ミノルタニューSR-7のカメラ修理

今日は二十四節気でいうところの「芒種」です。
芒(のぎ 、イネ科植物の果実を包む頴(えい)
すなわち稲でいう籾殻にある
とげのような突起)を持った植物の種をまくころだそうです。
実際の現在の種まきはこの時期ではなく
もっと早いですよね
二十四節気が決められたのは紀元前の中国内陸部での
お話なのでなかなか現在の日本で
そのままあてはまるものばかりではないですよね
でもずっと長い間使われているものなので
実際の感覚とのズレも含めて微妙な季節感を表していると思うので
このままでよいのかなと思います。
日本では基本的な二十四節気に加えて「雑節」などもありますし。。。
芒種の次はいよいよ夏至ですよ
梅雨らしい天気の合間に初夏を思わせる日差しも出てきていますが
例年多い「ゲリラ豪雨」なんてのがないといいですね
やっぱり梅雨はしとしとと適度な雨が降り続くのが
情緒あふれてていいですね

さてさて

本日は「ミノルタニューSR-7」のカメラ修理を行っています。
「SR-7」そのもののデビューは1962年ですが
「ニューSR-7」のデビューは1965年です。
ネーミングは同じく「SR-7」ですが
中身。。。だけではなく外装も含めて全くの別物です。
スペックだけは同じようなものなのですが
根本的にダイキャストが変更されており
「ニューSR-7」のダイキャストは次モデルの「SR-T101」と共通のものです
これだけ異なるモデルなのだからモデル名ごと
変えても良かったのではないかと思うのですが
モデル名はあくまで「SR-7」なのです。
モデル名と言えば「SR-7」の前は「SR-3」で
なんでいきなり「7」なのかというと
ハイマチック7と同じで
初代ハイマチックOEM品のアンスコオートセットが
フレンドシップ7に載って宇宙に行ったことが由来となっているそうです。
さらにマイナーチェンジを含めると7代目の一眼レフということもあるそうですが
それはちょっと無理矢理かな。。。(笑
従来の「SR-7」と「ニューSR-7」の違いは
ダイキャストの変更による小型化もそうですが
ユニット化されたミラー駆動部と一体化された横走りシャッター機構も
従来のダイキャスト側に設置されるシャッターに戻っています。
修理する立場とすればやはりこっちのほうがやりやすいかな…
外光式の露出計自体はそのままですが
感度切り替えが背面からマウント脇に移動されています。
さらにSR-Tと同じ底面にBC-OFF-ONのSWが設置されています。
露出計周り以外は初期のSR-T101とやはりかなり似ています。

お預かりしている「ニューSR-7」は
ちょっとめずらしいブラック塗装です。
ところどころ地金が出ていて
適度に使い込まれた感がなかなかステキです。
外観はそれなりに良いのですが
まずはこのSR-7、全く巻上ができません。
巻上ロックが完全に噛みこんでいるようで
巻上レバーはビクとも動きません。
もちろんこの状態で無理に動かそうものなら
破損させてしまうのが関の山なので
無理は絶対にしません。
シャッター幕の位置を見てもリリース状態なので
シャッターが切れないわけではなくて
巻上ができない状態のようです。
原因は。。。さすがに分解してみないとわからないですね
どこかの部品が固着して巻上ロックが
解除されないのだとは思われますが。。。
シャッターが切れないので現状で確認できる箇所は限られますが
露出計も問題があり非常に不安定な上に
3段以上オーバー傾向です。
チェックしている間にバッテリーチェックも含めて
完全に動かなくなってしまったので
どこかの接触が悪い、あるいは断線かと思われます。

それからファインダーにゴミの混入もそれなりにあるのですが
コンデンサレンズがかなり曇っていて
ファインダー全体が妙に低コントラストです。
もちろん清掃でクリアにしていきます。
上の画像は取り掛かったばかるの段階のものですが
巻上周り及びシャッター周りは
1ヶ所のトラブルではなくあちこちが強烈に固着していました。
溶剤で根気よく洗浄した後に最小限の注油を行い
何とか通常の動きを取り戻すことができました。
露出計は電池室~SW部の配線が完全に腐食して
ほぼ導通していない状態でした。
確認できているトラブルの処置は一通り行えたので
後は各部の確認を行いながら通常整備+調整を行います。
分解するまで状況がはっきりしなかったので
少々不安でしたが何とかなりそうで少し安心です。

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コニカⅢAのカメラ修理

今日は6月4日。。。
これはわかりやすく「虫の日」ですね。
子供の頃は大抵の虫を捕まえたり
触ったりも平気だったのですが
いつの間にか全くもって触れなくなりましたね(笑)
カブトムシやカナブンでさえ
触れなくはないけれど
あまり積極的に触りたくはないですねぇ
いつからこうなってしまったのか。。。
「虫」と書くとイメージされるのは昆虫類で
あまり抵抗のないグループをイメージしますが
「ムシ」と書くとムカデやクモとか
子供の頃でもちょっと触れないような
怖いものが入ってくるような気がします。
で、「蟲」ともなると
もう生き物でないようなものや
超常現象まで含まれるような気がします
いつも書きますがこのよの不思議なことは
たいていが「蟲」が起こしているのだと思っています(苦笑)
日本語って難しくて面白いですねぇ
そういえば去年のこの頃に
「ろくむし」の話をしたような気が。。。(笑)
1年経つのは早いですねぇ

さてさて

本日は「コニカⅢA」のカメラ修理を行っています。
コニカスタンダードから始まるコニカ最初の35mm判カメラのシリーズです。
「スタンダード」は対米輸出および米軍PXでのみ発売されたモデルのため
国内一般向けではないですが
そのスタンダードを国内一般向けにしたものが「コニカⅠ」です(1948年)
その後、細かいモデルチェンジや派生モデルを加えながら
「Ⅱ」、「Ⅲ」へと発展し
初期のコニカ35mm判レンズシャッター機の集大成ともいえるのが
今回の「ⅢA」だと思います(1958年)
従来の「Ⅲ」に当時「生きているファインダー」と呼ばれた
パララックス/画角自動修正機能付等倍ファインダーを備えたモデルです。
大型のプリズムを贅沢にあつらえたファインダーで
パララックス補正も立派ですが
何といってもその見え方が素晴らしいファインダーです。
等倍なので右目でファインダーを覗きながら
両目で見ると普段見えている視界の中に
ぽっかりとブライトファインダーが浮かび写る範囲がわかります
当然、そのまま二重像でピント合わせも行い
シャッターチャンスを待つわけですね
等倍ファインダーを両目で使うのには少し慣れも必要ですが
これに慣れると本当に便利です。
通常ならファインダー視野外となる部分も容易に確認できます
シャッターは通常の「Ⅲ」と同じく
当時の最高級シャッターでもある「セイコーシャMXL」です
最高速は1/500で1秒までのスローシャッターと「B」を備えます。
レンズはヘキサノン48mmF2搭載機と50mmF1.8搭載機が存在します。
他は「Ⅲ」とほぼ同一で
巻上は独特のマウント部から生えているレバーを押し下げて行います。
軽快なダブルストロークです。
使い心地や質感の高いデザインも含めて
かなり良いカメラだと個人的にも思っています。

お預かりしている「ⅢA」はご依頼者様が某ネットオークションで
最近んご購入されたものだそうです。
動作確認済、しかしながら現状渡し・保証なしという
この手の販売ルートにありがちな販売方法ですが
いきなりシャッターが切れなくなったそうです。
拝見してみるとレンズシャッター機では
定番のシャッター羽根固着です。元々粘りがあったものかと思われます。
この手のルートで入ってきた来た個体は
無茶な扱いを受けている場合もあるので
まずはシャッター羽根や絞り羽根の状態を慎重に確認しておきます。
羽根の破損や変形があると工数が全く異なってくるからです。
交換部品の問題も出てきますし。。。
いつも書きますが特に絞り羽根には注意が必要です。
粘った状態で動かし続けていると
比較的簡単に変形・破損が起こります。
シャッター羽根よりも高い確率です。
今回は何とか羽根そのものには問題はなさそうです。
羽根洗浄およびシャッターユニット清掃整備で
シャッター周りは問題ない状態にできそうです。
最大のセールスポイントでもあるファインダーは
かなりのカビや汚れが見受けられ距離計も全く合っていませんでしたが
プリズム自体は良好でプリズム周りの清掃で
十分にクリアな状態になりました。
もちろん距離計も調整いたします。

外装もできる限り清掃して仕上げました。
やはりクリアな等倍ファインダーの見え心地は良いですね
巻上も預かり時より明らかに軽快になったと思います。
これならこれから安心してガンガン使っていただける状態と言えると思います。
まぁ、なかなかネットオークション等で買って
そのまま安心して使えるものはなかなかないと思います。
最初から整備前提で入手される分には良い場合もありますが
修理不可能な状態のものもゴロゴロありますので
やはりある程度のリスクはあるかと思います。
でも今回の「ⅢA」は最初少し心配しましたが
妙な分解品でもなく通常整備で見違えるほどよくなりました。
随分お待たせしてしまいましたが
ご依頼者様には存分にこれから楽しんでいただければと思います。

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ペンタックスSPのカメラ修理

今日は「測量の日」だそうですよ。
1949(昭和24)年のこの日に
測量を正確、円滑に行うことを目的とし
基本測量や公共測量の定義などを定めた
「測量法」が公布されたことに由来しています。
あれれ?測量と言えば伊能忠敬が測量に出発した日に
由来した記念日を最近何か書いた気が。。。と思ったら
それは「地図の日」(4月19日)でした。
おお、もう2か月近く前なのねぇ
そういえば、なぜか昔、実家にゼンリンの住宅地図があり
(業務用の呉市内全域をカバーする大きな冊子で
おそらく買うと結構な値段。。。)
小学生の頃にヒマなときはそれをめくって見ているのが好きでした。
家の側を流れる吾妻川。。。上流はどこまで行けるの???とか
逆に海まではどこを通っていくの?とか
クラスの名簿を引っ張り出しては
「あの子の家はどの辺?うちからはどうやって行くの?」とか
「呉市の一番端っこってどこ?」とか
結構、飽きもせずに延々といろいろ調べてたなぁ。。。
おかげさまで地図にはちょっと強くなったかな
未だに実家の近所の道をイメージすると
その住宅地図のイメージも出てくるし。。。
本当にあの頃、覚えたことは忘れないですねぇ
ずっと小学生~中学生の記憶力だったらいいのに。。。(笑
登山に行くようになってからは1/25000地形図の出番です。
これも奥が深いんですよねぇ
見慣れてくると斜面や勾配の様子とかもだいたいイメージできますし
よく行く南アルプス北部や奥秩父、八ヶ岳エリアは
今でも一通り持っています。
まぁ今では実際に現地で見る時はともかく
家にいるならネットで見たほうが早いのですが。。。
何にせよ、地図を見ているのは今も昔も楽しいです。
地図ではありませんが今だとグーグルアースなんて見始めると
これがまた止まらなくなりますものねぇ。。。仕事中は厳禁です(苦笑)

さてさて

本日は「ペンタックスSP」のカメラ修理を行っています。
「SP」もコンスタントに修理依頼のあるカメラです。
社会現象となるくらいに売れまくったカメラなので
現存数も圧倒的に多いのだと思います。
当店に修理に入ってくるものは
「中古で買って使ってるもので。。。」というものもそれなりに多いのですが
やはり「SP」の場合は
「家でずっと使われずに仕舞い込まれていたものなのですが。。。」という
パターンが圧倒的に多いです。
今回もそのパターンかと思われます。
レンズマウントというのは多くの場合、そのメーカー独自の仕様で
互換性はないものなのですが
SP…というかこの時代のペンタックス機は
ユニバーサルマウントでもある「M42マウント」を採用し
オールドレンズに少し詳しい方、興味のある方はもちろんご存じでしょうが
世界中のいろんなメーカーのM42マウントのレンズを
そのまま使うことができます。
当然、ユニバーサルマウントなので非常にシンプルなマウントです。
はっきり言えば単純な大きなネジです。
「M42」というのもネジ径の寸法のことです。
普通にドライバーで締めるネジだとM2のネジとか
M5のネジとかいいますがあれと同じです。
ネジ径に加えて絞り羽根動作連動が付いているだけです。
自動絞りでなければ絞り羽根連動もありません。
そういうシンプルなマウントなので
当然、露出計はTTL(ファインダー内測光」といえども
絞込測光となり実際に撮影時の絞りに絞り込んで測光します。
絞りが開放あるいは開放に近い値だとそれほど問題はないですが
F8とかF11とかに絞り込むと当然ファインダーはかなり暗くなり
そのままでのピント合わせは不可能です。
そのあたりが唯一の使いにくい点なのかなと思いますが
M42マウントというユニバーサルマウントを使っている以上
致し方ない部分かと思います。
実際、ペンタックスも後継のSPFでは開放測光に対応しますが
それはM42マウントに絞り伝達機構を追加した
SMCタクマーレンズ使用時のみです。
ややこしいことになるし従来のM42マウント(特にペンタックス以外)
使用時におけるリスクもあるので
やはりM42マウントは絞込測光が潔いと思います。

話が随分逸れてしまいました。
お預かりしている「SP」はその露出計がほぼ不動です。
SWの接触不良及び配線やハンダの導通不良が原因と思われます。
まぁ、いつものパターンです。
そしてこれも定番ですが幕軸の汚れのため
シャッター走行がスムーズではなく
高速時を中心にシャッタースピードの精度は全く出ていません。
今のところ、ミラーアップしたままになったりとまでは
いきませんがこのまま放置していると
間違いなくミラーアップトラブルも出てくると思います。
もうひとつ定番のプリズム腐食は今回はありませんでしたが
やはりプリズムをぐるりと囲む遮光材の加水分解はかなり進んでいて
これももう少し放置しているとプリズムの蒸着まで
剥がし始めていくところだったと思われます。

既に一通りの整備は完了した状態です。
装着しているレンズは当店のテストレンズです。
かなり洗浄を念入りに行い注油もしたので
少し動きが落ち着くまで様子見の段階ですが
ここまで特に問題なく非常にスムーズに動作するようになりました。
外観もできる限り磨き上げました。
経年劣化や油切れ・汚れは当然ながらかなりあったのですが
基本的には保管状態も悪くなく
かなりの部分で当時の姿を取り戻せていると思います。
おそらくご依頼者様にも満足していただける状態に
仕上がっていると思われます。

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ペンタックスKXのカメラ修理

今日は「路地の日」だそうです。
日付は「ろ(6)じ(2)」(路地)と
読む語呂合わせからだそうです。
私が子供の頃には妙な路地が近所にも
たくさんあったなぁ。。。
うちの実家もそうだったけど長屋が多くて
その通路がまた細かく入り組んでいて
1日中、日の当たらない路地もたくさんあったし
そういう路地ってなんだか独特な匂いがするんだよねぇ
で、中には、これ本当に通っていいの?みたいな
家の間を縫うような路地も多かったなぁ
またおまけに私の生まれ育った辺りは
平地も少なく斜面に家が建っているような地域だったので
路地に石階段もセットになっているんですよね
またそこが格好の遊び場になるのです。
絶対クルマは入ってこないから意外と安全なのかな(苦笑)
でも階段転がり落ちると逆に大変なことになるのかも。。。
私の生まれ育った町もすっかり人口が減ってしまって
よく遊んだ路地や階段が雑草で覆われて入れなくなってたりとか
そもそも子供が全くいないから
路地で子供が遊んでいる姿なんて見なくなりました。
時代。。。というか時間は移ろいゆくものなのですねぇ
誰もが歳を重ねるとそうかもしれませんが
あの頃の空気感はもう味わえないのでしょうねぇ

さてさて

本日は「ペンタックスKX」のカメラ修理を行っています。
それまでのM42マウントを一新し
Kマウントを採用し生まれ変わったペンタックスの一眼レフシリーズが
「Kシリーズ」です。
1975年6月に「K2」、「KX」、「KM」の3機種が同時発売されて
Kシリーズはスタートしました。
このうち「K2」は完全新設計の金属羽根縦走りシャッターの電子制御機で
「KX」、「KM」がオーソドックスな布幕横走り機械制御のカメラです。
「KX」はM42時代のSP系のカメラをより進化させ
より使いやすく煮詰めていったようなカメラです。
露出計の受光体はSPDに変更され、より反応性が良くなり
ファインダー内露出計表示も2針式で
現在設定されているSS設定と露出計指示値が一目で確認できます。
さらに絞り値もレンズ側の絞り刻印を直読できるようになりました。
メータードマニュアル機としても非常に使いやすい仕様です。
細かいことですがSP時代にはアルミ蒸着だったプリズムが
K2,KXは銀蒸着になりました。
次のMシリーズの登場が比較的早い上に電子化小型化が一気に進んだため
「Kシリーズ」はシリーズ全体としても短命で
ちょっと地味なイメージなのですが
「KX」は非常に使いやすい隠れた名機だと思います
確かにちょっと大きくて重いのが玉に瑕ですが。。。

お預かりしている「KX」は
かなり長い間使われずに仕舞い込まれていた上に
その保管状況もあまりよくなかったようで
いろいろと問題を抱えています。
まず装着されているM42時代のタクマーから
Kマウント化された55mmF1.8レンズは
全てのレンズにびっしりカビが生えてしまっています。
ただ不幸中の幸いはほとんどのカビが菌糸状で
小さく濃く固まったようなものや
クモリを併発しているほどのものではないので
清掃でかなりの部分が除去できるのではないかと思います。
ヘリコイド等は比較的状態が良いようです。
。。。ということはやはり保管場所の湿度は高めだったのでしょうね
カメラ本体側はまずシャッター速度の精度は全く出ておらず
高速域では特にその傾向が顕著に見受けられます。
さらにミラー駆動部の動きが粘りがちで
ミラーがゆっくりとアップしていくような感じです。
つまりレリーズしてから実際にシャッターが切れるまでに
かなりタイムラグがある状態です。
これも放っておくとそのうちミラーが上がらなくなり
シャッターが切れなくなってしまうと思われます。
さらに露出計は電池を入れても全く動かず
ファインダー内SS設定も連動して動きません
(ずっと1/1000の位置のまま)
おまけに絞り直読窓も全く見えません。
うーん、ひとつひとつはありがちなトラブルですが
いろんなことが一通り起こっている感じです。

まだ現状を確認したのみで何も行ってはいないのですが
画像を見てもわかるとおり外観は比較的キレイなのです。
ケースに入れたままだったようなので
湿気もため込んだままだったのかもしれません
使われなくなってからは仕舞い込まれたままで
相当の年月が経っていると思われますが
使っていた頃はかなり丁寧に大切に
使われていたのではないかなぁと思われます。
動きの悪い部分や接触の悪い部分は
しっかり整備すれば治ると思われます。
新品には戻せませんが
現役で使われていた頃と同じような感覚で使えるように
しっかりと整備していきたいと思います。

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ニューキヤノネット28のカメラ修理

今日は語呂合わせで「ごみゼロの日」。。。で
それに関連して「古民家の日」なのだそうです。
古民家の再利用や古材の活用を推進したいとの想いから
「ごみゼロの日」と同じ日にしたということと
「こ(5)みん(3)家=おうち(0)」の語呂合わせということです。
今はネットで何でも調べられるから
私も一時期。古民家に住んでみたいなぁ…と思っていろいろ調べたのですね
古民家は程度によっては比較的気軽に買えそうな価格のものも
存在するのですが、そういうものはまず修復が大変そうです。
それ以外のものも含めて維持費は相当にかかりそうです。
そして何よりも若くて体力があればともかく
いちいちいろいろなことに手間がかかり
当たり前ですが立地が非常に不便です(苦笑)
。。。よく言うじゃないですか
歳とったら田舎でのんびり暮らしたいとか。。。
それ実際に歳とってくるとわかりますが
都会生活に慣れた身体は田舎に簡単には適応できないと思います。
人間関係だってなかなか面倒そうですよ(苦笑)
私だったら強いて言えば生まれ育った呉くらいであれば
何とか暮らしていけるかもしれませんが
未知の田舎に住むなんてもう無理ですねぇ(汗)
風通しの良い縁側とか囲炉裏のある古民家に
あこがれはあるのですが現実はなかなか厳しいようです…
まぁ私はこの仕事をしている限り
東京から離れることはまずないとは思いますが…(笑

さてさて

本日は「ニューキヤノネット28」の」カメラ修理を行っています。
初代キヤノネットの登場は1961年で
当時から大口径レンズにシャッタースピード優先オート搭載の
レンズ固定式カメラという点では基本的に
シリーズを通じて共通です。
ただ時代が進むにつれて小型は当然のように進んでいき
1969年のニューキヤノネット系の登場で
機能はそのままに大幅に小型化されます。
今回の「ニューキヤノネット28」も
いわゆる「ニュー」になってからの派生モデルです。
基本的にはボディは「ニューキヤノネットQL17」のものをベースとして
レンズが40mmF2.8に変更され
露出はマニュアルが不可(フラッシュモード時にSS固定で絞り変更は可)となり
プログラムオート専用となりました。
SS設定も含めてカメラにお任せということです。
さらにQL(クイックローディング)も省略となっています。
本流のキヤノネットをよりシンプルに仕上げたカメラという感じです。
スペックに余裕のある40mmF2.8レンズの写りが
個人的には非常に気になります。

お預かりしているニューキヤノネット28は
長らく使われずに仕舞い込まれていたもののようで
いくつかの問題を抱えています。
まずはこのカメラはプログラムオート専用機なので
露出計がきちんと作動していないと
まともに露出ができませんが
新しい電池を入れても
全く露出計が動きません。
電池室内は一見キレイなのですが
お預かり時には古い水銀電池が入ったままになっていたので
電池室裏側端子や配線が
断線状態になっているのではないかと予想されます。
シャッターは一応切れてはいます。
レンズ後玉にはかなりのカビが確認でき
ファインダーもずいぶん曇ってしまっています。
さらに巻き戻しクランクは一部破損していて
クランクつまみ部分が脱落してしまっています。
もちろんモルトは全滅です。
露出計周りが一番大きなトラブルですが
それ以外にも一通りの整備を行わないと
まともに使えない状態です。

ニューキヤノネット系共通の
凝縮感のある良いデザインです。カッコ良いですね。
まだ現状を確認しただけの状態ですが
これから本格的に分解整備に取り掛かっていきます。
キチンと整備して気持ちよく使えるようになれば
このコンパクトさも相まって
どこにでも連れていける良い相棒となると思います。

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オリンパスOM-1のカメラ修理

今日は「こんにゃくの日」だそうですよ。
由来はこんにゃくの種芋の植えつけが5月に行われることと
「こ(5)んに(2)ゃく(9)」と読む語呂合せからだそうです。
食物繊維が豊富なことと低カロリーなことが有名ですねぇ
でも、普段はそんなに食べる機会は少ないかな。。。
「おでん」の季節だと「板こんにゃく」は外せない定番ですね!
子供の頃は煮物のおかずにやたらとこんにゃくが入っていたような気がします。
で、子供の頃はあまり好きではなかったのですよねぇ
でも、ばあさんに
「こんにゃく食べると体の中の砂が出ていくから食べなさい!」って
よく言われていました。
ただ、子供心に「いやいや、普段砂食べるわけじゃないし
身体の中に砂ないでしょ?」と思っていました(笑
砂。。。というよりは
体の中の老廃物を体外に出す作用があるのですよね。
こんにゃくもどちらかといえば大人になって
お酒飲むようになってから好きになった食べ物ですね
やはり「おでん」だと思うのですが
子供の頃は「だいこん」と「こんにゃく」は
あまり進んで箸をつけなかったです。
それがお酒飲むようになったら
「だいこん」と「こんにゃく」が
すっかり主役クラスになってしまいました(笑
でも今も昔もおでんの具の王者は
「牛赤身スジ肉」と「牛アキレス」です。(地域性でますね)
もう、どちらもたまらなく美味しいです!

さてさて

おでんの定番は「牛すじ肉」や「こんにゃく」、「だいこん」ですが
当店でカメラ修理の定番と言えばやはり「オリンパスOM-1」です。
今月も何台か行っていますが
カメラ自体が人気なことがまず依頼数の多さに繋がっているのだと思います。
前回も書きましたが
この大きさと作動音の静かさを実現したのは「OM-1」が最初です。
現在から遡ると同じような、あるいはOM-1よりもコンパクトな
一眼レフはないこともないですが
それらは実際にはOM-1よりずいぶん遅れて登場したカメラです。
さすがにこの軽量コンパクトさを実現するにあたり
当時の他メーカー一眼レフに比べると
少しばかりデリケートな部分だったり数十年経過した今見ると
少し華奢な部分もありますが基本的にはしっかりできたカメラなので
きちんと整備さえ行えばまだまだ現役で使えるカメラです。

お預かりしているOM-1はMD対応前の前期型です。
フィルム室のスタッドは2本のタイプで
圧板もそれに合わせて横長のタイプです。
でも内部を見るとOM-1の前期途中で省略された
「低照度自動警告スイッチ回路」が組み込まれているのですね。
このあたりはどのタイミングで省略されていくのか
なかなかはっきりわかりませんね
プリズムの留め具や巻上レバー等は
中期以降のOM-1の仕様です。
中身や外装の仕様はともかく現在の状況は
まず定番於プリズム腐食です。
プリズムと接眼レンズの間に当たる部分に
しっかり劣化したモルトが貼り付いて
プリズムの蒸着をすっかり」剥がしてしまっています。
もうこれはプリズム交換で対応するしかありません。
加えてやはり高速シャッターの精度は全く出ていません。
ただこれは単純に幕軸や底部3連ギアあたりの
動きが少しずつ悪くなっているだけと思われますので
安易にテンション調整などは行わず
まずは本来のテンションで軽く動けるように
各部を清掃して古い汚れを落としていくことから行います。
加えてこれも定番ですが
露出計がまともに動きません。
全く動かないというわけではなく
電池を入れてSWをオンにして
明るいところに向けると指針は反応するのですが
明るさは変わらないのに針が上に行ったり下に行ったり
踊ってしまっているような状態です。
回路をチェックしてみると
やはり電池室からのリード線は腐食気味で
ハンダ付けも劣化しており安定して導通していません。
電池室~SW部への配線交換で対処した上で調整を行います。

画像でもプリズム腐食がはっきり見えていますね。
現状と原因、対処法がだいたい決まったところで
これから本格的に分解整備を行っていきます。
いくつかトラブルは抱えていますが
原因ははっきりしていますしOMでは定番のものばかりなので
それほど大変な状態ではありません。
これがトラブルシューティングを行いながら
分解するような事態になるとOMは本当に大変です。
今回はそんなことにはならないかとは思いますが
油断は禁物なので慎重に整備を進めていきます。

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キヤノンAE-1のカメラ修理

今日は「花火の日」だそうですよ。
1733(亨保18)年のこの日に
隅田川の両国橋付近で水神祭りの川開きが行われ
慰霊を兼ねた花火が打ち上げられたそうです。
この年は第8代将軍・徳川吉宗の治世で
全国的に凶作に見舞われ、大飢饉になったうえに
コロリ(コレラ)が大流行して多くの死者が出ました。
この犠牲者の慰霊を兼ねて打ち上げられた花火は
やがて庶民の楽しみとして定着したのだそうです。
コレラではないですが
コロナのせいで昨年から打ち上げ花火関連は
残念ながら良い話がありませんね。
典型的な人が密になるイベントですし
今後もなかなかムzkしくなると思われます。
私が昔、広島にいた頃は毎年のように
現地に見に行っていた「宮島水中花火大会」も
昨年・今年だけでなく、当面企画そのものが中止になりました。
いつかはまた復活してほしいものですねぇ
そうしたら何とか時間作って宮島に渡って鑑賞したいものです。
花火撮影も一時期はかなりこなしましたが
夜景とか星空とはまた異なる撮影方法が必要です。
まず明るいうちにピントは無限遠にセットして
テープか何かで固定しておきます。(特に大口径望遠レンズは注意)
花火は思ったよりも強烈に明るいので
ISO100のフィルムの場合で絞りはF8かF11にセット
シャッターはバルブで打ち上げのタイミングに合わせて
レリーズしますが一度、シャッターを開いたら
いくつかの花火が重なって写るように開きっぱなしにしておきます。
(一発ずつでは写真上で寂しいので)
この時、間隔が空くようだったら
あらかじめ用意しておいた黒い厚紙でレンズをふさぎます。
(余計な光が映り込まないように)
で、どのくらい重ねるかはもはや「勘」です。
あまり重ねすぎると重なった部分は真っ白に飛んでしまいます。
相反則不軌の問題やいつの間にか余計な光が入ったりするので
あまり長時間一コマ開けっ放しは良くないかとも思います。
そして慣れてくるとその中で
わざとピントをぼかした花火を入れたり
花火が開いてる最中にズーミングとかをして
幻想的な写真を狙って写していきます。
まぁ、慣れるまではわけがわかんないうちに終わります(笑
私もある程度思ったように撮れるまでに
かなり時間がかかったような記憶があります。
もう今は無理だろうな…長らくそんな撮影していません(汗)

さてさて

本日は「キヤノンAE-1」のカメラ修理を行っています。
1976年発売の「キヤノンAシリーズ」第一号となるカメラです。
世界初のマイクロコンピュータ搭載機で
従来の電子制御機と同等以上の性能を
コンピュータで実現し、部品も300点以上削減することに
成功したのだそうです。
その部品削減や組み立て作業の効率化は
もろにコストに跳ね返り
AE-1は当時の最新のカメラでありながら
FD50mmF1.4SSCの大口径標準レンズを付けて
81,000円というリーズナブルな価格で売り出されました。
当然のごとく大ヒットしました。
キヤノンはこういう節目節目でブレイクスルー的なカメラを
登場させ市場を一変させたことが過去にもありました。
初代キャノネットが登場したときですね。
その時ほどではないにしてもAE-1の登場は
他の各メーカーにかなりの衝撃を与えました。
キヤノネットの時と同じく
AE-1登場後にカメラの高機能化・高効率化についていけなくなった
メーカーが随分と35mm判一眼レフ市場から
撤退・縮小したと思います。

そんな当時は革新的なAE-1も大ヒットしたせいもあり
現存数は多く、市場価値的にはそれほど高くはありません。
おまけに電子カメラの常で壊れたまま放置されている
個体も多いのではないかと思われます。
確かに無茶な分解等をした個体には修理不可のものも良く見かけますが
自然に電子回路が壊れるなんてことは
それほどないのではないかと思います。
ただ、接点の汚れとか電池の入れっぱなしによる腐食とか
そういうトラブルは多いかと思われます。
さらにすべてのAシリーズのベースとなるAE-1ですので
当然のことながらAシリーズ共通の定番トラブルである
シャッター鳴きは多発します。
これも放っておくと異音だけではなく
ミラーがだんだん上がらなくなり
最後にはシャッターそのものが切れなくなる…ことにもなってしまいます。
登場から45年。。。さすがに未整備でも動作OKとは
いえなくなる時期でもあると思います。

お預かりているAE-1は保存状態は決して悪くなく
持病であるシャッター鳴きはほとんど起こっていません。
ただし、これもAE-1の泣き所ですが
電池室蓋のロック機構が破損しており
電池室が閉まりません。
さらに高速シャッターはさすがに精度不良で
露出計・オートはかなりオーバー目(+2.5段)と
やはり全体的に整備を行わなくてはならない状況です。
もちろんせっかく分解するので
持病のシャッター鳴きの予防処置も行っておきます。

シャッター優先AE時の絞り制御も行うので
ミラーボックス周りはかなり複雑になっています。
シャッター鳴きはこのミラー駆動部のギア部の油切れが原因ですが
ミラーを挟んで反対側にある絞り制御部も
動きが重くなっていたり異音が出ている場合が多いので
必ず清掃注油を行います。
これをしていないと露出計が正しくてもオート制御がおかしくなり
まともに露出できないことになります。(オート時)
世界初のマイクロコンピュータ制御カメラですが
意外と機械的な部分はまだ多いカメラです。
何といってもSSダイヤル連動はまだ糸連動も残っていたりします。
そのため整備必須項目は意外と多く
調整もややこしいカメラです。
AE-1Pになると電子化がさらに進み
手を出しにくいところもずいぶん増えてきます。
ただしAE-1はフレキが意外と脆いので
経年劣化もあり取り扱いには細心の注意が必要です。
フレキが切れた分解品を目にすることも多いです。
もちろん今回の個体はそんな心配もなく
安心して使っていただける状態にできそうです。
これから本格的に整備調整を行っていきます。

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ヤシカエレクトロ35GLのカメラ修理

今日は「百人一首の日」です。
1235(文暦2)年のこの日に
公家・歌人の藤原定家によって
『小倉百人一首』が完成されたことに由来しています。
。。。「ちはやふる」っ競技カルタを題材にした
大人気コミック(アニメ化も実写化もされている)があって
数年前にめちゃくちゃはまって今でも読み続けています。
。。。で影響されやすい私は当然のごとく
「やってみたい!」と思って
今更ながら百人一首きちんと覚えようと思って
資料等々も出に入れたのですが。。。
あれから早くも2年。。。まぁ頭壊れたり
いろいろあったせいもありましたが
全く覚えられていません。
1/3くらいまでは覚えたのだけど
それも今や忘れそうです。
そろそろもう一度チャレンジしてみようかと思います
10代前半の頃ならこのくらいすぐに覚えられたし
その頃覚えたものはなかなか忘れないのになぁ
なんでその頃に覚えておかなかったのだろう(苦笑)
単に「かるた」がやりたいだけなら決まり字と下の句の一部だけ
とりあえず覚えればいいのでしょうが
いろいろ調べていると一句一句が非常に美しく
日本語が本来持つ美しさを感じられるし
その歌が詠まれた情景もわかってくるので
ちゃんと意味も踏まえて覚えてみたいなぁ。。。と考えています。
はてさて、いつのことになるのやら。。。(笑

さてさて

本日は「ヤシカエレクトロ35GL」のカメラ修理を行っています。
1973年に発売されたカメラです。
初代エレクトロからの流れを汲む本流があるとするならば
「GL」はその本流を受け継ぎつつも
時代に合わせて小型化されたカメラです。
「GSN」(基本的な部分が初代と同じ大柄なモデル)から
「GL」登場までに広角レンズの「CC」や目測の超小型の「MC」が登場しますが
これらはやはり派生モデルといった位置づけになり
本流の後継機はこの「GL」なのではないかなぁと思います。
電池もエレクトロ定番の「HM-4N」だし。。。(苦笑)
おそらくコニカC35等の小型で気楽に持ち歩けるカメラが
大ヒットしていることを意識せざるを得なかったのだと思いますが
超小型路線は「MC」に任せて
「GL」は「GSN」に比べると随分小型化されましたが
それでもある程度のボリュームは保っています。
エレクトロシリ-ズならではのF1.7大口径レンズを搭載するため
バランスを考えるとこのくらいなのかな…と思います。
「GSN」までは装備されていた「バルブ」がなくなっているので
夜景撮影等で長時間露光をする方には残念な仕様になってしまいました。
かなり少数派だとは思いますし
これまでのエレクトロのバルブは電子制御で電池もかなり消耗しますから
ないならないで問題ないかとも思います。
ただ、私の立場で言うと
レンズの状態がその場で確認しにくくなりました(苦笑)
他は基本的に従来のエレクトロと同じような仕様です。
いろいろ細かい変更はされていますが
相変わらずのコパルエレクシャッターで最高速1/500も変わりません。

お預かりしている「GL」はまず電源が安定しないようです。
同じ明るさの光源に向けていても
オートが効いてみたり効いてみなかったり…
バッテリーチェックも元気よく光るときもあれば
妙に薄暗かったり。。。
電池室は一見キレイで問題なさそうなのですが
電池室裏のハンダや配線に問題がありそうです。
さらにオートが効いているときは効いているときで
問題がないわけではなく異様にオーバ-目の制御をしているようです。
ASA100・LV15・絞りF16設定で1/125で切れて欲しいのですが
黄色ランプ(スロー警告)が点灯して明らかなスローシャッター(1/8)程度で
大オーバーだったかと思いきや
今度は同じ環境下で「赤ランプ」(露出過多)が点灯し
最高速(1/500)で切れてかなりアンダーなんてことになったります。
要は不安定でハチャメチャです。
接点や抵抗の汚れが原因ではないと思われます。
加えて元々妙に青くて暗めの「GL」のファインダーが
汚れて曇ってしまっていてさらに暗くなってしまっています。
これでは元々見えやすいとは言い難い「GL」の二重像が
かなり見えにくい状態です。
ここはできる限りの清掃でクリアにしていきたいと思います。
レンズもかなりカビが生えています。

まずはまともに動作しないと話にならないので
電池室からの配線交換とシャッター周りの接点の清掃や
シャッター駆動部の整備等を行います。
もちろん羽根洗浄やレンズ清掃も並行して行います。
結果から先に言うと
問題なく安定して適正露出が得られるようになりました。
やはり積年の汚れはかなり悪影響があったようです。
レンズは後玉のカビがかなり酷く
若干のカビ跡が残りましたが実撮影に影響はない程度だと思います。
ファインダーは問題なくクリアになりそうです。

エレクトロ35シリーズは初代から最終のGXまで
大人気!というほどではないですが
根強いファンが一定数いて
そのモデルもそこそこ人気があるのです。
やはり搭載されているレンズの良さによるものが大きいのでしょうね
私は前期だけではなくどのモデルも
妙に懐かしさを感じるそのボディデザインに非常に魅力を感じます。

今回の「GL」も何とか問題ないレベルに仕上げることができそうです。
エレクトロ35シリーズは稀に修理不能のものもあるので
ある程度、結果が予想できる状態になるまでは
毎回ちょっとドキドキものです(苦笑)

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ミノルタX-700のカメラ修理

今日は「東名高速道路全通記念日」だそうですよ。
1969年のこの日に神奈川県足柄上郡大井町の
大井松田IC~静岡県御殿場市の御殿場ICが開通し
東京から小牧まで346kmにおよぶ
東名高速道路(東名高速)が全線開通したのだそうです。
うーん、私が生まれてから2ヶ月くらいなのですね
そう考えるともう随分昔の話ですねぇ
4年前の1965(昭和40)年に開通していた
名神高速道路(名神高速)とも小牧ICで接続し
東京と西宮の536kmが高速道路で結ばれ
関東・中京・関西を結ぶ日本の大動脈となりました。
私的にはここからがなかなか進まなかったイメージで
生まれ故郷広島が結ばれる「中国縦貫道」が全線開通するのは
1983年のことなのですね。さすがにこれはしっかり覚えています(笑
高速道路があるとやはり便利ですよね
私、今はクルマ持っていませんが
高速で100km先って言われてもそんなに遠く感じませんが
下道で100km先って言われたら「遠いなぁ」って感じますものね
。。。それよりも常時渋滞している平日昼間の都下23区内の
「20km先」のほうが遠く感じるかも。。。(笑

さてさて

本日は「ミノルタX-700」のカメラ修理を行っています。
1981年発売のミノルタ中級機です。
このX-700の登場以降、ミノルタのマニュアルフォーカス一眼レフは
いわゆるX3桁シリーズになっていくのですが
X-700はオートフォーカスのαシリーズ発売後も生産し続けられ
登場から18年間に至って生産が続けられました。
まさにミノルタのマニュアルフォーカス機末期を代表するカメラです。
さすがに細部に渡ってコストダウンも行われ
外装はプラスチックとなりXDあたりと比べると
質感や巻上フィーリングでは劣る部分もありますが
内部の電子制御回路はかなり熟成され
XDやX-7に比べてもその安定性は段違いです。
さらにミノルタお得意のアキュートマットスクリーンは
さらに熟成されファインダー倍率の高さ(約0.9倍)も相まって
ファインダーのキレの良さ、ピントの山の掴みやすさでは
この時代のカメラ№1だと思います。
ミノルタ機は昔からファインダーの見やすさには定評がありますが
その頂点ともいえるのがX-700だと思います。
オーソドックスな横走り布幕シャッター機であり
XE、XDで採用していた縦走りをあえて手放し
横走り機をユニット化することにXG系で成功している
ミノルタらしい選択だと思います。
X-700はそのXG系からさらに進化したフレームとして
内部から根本的に新開発された新フレームです。
布幕横走りなのでSS最高速は1/1000とこの時代としては控えめですが
それよりも確実性・安定性を取ったのだと思われます。

非常に長く生産されたカメラなので
その程度やコンディションも個体によってバラバラです。
電子制御機としては安定して動作するカメラだとは思いますが
それでも回路上のトラブルで修理不可能なものも
中には存在します。
今回お預かりしているX-700はこれまで長らく普通に使えていたそうですが
撮影中にミラーアップしたまま戻らなくなったようです。
ミラーアップしたままなので電源周りがどうなのかも確認できません
X-700は緊急用の機械シャッターを全く持たないカメラなので
いったんトラブルと状態の確認もそのままではできないことが多いのです。
それでも何とか強制的にミラーダウンしてみると
電気的な問題はないようです。
機械的にシャッターが動作した後のミラーダウンが
上手く行えないことがあるようです。
多くの電子制御機がそうですが
トラブルの大半は機械的動作のトラブルです。
次に多いのは接点・マグネットの接触不良です。
致命的な回路上のトラブルはかなり少ないのではないかと思われます。
ただし、分解整備できるものこのX-700あたりが限界で
これより新しいものになるとファインダー内や
カバー部に液晶が採用され始めます。
こうなるとメーカーサポートのない現状ではもはや何もできなくなります。

まだ上カバーを外しただけの状態ですが
これから本格的に分解整備に取り掛かります。
この時点での眺めで
ここからの作業が大変なことは容易に想像できるかと思います(苦笑)
今回はミラー駆動部、シャッター連動部の
機械的なトラブルが原因ですから
そこのメンテナンスができるところまでは最低でも分解します。
そこまでいくとシャッター幕軸の清掃整備もできますので
一通りの整備を行うことができます。
後から発覚しましたが高速シャッターの精度が
ずいぶん狂っておりその対処も行いました。
環境による個体差もずいぶんありますが
X-700はまだまだしっかり使えるカメラだと思います。
当店のツイッター等をご覧になっていられる方はご存じだと思いますが
私が最近、主に使っているのもX-700です。
使いやすくて大き過ぎず非常に良いカメラだと思います。

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オリンパスOM-1のカメラ修理

今日は「菌活の日」だそうですよ
菌活ってビフィズス菌とかそういうものかと思ったら
きのこの「菌」ですね
確かに「菌」っていう字は訓読みで「きのこ」なんですよ
「きのこ」は、菌そのものだけを食べる唯一の食材であり
「菌食材の王様」と呼ばれているのだそうです。
きのこかぁ~美味しいものが多いですよねぇ
マツタケ、ホンシメジ、シイタケ、エリンギ、
マイタケ、ブナシメジ、ナメコ、エノキ、ヒラタケ
単独で焼いたり茹でても美味しいし
いろいろな料理の具材としても美味しいですよねぇ
そういえば昔会社勤めだった頃に
私の周りにやたらと「しいたけ」が苦手だった方が多かったのですが
割と一般的にも苦手な方多いんかな?
確かに独特の食感と香りがありますよねぇ。。。
私も実は子供の頃、あの「ぬめらっ」とした食感が苦手で
その頃、大好きだった近所の出前のざるそばの薬味に
入っていたしいたけをよけてた記憶があります(笑
でも大人になるうちにいつの間にか大好物になったんですよねぇ
スープやみそ汁の中に入っていても美味しいし
鍋物の具材には欠かせないですよねぇ
肉厚なものは食べ応えもあって旨味のかたまりいですね!
あぁ。。天ぷらとかもいいですよねぇ
ちゃんとした天ぷら屋さんで目の前であげてもらった熱々を
日本酒と一緒にいただきたいですなぁ・・・
早く普通に外食できるようにならないかなぁ…

さてさて

本日は「オリンパスOM-1」のカメラ修理です。
今月もOM-1が何台か入ってきています。
一般的な中古カメラ市場でも人気№1かと思われるカメラです。
当店での修理依頼台数も
ここ数年おそらくぶっちぎりのトップかと思われます。
軽量コンパクトで使い心地も良くて静かな一眼レフです。
最初の登場は「M-1」として発売された1972年です
意外と新しいといえば新しいほうですね。
同じ時代の他メーカはニコンはフラッグシップはF2で
中級機ではニコマートELが出た年ですね。
キヤノンはその前年にF-1が出て中級機はFTbですね
ミノルタはSR-T101の末期で翌年にSR-TスーパーやX-1が出てきます。
ペンタックスは前年にESが出て翌年にSPFやES2が出てくる頃ですね。
時代としては少しずつ機械制御オンリーの時代から
じわじわと電子制御のものも出てきている時代…といった感じです。
でも今あげた他メーカーの一眼レフはどれも
OM-1より圧倒的に大きくて重いカメラばかりです。
本当にこの軽量コンパクトさは
当時、度肝を抜くほどのインパクトがあったと思います。
他メーカができないことを実現しているわけですから
当然、独自性も高く、現行モデルの頃には問題なかったとしても
50年経過した現在ではさすがに経年劣化で
華奢になっている部分があるのも事実です。
その辺りも修理・整備依頼が多い原因かもしれません。

お預かりしているOM-1は
まずは定番のプリズム腐食です。
プリズムと接眼レンズの隙間を埋めるように貼られたモルトが
加水分解を起こしプリズムの蒸着を剥がしてしまうことで
起こるトラブルです。
いったん剥離したプリズムは基本的には元に戻すことはできません。
幸いOM-1は腐食のない中古プリズムが手に入りやすいほうなので
当店では交換で対応いたします。
もちろんトラブルはそれだけではなく
これも定番ですが露出計が全く動きません。
今回のOM-1はいわゆる中期のMD対応モデルで
上カバーに「MD」のシールも貼ってある頃のものです。
この時期のものだと電池室の端子留めに
樹脂ネジが使われているものが多く
それが劣化で折れてしまい接触不良を起こすものが多いのですが
根気あのOM-1は樹脂ネジではなく金属ネジに絶縁スペーサーが
噛まされているタイプです。
しかしながら水銀電池が長く入れたままになった時期があったらしく
電池室端子のハンダは劣化しており
軽くリード線をピンセットでつまんだだけで切れてしまいました。
さらにこのリード線も中身に腐食が進んでおり
とても再ハンダだけで再利用できる状態ではないため
電池室⇒上部SWまでの配線は丸ごと交換します。
他、幕軸の汚れによる高速シャッターの精度不良等も見受けられます。

まだ分解途中での画像です。
これからミラーボックスを分離し
シャッター・巻上周りの整備と
配線の交換を行います。
いろいろデリケートな部分の多いカメラなので
毎回、何度同じことをやっていても
それなりの緊張感を感じながら作業を行います。
他のカメラでも同じような感じではありますが…
仮配線でチェックした感じでは
CdS等には大きな問題はないようです。
それだけでも少し安堵できますね(苦笑)

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