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ミノルタオートコードのカメラ修理

今日は「郵便マークの日」だそうですよ。
1887(明治20)年のこの日に
「郵便マーク(〒)」が決定したことの由来しています。
逓信省(現:総務省・日本郵政)が
逓信の「てい」にちなんで甲乙丙丁の「丁」と決定し
2月8日に告知しました。
しかし、世界共通の料金不足マークである「T」と
紛らわしいことが分かり、「丁」ではなく
カタカナの「テ」を図案化した「〒」とすることが
2月19日付けの官報で発表されたのだそうです。
「郵便マーク」と呼んでいますが、
正確には日本工業規格(JIS)において
「〒」は「郵便記号」と呼称されていて
「郵便マーク」は「〠」(顔郵便マーク)を指すのだそうです。
郵便番号の前に当たり前のように「〒」を書きますが
由来まではなかなか知らないですよねぇ…

さてさて

本日は「ミノルタオートコード」のカメラ修理を行っています。
国産最高峰といってよい二眼レフかと思います。
ミノルタはもともとほぼ国産初の二眼レフを作ったメーカーで
(1937年発売ミノルタフレックス)
それからモデルチェンジやモデル追加を重ね
独自の機能や工夫を盛り込みつつ
非常に使いやすく写りの良いカメラへと進化していきます。
その完成形といえるのが1955年に発売された
「オートコード」です。
今回はそのオートコードの中でも最終となる
1965年発売の「オートコードⅢ」となります。
220フィルムに対応できるようになりました。
そしてレンズが新ガラスを採用した
俗称「ニューロッコール」になっています。
基本的な機能構造はこれまでの「オートコード」と共通です。
クランク式の巻上、セルフコッキング
フィルム装填はセミオートマットで
平面性を高めるために通常とは逆の「上から下」に巻き上げます。
シャッターはシチズンMVLでB・1s~1/500までカバーします。
そして設定絞り・SSはテイクレンズ上の窓に
集中表示されます。

お預かりしている「オートコード」は
シャッターはほぼ問題なく動作しているのですが
一見キレイなレンズには後玉群の最前に
かなり大きなカビが生えてしまっています。
そしてファインダー上で無限遠の位置がおかしいようで
レバーを無限遠位置にセットすると明らかな
オーバーインフとなってしまっています。
フィルム面のピントを確認すると
間違いなく合っているので
ファインダーミラーの角度がおかしいか
スクリーンの位置がレンズに近すぎるものと思われます。

まだ現状を一通り確認しただけの状態です。
これから本格的に分解整備に取り掛かっていきます。
相変わらず見た目の質感も高いですね。
オートコードはある生産時期からは
フィルム室にモルトも使われています。
やはり今回もモルトは全滅です。
基本的には丈夫なカメラですが
動きが悪くなることによって巻上周りのトラブルが
起きやすい事案も過去に多々ありましたので
そのあたりの整備も含めて
入念に整備を行っていきます。

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キヤノンAE-1のカメラ修理

今日は「煮卵の日」らしいですよ。
「に(2)たまご(5)」(煮たまご)と読む
語呂合わせからだそうです。
美味しいですよねぇ…半熟だとなお絶品ですね。
たまに外出したついでに
家系ラーメン食べに行くのですが
煮卵トッピングは必須ですね。
ラーメン以外でもおでんに入っている煮卵も最高です。
煮卵に限らず鶏卵はよく食べるようにしています。
ほぼ毎朝卵かけご飯ですし…(笑
鶏卵の栄養価は非常に高く
白身と黄身の双方に動物性タンパク質が含まれます。
白身はタンパク質のみですが
黄身には動物性タンパク質と動物性脂肪が含まれ
その中にビタミンCを除く12種類のビタミンと
12種類のミネラルを含んでいます。
さらに強力な抗酸化作用もあるそうです。
だから夜に小腹がすいた時もゆで卵を作って食べています。
余談ですが沸騰してから湯に投入して中火で
7分くらいでいい半熟具合になるような気がします。

さてさて

本日は「キヤノンAE-1」のカメラ修理を行っています。
先日も「AE-1」の修理を紹介しましたが
やはりコンスタントに依頼の多いカメラです。
決して壊れやすいからではなく
それだけ当時爆発的に売れて
現存台数が多いからだと思われます。
電子制御機としてはトラブルの少ないカメラで
シャッター鳴き等の持病はあるものの
(これはAE-1をベースとするAシリーズ全機種ですが)
メンテナンス次第で長く使えるカメラだと思います。

お預かりしている「AE-1」はシャッター鳴きもなく
シャッター自体は快調に動作しています。
ただ開閉式の電池室の蓋が割れていて
蓋が閉まりません。
当店にやってきたときには養生テープを上から貼って
閉められていた状態でした。
ここの蓋は樹脂製で個体によっては劣化で割れるのですよね…
特にロック部分の爪が良く割れます。
そんなに脆い樹脂ではないのですが
さすがに登場から50年ですからしかたないですね。
交換しか手段がありませんが手に入るのも
同じような年月を経過した中古部品です。
ただまだ状態の比較的良いものが手に入るので
交換しておけばそれなりの期間、問題ないとは思われます。

蓋の爪の先端だけなら表からも交換可能なのですが
今回は蓋自体も真っ二つに割れているので
いずれにしても前板の裏からアクセスして蓋交換です。
先述した通りシャッターには大きな問題はなさそうでなのですが
露出計及びオート制御には問題があって
3段以上オーバー表示となってしまっています。
ネガでもさすがに少し明るすぎますね。
ボディ側の絞りオート制御駆動部の動きも悪いのですが
SPD(受光体)の表面が真っ白に白化していて
これも原因と考えられます。
そのあたりの対処も行いつつ
全体的な整備調整を行っていきます。

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ミノルタSR505のカメラ修理

今日は「交番設置記念日」らしいですよ。
1881(明治14)年のこの日に
1つの警察署の管内に7つの「交番」を
設置することが定められたことが由来となっています。
当初は建物はなく、街中の交差点などに
警察署から警察官が出向いていたそうですが
1881年より常設の建物を建てて
警官が常駐する現在のような制度になったそうです。
1888(明治21)年10月に全国で「派出所」(警察官の詰め所)、
「駐在所」(外勤警察官が居住する施設)という名称に統一されましたが
「交番」という呼び名が定着し
国際的にも通用する言葉になっているということから
1994(平成6)年11月1日に「交番」(KOBAN)を
正式名称とすることになりました。
「交番」が正式名称になったのは割と近年なんですね…
頻繁にお世話になるようなものではありませんが
私の毎晩のウォーキングコースに交番が3か所あるのですが
近所に交番があるとやはり安心度は高いですよね。
実際には落とし物したときくらいしか
行くことはないのですが…いつもありがとうございます。

さてさて

本日は「ミノルタSR505」のカメラ修理を行っています。
1975年発売のカメラです。
ミノルタの機械制御シャッター一眼レフとしては
最後のモデルになるカメラです。
「SR505」登場時には既に次世代となる
「Xシリーズ」の「X-1」「XE」が発売されていました。
「SR505」は「SR-Tスーパー」の後継にあたり
SR-T101の後継となる「SR101」と同時に発売されました。
どちらのモデルも基本構造は「SR-T101」がベースとなっていて
違いは絞り値がファインダー内で直読できるか否かと
フィルムシグナルの有無等々細かな機能差です。
外観もペンタプリズム周りが多少異なります。
基本的なスペックや構造は長年生産し続けている
「SR-T系」なので信頼性も高く非常に使いやすいカメラです。
当時のミノルタお得意の「CLC」
(コントラスト・ライト・コンペンセーター)
上下分割測光が搭載されています。

お預かりしている「SR505」は
これも随分長い間、使われずにしまい込まれていたものと思われます。
電池室には当時の水銀電池(MR9)が入ったままになっていて
周辺の腐食が心配されましたが大きなダメージはなさそうです。
ただし、おそらくSW部の接触不良かと思われますが
露出計にしてもバッテリーチェックにしても
指針が踊っているような状態で全く安定しません。
シャッターの丈夫さにも定評のあるカメラで
今回もなんとかシャッターは切れますが
幕走行も不安定で後幕がキレイに最後まで走り切らず
頻繁にミラーアップしたままになってしまいます。
ファインダーは接眼レンズ、プリズム、コンデンサレンズそれそれに
かなりのカビが生えてしまっていて全体的にもやがかかったように
曇ってしまっています。装着されていたレンズも同様です。
もちろんモルトは全滅です。
何かが破損しているわけではありませんが
とても本来の動きができる状態ではありません。
内外装ともに徹底的に清掃を行い
古い油脂類やカビを除去し
本来の動きを取り戻した上で調整が必要な状態です。

「SR-T系」お馴染みの連動糸が目立つ構造ですが
手順がわかっていればそれほど面倒なものでもありません。
基本的に整備性は非常に良く
分解整備を行うことを考えられた構造になっています。
SR505単体でみるとそれほど依頼数の多いカメラではありませんが
「SR-T系」でまとめるとかなり頻繁に整備を行っているので
内部も見慣れた光景です。
とはいえ古いカメラのコンディションは千差万別なので
油断せずに落ち着いて作業を行っていきます。

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キヤノンAE-1のカメラ修理

今日は「テレビ放送記念日」だそうですよ。
1953(昭和28)年のこの日に
NHK東京放送局が日本初の
テレビ本放送を行ったことに由来しています。
ちなみに当時、1日の放送時間は4時間。
当時の受信契約数はわずか866件。
大卒の初任給が約8000円の時代に
受信料は月200円だったそうです。
また、国産の14インチ型の白黒テレビは17万5000円もしました。
テレビは庶民にとって高根の花だったのですね。
とはいえ…まだ100年も経っていません。
このころから70年代初頭の
「高度成長期」は本当にめまぐるしく世の中が
変わっていったのだろうなぁ…と感じます。
私もこの時代に少しかぶっているのですよねぇ
記憶のある頃には既に家にテレビはありましたが
4歳くらいまでは白黒テレビでした
(さすがによく覚えてません(笑))

さてさて

本日は「キヤノンAE-1」のカメラ修理を行っています。
1976年発売のカメラです。
まさにその名の通り「AE時代」の幕開けとなったカメラです。
ただ「AE-1」の「AE」は「Auto Exposure(自動露出」の
略ではなく「Total Automatic System by Electronic SLR Camera」の
頭文字からだそうです。
いずれにしても電子技術による自動化ということですね。
電卓やコピー機で培ったキヤノン別部門の技術も
最大限に活かされて開発が行われており
「キヤノンAシリーズ」の一号機でもあります。
キヤノンはこのカメラで一眼レフ市場を短期間に
一気に普及、拡大させる目的があったわけですが
徹底的な生産効率化の甲斐もあって
思惑通り大ヒットモデルとなります。
機能性、低価格化もさることながら
取り回しのよい使いやすいカメラでもあり
これがあれば一通りの撮影はこなせる上に
アクセサリー群や豊富で写りの良いFDレンズ群も揃っていて
非常に夢の広がるカメラだったと思います。

お預かりしている「AE-1」は
かなり長い間しまい込まれたまま眠っていたものと思われます。
外装の汚れやスレもそれなりにあり
使われていた時代にはかなり大活躍したものと予想されます。
電池も入れたままで長期間放置していたものと思われ
端子は腐食してマイナス側の端子は引っ込んだまま固着しています。
それでも何とか電源は入り
バッテリーチェックは作動し露出計もとりあえず動くのですが
肝心のシャッターがうんともすんとも動きません。
マグネットの問題なのか電気回路的な問題なのか
分解して詳しくチェックしてみないとわかりません。

まだ何とも言いきれませんが
単純なマグネットの固着とかではなさそうですね。
これはなかなか苦労しそうな予感がします。
ただAE-1自体はこの類の電子制御機としては
整備性は良好なのでいろいろ確認しながら
修理整備を行っていきます。
なんとかなるとは思いますが
まずは普通にシャッターが切れる状態になるように
取り掛かっていき
その次の段階で動きや各精度を調整していきます。

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ニコンF2フォトミックのカメラ修理

今日は「3分間電話の日」とのことです。
1970(昭和45)年のこの日に
日本電信電話公社(略称:電電公社、現:NTT)の
市内電話の料金が3分間10円になったことの由来しています。
これは公衆電話からの料金で
それまで1通話10円で、時間は無制限だったそうです。
3分間10円は長電話防止のために始められたものでした。
100円玉や10円玉たくさん握りしめて近所の電話ボックスに
中学生の頃、夜な夜な電話しに行っていた時期がありましたねぇ…(笑
たくさんお金入れていてもあと3分になると
「ビーッ」と音がして
残り10円分ですよって教えてくれるんですよねぇ
1972年には100円玉が使える黄電話が登場しますが
構造やスペースの都合により釣り銭が出ませんでした。
そのため、「100円玉でモシモシ お釣りはデンデン」などとも
揶揄されていました。どれも懐かしいですね。

さてさて

本日は「ニコンF2フォトミック」のカメラ修理を行っています。
1971年発売のカメラです。
ニコンの名を一気に世界に知らしめた「F」の後継モデルです。
「F」の時代にはあくまで標準モデルはアイレベルファインダーで
露出計内蔵のフォトミック及びフォトミックファインダーは
後から追加されたものでいかにも「とってつけた感」がありましたが
F2ではもはや標準モデルは露出計内蔵のフォトミックです。
当時は内蔵露出計に懐疑的な見方も根強く残っており
アイレベルファインダー搭載のモデルも同時発売されていますが
やはりメーカーとしては本命はこちらなのでしょうね。
露出計用の電池室もボディ側にレイアウトされています。
それもあり「F」の時代よりは段違いにスマートになり
デザイン的にも洗練されています。
それでもフォトミックならではの無骨さはあり
それはそれで魅力的だと思います。
露出名内臓もさることながらフォトミックファインダーだと
ファインダー内に設定SSや設定絞りが表示されます。
ファインダーから目を離さずに露出設定できるので
非常に便利な機能です。

お預かりしている「F2フォトミック」は
かなり長い間、使われずにしまい込まれていたものと思われます。
本来、オーバークオリティに丈夫なカメラなので
一通りは動作していますがさすがに動きの悪い部分であったり
接触不良等が多発している状態です。
巻上も少しぎこちないですが
まずはシャッタースピードに問題があり
1/2000は動作していても全く開いていません。
1/1000じゃなんとか開くものの今にもスリットが閉じそうな状態です。
実際にシャッターテスターにかけて何度か切っていると
何回かに1回は1/1000も開かないことがあるようです。
幕速をみると明らかに先幕の動きが悪いので
後幕が追いついてしまう現象が起きてしまっているようです。
電池はキチンと外して保管されていたようで
弱点である電池室マイナス端子等は問題なさそうですが
ファインダー内の摺動抵抗に汚れがたまっているようで
露出計の動きが非常に不安定です。
抵抗体が剥がれ落ちていると修理不可能なのですが
今回は単に汚れがたまってるだけと思われます。
他、各駆動部の動きも悪いので
やはり一通りの整備調整を行って
本来の動きを取り戻す必要があります。

まだ取り掛かり始めの状態です。
これから本格的に分解整備に取り掛かります。
何かが破損しているとの状態ではないので
一通りの整備を行えば
本来の軽やかな動きや精度を取り戻せると思います。
この時代のF一桁機なので
当然ながら整備性は非常に良好です。
分解整備を定期的に行いながら
長く使うことを前提とした構造になっています。
駆動部の部品ひとつひとつも丈夫にできていて
加えて非常に精度高く造られています。

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キヤノン7Sのカメラ修理

今日は「昭和基地開設記念日」だそうですよ。
1957(昭和32)年のこの日に
南極大陸に「昭和基地」が開設されたことに由来しています。
名称は建設された時代の元号「昭和」にちなんでいます。
数々のドキュメンタリーで有名ですが
特に「南極物語」や「宗谷物語」等の映画やアニメでも有名ですね。
南極には日本の観測基地として
昭和基地のほかに、みずほ基地、あすか基地、ドームふじ基地があります。
私は近年、身体を冷やすとロクなことがないと思っているので
寒い場所、寒い季節は嫌いですが
極地は見たこともない光景で溢れているのでしょうねぇ
想像もつきませんが…(苦笑)
話がそれますが冬それほど寒くなく
夏それほど暑くない場所に移住したいものですねぇ…
そう考えると私の出身地、瀬戸内地方…特に島しょ部は
かなり優秀な場所なんですよねぇ…仕事さえ成り立てば…(苦笑)

さてさて

本日は「キヤノン7S」のカメラ修理を行っています。
1965年発売のカメラです。
キヤノン最後の高級レンジファインダー機です。
時代は既にレンジファインダー機から
一眼レフ機に完全に推移していて
フォーカールプレーンシャッターのレンジファインダー機を
造り続けていた国産メーカーはキヤノンのみとなっていました。
国産高級レンジファインダー機のトップとして走り続け
数々の名機を生んだレンズ交換式キャノンレンジファインダー機は
このキヤノン7Sで32年の歴史に幕を閉じることとなります。
「7S」は前モデル「7」の露出計をCDS使用のものに変更したカメラです。
精度も向上し、露出計も小型化されたために
アクセサリーシューが追加されています。
使ってみるとわかりますがキヤノンのレンジファインダー機らしい
非常にかっちりした造りのカメラで精度の高さがよくわかる
質感の高いカメラです。

この時代のカメラで整備から遠ざかっていると
しかたがない部分ではありますが
スローガバナーが完全に固着しています。
高速シャッターの精度もいまひとつです。
セールスポイントのひつとである露出計は
過去に設定を相当弄られた形跡があって
精度もよろしくありません。
いずれにしても一通りの整備が必要な状況です。

既に一通りの整備は完了していて
少し動きが落ち着くまで様子見をしている段階です。
この後で最終的なテストを行って
問題なければ完成となります。
駆動部分にはあちらこちらで油切れの状態になっており
部品洗浄後、最小限の注油を行うことで
非常に動きがスムーズとなり本来の動きを取り戻しています。
露出計は本来の初期設定に戻して
改めて抵抗の追加交換を行うことで
精度も問題ないレベルにまとめることができています。
付属の28mmレンズは絞り羽根に油滲みがみられるため
羽根の清掃、レンズの清掃を行っています。
これでかなり当分の間、安心して使えると思います。

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ペンタックスMEのカメラ修理

今日は「衣類乾燥機の日」だそうですよ。
「衣類(1)ふん(2)わり(8)」と読む語呂合わせからだそうです。
これもなかなか強引ですね(笑
それはそれとして乾燥機は便利ですよねぇ
特にガス式は強力で気持ちよく乾きます。
もちろん私の家にそんな高級なものはありませんが
私の自宅や仕事場から歩いて5分以内の場所に
何か所もコインランドリーがあって
一番近い徒歩30秒のコインランドリーで
洗濯機・乾燥機を多用しています。
自宅に洗濯機はもちろんあるのですが
干す手間等を考えるとコインランドリー使った方が
効率が良いのですよねぇ…(苦笑)
一人暮らしだから洗濯回数も量も少ないし…
家で外干しすると夜中まで干す羽目になるし
部屋干しすると邪魔だし…
ということで自宅の洗濯機全く使っていません…(苦笑)
なんにしろしっかり乾いた暖かい洗濯物は気持ちよいですね

さてさて

本日は「ペンタックスME」のカメラ修理を行っています。
1976年発売のカメラです。
「ペンタックスMシリーズ」の一号機は「ME」より
1ヶ月先行発売された機械制御の「MX」ですが
こちらの「ME」のほうが「Mシリーズ」の中心機種です。
Mシリーズの目標である
「小型軽量化」、「電子化によるAE化」、「システムの充実」を
具現化したモデルとなっています。
そしてこの後発売されるすべての「Mシリーズ」の
ベースとなるモデルとなっています。
「ME」自体は電子制御の絞り優先オート専用機で
いわゆるエントリー向けの製品ですが
この後、マニュアル露出と1/2000シャッターが追加された
中級機の「MEスーパー」も発売されます。
これも内部構造的には「ME」がベースとなっています。
搭載されるセイコー製ユニットシャッターは
非常にコンパクトな設計となっています。

お預かりしている「ME」は
頻繁にミラーアップしたままになってしまいます。
「ME系」でミラーアップといえ定番の
ミラー駆動部のゴムブッシュ溶解による
動作不良が定番中の定番ですが
今回は原因はそこではありませんでした。
ミラー駆動部のブッシュは対策品に交換されていて
ミラーの動き自体は大きな問題はありません。
今回のミラーアップはシャッター羽根、特に後幕羽根の
動作不良によるミラーアップです。
金属羽根には明らかに汚れが滲んでいて
いかにも動きが悪そうですが
実際にシャッターを切ってみても
後幕が最後までキチンと走り切っていないことが確認できます。
加えて過去に落下歴があり
巻上部周辺に外装の凹み等があるのですが
これが原因でフィルムカウンターの動作不良や
巻上レバーの動作不良も起こっています。
もちろんこれらも修理を行っていきます。

MEはいろいろと不具合の起こりやすい部分が
多いカメラではありますが
この類のカメラとしては整備性が非常によく
弱点も既にわかっているので整備の行いやすいカメラです。
そしてしっかり手を入れさえすれば
安定して長く使い続けることのできるカメラです。
巻上の軽快さや歯切れのよいシャッター音
取り回しの良いボディサイズ等々魅力も多いカメラです。
電子制御機ではありますが基盤は比較的シンプルで
大きなトラブル等も少ないカメラです。
ただ基盤ソケット部が電池室からの腐食でダメになると
かなり大変なことになるので
MEに限りませんが長く使わない場合は
必ず電池は抜いておく方がよろしいかと思います。

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ミノルタSR-T101のカメラ修理

今日は「モンチッチの日」だそうですよ。
モンチッチの誕生日である
1974(昭和49)年1月26日が由来となっています。
昔はいたるところで見かけましたよね。
私が子供の頃はドアノブや車のバックミラーとか
玄関の棚の上とかに
やたらとモンチッチがぶら下がってたり
鎮座していたりしていました。
でも誕生から52年…今でも現役で発売されています。
フランス語で「わたしの」を意味する「モン」と
「小さく可愛いもの」を意味する「プチ」で
「わたしのカワイイもの」を意味するのだそうです。
また、「モンキー」の「モン」と
おしゃぶりをいつも「チュウチュウ」と吸っているので
「モンチッチ」という名前が付けられたのだそうです。
猿に似た妖精の生き物をイメージした人形とされています。
かわいいですよね。調べたついでに
オフィシャルサイト見ていると
ちょっと欲しくなってきます(笑

さてさて

本日は「ミノルタSR-T101」のカメラ修理を行っています。
1966年発売のカメラです。
ミノルタ初のTTL測光方式を採用した一眼レフカメラです。
ただのTTL測光ではなく
ファインダー視野の上下を2個のCdS受光素子で測光し
風景撮影の場合などに空の強い明るさで
全体が露出不足になる傾向を補正できるのが特長です。
現在主流の分割測光と同じ考え方ですね。
取り回しの良いボディと
使用感の良さ、加えて丈夫さも相まって
ヒット作となりロングセラー機となったカメラです。
「SR-T101」としても7年生産されますが
後継機の「SR-Tスーパー」や「SR505/SR101」も
構造的にはSR-T101とほぼほぼ変わらず
基本設計が非常に優れていたことがわかります。
ロングセラー機ということで現存台数も多く
コンディションは千差万別ですが
その多くが精度はともかくとして
ひととおり動作しているものが多いことからも
基本的に丈夫で壊れにくいことがわかるカメラです。

お預かりしている「SR-T101」も一通りは動作しているのですが
明らかに巻上のフィールも悪く
あちこちで油切れや動きの重いところが見られる状態です。
シャッターも全速切れてはいますが
やはり高速シャッターの精度は全く出ておらず
幕軸の動きも悪い状態です。
動きにくい身体を一生懸命動かしているようにも見えて
ちょっと気の毒に思えてきます。
しかしながら致命的な破損等があるわけではないので
しっかり整備を行えば本来の軽い動きを
取り戻せると思われます。

まだ取り掛かり始めの状態ですが
プリズムの上下にCLCならではの
上下2つのCDSが見えていますね。
メインのプリズムにCDSの付いた
子プリズムを接着しているような構造です。
今回は大丈夫ですが個体によっては
この子プリズムが
剥がれてしまっているものもあります。
ファインダー内SS表示や
露出計への絞り連動、SSダイヤル連動がすべて糸で
行われていて比較的連動糸の多いカメラです。
多少手間はかかりますが連動糸も手順がわかっていれば
さほど分解時の邪魔になるようなこともなく
整備性も良好なカメラです。
そういう部分も非常によく考えられて造られています。
後の後継機も含めてSR-T系は修理依頼の多いカメラで
中身も見慣れた光景ですが
油断せずに入念に整備を行っていきます。

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ニコンFM2のカメラ修理

さすがにこの時期は毎日寒いですね
今日は「日本最低気温の日」だそうですよ。
1902(明治35)年のこの日に
北海道上川地方旭川市で日本の気象観測史上の最低気温である
マイナス41.0℃が記録されています。
これが日本の最低気温だそうです。
その後、1978(昭和53)年2月17日に
北海道の幌加内町母子里(ほろかないちょうもしり)の
北大演習林でマイナス41.2℃を記録しましたが
気象庁の公式記録の対象から外れていたため
公式では上記の旭川市の記録が最低気温となっています。
ちなみに富士山頂の最低気温としては
1981(昭和56)年2月27日にマイナス38.0℃を記録しています。
年間平均気温(1981~2010年)は富士山頂がマイナス6.2℃
旭川市が6.9℃で、富士山頂のほうが13.1℃も低いそうです。
年間平均気温で見ると富士山頂が日本で最も寒い場所と言えるようです。
富士山は標高の高いことはもちろんですが
独立峰で遮るものがなにもないですものね…
それにしても寒いのはイヤですねぇ
身体を冷やすとロクなことがないのは
年取ってからよくわかったので
もし引っ越すとしたら今より少しでも暖かいところがいいですね
夏暑いのもそれは困りますが…

さてさて

本日は「ニコンFM2」のカメラ修理を行っています。
1982年発売のカメラです。
前モデルのFMをベースとして
シャッター速度の高速化を図った機種といえます。
チタンシャッター羽根をハニカムパターンで肉抜きすることで
シャッター速度最高速1/4000秒及び
シンクロ同調最高速度1/200秒を実現しました。
どちらも当時の一眼レフカメラの中で最高速でした。
2年後には シンクロ同調最高速度1/250秒となる
「ニューFM2」が発売されロングセラーとなるので
意外と「FM2」の生産台数は少ないようです。
時代的に電子制御シャッター機が中心となり
1985年にはオートフォーカスの先駆者「α7000」が
発売されます。そんな自動化への流れの中で
取り回しがよく良い意味でシンプルで
電池がなくても露出計が動かないだけで
シャッターは全速動作する「FM2」は貴重な存在になっていきました。
現在でも非常に人気の高いカメラです。

お預かりしている「FM2」は巻上機構に問題があり
まれに巻上してもシャッターが切れなくなったり
レリーズしてもミラーアップするだけで
シャッターが動かないトラブルに見舞われています。
基本的に非常に丈夫なカメラですが
同様の症状は「FM2」や姉妹機の「FE2」でも見られる症状です。
おそらく巻上機構の動作不良ではないかと思われます。
シャッターユニット内が原因のトラブルだったり
LED式の露出計に関するトラブルは
FM2の場合m、当店では修理不可能となります。
中古部品を含めても部品が入手困難なためです。

まだ取り掛かり始めの状態です。
大体の原因は予想できますが
デリケートな部分も多いカメラなので
より慎重に取り掛かっていきます。
シャッターは機械制御ですが
LED露出計は分解時にはちょっとした静電気等で
修理不可能になってしまう場合もあるので
とくにそのあたりは注意して作業を行います。
ハニカムパターンで肉抜きされたチタン羽根は
非常に美しいですがこれも非常に繊細な部分なので
取り扱いには注意が必要です。
分解時にはもちろんですが
通常使用時にも羽根に触れたり
フィルム端を羽根に突っ込むことのないように
より注意が必要なカメラです。

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ニコンFEのカメラ修理

今日は「カレーライスの日」らしいですよ。
1982(昭和57)年のこの日に
学校給食創立35周年を記念して
全国学校栄養士協議会が学校給食試食会を実施し
全国の小中学校の児童約800万人に
カレーライスの給食が出されたことに由来しています。
このとき私は小学6年生…これも食べてるはず…ですが
あまりよく覚えていない…(苦笑)
いや、これより少し前に米飯給食は既にあった気がするのですが…
地域によるのかな…ハヤシライスの記憶が結構残っているのですが…
まぁそれはともかくやはり「カレーライス」は
文句なしに美味しいですよねぇ
今では頻繁に食べることはありませんが
たまに無性に食べたくなるメニューです。
外食でお店で食べても家で簡単に作るレトルトカレーでも
いつも美味しくいただけます。
でもやっぱりカレーショップで食べるカレーがより美味しいかな…
しばらく食べた覚えがありませんが
たまには後片付けの心配の心配もいらず
出てくるのを待っているだけでいいキレイなお店で
ゆっくりカレーを味わいたいですね。

さてさて

今日は「ニコンFE」のカメラ修理を行っています。
1978年発売のカメラです。
適度にコンパクトなボディに
使いやすい機能を搭載した中級機です。
電子制御シャッター機で絞り優先オート露出で使用可能で
マニュアル露出も可能です。
どちらの露出モードでも非常に使いやすく
メータードマニュアルとしても秀逸な
二針式のファインダー表示露出計を内蔵します。
設定絞りも直読でファインダー内表示されます。
電子制御機でありながら
M90(1/90)と「B」はメカニカル制御で電池ナシでも作動します。
長時間露光等で使う際にはバルブが機械制御なのは
非常に重宝します。
多重露光レバーも使いやすく
いろいろな撮影に簡単に対応できるカメラでもあります。

お預かりしている「FE」は
基本的には一通り動作してるのですが
たまにシャッターが切れたあとに
ミラーアップしたままになってしまいます。
電子制御されるSSでのみこの症状が出るなら
電源や電気接点の接触不良等が考えられるのですが
電池を抜いてM90で作動させていていても
それなりの確率で同症状が出るようです。
…となると機械的駆動部分での問題です。
症状の出方を見ているとミラー駆動部に問題があるのではなく
シャッター駆動に何らかの問題があると予想されます。

画像は取り掛かり始めのものですが
ここからミラーボックスを分離して
シャッターユニットを降ろして
修理を行っていきます。
この時代のニコンなので電子制御機とはいえ
整備性は良好です。
…といってもかなりいろいろな部分に気を配りながらの
分解整備が必要となります。
「FE」は当店ではよく扱うカメラですし
見慣れた内部光景ではあるのですが
油断せずに集中して作業に取り掛かっていきます。

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