カテゴリー別アーカイブ: カメラ修理

リコー500GSのカメラ修理

今日は「パソコン記念日」だそうですよ。
1979(昭和54)年のこの日にNECから
PC-8001が発売されたことにちなんでいます。
いわゆる「パーソナルコンピュータ(パソコン)」という言葉が
使われたのはこのPC-8000シリーズからですね。
私、中学校の頃にPC-8001の後継機の
PC-8001mkⅡSRを買ってもらって
使っていたことがあるのですが
(まぁほぼゲーム専用機となりました(笑))
当時のパソコンはもはや現在のものとは全く別物でした。
記憶媒体は5インチフロッピーで
メモリは64KB(GBでもMBでもなくKBですよ!)
OSはWindowsなんてまだかけらもなくN-Basicでした。。。
この40年くらいでどれだけPCやゲーム機、スマホが進化したかが
当時のことを考えるとよくわかりますねぇ。。。
それだけ私はとしよりになったなぁ(汗)

さてさて

本日は「リコー500GS」のカメラ修理を行っています。
リコー500シリーズはリコー35シリーズを源流とし
軽量コンパクトに進化したカメラです。
「500GS」は1973年発売です。
小さなボディながらレンジファインダーを装備し
搭載されるレンズはリケノン40mmF2.8
CDS露出計の指針を挟み込みシャッタースピード優先AEで撮影できます。
このタイプのカメラはAEのみでしか撮影できないものも多いのですが
このカメラマニュアルでも撮影可能です。
シャッターユニットは自社製で最高速は1/500です。
当時のライバルはコニカC35やキヤノネット、ミノルタハイマチックF
オリンパス35シリーズ等々、
このジャンルのカメラは各メーカーいろいろなものが出ていて
その中ではリコー500シリーズは
地味なイメージですが
内容を見ると決してライバル達に負けていないカメラであることがよくわかります。

お預かりしている500GSは
露出計が全く動作しません。
加えてスローガバナーが全く効かず
スローシャッターが全て同じSSで切れてしまいます。
スローの件はシャッターユニット内の固着が原因と思われます。

500シリーズはリコーのコンパクトカメラでよくある
モナカ構造のカメラでまずは前板を外すところから始まります。
露出計不動は電池室からの配線が導通不良を予想していたのですが
どうやら露出計本体がもはやダメのようです。
こうなるとメーター本体の交換しか手段がありませんが
念のため手配しておいた部品取用の500GSも
メーター本体がダメという予想外の展開に。。。
精度はともかくとりあえず動作するメーターが
手に入らないとどうにもなりません。。。
できるところの整備のみ先に行っておいて
動作するメーターを探さなくてはなりません。
ちょっと完成までには時間がかかりそうです。

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オリンパスM-1のカメラ修理

今日は9月27日。。。
特にこれといった記念日はないようですが
毎月27日ってお店の家賃やらプロバイダ料金とか
いろいろなものが口座から引き落とされて
「あぁ。。。月末が近いなぁ。。。」って痛感する日ですね(笑)
本当はこういうのは末日にまとめて支払うほうが
こちらとしては楽だと思うことも多いのですが
(電話代とか末日に引き落とされるものもある)
末日だと週末に重なると
翌月月初に引き落とされてしまうのですねぇ。。。
それはちょっと集計上、あまり気持ちよくない。。。
私は週末は普通に稼働日なので
土日祝関係なく月末引き落としが良いのですが
そうはいかないですよねぇ(笑)
まぁ、何にしてもお金がごっそり引き落とされるのは
仕方がないとは言え気分のよいものではないです(笑)

さてさて

本日は「オリンパスM-1」のカメラ修理を行っております。
毎回、書いているのでM-1とOM-1の関係については
割愛しますが要は最初期のOM-1ですね。
OM-1は作られた期間も長いこともあり
細かく見てみると内部部品も含め数多くの変更がされており
私のような場合によっては中古の部品を使用して
修理を行う場合には注意が必要です。
OM-1に限らないのですが
ざっくりと製造番号の上二桁が同一でなければ
細かい部品の互換性はないと考えるほうが無難。。。だと思っています。
M-1&初期OM-1は内部も含めて
それ以降のOM-1と比べると特徴がいくつかあって
フィルム室の4本スタッドだとか
フィルム圧版が短いだとか
接眼レンズの枠の深さが浅いだとか
巻上レバーの穴部分の構造が違うとか
プリズム留めが4本バネだとか
電池室からの配線がSWに直接ではなく
メーター脇の端子台経由だとか
細かく見ていくとそれなりに違いがあるものです。
まぁ基本的な構造は全く同じなのですが。。。
それよりも困るのはM-1&初期OM-1は
メーターや基板、プリズム、接眼レンズが載っている
樹脂製の台座部分が経年劣化で相当脆くなっているものが多いということです。
うっかりラフにネジを締めようものなら
簡単にグズッと割れてしまいます。

お預かりしているM-1は一応シャッターは動いていますが。。。
まずは高速シャッターが完全に開きません。
1/1000は2/3が開かず
1/500と1/250も半分くらいしか開きません。
先幕の動きが非常に悪く後幕に追いつかれて閉じてしまう状態です。
スローシャッターはガバナとの連携部が固着しているようで
1/60より遅いシャッタースピードは全て1/60で切れてしまいます。
何回も切っているとたまにスローガバナーが動作する。。。という程度です。
電池室は蓋部分が緑青で完全に固着しており
開けることすらできません。当然露出計も動きません。

シャッターの問題いろいろは
根気よく清掃すれば復活すると思われます。
電池室の蓋は何とかこじ開けましたが
蓋自体はもう使い物になりそうにないので中古品と交換します。
中にはグズグズの電池があるかと思いきや
電池室は空でした。底カバー開けて電池だけ出していたのかと思われます。
おかげでマイナス側端子は腐食が全くなく
電池室~端子台~SW部への配線は無事でした。
SW部の導通も良好です。
でも、露出計は何故か動きません。。。
メーターから出ている青リードとアースに直接電気を流してもメーターは動かず。。。
「あぁ~メーター本体交換か。。。」と思っていると
一瞬だけメーターの針がめいっぱい振れました
「あれ?」と思って再現しようとしてもそれ以降は一切動かず。。。
メーターを取り外してメーター裏の青リードの接続部に
直接電気を流すとやっと針が振れました。
まぁ、メーター本体が無事でよかった。。。
実はメーター本体を取り外すとその後の設定がなかなか大変です。
これからシャッター周りの整備の後で根気よく各部を調整していきます。

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キヤノネットQL19G-Ⅲのカメラ修理

今日は「台風襲来の日」だそうですよ。
統計的に台風襲来の回数が多い日なのだそうです。
。。。とはいえ、今日は都内はなかなか良い天気です。
空の色は随分秋らしくなってきましたが
日中、日差しがあるとまだ少し暑いですね。
私の好きな空気のピンと張り詰めたような秋は
もう少し先かな。。。

さてさて

本日は「キヤノネットQL19G-Ⅲ」のカメラ修理を行っています。
キヤノネットは1961年発売の初代から始まり
1972年のG-Ⅲが最終モデルとなります。
この時代のキヤノンを代表するコンパクトカメラです。
初代は正に伝説的なカメラで
社会現象となるほど売れたカメラです。
その初代に比べると最終モデルのG-Ⅲは随分コンパクトになり
そのコンパクトさと使いやすさで現在でも非常に
人気の高いカメラです。
シャッタースピード優先AEを搭載し
露出計はオフになりますがマニュアル露出も可能という点は
初代からG-Ⅲまで共通の点でもあります。
G-ⅢはQL17とQL19の2種類が同時発売され
違いはそれぞれのレンズの開放値がF1.7かF1.9である点と
バッテリーチェックがランプ点灯であるQL17と
前身のニューキャノネットと同様に露出計指針で行うのがQL19と言った感じです。
F値0.2の違いは実際にはほぼ感じることはないでしょうね。

お預かりしているG-Ⅲはまずファインダーのクモリが相当酷いです。
正直、全くピント合わせができる状況ではございません。
ハーフミラー部のクモリだと思われます。
加えて、これはキヤノネットシリーズを通してよくあるトラブルですが
絞り羽根の粘りが発生しています。
キヤノネットの絞り羽根の動きは少々独特で
例えばオート時だと開放の状態から
レリーズされるときに露出計と連動して絞込みが開始され
シャッターを切った後も絞りは絞り込んだままです。
そしてシャッターが巻き上げられたときに開放に戻ります。
マニュアル時には文章で書くと少しややこしいのですが
巻き上げてあれば絞りリングに連動して絞りが動作します。
巻き上げられてない場合は絞り込むほうは
絞りリングに連動しますが
開いていくほうは連動せず絞ったままとなってしまいます。
いずれにせよオート制御との関連で
巻き上げられていないと正しく絞りは連動しない仕組みです。
加えて絞りを開くほうの力は非常に小さなバネの力で
少しでも絞り羽根に油等が付着していると開かなくなったり
開くスピードがゆっくりになってしまいます。

絞り羽根、シャッター羽根の清掃、シャッターユニットの整備等々は
完了して露出計やオートの調整をこれから行っていきます。

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ヤシカ35のカメラ修理

今日は「骨董の日」だそうですよ。
骨董品というと希少価値のある古美術品や
古道具を指すと思うのですが
さすがにそこにはあまり興味ないかな。。。(苦笑)
当店で扱っているカメラ達も
大概、かなり古いものであはありますが。。。
骨董品とかいかなくても
私も年寄りになりかけですから
子供の頃に馴染みのある懐かしいものを見つけると
ついつい衝動買いしっちゃったりするのですね。
最近でいうと。。。「ゲイラカイト」
昔のデザインのままで今でも売っているのですね。
先日、呉の幼馴染のところに宅配便で送っておいたので
次に呉に帰ったときにはゲイラカイトを上げるのです!
楽しみだなぁ。。。(笑)

さてさて

本日は「ヤシカ35」のカメラ修理を行っています。
1958年発売のカメラで
ヤシカとしては最初の35mm判カメラですね。
この時代のレンズ固定式レンジファインダー機は
各メーカーともレトロで魅力的なデザインのものが多いのですが
このヤシカ35も良いデザインですね。
確かにコンタックスⅡaそっくりではありますが。。。
シャッターユニットはコパルMXVを搭載し
最高速は1/500です。
レンズは4群5枚のヤシノン4.5cmF2.8です。

お預かりしているヤシカ35は
一通り動作はしているのですが
やはりシャッター羽根、絞り羽根に少し粘りが見受けられます。
加えてファインダーがかなり曇っています。
フィルムカウンターの動きが悪いようで
お預かり時には裏蓋を開けてもカウンターが
なかなかゼロに戻らなかったのですが
作業を行う頃には全くカウンターが進まなくなってしまいました。

ヤシカ35は巻上げ周りのトラブルが比較的多いカメラなのですが
今回は問題ないようです。
しかしながら予防の意味も含めて巻上・レリーズ部の動きも
スムーズになるように清掃・注油をもちろん行います。
通常、このタイプのレンジファインダー機は
二重像をファインダーに映し出すために
ハーフミラーを使うことが多いのですが
ヤシカ35は贅沢にもプリズムを使っています。
その点、よくあるハーフミラー劣化によるトラブルがありません
そのかわりプリズム内部に腐食等があると
修理不可能なのですが今回は問題ありません。
ファインダーの曇りは接眼レンズ側と
プリズムの表面の汚れによるものでした。
シャッターユニット、絞りユニットの整備を行い
ファインダー等の調整を行っていきます。

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キヤノンAE-1プログラムのカメラ修理

今日は「テニスの日」だそうですよ。
私、中学校の頃は3年間テニス部で
一応、キャプテンだったのですよ。
まぁ、市大会で3回戦がいいとこの弱小校でしたが。。。(苦笑)
グラウンドが狭くてコートが1面しか取れないから
1、2年生の頃は陸上部並に走ってばかりでした。
大人になってから一時期、友達や会社の仲間と
硬式テニスも始めて一時期は結構やってましたねぇ
テニスは見た感じよりもかなりハードなスポーツだから
今やったらとんでもないことになるだろうな。。。(汗)
まずあんなに走れないですものね。。。少しは運動しなくては。。。

さてさて

本日は「キヤノンAE-1プログラム」(以下AE-1P)の
カメラ修理を行っています。
1981年の発売で最初のAシリーズとなった「AE-1」の後継機です。
「AE-1」にプログラム露出モードが追加されたカメラですが
「AE-1」の登場から5年経過しているため
電子制御は格段に進歩しています。
機械的な部分は「Aシリーズ」は基本的に全てAE-1と構造は共通です。
ただ、それを制御する電子制御部分はこの時代に
日進月歩で進化しているため5年も経てば全く異なるものになっています。
使い勝手の部分でもプログラム露出が追加されたことはもちろん
ファインダーも明るく非常に使いやすいカメラに進化しています。

お預かりのAE-1Pは非常にキレイな外観のカメラです。
以前に整備を行ったこともあると見受けられ
モルトも交換時期ではありますが
ボロボロに劣化しているというほどではございません。
とはいえ、前回の整備もかなり以前のことだと思われます。
まず、シャッタースピードがおかしなことになっていて
1/1000~1/125までの間はすべて1/100くらいでしか作動せず
それもたまに1/250くらいで切れるといった感じで非常に不安定です。
低速シャッターはそこそこ精度がでているため
おそらくマグネットの汚れが原因かと思われます。
それとは別の話で
オート制御も全くできていません。
露出計の値はそこそこ良い値が出ているのですが
例えばF16に絞るような場面で
露出計はF16を指示するのですが
実際にシャッターを切ってみると全く絞らないまま
開放で露出してしまったりします。
何度か切っているとたまにF16まで正常に絞るといった感じで
非常に不安定な状況です。
これではさすがにまともに写真が撮れる状況ではありません。
オート時に絞り制御ができないのは
ボディ側マウント部にあるオート制御用の絞込みレバーの
動きが非常に重いことが原因だと思われます。
この部分は本当に軽い負荷でスムーズに動作する状態でないと
正常に動作できません。
「Aシリーズ」といえば定番のトラブルはいわゆる「シャッター鳴き」ですが
今回の個体はそれは全く出ていません。
もちろん分解時にシャッター鳴きの原因となるミラー駆動部は
予防という意味も含めてきちんと整備していきます。

写真は一通り整備を行って組み上げた後のものです。
マグネット清掃、シャッター幕軸の清掃・注油
絞り制御部の清掃・注油、他、ミラー駆動部や巻上部等々
駆動部分の整備、各電気接点の清掃等々を行い
問題となっていたシャッタスピードもしっかり精度も出て
安定して動作するようになりました。
もちろん、オート露出も同様です。
こうしてみるとやはりAE-1Pは
洗練されたスタイリッシュなカメラですね。
AE-1にはなかったパームグリップも効果絶大で
非常にホールドしやすくできています。

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キヤノンFTbのカメラ修理

今日は特にこれといった記念日もないのですが
今日が終われば今年もあと100日しかないのですね。
なんだか新しい年号(2019年とか令和元年とか)に慣れた頃には
その年が終わってしまうような気がします。。。
歳をとればとるほど時間の流れが早くなっていくような。。。。
ついこの間、「あぁ~あ、40歳になっちゃったよ」と思ってたら
もう50歳ですものねぇ。。。
10代や20代はもっと長かったような気がするのですが。。。(苦笑)
この調子だとあっというまに寿命が尽きそうです。
まぁ、毎日それなりに楽しんでいるので良いのですが。。。

さてさて

本日は「キヤノンFTb」のカメラ修理を行っています。
F-1、FDレンズに続いて発売された中級機です。
FDレンズ対応ということで開放測光となっています。
前モデルFTの後継機でもありますが
最大の違いは開放測光ということになります。
デザイン的にはFTのイメージを色濃く受け継いでいますが
中身はF-1からフィードバックされている点も多く
開放測光以外の部分も確実に進歩しています。
F-1の半額程で発売されたこともあって
当時のキヤノンの主力モデルでした。
ヒットしたこともあり現存台数も多いですね。
もちろん今でも使いやすい機械制御シャッター機ということで
非常に人気の高いカメラです。

お預かりしているFTbはご依頼者様のお宅で
長い間仕舞いこまれていたようです。
シャッターは一応、動作していますが
高速シャッターの精度は全く出ておらず
1/1000でも1/250程度しか出ていない状況です。
それよりももっと問題なのが
なぜかボディ側の絞込みレバーが絞りこんだままになってしまっています。
巻上時、リリース時に関わらず絞ったままです。
当然、レンズを絞ればファインダーは暗くなってしまいます。

下にあるレバーが本来は赤丸が隠れる位置にあり
シャッターを切った瞬間だけ写真の位置に来て
シャッターが閉じればまた戻るのが正常な状態です。
指で戻してもこの位置に戻ってしまいます。
固着というよりは何か部品のかけ違いがおきている感じです。

もちろん、これだけでなく露出計は全く動かず
プリズムは腐食しているため交換で対応します。
上の写真を撮っていて気がついたのですが
実はミラーの接着も完全に外れています。
両側の留め金具でかろうじて留まっている状態です。
80年代以降の中級機やエントリー機で留め金具がないカメラだと
とっくにミラーズレが起きているような状況でした。

絞込みレバーの問題はやはり何かの弾みで
部品のかけ違いとなってしまっていたようです。
動きも固着気味だったのでそれが原因かと思われます。
これからシャッター幕軸やミラー駆動部等各部の整備を行っていきます。

ご依頼者様はこのカメラそのものは使ったことがないということで
納品時には使い方からご説明させていただく予定です。
この時期のキヤノン機はクイックローディグなので
他のメーカーのカメラに比べるとフィルム装填は楽ですね。

快適に動作するようになったFTbで
是非フィルム撮影を楽しんでいただければと思います。

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ニコンFのカメラ修理

今日は「ガトーショコラの日」だそうですよ。
要はチョコレートケーキですね。
美味しいですよねぇ。。。
ストレス溜まり気味な時に
ブラックのコーヒーと一緒にいただくと何ともほっとします。
ケーキ類は基本的に生クリーム系が
どちらかといえば好きなのですが
たまに無性にガトーショコラが食べたくなるときがありますね
。。。と書いているとこれが無性に食べたくなってくる。。。(苦笑)
食べすぎは良くないですが
甘いものはやはり節目節目に必要ですね!

さてさて

本日は「ニコンF」のカメラ修理を行っています。
1959年に発売されたニコン初の一眼レフであり
いまや伝説の一眼レフといって良いと思います。
来年は東京オリンピックですが
前回行われた1964年の東京オリンピックでは
ニコンFがニッコールレンズと共に大活躍し
その地位を確固たるものとしたと言われています。
当時はカメラそのものが高級品で高価なものでしたが
Fはその中でも最高級品といってよいと思います。
当時の価格は50mmF2の標準レンズ付で
67,000円ですが大卒初任給がやっと1万円を越えた頃なので
現在の価格に換算すると相当お高いと思われます。
それでも現在、これだけ現存しているということは
丈夫なこともありますがそれだけ売れたということだとも思います。

お預かりしているニコンFは
アイレベルファインダーが装着されたものです。
さすがにプリズムには多少の腐食が確認できますが
撮影にそれほど問題があるほどではございません。
残念ながらFのプリズムは腐食していると
手の施しようがございません。
後でわかったのですが以前に(といってもかなり昔かと)
整備されたことはあるようです。
それでも随分長い間、仕舞いこまれた状態だったと思われ
動作は一通りするのですが
動きはあちこちで悪くなっています。
幕軸の油切れまたは汚れの付着が原因と思われる
高速シャッターの精度不良(1/1000で実際は1/250程度しか出ていない)と
定番のスルーシャッター固着の症状が出ています。
加えてファインダー上のピント精度が狂っているようで
少しばかりオーバーインフとなってしまっています。

これから駆動部分を全て清掃し
必要なところに必要なだけの注油を行います。
分解していていつも思いますが
Fの部品はどこもかしこもこれでもかというほどに
オーバークオリティで非常に丈夫にできています。
水没させたり落としたり無茶な使い方や無茶な分解をすれば
それは壊れるでしょうが、普通に使っているだけだと
今回のように動きが悪くなって整備が必要なことがあっても
いわゆる「何かが破損する」というような壊れ方は
しないのじゃないかと思ってしまいます。
(実際はさすがに金属疲労もあるでしょうし
破損することもあるでしょうが。。。)
それに加えて各部の工作精度が非常に高く
ある程度分解している状態で巻上のギアが動く様子を見ていると
「本当によくできているなぁ・・・」と感心してしまいます。
今回のFも手を入れたことで
また当分の間は安心して使っていただけると思います。
Fらしくガンガン使っていただければと思います。

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ニコンFEのカメラ修理

今日は「バスの日」だそうですよ。
住んでいる場所にもよるとは思いますが
都内に住んでいるとバスよりも
圧倒的に電車に乗る機会のほうが多いと思うのです。
少し地方になるとバスが公共交通機関のメインですよね。
クルマに乗り始めてからは
バスに乗ることもなくなりましたが
高校生の頃とかは通学も普段の異動もバスが多かったので
毎日利用していました。
バスの車内やバス停で意外な友達や知り合いに
ばったり会うのも楽しかったですよねぇ。。。はるか昔の話ですが。。。(汗)
古いバスだと床が木の板で
雨が降って車内が濡れるとツルッツルに滑るんです。
何度か派手にすっ転んだ記憶が。。。。(笑)

さてさて

本日はニコンFEのカメラ修理を行っています。
ニコマートEL系の後継機となる
電子制御シャッターの中級機です。
発売開始は1978(昭和53)年です。
ちなみに1978年というと。。。
「ザ・ベストテン」が放送開始となり
キャンディーズの解散コンサートが後楽園球場で行われ
私も当時好きだった石野真子さんがデビューし
ヤクルトがミルミルを発売開始して
さらにスワローズが広岡監督の下、初優勝しましたね。。。
(この年、カープは200本打線(本塁打合計)の
重量打線で後半かなり追い上げたのですが3位だったのですね
めっちゃよく覚えています)
こうして書くとリアルタイムで体験していることもあり
時代背景がよくわかりますねぇ。。。
カメラの世界でいうと制御の電子化がかなりの勢いで
進んでいった時代でもありますね。
FEは電子制御シャッター機で絞り優先AEも搭載しますが
中身の構造を見ても機械的な部分と電子制御のバランスが絶妙なカメラだと
個人的には思っています。
F一桁機(FE発売時のフラッグシップはF2)ほどの
堅牢さや耐久性はないですが
その分、取り回しがよく使いやすく場面によっては
F一桁機を凌駕する実力のある1台です。

お預かりしているFEは動作は一通りしているのですが
まず高速シャッターの精度が全く出ておらず
1/1000に設定すると実際は1/3000くらいで露光されてしまいます。
1/125くらいまで下げていくと何とか許容範囲になるのですが
全体的にSSが速めです。
逆に露出計はやけにオーバー傾向で
高輝度時、低輝度時問わず+1.5段ほどの値を示します。
オート露出もそれにともなって1段以上オーバーです。
シャッターの動きも含めて整備の上
再調整が必要な状態だと思われます。
金属羽根縦走りシャッターはレンズシャッターほどではないですが
見えない部分に汚れがあることにより
シャッタースピードにかなり影響を及ぼします。
電子制御機故のマグネットの汚れ等も精度に大きく影響します。

機械的な部分の整備や接点・マグネット等の清掃は終わって
これからこの状態で電気的な調整を行います。
プリズムを覆っているフレキにある半固定抵抗で主に調整します。
8個ある半固定抵抗は当然ですがそれぞれ
役割がきちんと決まっていて
中には初期設定時意外には触ってはいけないものもあります。
ここでメーター値や特性、オート露出時のSS設定や特性
シャッタースピード等々を調整していきます。
ちなみに余談ですがFE2になるとこの半固定抵抗の数が半減します。
それだけ調整不要な箇所が増えたということですね。

いつも書きますがFEはファインダー情報が非常にわかりやすく
オート露出だけではなくマニュアルで綿密に
露出を決めるときにも非常に使いやすいカメラです。
個人的にもかなり好きなカメラのひとつです。

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ミノルタオートコードのカメラ修理

今日は「苗字の日」だそうですよ。
私の苗字は「迫田(さこだ)」ですが
こっち(関東)では少ない苗字だと思います。
こっちに来てからはやたらと「追田」と間違われることも多いです(笑)
「さこだ」で変換すればでてくるはずなのですが。。。
「迫田」の苗字の多い地域の一番は鹿児島県で
2位が私の地元、広島県なのだそうです。
今はネットで調べれば何でもわかりますね。便利なものです。
語源は細く迫った土地とか細い谷とかだそうです。
私の曽祖父が蒲刈島の出身だということは知っているのですが
「平民苗字許可令」が出たのが明治3年だから
さらにその前からなのかな。。。
その頃のことはさすがにもはや調べることはできないなぁ。。。
自分の家系を調べていくのもおもしろうではありますねぇ

さてさて

本日は「ミノルタオートコード」のカメラ修理を行っています。
ミノルタの二眼レフは実質的に国産初の二眼レフともいえる
「ミノルタフレックス」に始まり、
国産最高峰の二眼レフの呼び声も高い「ミノルタオートコード」で終わります。
オートコードそのものは1955年の登場ですが
改良を重ねられ最終モデルは
1965年登場の「オートコードⅢ」です。
今回、お預かりしているのもこの「オートコードⅢ」です。
ミノルタ二眼レフの最終モデルとなります。
評価の非常に高い75mmF3.5のロッコールレンズを搭載し
シャッターはシチズンMVLで最高速は1/500です。
初期のオートコードとも共通ですが
独特の振り子式のピントレバーを装備し
フィルム装填は平面性を重視し他の二眼レフとは異なり
上から下に巻く方法を採用しています。
もちろんセルフコッキングでファインダースクリーンには
フレネルレンズを装備しピント合わせも非常に行いやすくできています。
私も祖父の遺品の前期オートコードを使っていますが
非常にシャキッとした写りで現在でも十分に通用するカメラです。

お預かりしている「オートコードⅢ」は
二眼レフでは定番のミラーの腐食が酷く
スクリーンの汚れもありファインダーの見えが非常に悪い状態です。
シャッター羽根には若干粘りがあり
スローガバナは固着気味で
SS1秒だと実際にシャッターが閉じるまで10秒近くかかってしまいます。
おそらく相当長い間、使われていなかったと思われ
各所に動きの悪い部分が多く
現状では快適に撮影に使うことは難しいですが
全体的に状態は悪くなくきちんと整備を行えば
気持ちよく撮影のできる状態になると思います。

シャッターユニットの整備、シャッター羽根、絞り羽根の清掃
レンズ清掃、ヘリコイドグリスアップ、ピント調整
巻上部の整備・調整、ファインダー清掃等々
各部点検整備一式を行いました。
全体的に非常に軽快に動作するようになりました。
このオートコードⅢはご依頼者様のおじいさまが使っていたものだそうです。
長らく撮影には使われていなかったものと思われますが
現在の景色も是非見せてあげてほしいと思います。
前期のオートコードとはコーティングが変更になった
「ニューロッコール」の写りも良いでしょうねぇ。。。
個人的に非常に写りの気になるカメラです。

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オリンパスオートアイのカメラ修理

今日は「かいわれ大根の日」だそうですよ。
うーん、かいわれ大根、長らく口にした覚えがない。。。(汗)
だいたい普段がコンビニやお弁当屋さん頼みの食生活なので
野菜が圧倒的に不足しているのですよねぇ。。。
かいわれは発芽直後の芽と茎だから
ビタミン、ミネラル豊富で身体に良いはずなのですよね。
せめてたまに食べる「チャンポンめん」に入れて
食べると良いかもしれないなぁ。。。(笑)

さてさて

本日は「オリンパスオートアイ」のカメラ修理を行っています。
1960年発売のカメラです。
レンズシャッターのレンジファインダーカメラですね。
いわゆるオート露出の先駆けとなったカメラです。
モデル名の「オートアイ」もオート露出であることを意味しています。
セレン光電池を使用したシャッタースピード優先オートを搭載します。
ちょっと面白いのがオートで選択される絞り値が
ファインダー内に表示されるのですが
円盤に印刷された絞り値がクルンと回転して表示されます。
全く回らなかったり、回りすぎてしまう場合は
オート範囲外のマークが表示されます。
レンズはD.ズイコー45mmF2.8を搭載します。

お預かりしているオートアイは
もともとご依頼者さまのお父様のカメラなのだそうです。
ご依頼者様が子供の頃、持たせてもらったときに
落としてしまい、それから全く使っていないのだそうです。
ある意味、非常に思いで深いカメラだと思います。
おそらく落としたときになくなってしまっただと思われますが
巻戻しクランクが欠落していて
このままでは巻戻しが非常に困難です。
さらにこれも落下の影響かと思われますが
ファインダー内の二重像が全く見えません。
最も心配される露出計は今のところ全く動いていないようです。

写真は一通り整備が終わった状態でのものです。
欠落していたクランクは中古部品で補充しました。
二重像が全く見えていなかったのは
ファインダー内のハーフミラーが外れて
おかしな向きになっていたことが原因でした。
ハーフミラーはどちらにしろ劣化が激しかったため
こちらも交換で対応しています。
露出計不動の原因は内部配線の劣化のためでしたが
やはりセレンもそれなりに劣化しており
配線を変えただけではとても撮影に使えるほどの精度は出ませんでした。
内部抵抗等の変更で何とか
ネガフィルムであれば普通に使えるほどの精度には復活しました。
その他、シャッターユニット、絞り羽根、レンズ清掃等々
一通りの整備を行っています。
40年ぶりくらいに使うことになるのだと思いますが
改めてオートアイでこれからも色々な思い出を
撮影していただければと思います。

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