム自体がほぼなくなってしまいましたが。。。

お預かりしているオートコードⅢは
若干シャッター羽根に粘りが見られるものの
一通り動作はできています。
ご依頼者様からご指摘いただいているのは
ピントレバーが少し重い上に擦れ音がするということです。
確認すると確かに少し重めですね。
擦れ音はピントレバーが少し手前に変形しているようで
距離銘板にほんの少し触れてしまっていることが原因のようです。
ピントレバーの話が出たので少し触れておきますが
たまにピントレバーが折れたオートコードの修理依頼があります。
ここはさすがに折れてしまうと交換しかないのですが
当然のことながら新品部品は手に入りません。
中古の部品を手に入れようとも
オートコードはたとえジャンク品であっても結構な値段がして
とても費用的に部品取りを入手することができません。
上記の理由で当店では当面、ピントレバー破損のオートコードの修理は
残念ながらお断りしています。
ところで、このピントレバー
そんなに構造的にすぐ折れるものか?と
言われるとそれほど華奢なものではありません。
ただ製造から60年以上経っており
経年劣化で多少は脆くなっていると思います。
そこへ例えばヘリコイドが固着していて
非常に重い、あるいは動かないところへ
無理に力任せに動かそうとするとそれは簡単に折れると思います。
何にしても動きにくいものを力任せに動かすのは
古いカメラの場合は厳禁ということですね。

写真はひととおり整備が完了した状態です。
ヘリコイド部の清掃及びグリスアップを行い
ピントレバーは劇的に軽くなっています。
これならピントレバーに
余計な負荷がかかることもないと思います。
もちろん、シャッターユニット整備、巻上機構部整備
レンズ清掃、ファインダー清掃、ピント調整等々
全体の整備を整備を行っており
当分、安心して使っていただける状態になっていると思います。
ところで、後期のオートコードはストラップの留め具が
専用のものとなりここが悩みの種になる場合も多いと思います。
当店からは具体的にどうという提案はありませんが
今回のオートコードⅢはご依頼者様の工夫で
絶妙な太さのリングが留め具に通してあり
一見、「大丈夫?外れるのでは?」と思ったのですが
意外としっかり噛んでいて大丈夫そうですね。
写真では少々わかりにくいですが
こんな方法もあるのか。。。と非常に参考になりました。
この専用金具も気を付けるべきで
ストラップ側の留め具が拡がり気味で
突然外れて落下して修理にかなり費用がかかったお客様も
過去にいらっしゃいました。
ストラップ留め具はオートコードに限らず
本当に良く確認して使っていただければと思います。

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キヤノネットQL17G-Ⅲのカメラ修理

今日は「きのこの日」だそうですよ。
さすがに知識がないので山に行って
取ってきたりはしませんが
普通にスーパーでもいろいろなきのこが並んでいる季節ですよね
国産マツタケにはなかなかご縁がありませんが
栽培され安定した供給のあるものとしては
シイタケ、マイタケ、エリンギ、エノキ
ヒラタケ、ナメコ、ブナシメジ。。。
このあたりは普通に簡単に手に入りますよね。
お鍋にも良い季節になってきましたし。。。
私は個人的に「ホンシメジ」が好きなので
またどこかで探してこなくては。。。
少しお高いですがマツタケに比べれば全然リーズナブルです。
しっかりした大きさがあるので
素焼きでも美味しいですし、おひたしや天ぷらでも良いですねぇ
どこか近所で売っていないかな。。。
なかなか見かけないのですよね。。。
そういえば子供の頃は「シイタケ」かなり苦手でした。
お酒(日本酒)飲むようになってから
大好きになったのですよねぇ。。。今思えば何故苦手だったのか?
お鍋にシイタケは欠かせないアイテムですよねぇ
あぁ今夜は鍋にしようかな。。。とりあえずシイタケ買って帰ろう(笑)

さてさて

今日は「キヤノネットQL17G-Ⅲ」のカメラ修理を行っています。
G-Ⅲの修理はちょっと久しぶりですね。
社会現象になるほど大ヒットした初代キヤノネットから11年余り
1972年に発売されたこのG-Ⅲがキヤノネットとしては
最終モデルとなりました。
初代に比べると随分コンパクトになりました。
それでもF1.7の大口径レンズを搭載し
露出計受光体はCdSに変わりましたが
初代と同様にシャッタースピード優先AEを装備し
露出計はオフとなりますがマニュアル露出も可能と
初代のコンセプトがそのまま引き継がれている部分もたくさんあります。
その名の通りQL(クイックローディング)も搭載し
フィルム装填も簡単にできるようになりました。
余談ですがG-ⅢのQLはカウンターが「1」になるまでは
レリーズボタンを押さなくても(シャッターを切らなくても)
一気に4回巻き上げることができます。
コンパクトさと使いやすさは初代に比べると格段に進歩しています。

お預かりのG-Ⅲは一通り動作はしています。
しかしながらキヤノネットシリーズ共通で
よく見られる絞り羽根の粘りが若干見られ
オート時にうまく制御できていないことが確認できています。
絞り羽根の動きが粘っているということは
一見普通に動作しているシャッター羽根にも
多能なりとも粘りがあって当然と思います。
やはりこの辺りは機械的駆動部も含めリフレッシュが必要だと思います。
この時代のいわゆるコンパクトカメラは
裏蓋の遮光を大量のモルトで行うことが多いですが
G-Ⅲも例外ではなくその大量もモルトが劣化でボロボロになり
フィルム室はなかなか悲惨な状態です。
もちろん一度キレイに除去して貼りなおします。
レンズのコンディションはそれほど悪くはないですが
やはり前玉のコーティング劣化によるクモリが若干あります。
これはニューキャノネット系の定番ですね。
できる限りの清掃を行いますがコーティング劣化は直らないので
若干のクモリは残ります。
ただ今回は実際の撮影にはほとんど影響ないレベルだと思います。
ファインダーは汚れ・クモリが酷いですが
こちらは問題なくクリアになりそぷです。
露出計を駆動するのはもともとは水銀電池(MR9・1.3V)ですが
今回は電圧無変換電池アダプタを使用する前提で
1.5Vで調整しなおします。
以前にも書きましたが電圧変換型アダプタをQL17G-Ⅲで使用すると
抵抗が干渉してバッテリーチェックランプが点灯しなくなります。
それを避けるためにも今回は1.5Vで使用するように再調整します。

まだ上下カバーを外しただけの状態です。
まずはシャッターユニットや
オート機構部の整備から行っていきます。
ブラックのG-Ⅲ、カッコ良いですね。
中古市場だとシルバーの倍近い価格がするのですよねぇ
修理する立場からすれば
シルバーもブラックも変わりはありませんが。。。
でも他のメーカーに比べても
キヤノンはブラックが似合うような気はしますね。
やはりF-1がブラックのみの設定だから
イメージが植え付けられているのかな(笑)

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ミノルチナSのカメラ修理

今日は「鉄道の日」なのだそうですよ。
1872(明治5)年10月14日(旧暦9月12日)に
新橋駅(後の汐留貨物駅、現:廃止)~横浜駅(現:根岸線桜木町駅)を
結んだ日本初の鉄道が開業したことが由来となっています。
148年前ですねぇ。。。すごく昔のような気もしますし
思ったより近年のような気もします。
都内。。それも特に23区内に住んでいると
交通のメインはやはり地下鉄を含んだ鉄道です。
大抵の目的地で一番早く安く到着する移動手段です。
何といっても渋滞がなく(車内は混みますが)
到着時間が確実に読めて
さらに乗り換えも含めて待ち時間が非常に短いですものね。
私はもともと地方出身ですが
この待ち時間の少なさは本当に驚異的です。
大抵の路線で次々と列車が来ますものね。
そう考えると当店の最寄りの西武新宿線は待ち時間があるほうで
「ええ~10分も来ないの?」と思うこともしばしばありますが
それでも10分くらいのものなのですよね。
私の地元、呉線だと真昼間なんて30分くらい普通に来ませんよ(笑)
それを言い始めると本数少ないところなんてたくさんあるのですが。。。
そう考えると本当に都内は便利ですよねぇ
次々とやってくる都会の電車は便利で非常に快適ですが
ゴトゴトガタガタと騒々しいけど
のどかで人も少ないローカル線に乗って
たまには遠くに出かけてみたいものです。

さてさて

本日は「ミノルチナS」のカメラ修理を行っています。
このカメラ、久しぶりですね。
1964年に発売されたレンジファインダー機です。
当時のミノルタのラインナップには
レンズ固定式のカメラというと既に「ハイマチックシリーズ」があり
(1964年だとハイマチック7が現行機種)
そのハイマチックより小型で持ち歩きやすいというところが
セールスポイントのひとつでした。
現在の感覚で考えると当時としては非常にコンパクトに作られていて
デザインも端正で非常に人気のありそうなカメラという印象ですが
当時は今から想像するほどヒットしなかったようです。
当時はカメラ自体が高級品でそれなりの威厳と品格を求められる時代で
あまりコンパクトなカメラ自体が市場に受けなかったようです。
なのでミノルチナSも思ったほどは売れなかったようですが
きっと今なら全然違った評価になるでしょうね。
現にミノルチナSはちょっと通好みの
国産レンジファインダー機として中古市場ではなかなか人気のカメラです。
ハイマチック7や9と比べると現在ではその立場は
逆転してしまっているような気がします。
いや、ハイマチックも大きいだけあって非常にしっかりできていて
長所はたくさんあるのですが。。。
その小さなボディには大口径のロッコール40mmF1.8レンズが組み合わされます。
ろしゅつはマニュアルのみですがセレン光電池を使用した
露出計は絞りやSSに連動し真ん中に露出計指針を指針を合わせて
適正露出を得るタイプです。
シャッターユニットはセイコーSLVで最高速は1/500です。

お預かりしているミノルチナSは巻上ができず
シャッターボタンを押しても何も動きません。
巻上ロックを強制的に解除して巻き上げると
今度はシャッター音はしますがシャッター羽根はピクリとも動きません。
通常ならレンズシャッター機では定番の羽根固着といったところですが
今回はどうやら違うようです。
シャッターユニット内のシャッター駆動部そのものに動作不良があるようです。
それに加えて巻上ロック機構の動作不良散ったところです。
進歩愛されるセレン光電池は問題なく起電しているようです。
ただし毎度のことですが絞り・SSリングに連動する
ブラシ式の摺動抵抗には若干の劣化があり
清掃である程度は解消されましたが
多少の不安定さはどうしても残ってしまいそうです。

レンズシャッターユニットは
フォーカルプレーンシャッターに比べると
非常に小さなバネの力でシャッター羽根を駆動する精密機械です。
レンズシャッターそのものの構造は
各メーカーで若干の違いはあれど基本的な構造はほぼ同じで
確立された技術です。
そのためきちんと動作しているときは非常に安定した動きを見せますが
元々が小さなバネ力で動く繊細な機械のため
動きの悪い状態で無理に使っていると簡単にトラブルが起こってしまいます。
今回のミノルチナも部品の破損こそなかったものの
一部の部品に変形が見られそれがシャッター不調の原因でした。
動きが悪くなりかけていてもわからない場合も多いので
やはり10年に一度はきっちり整備しておきたいところですね。
整備のスパンはその機械によっていいろいろですが
定期的にメンテナンスが必要なのはカメラだけではなく
どんな機械も一緒だと思います。
今回のミノルチナもリフレッシュしてまた当分元気に使えそうです。
造られてから50年以上は経過したカメラですが
まだまだたくさんステキな写真を生み出していってほしいと思います、

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ペンタックスSPのカメラ修理

10月第二月曜日・・・
本来なら「体育の日」ですよね
今年から「スポーツの日」に名称変更となり
さらにオリンピックの関係で今年に限り
7月24日に変更になりました。
オリンピックは今のところ延期?となっていますが
果たして来年の「スポーツの日」はどうなるのでしょうねぇ
まぁ、私あたりの年代は「体育の日」は
10月10日でこの日は全国的に運動会!というイメージですが
時代はいろいろと移り変わりますねぇ。。。
ちょっと寂しい気もしますが。。。
(自分がハッピーマンデー関係ないのでなおさらそう思う(笑))
ところで今日はその「体育の日」に関連して
「体育の日=タイ(イ)クの日=鯛喰う日=鯛の日」ということで
「鯛の日」なのだそうです(笑)
これも体育の日じゃなくなったからなぁ。。。(汗)
それはともかくやっぱり真鯛は刺身か小型のものを塩焼きかな。。。
どちらも美味しくてこれが日本酒に最高に合うのです!
実は刺身に限ると個人的には真鯛よりチヌ(黒鯛)のほうが
旨味が濃くて好みだったりします。個体差もあるとは思いますが。。。
ちょっとお高いけど量は少しでもいいから
今夜あたり天然真鯛の刺身を買って帰って晩酌のお供にしましょう!
よし何だかヤル気が出てきたぞ(笑)

さてさて

本日はペンタックスSPのカメラ修理を行っています。
なんだかんだで今実働しているフィルムカメラの中で
一番台数が多いのはSPなのじゃないかと思ってしまうほど
現存台数が多く今でも人気のあるカメラです。
M42マウントで装着できるレンズが多く
その中には特殊な描写をするレンズもあり
楽しみ方のバリエーションも様々。。。というのも
人気の原因のひとつかもしれません。
それもこれも現行機の時代に売れまくっていて
今でもたくさんの台数が残っていることが要因ですよね。
当時の雑誌のフォトコンテストで
入賞している方のほとんどがSPを使っていたなんて話もあるくらいに
初心者からハイマチュアまでいろんな方に好まれたカメラです。
価格と性能のバランスも良かったのでしょうね。
一眼レフとしてはシンプルな部類に入ります。
機械制御の布幕横走りフォーカルプレーンシャッターで
最高速は1/1000、スローガバナにより1秒までのスローシャッターに
もちろん「バルブ」も装備します。
露出計はいわゆるTTL式で
ファインダー内にCdSを配置した平均測光です。
ただし、ユニバーサルマウントであるM42レンズを使用するため
レンズからの絞り情報は一切連絡されないため
絞込測光により露出計を使用します。
ここはちょっと注意が必要ですね。

お預かりしているSPはご依頼者様が
「地域密着型ネット掲示板」(まぁはっきり書いても良いのでしょうが。。。)で
手に入れたものなのだそうです。
出品者様曰く「普通に使えそう」ということだったのですが
おそらくかなり長い間使われていない、あるいは
手入れをされていない状態でファインダー内にはかなりの汚れがあり
あまり接眼レンズに目を近づけたくないな。。。という状態でした。
一応はシャッターは動作しているのですが
とりあえず測定器で1/1000を測ってみると
走りはじめ(視野左端)では約1/700
視野中央付近で約1/400
走り終わり(視野右端)で約1/300.。といった様子です。
明らかに後幕の動きが遅く
空とか単色の壁がバックにあると左右で写真の明るさが
異なることがはっきりわかるレベルだと思います。
これだけ後幕の動きが悪いと
やはり何度かシャッターを切っていると
たまにミラーアップしたままにもなります。
後幕がきちんと走り切らないのですね。
巻上も油切れの兆候が見られ感触もあまりよくありません。
未整備のSPは大体巻上の感触の悪いものが多いですが
本来は巻上が非常に軽やかで気持ちの良いカメラです。
まぁこの辺りの感覚は好みも個人差もあり
その個体が置かれた環境で変わってしまう部分でもあるので
一概にこんな感じとはいえないのですが。。。

致命的な破損や問題はなさそうなので
一通りの整備・清掃を行います。
もちろん露出計の修理・調整も行います。
ボディ側にはやはりいろいろ動きに問題のあるところが多いのですが
装着されていたスーパータクマー55mmF1.8は
状態が非常によく現状のままでも全く問題ない状態でした。
さすがに表面に多少の汚れとわずかなカビがあったので
それは一番最後に簡単に清掃しておきます。
そうして完成したSPhが操作感が見違えるように変わりました。
巻上のスムーズさもシャッター音の上品さも
お預かり時とは全く違います。
もちろん低速から最高速までシャッタスピードも全く問題ありません。
これであれば安心かつ気もち良く使っていただけると思います。
世の中にSPは溢れていますが
その中で本来の動きができているものは何割くらいなのでしょうね。。。
できるだけ本来の姿で使っていただきたいものです。

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ミノルタオートコードのカメラ修理

今日は「商店街の日」なのだそうですよ。
都内にはまだまだ昔ながらの商店街が
残っているほうだと思うのですが
先日、たまたまどこかのネットニュースで読みましたが
やはり鉄道沿線の再開発とかで
年々、減ってはいるのですね。
地域密着型の商店街はやはり駅前にあることが多くて
初めて降りる駅の目の前に商店街が伸びていたら
やはり歩いてみたくなりますし
なかなか楽しいですよねぇ
私のお店は駅から徒歩5分くらい離れているので
直接関係ないのですが
最寄りの「新井薬師前駅」も現在地下化工事中で
ここの工事が進んでいくと駅前の様子もまた変わるのでしょうねぇ
まぁここにはそれほど大きな商店街はないのですが。。。
工事完了は当初は2021年3月末の予定だったたらしいのですが
途中で変更されて現在は2027年3月末の予定になっています。
まだまだ先ですなぁ。。。
地下化されたら地上部分は全く違った姿になるでしょうね
ちょっと今から楽しみです

さてさて

本日は「ミノルタオートコード」のカメラ修理を行っています。
いわずとしれた国産最高峰の二眼レフですね。
1950年代は国内でも二眼レフブームが巻き起こり
それに伴ってカメラメーカーも爆発的に増えました。
いわゆる四畳半メーカーと呼ばれる小さなメーカーもたくさんできました。
アルファベットのAからZまですべての頭文字の名前の
メーカーが存在すると言われていました。
そうはいってもある程度の完成度を求めると
おのずとある程度知られたメーカーに限られてしまうのですが。。。
ミノルタは国産としては相当早い時期に二眼レフの発売を開始しました。
国産初はプリンスフレックスという説が有力で
その二ヶ月後に発売されたのが「ミノルタフレックスⅠ」だと言われています。
ミノルタフレックスも年々改良を重ねミノルタコードにモデルチェンジされ
1955年に「ミノルタオートコード」が誕生します。
前作の「ミノルタコードオートマット」から
フィルム平面性確保のためフィルム送りが通常とは逆の
「上から下」に巻く方式になりその後のミノルタ二眼レフの
大きな特徴になっています。
フィルム装填はスタートマーク合わせ式のセミオートマットです。
クランク式の巻上でもちろんセルフコッキングとされ
ピントレバーはこれもミノルタコード以降
ミノルタ二眼レフの大きな特徴でもある
いわゆるハラキリ型のピントレバーで
ノブ型より迅速にピント合わせができる構造です。
ファインダーにはフレネルレンズを採用し
この時代の二眼レフとしては非常に明るくキレの良いファインダーです。
細かいことを言えばビューレンズ上部に
SSと絞りの表示窓があり構えたままの姿勢で
SS・絞りを確認・変更できます。(これ意外と大事です)
そしてなんといっても最大の魅力は
ロッコールレンズによる写りだと思います。
個々の要素で言えばそれぞれ弥勒的な二眼レフが
いろいろ存在することは重々心得ているつもりですが
やはり総合的にみると国産最高峰は
やはりオートコードかな。。と個人的には思います。

お預かりしているオートコードは
おそらくかなり長い間
使われていなかったのではないかと思われます。
それでもシャッターは一応動作しており
ピントレバーも動きが少しばかり渋いですが
動作はしています。
ただし、レンズのクモリがかなり酷いです。
ファインダースクリーンも相当汚れていて
ファインダーミラーにもかなりカビがあり全体的に曇っています。
裏蓋も妙に締まりにくく
全体的に整備・清掃が必要な状態です。
しかしながらレンズのクモリは
オートコードでよく見かける後玉ユニット前側レンズの
コーティングの劣化によるクモリが大部分で
普通に清掃しても全く改善しません。
汚れの付着ではなくてコーティングの劣化なわけですから
当然といえば当然なのですが
それでもできる限りの手段を使って何とか通常の撮影には
ほぼ影響ないレベルまでクリアにすることができました。
意外とコーティングの傷みが少なかったのが幸いでした。
ファインダースクリーンやフレネルレンズは徹底的に洗浄し
ミラーは交換で対処します、
シャッターユニットや巻上機構部の整備はもちろん
ピントレバーやヘリコイド部のグリスアップも行います。

外装の補修や清掃も行い見違える状態になりました。
やはり二眼レフの佇まいは何とも言えず良いものがありますね
各動作も非常にスムーズになりこれなら
かなり気持ちよく使っていただけると思います。
是非ご依頼者様にはこのオートコードで
ブローニーフィルムならではの高画質と空気感を
存分に味わっていただきたいと思います。