ミノルタハイマチックのカメラ修理

今日は「エベレスト登頂記念日」だそうですよ。
1953(昭和28)年のこの日に
登山家エドモンド・ヒラリーと
ネパール人シェルパのテンジン・ノルゲイが
世界で初めて世界最高峰のエベレスト
(チョモランマ)の登頂に成功したことに由来しています。
山関連の読み物を読んでいると
ヒラリーさんの名前を聞くことは多いですよね。
登頂を果たしたエベレストにも
山頂付近の標高8790 mにある高さ約12 mの切り立った岩壁には
「ヒラリーステップ」という名が付けられ
南東稜ルートで登頂を目指す登山者にとって
実質的な最後の難所になっていました。
ただ現在は地震の影響で崩壊してなくなってしまっているそうです。
いずれにしてもあまりにも縁のない世界ですが(苦笑)
8000m超のデスゾーンから見る空は
格別でしょうね…現在では画像や動画で見ることもできますが
実際の色や光景はなかなかわからないと思えます。
直線距離だとたった8.8kmなんですけどね。
平地だと気軽に歩ける距離なのに…
高さとなると全く違う話になってしまいます。
ちなみに全く比較にはなりませんが
山にそれなりに行っていたころ
累積標高差が1000mを超えてくる行程だと
ちょっと気合を入れていたことを思い出します…(笑

さてさて

本日は「ミノルタハイマチック」のカメラ修理を行っています。
「ハイマチック」は「7」や「9」あるいは「F」あたりは
比較的修理依頼がコンスタントにあるのですが
今回は1961年発売の初代ハイマチックです。ひさしぶりですね。
ハイマチックの歴史を話すと避けて通れないのが
この初代ハイマチックのOEM製品アンスコオートセットが
マーキュリー・アトラス6号(コールサイン「フレンドシップ7」)に
搭載されて初めて宇宙に飛んだカメラとなったことですね。
「NASAが内外のカメラを集めて検討の結果EEの操作が簡単で
操作性に優れ撮影結果の良好であったため採用された」という説もありますが
単に「飛行士のジョン・グレンの私物」であったという説もあり
定かではありません。
宇宙云々の話はともかくとして大口径ロッコール45mmF2を搭載しつつ
露出はセレン光電池使用の露出計と連動した
プログラムオート露出専用で距離計でピントさえ合わせれば
簡単に撮影ができるということがセールスポイントのカメラでした。
この時代のカメラなのでレンズ固定のレンジファインダー機でも
少し大柄ですがレトロなデザインと
グレーの貼り革がなんともお洒落な雰囲気を出しているカメラです。

お預かりしている「ハイマチック」は
巻上はできてレリーズも押せるものの
シャッターは「カシュッ」と動作音はするのですが
シャッター羽根は全く動かない状況です。
お預かり時にはレンズシャッター機によくある
汚れや油による羽根の貼りつきで固着かな…と思っていたのですが
シャッターユニットをある程度分解してみると
羽根自体の状況はそれほど悪くなく貼りついてもいないのですが
そのシャッター羽根の駆動機構があちこちで固着していて
なかなか手のかかる状況になっていました。
これは…ちょっと時間かかりそうですね…(苦笑)

画像は取り掛かり始めのものです。
よくある指針挟み込み式のオート制御になっています。
シャッターユニットはプログラムシャッターの
シチズンユニEです。
レンズは比較的状態が良く清掃でかなりクリアになりそうです。
今回のメインはシャッターユニット内各部を根気よく
清掃して本来の動きを取り戻すことになりそうです。
焦らず落ち着いて取り掛かっていきます。

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。