月別アーカイブ: 2026年2月

フジカミニのカメラ修理

今日は「建国記念の日」で祝日ですね。
日付は1873(明治6)年に制定され
翌年から実施された「紀元節」(旧祝祭日では四大節の一つ)と同じ日で
「紀元節」の日付は古事記や日本書紀で初代天皇とされる
神武天皇が即位した日に由来しているのだそうです。
この日がはっきりと建国された日というわけではないのですね。
「建国記念日」ではなく「建国記念の日」なのは
建国された日とは関係なく
単に建国されたということを
記念する日であるという考えによるものであるのだそうです。
個人的には2月11日といえば
6年前の2020年に脳梗塞で救急搬送された日です。(苦笑)
多少の後遺症はありますが
なんとか日常生活は送れる状態であることに感謝しかないですね。
しかしながらタイミング的に
(5~6年に一度大きな病気をするサイクルが3回ほど続いている)
そろそろ次の大きな病気がきそうな予感がして
最近は怯えながら生活しています…(汗)

さてさて

本日は「フジカミニ」のカメラ修理を行っています。
1964年発売のカメラです。
フジカのハーフカメラは前年のフジカハーフが主力でしたが
各社ハーフカメラが出揃った後で参入としては後発となりました。
そんな中「フジカミニ」は「女性向き」に開発され
追加されたモデルです。
前板部はキラキラしたシルバーで装飾し
ASA感度設定は4色の人口宝石に指針を合わせて行います。
シャッター速度は1/125固定でピントも固定焦点と
非常にシンプルなカメラです。
巻上部もデザイン優先ですが初見で何も資料がなければ
巻上方法がわかりにくいかもしれません…
絞りのみをコントロールして露出設定を行いますが
鏡胴の絞りレバーに連動してセレン遮光板が
動作するようになっていて
ここを動かすことで先述のASA設定した短い指針に
露出計指針が重なるように露出設定を行います。
フィルムカウンターもそうですが
なかなか操作が独特なカメラです。

お預かりしている「フジカミニ」は
シャッターはそれなりに動作していますが
露出計が全く動きません。
…おそらく…セレンがダメでしょうね。
当店にはセレン受光体の交換用在庫はないので
通常はセレンが起電しない状態の露出計は
修理不能なのですが
今回は特別に交換用セレン(…といってももちろん中古ですが)が
手配できたので修理を行っていきます。

シンプルなカメラなので整備性は良好です。
写真に入れ忘れましたが
セレンは取り出してセレン自体を単体で
起電状況を確認したところ
ほんのわずかしか起電しておらず
露出計を動かすほどの電流は起こせない状態でした。
やはりセレン交換が必要です。
フジカミニは商業的には成功とはいえず
生産期間も非常に短く現存台数もさほど多くはないのですが
この独特のデザインで意外と人気のあるカメラです。
独特の使い方も慣れてしまえば簡単です。
どこにでも気軽に持っていけるカメラとして
なかなか魅力的だと思います。

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。

ニコンFE2のカメラ修理

今日は2/9、語呂合わせで
「服の日」「肉の日」なんてありますね
そして「大福の日」なんてのもあります。
ちょっと良い服を着て
肉をたらふく食べて
デザートに大福をいただく…いいですねぇ…
まぁ、これを欲求のままに続けていると
生活習慣病になりますね…(苦笑)
でもタンパク質はしっかり取りたいので
たまには脂身少なめの
美味しいお肉をたっぷり食べたいですよねぇ…
で、大福は…餡子は精神安定上必要だから
これもたまにはしっかり味わって食べる…と…(笑
お肉はともかくとして
あとでおやつ用にコンビニで大福買ってきます!
(血糖値には気を付けましょう…)

さてさて

本日は「ニコンFE2」のカメラ修理を行っています。
1983年発売のカメラです。
前年に「FM」が「FM2」にモデルチェンジしたことに続いて
姉妹機の「FE」も「FE2」にモデルチェンジされました、
「FM2」同様にハニカムチタン幕シャッターで
1/4000を搭載しますが「FE2」ではさらにシンクロ1/250となり
これはフォーカルプレーンシャッタ機としては
世界初となります。
(FM2当初シンクロ1/200でNewFM2で1/250となります)
使いやすい二針式の露出計表示や絞り優先オートは
従来のFEから引き継いでさらに使いやすく
撮影の幅の広がるカメラとなっています。
生産中止後も一時プレミア価格で取引されていましたが
現在も当時ほどではなくても
なかなかの人気でまたじわじわと相場が上がっているそうです。

お預かりしている「FE2」はかなり長い間
使われずにしまい込まれていたカメラだと思われます。
電池はずいぶん昔のモノが入ったままとなっていて
電池室の蓋側はかなり腐食してしまっています。
底部側端子は一見キレイですがおそらく裏側の配線には
ダメージがあるものと思われます。
電池室蓋をとりあえず当店所有のキレイなFE2のものに変えて
新しい電池を入れてみても電源は入りません。
加えて電池がなくても作動するはずの「M250」や「B」も
レリーズしてもミラーアップするだけでシャッターが動きません。
シャッター駆動部の固着かと思われます。
電気的にも機械的にも問題があって動かない状態です。

まだ取り掛かったばかりの状態です。
これから分解を進んて電池室からの配線交換
シャッターユニットの整備等を行っていきます。
その上で各部の調整を行い精度を出していきます。
この年代の電子制御機としては
整備性は非常に良好です。
機械的な基本構造は従来のFEとさほど変わりません。
ただハニカム加工のシャッター羽根は
非常に繊細で取り扱いにはかなり神経を使います。
集中してしっかり慎重に整備を行っていきます。

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。

ミノルタオートコードのカメラ修理

今日は「郵便マークの日」だそうですよ。
1887(明治20)年のこの日に
「郵便マーク(〒)」が決定したことの由来しています。
逓信省(現:総務省・日本郵政)が
逓信の「てい」にちなんで甲乙丙丁の「丁」と決定し
2月8日に告知しました。
しかし、世界共通の料金不足マークである「T」と
紛らわしいことが分かり、「丁」ではなく
カタカナの「テ」を図案化した「〒」とすることが
2月19日付けの官報で発表されたのだそうです。
「郵便マーク」と呼んでいますが、
正確には日本工業規格(JIS)において
「〒」は「郵便記号」と呼称されていて
「郵便マーク」は「〠」(顔郵便マーク)を指すのだそうです。
郵便番号の前に当たり前のように「〒」を書きますが
由来まではなかなか知らないですよねぇ…

さてさて

本日は「ミノルタオートコード」のカメラ修理を行っています。
国産最高峰といってよい二眼レフかと思います。
ミノルタはもともとほぼ国産初の二眼レフを作ったメーカーで
(1937年発売ミノルタフレックス)
それからモデルチェンジやモデル追加を重ね
独自の機能や工夫を盛り込みつつ
非常に使いやすく写りの良いカメラへと進化していきます。
その完成形といえるのが1955年に発売された
「オートコード」です。
今回はそのオートコードの中でも最終となる
1965年発売の「オートコードⅢ」となります。
220フィルムに対応できるようになりました。
そしてレンズが新ガラスを採用した
俗称「ニューロッコール」になっています。
基本的な機能構造はこれまでの「オートコード」と共通です。
クランク式の巻上、セルフコッキング
フィルム装填はセミオートマットで
平面性を高めるために通常とは逆の「上から下」に巻き上げます。
シャッターはシチズンMVLでB・1s~1/500までカバーします。
そして設定絞り・SSはテイクレンズ上の窓に
集中表示されます。

お預かりしている「オートコード」は
シャッターはほぼ問題なく動作しているのですが
一見キレイなレンズには後玉群の最前に
かなり大きなカビが生えてしまっています。
そしてファインダー上で無限遠の位置がおかしいようで
レバーを無限遠位置にセットすると明らかな
オーバーインフとなってしまっています。
フィルム面のピントを確認すると
間違いなく合っているので
ファインダーミラーの角度がおかしいか
スクリーンの位置がレンズに近すぎるものと思われます。

まだ現状を一通り確認しただけの状態です。
これから本格的に分解整備に取り掛かっていきます。
相変わらず見た目の質感も高いですね。
オートコードはある生産時期からは
フィルム室にモルトも使われています。
やはり今回もモルトは全滅です。
基本的には丈夫なカメラですが
動きが悪くなることによって巻上周りのトラブルが
起きやすい事案も過去に多々ありましたので
そのあたりの整備も含めて
入念に整備を行っていきます。

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。

キヤノンAE-1のカメラ修理

今日は「煮卵の日」らしいですよ。
「に(2)たまご(5)」(煮たまご)と読む
語呂合わせからだそうです。
美味しいですよねぇ…半熟だとなお絶品ですね。
たまに外出したついでに
家系ラーメン食べに行くのですが
煮卵トッピングは必須ですね。
ラーメン以外でもおでんに入っている煮卵も最高です。
煮卵に限らず鶏卵はよく食べるようにしています。
ほぼ毎朝卵かけご飯ですし…(笑
鶏卵の栄養価は非常に高く
白身と黄身の双方に動物性タンパク質が含まれます。
白身はタンパク質のみですが
黄身には動物性タンパク質と動物性脂肪が含まれ
その中にビタミンCを除く12種類のビタミンと
12種類のミネラルを含んでいます。
さらに強力な抗酸化作用もあるそうです。
だから夜に小腹がすいた時もゆで卵を作って食べています。
余談ですが沸騰してから湯に投入して中火で
7分くらいでいい半熟具合になるような気がします。

さてさて

本日は「キヤノンAE-1」のカメラ修理を行っています。
先日も「AE-1」の修理を紹介しましたが
やはりコンスタントに依頼の多いカメラです。
決して壊れやすいからではなく
それだけ当時爆発的に売れて
現存台数が多いからだと思われます。
電子制御機としてはトラブルの少ないカメラで
シャッター鳴き等の持病はあるものの
(これはAE-1をベースとするAシリーズ全機種ですが)
メンテナンス次第で長く使えるカメラだと思います。

お預かりしている「AE-1」はシャッター鳴きもなく
シャッター自体は快調に動作しています。
ただ開閉式の電池室の蓋が割れていて
蓋が閉まりません。
当店にやってきたときには養生テープを上から貼って
閉められていた状態でした。
ここの蓋は樹脂製で個体によっては劣化で割れるのですよね…
特にロック部分の爪が良く割れます。
そんなに脆い樹脂ではないのですが
さすがに登場から50年ですからしかたないですね。
交換しか手段がありませんが手に入るのも
同じような年月を経過した中古部品です。
ただまだ状態の比較的良いものが手に入るので
交換しておけばそれなりの期間、問題ないとは思われます。

蓋の爪の先端だけなら表からも交換可能なのですが
今回は蓋自体も真っ二つに割れているので
いずれにしても前板の裏からアクセスして蓋交換です。
先述した通りシャッターには大きな問題はなさそうでなのですが
露出計及びオート制御には問題があって
3段以上オーバー表示となってしまっています。
ネガでもさすがに少し明るすぎますね。
ボディ側の絞りオート制御駆動部の動きも悪いのですが
SPD(受光体)の表面が真っ白に白化していて
これも原因と考えられます。
そのあたりの対処も行いつつ
全体的な整備調整を行っていきます。

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。

ミノルタSR505のカメラ修理

今日は「交番設置記念日」らしいですよ。
1881(明治14)年のこの日に
1つの警察署の管内に7つの「交番」を
設置することが定められたことが由来となっています。
当初は建物はなく、街中の交差点などに
警察署から警察官が出向いていたそうですが
1881年より常設の建物を建てて
警官が常駐する現在のような制度になったそうです。
1888(明治21)年10月に全国で「派出所」(警察官の詰め所)、
「駐在所」(外勤警察官が居住する施設)という名称に統一されましたが
「交番」という呼び名が定着し
国際的にも通用する言葉になっているということから
1994(平成6)年11月1日に「交番」(KOBAN)を
正式名称とすることになりました。
「交番」が正式名称になったのは割と近年なんですね…
頻繁にお世話になるようなものではありませんが
私の毎晩のウォーキングコースに交番が3か所あるのですが
近所に交番があるとやはり安心度は高いですよね。
実際には落とし物したときくらいしか
行くことはないのですが…いつもありがとうございます。

さてさて

本日は「ミノルタSR505」のカメラ修理を行っています。
1975年発売のカメラです。
ミノルタの機械制御シャッター一眼レフとしては
最後のモデルになるカメラです。
「SR505」登場時には既に次世代となる
「Xシリーズ」の「X-1」「XE」が発売されていました。
「SR505」は「SR-Tスーパー」の後継にあたり
SR-T101の後継となる「SR101」と同時に発売されました。
どちらのモデルも基本構造は「SR-T101」がベースとなっていて
違いは絞り値がファインダー内で直読できるか否かと
フィルムシグナルの有無等々細かな機能差です。
外観もペンタプリズム周りが多少異なります。
基本的なスペックや構造は長年生産し続けている
「SR-T系」なので信頼性も高く非常に使いやすいカメラです。
当時のミノルタお得意の「CLC」
(コントラスト・ライト・コンペンセーター)
上下分割測光が搭載されています。

お預かりしている「SR505」は
これも随分長い間、使われずにしまい込まれていたものと思われます。
電池室には当時の水銀電池(MR9)が入ったままになっていて
周辺の腐食が心配されましたが大きなダメージはなさそうです。
ただし、おそらくSW部の接触不良かと思われますが
露出計にしてもバッテリーチェックにしても
指針が踊っているような状態で全く安定しません。
シャッターの丈夫さにも定評のあるカメラで
今回もなんとかシャッターは切れますが
幕走行も不安定で後幕がキレイに最後まで走り切らず
頻繁にミラーアップしたままになってしまいます。
ファインダーは接眼レンズ、プリズム、コンデンサレンズそれそれに
かなりのカビが生えてしまっていて全体的にもやがかかったように
曇ってしまっています。装着されていたレンズも同様です。
もちろんモルトは全滅です。
何かが破損しているわけではありませんが
とても本来の動きができる状態ではありません。
内外装ともに徹底的に清掃を行い
古い油脂類やカビを除去し
本来の動きを取り戻した上で調整が必要な状態です。

「SR-T系」お馴染みの連動糸が目立つ構造ですが
手順がわかっていればそれほど面倒なものでもありません。
基本的に整備性は非常に良く
分解整備を行うことを考えられた構造になっています。
SR505単体でみるとそれほど依頼数の多いカメラではありませんが
「SR-T系」でまとめるとかなり頻繁に整備を行っているので
内部も見慣れた光景です。
とはいえ古いカメラのコンディションは千差万別なので
油断せずに落ち着いて作業を行っていきます。

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。

キヤノンAE-1のカメラ修理

今日は「テレビ放送記念日」だそうですよ。
1953(昭和28)年のこの日に
NHK東京放送局が日本初の
テレビ本放送を行ったことに由来しています。
ちなみに当時、1日の放送時間は4時間。
当時の受信契約数はわずか866件。
大卒の初任給が約8000円の時代に
受信料は月200円だったそうです。
また、国産の14インチ型の白黒テレビは17万5000円もしました。
テレビは庶民にとって高根の花だったのですね。
とはいえ…まだ100年も経っていません。
このころから70年代初頭の
「高度成長期」は本当にめまぐるしく世の中が
変わっていったのだろうなぁ…と感じます。
私もこの時代に少しかぶっているのですよねぇ
記憶のある頃には既に家にテレビはありましたが
4歳くらいまでは白黒テレビでした
(さすがによく覚えてません(笑))

さてさて

本日は「キヤノンAE-1」のカメラ修理を行っています。
1976年発売のカメラです。
まさにその名の通り「AE時代」の幕開けとなったカメラです。
ただ「AE-1」の「AE」は「Auto Exposure(自動露出」の
略ではなく「Total Automatic System by Electronic SLR Camera」の
頭文字からだそうです。
いずれにしても電子技術による自動化ということですね。
電卓やコピー機で培ったキヤノン別部門の技術も
最大限に活かされて開発が行われており
「キヤノンAシリーズ」の一号機でもあります。
キヤノンはこのカメラで一眼レフ市場を短期間に
一気に普及、拡大させる目的があったわけですが
徹底的な生産効率化の甲斐もあって
思惑通り大ヒットモデルとなります。
機能性、低価格化もさることながら
取り回しのよい使いやすいカメラでもあり
これがあれば一通りの撮影はこなせる上に
アクセサリー群や豊富で写りの良いFDレンズ群も揃っていて
非常に夢の広がるカメラだったと思います。

お預かりしている「AE-1」は
かなり長い間しまい込まれたまま眠っていたものと思われます。
外装の汚れやスレもそれなりにあり
使われていた時代にはかなり大活躍したものと予想されます。
電池も入れたままで長期間放置していたものと思われ
端子は腐食してマイナス側の端子は引っ込んだまま固着しています。
それでも何とか電源は入り
バッテリーチェックは作動し露出計もとりあえず動くのですが
肝心のシャッターがうんともすんとも動きません。
マグネットの問題なのか電気回路的な問題なのか
分解して詳しくチェックしてみないとわかりません。

まだ何とも言いきれませんが
単純なマグネットの固着とかではなさそうですね。
これはなかなか苦労しそうな予感がします。
ただAE-1自体はこの類の電子制御機としては
整備性は良好なのでいろいろ確認しながら
修理整備を行っていきます。
なんとかなるとは思いますが
まずは普通にシャッターが切れる状態になるように
取り掛かっていき
その次の段階で動きや各精度を調整していきます。

↓ をクリックすると「東京フィルムカメラ修理工房」のホームに戻ります。