オリンパスOM-1のカメラ修理

今日は二十四節気でいうところの「大寒」ですね。
「大寒」の一つ前が「小寒」、
「大寒」の次は「立春」で
「小寒」(1月5日頃)から「立春」(2月4日頃)の
前日(節分)までの約30日間を
「寒(かん)」や「寒中」「寒の内」と呼び
「大寒」はその真ん中にあたり一年で最も寒い時期であると言われます。
確かに今日も天気は良いですが空気は非常に冷たいです。
私もお店の中でエアコン全開でオイルヒーターを抱え込んでます(笑
「大寒」にちなんで今日は「血栓予防の日」でもあるらしいですよ
寒いと血管が縮こまって血圧も上がり詰まりやすいですからねぇ
私が2年前に脳梗塞になったのはもう少し後の2月11日でした
20日を「2(ツ)0(マル)」(詰まる)と読む
語呂合わせにも由来するのだそうです…
何だかイヤな語呂合わせですねぇ(笑
まぁとにかく無駄に身体を冷やすことは極力避けています
今日もひたすら暖かくして乗り切りますよー

さてさて

寒い時期ってのは
カメラも動きが悪くなりやすい時期なのですよねぇ
電子制御カメラだと電気的に電池の電圧が落ちやすいってのもありますが
機械式もある程度以上、機械が冷えてくると
潤滑不足になりやすいってのもありますね
油切れ気味の個体だとなおさらです。
寒くなるとミラーアップしたまま固着してしまうことが
多くなる…なんていう話もよく聞きます。
それよりもこの季節は寒暖差や温度差で
レンズやカメラが結露するほうが心配ですね
特にこの時期に星景撮影で長時間露光とかされる方は
結露対策を万全に行う必要があります。
まぁそういう撮影をされる方は当然よくご存じだとは思いますが…

話が逸れました…
本日は「オリンパスOM-1」のカメラ修理を行っています。
今年もやはりOM-1の依頼は安定して多そうです。
年明けて既に2台目ですね。
お預かりしているOM-1はいわゆる中期モデルで
モータードライブ対応となったタイプです。
底板部にモータードライブのリンク機構があり
初期のMD対応モデルには上カバー前面に
「MD」のシールが貼られているものもあります。
今回のOM-1もかなり長い間仕舞い込まれていて
使われていないものと思われます。
フィルム室のモルトは劣化で既に完全になくなっていて
シャッターも動きも良くありません。
巻上やSSリングの動きも妙に重さがあり
あちこちに長年の汚れがたまっているものと思われます。
心配されるプリズムは思ったよりは軽度な腐食です。
それほど撮影に影響があるレベルではありませんが
それでも今回せっかく分解整備を行うわけなので
プリズムは交換で対処いたします。
上カバーを開けてわかったのですが
プリズム周りのモルトはキレイに取り除かれていて
腐食対策が行われています。
腐食が少し始まったところで対策を行ったものと思われます。
だからこれだけの軽微な腐食で止まっているわけですね。
露出計は一応動作していますが
電池室からの配線はあまり状態がよろしくないので
交換でトラブルを未然に防ぐ方向で対処します。
接触不良の多いSW部の清掃も念入りに行います。

上カバーには純正のアクセサリーシューが
装着されていたのですが
シュー取り付け部内側のゴム部分が劣化していて
上カバー表面の塗装にもかなりダメージが出ています。
シューが長い間、装着したままの個体によくみられる状態です。
これもできる限り磨いてキレイにしていきますが
若干の錆び跡はどうにも残るかと思われます。
アクセサリーシューを付けている方は
たまには外してシューの状態をチェックすることをお勧めします。
まだ上カバーを外しただけの状態です。
これから本格的に分解整備に取り掛かります。

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ペンタックスSPのカメラ修理

今日は「のど自慢の日」らしいですよ。
1946(昭和21)のこの日に
NHKラジオの「のど自慢素人音楽会」が始まったことを記念して
日本放送協会(NHK)が制定しています。
後のテレビで放送する「NHKのど自慢」ですね。
この番組今でもやってるのですね!ちょっとびっくりです。
私が子供の頃、じいさんばあさんが毎週見ていたなぁ
あの鐘の音がいまだに耳に残っています(笑
放送当初は鐘もなく、
司会者が口頭で合格者に「合格です」、
不合格者には「けっこうです」と告げていたのだそうです。
それもまたシュールですねぇ…
今日はその「のど自慢の日」に関連して
「カラオケの日」なのだそうです。
実は年末に2年半ぶりにカラオケいったのですよ!
頭いかれてからしばらくは嚥下障害に関連して
実は大きな声が出し辛いとかいう症状もあったので
かなり不安だったのですが
以前と同じ…とまではいきませんが
それなりに気持ちよく歌えたので大満足でした!
またひとりカラオケも行くかな…
やっぱりたまには気兼ねなく思い切り歌うのは
ストレス発散になりますものねぇ

さてさて

今日はペンタックスSPのカメラ修理を行っています。
SPも毎月コンスタントに整備依頼のあるカメラですね。
ユニバーサルマウントであるM42マウントのカメラで
もちろんペンタックスタクマーレンズの写りも良いですが
個性的(?)な写りをする世界中のM42マウントの
レンズを使えるのも魅力です。
それもあってだと思いますが
SPは今でも非常に人気の高いカメラです。
今以上に当時は人気のカメラで
その頃はM42マウントだから…というよりは
露出計内蔵で使いやすく信頼度も高く
そして比較的お求めやすい価格帯だったからということもあり
爆発的に売れたカメラです。
そのため現在でも数多くの個体を見かけることが多いですが
台数も多いため中古カメラとしては程度も千差万別で
未整備で何らかの不調を抱えている個体は
ジャンク扱いになっているものも多いと思われます。
しかしながら元々は非常に優れたカメラです。
発売から50年以上経過するカメラのため
さすがに経年劣化が進んでいるものもありますが
きっちり手を入れてやれば
今でも十分に使えるものが多いとも思われます。
SP以前のペンタックスM42マウント機となると
シャッター幕が経年劣化でダメだったりするものも多いですが
SPはそんなことも少ないかと思います。
それにやはりSP以前のモデルに比べると
露出計内蔵でちゃんと自動絞りでカウンターも自動復帰の
SPは普通に使いやすいカメラだと思います。
絞り込み測光だけは少々慣れが必要ですが
これはユニバーサルマントであるM42マウントの
多彩なレンズを使いこなすためだと思えば
それほど負担にはならないと思います。

お預かりのSPもずいぶん長い間
使われずに仕舞い込まれていた個体かと思われます。
まずプリズムはSPお決まりの横方向への黒い帯が
ファインダー内ではっきり確認でき
プリズム腐食が進んでいることが一目瞭然です。
これはもうプリズム交換するしかないと思われます。
シャッターはやはりう幕軸の汚れ等の影響で
動きが非常に悪く後幕が最後までキレイに走り切りません。
で、当然のようにミラーアップしてしまいます。
高速シャッターは開き切っておらず
スローだと確実にミラーアップしてしまいます。
露出計も全く動いておらず
電池室周りに緑青が確認できることから
配線や接点等に接触不良が起きているものと推測されます。
巻上も油切れ気味でスムーズさに欠ける状態です。
要は動くところ全てきっちり整備が必要な状態という感じです。
それでも致命的な問題や破損を抱えているわけではなく
キチンと整備してやれば快適に使えるようになりそうです。

まだ分解途中ですが
これからミラーボックスも分離していきます。
そしてまずは幕軸や巻上周りの整備を行い
ミラー駆動部の整備を行っていきます。
並行して電池室からの配線も交換していきます。
幸い緑青はSW部や基板までは広がってない模様です。
それほど非常に高い工作精度!という造りではありませんが
(新品当時の価格を考えるとそれでも十分立派なですが)
シンプルでしっかり大事なところは抑えてあるという印象です。
非常に良く考えられた整備性の良い造りだと思います。
だからこそ50年以上たった現在でも
キチンと使える状態になるのですよねぇ
メーカーやモデルによっては例え大きな破損がなくても
構造上どうにもならないものもありますから…
話が逸れました…しっかり修理も行ってキチンと調整し
ご依頼者様に気持ちよく使っていただける状態に
これから整備していきます。

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ミノルタSR101のカメラ修理

今日は「おむすびの日」だそうですよ。
1995(平成7)年1月17日に発生した
阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)で
被災地に「おむすび」が届けられた
温かい心の象徴として記念日としたのだそうです。
ごはんの「おむすび」だけでなく
人と人との心を結ぶ「おむすび」の日なのだそうです。
もう27年なのですねぇ…当時、私は25歳で
広島の某輸入車ディラーでクルマ売ってた頃ですねぇ
広島でもそれなりに揺れたらしいのですが
私、目が覚めなかったのですよねぇ…
で、起きてテレビ見て「いったい何が起きてるんだ???」って
びっくりした覚えが…
震災についてが今日はあちこちで語られるでしょうから
ここではあえて話しませんが
おむすびの好みは昔とだいぶ変わってきましたね…
もう凝った具は必要なくなってしまい
あまり味の濃すぎるものを入れられても受け付けないので
シンプルにおかかかこんぶか梅干しかな
炊き立てご飯だったら海苔も巻かない塩むずびでもいいですねぇ
1日4食~5食は食べてた高校生くらいの頃には
夜中に必ずお腹がすくから
食卓の隅にかならずおむすびが2個くらい夜食用に準備してあったなぁ
今考えると本当にばあさんに感謝だな…
あの頃は寝る前にお腹いっぱいになっても
何も問題なかったでのすよねぇ
あぁ、時間と老いのなんと残酷なことか…(笑
それはともかく、たまには熱々炊き立てのご飯を
自分の手でおむすび握らないと…これが美味いのですよねぇ

さてさて

本日は「ミノルタSR101」のカメラ修理を行っています。
少々ややこしいのですが
1975年夏に今回の「SR101」と「SR505」が同時に発売されています。
「SR505」は「SR-Tスーパー」の後継モデルで
「SR101」は「SR-Tスーパー」発売後も併売されていた
「SR-T101」の後継機種に当たります。
「SR505」と「SRT101」の違いは
そのまま前モデル「SR-Tスーパー」と「SR-T101」の違いであり
ファインダー内絞り値表示機構の有無
それに伴うペンタ部外観のデザインの違い、
ファインダースクリーンが
スプリットかマイクロプリズムかの違いくらいなのです。
いや、まだあるかSR505はフィルムインジケーターが追加になっていますね。
「SR101」はこのタイミングで
アクセサリーシューも「505」や「スーパー」と同様に接点付きとなりました。
そして「SR505」、「SR101」両社とも
前年に発売された「XE」同様のメモホルダーが裏蓋に装備されています。
既に1973年に「X-1」、74年に「XE」が発売され
ミノルタとしてはSRシリーズからXシリーズに移行する最中で
この「SR101」と「SR505」が
「SRシリーズ」すなわちミノルタの機械制御シャッター一眼レフ機としては
最後のモデルになってしまいました。
基本的な構造は偉大なロングセラー機「SR-T101」を受け継いでいることは
「SR505」も「スーパー」とも同様です。
「SR505」と「SR101」は熟成の域に達した
「SRシリーズの集大成」と言ってよいと思います。

そんな節目のモデルである「SR101」ですが
お預かりしている個体はこれまたかなり長い間使われずに
仕舞い込まれていたものと思われます。
外装のコンディションから判断するに
昔は相当な頻度で使い込まれた個体かと思われます。
さすばがにその後、未整備で何十年か仕舞い込まれると
いろいろな部分に不具合は出てきており
まずはシャッターがまともに切れません。
一応、動作するのですが後幕が最後までキレイに走り切らず
ミラーをダウンさせることもできないようです。
フィルム室から観察してもあきらかに最後まで
シャッター幕が走り切ってないことが確認できます。
長年溜まってきた汚れや古い油が変質して
幕軸の動きを妨げているようです。
さらに露出計は露出計としてもバッテリーチェックとしても
非常に動きが不安定が指針が上に行ったり下に行ったり
全くい落ち着かない状況です。
SW類の接触不良かと思われます。
ファインダーにもかなり汚れやクモリがあり
付属するMCロッコールPF50mmF1.7もカビだらけです。
とにかく全体の洗浄・清掃と整備調整が必要な状態です。

使い込まれて一部地金が出ているブラックボディは
歴戦の勇士といった感じでなんともはやカッコ良いですね
ただ汚れて可哀そうな部分もあるので
外装もできる限り磨き上げます。
基本的には「SR-T101」と同様なので
連動糸にとにかく注意しながら分解を進めていきます。
全盛期と同様に活躍できるように
しっかり整備してきたいと思います。

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キヤノンFTbのカメラ修理

今日は「囲炉裏の日」だそうですよ。
「い(1)い(1)ろ(6)」(いい炉)と読む
語呂合わせが由来となっています。
囲炉裏がある古民家なんていいですねぇ~
暖房にもなり調理にも使い
他にも乾燥や照明の機能も兼ねています。
一時期、そういう古民家に憧れて
いろいろ調べたこともあったのですが
まぁ、実際は維持・管理が大変みたいです。
囲炉裏が機能する家ということは
密閉性はかなりなく(密閉性高いと一酸化炭素中毒の恐れもある)
隙間風等々かなり冬場は大変なようです。
夏は夏で虫は入り放題でしょうし…
それでももし住むとしたら
体力のある若いうちでないと厳しいかと思います。
まぁ人生50年の頃の文化ですものねぇ…
でもたまに味わうくらいなら
古民家カフェとか囲炉裏のあるお店とか宿とか
今はいろいろあるようなので
そういうので楽しむくらいがいいのでしょうね
田舎暮らしとかレトロ気分を味わうのは
たまにくらいでちょうどよくて
普段の暮らしはやはり便利の良い都会が良いと思います
徒歩圏内にコンビニ・スーパー・病院がないと
やはり困ります!
特に歳とってくると。。。(苦笑)

さてさて

今日は「キヤノンFTb」のカメラ修理を行っています。
いわゆるキヤノンFシリーズの主力機種ですね。
Fシリーズは1964年発売の「FX」から始まり
シャッター・巻上等の主要部分の構造は
この「FX」が基本となっています。
しかしながら1971年にキヤノン初のプロ向け一眼レフ
「F-1」が発売されると同時に
レンズもFDレンズに一新され「開放測光」に対応できるようになりました。
同年に「F-1」開発で培った技術も受け継いだ
「FTb」が誕生します。
中級機としては初の開放測光対応機種になります。
「F-1」はやはりプロ向けということもあり
各部品の堅牢性や耐久性にはかなり気を配ってあるカメラですが
基本的な構造自体は意外とそれまでの「Fシリーズ」と
同様な部分がたくさんあります。
「FTb」はもちろん「FT」の後継機種ですから
開放測光対応や露出計周り以外の部分は基本的には
FTの構造を受け継いでいます。
それほど大きな変更が必要ないほどベースとなる「FX」の
設計が優れていたとも言えると思います。

お預かりしている「FTb」は
おそらくかなり長い間、
使われずに仕舞い込まれていたものかと思われます。
スローガバナは粘り気味でSS1秒だと
たまに完全に固まってしまいシャッターが開いたままになってしまいます。
スローだけではなく幕軸や調速カム周りの動きも
よくないようで高速シャッターでも
切るたびに大きく精度が変化する状態です。
「Fシリーズ」でシャッター不調の個体にありがちな
シャッター音にやけに高い音の異音が混じり
「ギャイン」といった感じでたまに動作するなんて症状もでています。
もちろんこの音が出た時のシャッターの精度は全く出ていません。
加えてSW部の接触不良だと思われますが
新しい電池を入れても露出計が全く動きません。
ただ、電池室や電池室周りに酷い緑青はないようなので
SW接点部の汚れ等が原因ではないかと思われます。
FTbも他の「Fシリーズ」同様にプリズム腐食が
多いカメラですが今回は大丈夫なようです。
それでもそのプリズム腐食の原因となる
プリズム留め具裏面のモルトは加水分解で酷い状態だったので
もう少しプリズムカバーがズレていたりすると
間違いなくプリズムは腐食していたと思われます。

画像はまだ上カバーを開けただけの状態ですが
これからさらに分解を進めて
シャッター幕軸、スローガバナ、巻上機構、ミラー駆動部あたりの
整備から取り掛かっていきます。
ちなみに今回のFTbはいわゆるFTb-Nと言われる
後期モデルでファインダー内にSS表示機能が追加されています。
さらにセルフタイマーレバーとその周りのデザインも一新されています。
巻上レバーやレリーズボタンのデザインも変更されています。
より使いやすく進化したFTbと言えると思います。

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ミノルタレポSのカメラ修理

今日は1月15日「小正月」ですね。
かつて「元服の儀」を「小正月」に行っていたことから
1月15日は「成人の日」になったわけですが…
未だに1月15日というと「成人の日」というイメージが抜けませんね。
それに加えて今日は「ウィキペディアの日」なのですね。
2001(平成13)年のこの日に
インターネットの百科事典サイト「ウィキペディア」(英語版)が
公開されたのだそうです。
いつからか「ウィキペディア」はネットで調べものする時には
欠かせないツールになってしまいました。
このブログを書く時だってwikiでいろいろ調べますし
趣味で古いレコードやらカメラやらの調べものするときにも
wikiで調べますし…wikiを開かない日はないほどです。
wikiの情報が100%正しいわけではないのはわかってはいますが
それでもかなりの部分で山王になる事柄が多いです。
これだけ使っているのだから
少しは寄付しないといけないのだろうなぁ(苦笑)
…といいながら…今日修理を行っているレポの詳細も
wikiで下調べしています(笑)

さてさて

今日は「ミノルタレポS」のカメラ修理を行っています。
レポシリーズはミノルタのハーフカメラのシリーズです。
ただミノルタのハーフ判カメラへの参入は遅く
1963年のレポと
その高級機版の「レポS」を翌1964年に発売するにとどまりました。
通常の35mm判より小さいフォーマットは
ミノルタとしては16mmフィルムの「ミノルタ16シリーズ」に
かなり力を入れていてそれがかなりのロングセラーになっていたので
競合する可能性のあるハーフ判には
あまえり力を入れられなかったのでしょうね。
先に出た「レポ」がプログラムシャッターで
巻き毛はハーフ判に多いダイヤル式、レンズは30mmF2.8だったのに対し
レポSは通常のマニュアル露出設定が可能で
巻上もレバー式、レンズは32mmF1.8の大口径と
明らかにデラックスな使用となっています。
外装のデザインは同時期に発売されていたミノルチナに近いもので
なかなか洗練されたカッコいいデザインです。
大口径レンズを採用したこともあり
ハーフ判カメラとしては少々大柄ですが
それでも十分コンポクトですし
使い心地も非常に優れたカメラです。
販売台数的にはやはりそれほど振るわなかったのか
特に「レポS」は意外と見かけることの少ない
少々レアなカメラになってしまっています。

お預かりしている「レポS」はやはりかなり長い間
使われずに仕舞い込まれていたようです。
外装にもそれなりに汚れが目立ち
ファインダー、レンズにはカビがかなり発生しています。
巻上はできてレリーズも押せるのですが
シャッター羽根は全く動きません。
おそらく積年の汚れや油滲みにより
羽根が貼り付き固着してしまっているようです。
それ以上にやはり心配されるのはセレン光電池の状態ですが
多少の劣化はあるもののそれなりに起電はしているようです。
これであれば調整で何とか普通に使えるレベルにはできそうです。

シャッター羽根、絞り羽根は油滲みですが
それ以外の駆動部分は逆に油切れです。
羽根は取り外して洗浄、他の駆動部分も徹底的に清掃して
必要最小限の注油を行います。
見た目よりは内部の状態は悪くないようです。
しっかり整備すれば快適に使えるようになりそうです。

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ニコンFEのカメラ修理

今日は1月14日、「左義長(さぎちょう)」ですね。
「小正月」に行われる火祭りの行事で
路傍の神「道祖神」の祭りとされる地域が多いのだそうです。
わかりやすく言うと「どんど焼き・どんと祭」ですね
門松や注連飾りによって出迎えた年神(歳神)様を
それらを焼くことによって炎と共に見送る意味があるとされています。
その火で焼いた餅や三色団子などを食べ
注連飾りなどの灰を持ち帰り自宅の周囲にまくと
その年の病を除くと言われています
また、書き初めを焼いた時に
炎が高く上がると字が上達すると言われているのだそうです。
私の生まれ育った地域では残念ながら
「どんど焼き」の風習はなかったのですが
少し山側の地域になるとその風習があり
親戚の住んでいる地域で子供の頃に参加させてもらったことがあります。
結構、大きな炎があがるので子供心にインパクトあったなぁ

さてさて

本日は「ニコンFE」のカメラ修理を行っています。
「FE」も非常に修理・整備依頼の多いカメラです。
電子制御機ということもあり
修理を行う業者も少々少ないといおうのもあるでしょうが
当店では兄弟機で機械制御の「FM」よりも
圧倒的に多い台数の依頼があります。
確かに電子制御機ですが
他メーカーの同時期の電子制御機や
同じニコンでももっと古いニコマートELシリーズあたりに比べると
整備性は全然良いですし
電子部品のトラブルもかなり少ないと思います。
市場では機械式のFMのほうが人気は高く
その理由が「機械式だから修理が可能」という部分も大きいと思われます。
確かにシャッター制御部分の電子回路トラブルは
起きてしまうと修理不能のかのうせいが高いですが
そもそもFEではそんなに本土の高いトラブルとは思えません
逆にFMで採用されているLED式露出計の方が
トラブルの可能性は高いですし、
トラブルが起こると修理不能の可能性が高いと思われます。
…というわけでトラブルに関して言えばどっちもどっちですね
直せる場合もあれば直せない場合もあります。

FEの露出計も指針式で比較的メンテが容易とはいえ
露出計とセットになっている管制部のトラブルが比較的多く
(内部破損や内部断線)
これが出ると管制部ごと中古良品と交換することになります。
今回のFEもこれが原因で
いくつかおかしな動きが確認されています。

・露出計は基本的に大アンダー(4段以上)
・SS精度が全く狂っている上に
1/1000ー1/250は何とか作動するものの
1/125以上では全てのSSで開きっぱなし
(オートでも1/125以上で切れる場面だと開きっぱなし)

最初は巻き戻しクランク下の
FRE抵抗体の割れか破損かと思って確認したのですが
どうやらそちらは大丈夫のようで
怪しいのは明らかに管制部といった状況です。

まずは原因をある程度はっきりさせておいて
他部分の整備に入りたいので
まずは管制部を先に外して
手持ちのストックで正常動作確認済みの管制部と交換してみます。
仮取付で簡単に動きをチェックしたところ
細かい精度はともかくとして
症状は改善されるようです。やはりこれが原因ですね。
最大の懸念事項はクリアとなりましたが
それ以外にも今回のFEはかなり長年放置されていた個体らしく
各部にカビや汚れ、そして油切れによる動作不良が多発しています。
もう一度、管制部は取り外しておいて
分解を進め、まずはシャッターユニット、巻上機構部、
ミラー駆動部等々の整備・調整を先に行い
それから再組立てしながら電気的な調整も行っていきます。
おそらく数十年ぶりの復活になるのではと思われますが
以前と同じように快適に動作するようにできそうです。

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リコーオートハーフSのカメラ修理

今日、1月13日は「ピース記念日」です。
ここでいうピースは高級たばこ「ピース」(Peace)のことで
1946(昭和21)年のこの日に「ピース」が売り出されたことが
由来となった記念日です。
「たばこの日」とも呼ばれていることもあるようです。
値段は10本入り7円で日曜・祝日に1人1箱で限定して販売されましたが
東京・有楽町駅売店では
販売と同時に1時間で1000箱が売り切れたといわれています。
うちのじいさんが私が記憶にある頃は袋入りのロングピースだったけど
私が生まれる前は缶入りのピース(いわゆる缶ピー)を吸っていたらしく
家の中のあらゆるところでピースの空き缶が
小物入れや鉛筆立てになっていたなぁ(笑
私もタバコを止めてからそれなりになるので
最近びっくりしたのですが今、たばこってめっちゃ高いのですねぇ…
私が吸い始めた頃は例えばマイセンやセッターで220円
ハイライトで200円、ラッキーやラーク、マルボロなんかの洋モクで
250円なんて感じでしたが…(しかし、この頃のことは忘れないなぁ)
今やメビウス(マイセンの後継)で580円???
私が最後に吸っていたマルメンなんて600円???
うっはーーーーーやめててよかった…(苦笑)
でもいまだにたまに妙に吸いたくなることがあるのですねぇ…
まぁ、もう吸うことはないでしょうが…
(頭やっちゃってるし…また血管詰まっちゃうよ(汗))
吸い始めた頃は本当にカッコつけてただけだし
別に吸わなくっても平気だったんですよねぇ
だって、授業中吸わなくても平気なんだし
吸っても1日数本だったし…
これが社会人になって会社のデスクでも普通に吸えるようになると
(これも今じゃ考えられないですが…)
一気に本数も据えて依存するようになっていくのですよね
しかしいつの間にか時代はいろいろ変わっていきますねぇ…

さてさて

本日はリコーオートハーフSのカメラ修理を行っています。
これも昔のタバコの箱(袋)くらいの大きさのコンパクトな
ハーフカメラです。
(重さは全く違ってオートハーフはずっしり重いですが…)
オリンパスペンシリーズと双璧といっていい
ハーフカメラを代表するモデルだと思います。
先行するオリンパスペンが基本的には目測のマニュアルカメラだったのに対して
(すぐさまペンEEシリーズも出てオートも充実しますが)
オートハーフは技術者の安宅さんが
「自分の50歳の母親でも撮れるカメラ」という基本構想から
可能な限りの撮影自動化と、女性のハンドバッグ、
男性の上着のポケットに入るサイズの小型化を目指して設計されたのだそうです。
露出はセレン光電池使用の露出計でプログラムオートとし
ピントは固定焦点でピント合わせ不要
それになんといってもゼンマイで自動巻上も実現するといった
妥協のない自動化をふんだんに取り入れ
1962年に初代のオートハーフがデビューします。
初代のオートハーフは前面にレリーズボタンを備えた形式でしたが
1965年に今回、お預かりしている「オートハーフS」が発売され
その名の通りセルフタイマーが装備されます。
これを機会に全体的に再度設計の見直しが行われ
レリーズボタンは上部に移動し、裏蓋は着脱式から蝶番式に変更されます。
この形になって以降は基本的な構成はその後のモデルも変わりません。
初代に比べるとわずかに大きくなりましたが
使い勝手や頑丈さは明らかに向上しました。

お預かりしている「オートハーフS」は
まずシャッターが切れません。
もう少し詳しく言うとレリーズが押し込まれた状態のまま
戻らないような状態で次のシャッターを来ることができない感じです。
何か挟まっている感じといった様子です。
動かなくては露出計がどうとかオートどうとかも判断できないので
とにかく分解してみます。
すると以前に落としたかぶつけたかした形跡が見受けられ
セレン光電池の採光窓が一部割れており
その破片がレリーズ部に挟み込まれているのがわかりました。
シャッターが切れない原因はこれのようです。
シャッターが切れなかったのでレンズの状態の詳細とかも
わかっていなかったのですが
レンズを外してみて仰天したのが
「えっ?電動リューターか何かで磨こうとでもしたの???」っていうくらい
前玉にぐるぐる同心円状のキズが無数についています。
さすがにこれはどんな状況でも写真に悪影響が出そうです。
部品取用の個体から比較的状態の良いレンズを
移植することにしました。

他、シャッターの粘りだとか
オート・露出計の精度だとかゼンマイ巻上の油切れだとか
細かいこともいろいろとあったのですが
とにかく一通り整備して少し様子見の状態です。
オート露出の精度も問題なく
非常にスムーズに動作するようになりました。
オートハーフはコンパクトなのはもちろんですが
前面にレンズ部の出っ張りがなく
ポケットやカバンどこに入れても収まりが良いのが魅力ですよね
あとは何と言ってもこの独特のデザインと
ゼンマイ巻上のギミックですよね!
こうやって整備していると
「私も1台…ほしいなぁ…」とい津も思ってしまうカメラです。
これもって出かけるだけでも楽しそうですものね!

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リコーフレックスⅦのカメラ修理

今日は「桜島の日」だそうですよ。
1914(大正3)年のこの日に
鹿児島県の桜島で史上最大の大噴火が始まったのだそうです。
この大噴火は通称「大正大噴火」と呼ばれ
その後約1ヵ月間にわたって頻繁に爆発が繰り返され
多量の溶岩が流出しました。
流出した熔岩は桜島の西側および南東側の海上に伸び
それまで距離400m・最深部100mの海峡で隔てられていた
桜島と大隅半島とが陸続きになったのだそうです。
それまでは桜島って本当に島だったのですね。
地図や航空写真で見るとかなりしっかり陸続きのように見えるのですが
こうなったのはこの時の大噴火のせいなのだそうです。
また、火山灰は九州から東北地方に及ぶ各地で観測され
軽石などを含む降下物は
東京ドーム約1600個分の約32億トンに達したのだそうです。
噴火とか地震とかほぼ前触れもなく突然起きる
自然災害は本当に怖いですね…
首都圏にいて一番怖いのはやはり地震ですが
起きてしまうこと自体は防げないですし
被害も防げないとは思いますが
身を守ることと火だけは出さないように
気をつけたいと思います。

さてさて

本日は「リコーフレックスⅦ」のカメラ修理を行っています。
リコーフレックスにもいろいろなタイプがありますが
1950年発売の「リコーフレックスⅢ」から始まる
プレスボディ+前玉回転式のピントギアを装備するモデルが
当時の二眼レフブームを牽引する存在でした。
シンプルな機能でかかくもかなりお求め易かったことから
爆発的に売れ、一時期は国内のカメラ総生産の半分以上が
リコーフレックスが占めていたと言われています。
当然それだけ売れたモデルですから
発売開始から70年が経過しようとしている現在でも
かなりの個体数が残っているようです。
しかしながらさすがに60~70年経過した機械ですので
その状態は千差万別で特に長い間整備も行われず
使われていない個体はいろいろなトラブルを抱え持っています。
一番心配なのはやはりレンズの状態で
多少のカビや汚れならある程度問題ないレベルまで清掃で何とかなりますが
レンズそのものが変質して曇っているものや
白濁しているものはさすがに修復は困難です。
シャッターも開いていないとか動かないとかいうものも多いですが
それは修理で何とかなるものが多いと思います。
加えて、リコーフレックスの大きな特徴ともいえる
ピントギアは固着しているものが多く
重いどころかビクとも動かないものも多く存在します。
これに限ったことではございませんが
動きが重くなっている部分や動かない部分は
決して力まかせに動かしてはいけません。
無理して動かすとたいていの場合が大惨事を引き起こします。

お預かりしているリコフレⅦは
そのお約束のピントギア固着に加え
この時代の全ての二眼レフでお約束のミラー劣化です。
さらにファインダー、ビューレンズ、テイクレンズそれぞれ
かなりのカビが発生してします。
ただ修復不可能なレンズのクモリはありませんでした。

レンズ・ファインダーはできる限りの清掃
ファインダーミラーは新品に交換
ピントギアは完全に分解して洗浄+グリスアップ
シャッターユニットも駆動部分はできる限りの清掃の上
最小限の注油。
シャッター羽根、絞り羽根は洗浄の上、
こちらは油分を徹底的に取り除きます。
一通りの整備を行い見た目にも見違えるようになり
各部の動きも非常にスムーズになりました。
この状態であれば安心して存分に使っていただけると思います。

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オリンパスOM-1のカメラ修理

今日は「成人の日」ですねぇ…
未だに成人の日は1月15日というイメージが抜けないのですが
ハッピーマンデー制度で1月第二月曜日に変わったのは
2000年の話でもう20年以上経っているのですねぇ…
まぁ私が成人式(行ってはいないのですが)を迎えたのは
さらにそれより前の33年前の1989年ですから
もうはるか過去の話になってしまいました…(苦笑)
そういえば調べてて初めて知ったのですが
以前は「成人の日」は前年の「成人の日」の翌日から
その年の「成人の日」までに誕生日を迎える人を祝う日だったが
「ハッピーマンデー制度」実施以降では、
前年の4月2日からその年の4月1日に成人する人を
式典参加の対象にする、いわゆる学齢方式になっているのですね
まぁそれが正解ですよねぇ
以前の方式だと同じ学年でも
翌年になってしまう人もいましたもの…
それはちょっと微妙過ぎますものねぇ…

さてさて

本日は「オリンパスOM-1」のカメラ修理を行っています。
今年も「OM-1」の修理はコンスタントにありそうですね
まずは今年1台目のOM-1の修理です。
軽量コンパクトな一眼レフのパイオニアですねぇ
その後、電子制御機であれば同じようにコンパクトな
一眼レフが数多く登場しましたが
機械制御シャッター機と限定すれば
その後を含めても
この「OM-1」と「ペンタックスMX」くらいしか
存在しません。
「OM-1」の魅力は単に軽量コンパクトなだけでなく
感触の非常に良い巻上や、非常に上品なシャッター音等
「優れた使い心地」にもあると思います。
しかしながら基本的には登場から50年経過するカメラです。
現存する個体には全く手の入れられていないものや
前回の整備から随分時間が経っていいるものも多いと思います。
「OM-1」そのコンパクトさを実現するために
他のカメラでは見られないような独自の工夫や
独特な構造している部分があります。
その中には現行モデル時には全く問題なかったのですが
今となっては少々華奢でデリケートな部分があるのも事実です。
大きく頑丈に造られている
他メーカーのフラッグシップ機に比べると
より細やかなメンテナンスが必要なカメラだと思います。

お預かりしている「OM-1」はかなり初期モデルで
モデル名は既に「OM-1」となっていますが
いわゆる「M-1ボディ」で上カバーの刻印が
「OM-1」であること以外はほぼ「M-1」と共通の仕様・部品です。
フィルム室のスタッドが4本、
それに合わせてフィルム圧板は短いものとなっています。
巻上レバーの形状や接眼レンズ部の形状も
通常のOM-1とは異なる形状になっています。
プリズム留めも4本バネのタイプです。
ただしマウント部のネジは「+」ですね。
この仕様でブラックボディは少々珍しいかと思われます。

ご依頼者様が長年使い続けてきた個体かと思われますが
おそらく分解整備はこれまでされていないのではないかと思われます。
まず上カバーを開けてみると
お約束のプリズム接眼部をカバーされたモルトプレーンが劣化して
かなり粘着質になった状態で出てきました。
でもプリズムの腐食はほんのわずかです。
よくこの状態でプリズムがそれほど侵食されない状態で
維持されていたものだと思います。
保管状態等いろいろな要素が関係しているのでしょうね。
実用上は気になるほどの腐食ではないのですが
せっかく分解するのでプリズムは交換で対処いたします。
長年、劣化したモルトと隣合わせにいながら
頑張り続けてきたわずかな腐食のプリズムは
ご依頼者様に返却いたします。
さすがに各部の動きは悪い部分が多く
特に幕軸やミラー駆動部は
積年の汚れのため非常に動きが悪く
高速シャッターの精度は出ておらず
ミラーは明らかにレリーズ時にアップする動きがゆっくりです。
さらにレンズ絞り伝達レバーと連動し
露出計に連動する連動爪はほぼ絞り開放の位置で固まったまま
自信のバネの力では戻っていけないようです、
そのためレンズ側で絞り環を動作しても露出計が連動しません。
常に開放値の状態になってしまっています。
OM-1の絞り環、SS環と露出計の連動は連動糸が使われていますが
稀にこの連動糸が絡まってしまうことがあります。
今回もおそらく絞り環連動糸が絡まって
動けなくなっていると思われます。

やはり絞り連動部の問題は連動糸の絡まりが原因でした。
ここもなかなかデリケートな部分で
たまにトラブルを起こすことがありますね。
他は通常の整備を丁寧に行っていけば
本来の動きを取り戻せそうです。
登場から今年で50年になるOM-1(M-1)ですが
まだまだ現役でがんばってもらえそうです。

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ミノルタハイマチックのカメラ修理

今日は「風邪の日」だそうですよ。
ここでいう「風邪」は正確には「インフルエンザ」のことですが
インフルエンザもそうですし
新型コロナの第6波も油断ならないですし
とにかく清潔にして人混みには
近づかないようにするしかないですねぇ
年末年始は私も呉にいたのですが
帰った後に広島もかなり酷いことになっています…
新型コロナはともかくとして…
インフルエンザには私かかったことないのですよねぇ
(子供の頃あったかな…)
運が良いだけかもしれませんが…
その代わり年に数回、お腹壊して高熱が出るのですよねぇ
1,2日で「スッ」と熱が引いて
何事もなかったかのように治るのですが…
変なもの食べた覚えはないのですが
年々、頻度が増えてきているのですよねぇ
実は何かのアレルギーだったりするのかなぁ…
調べてみないといけないかな…
しかし…新型コロナが猛威を振るい始めて
そろそろ2年ですねぇ…
もう外出時にマスクをつけるのは
すっかり自然なことになりましたねぇ
外出先でしていない人を見かけると
結構強烈な違和感ありますもの…
もう口や鼻は陰部と一緒で
他人の前では出してはならないものに
なるかもしれませんねぇ(苦笑)

さてさて

本日は「ミノルタ・ハイマチック」のカメラ修理を行っています。
ハイマチックといえば普段は「7」とか「7Ⅱ」、
「9」あるいは「F」の修理依頼が多かったりしますが
今回は記念すべき初代ハイマチックです。
1961年末に発売されたカメラです。
冬至のミノルタ35mmレンズ固定式カメラは
ALやユニオマットが主力でしたが
さらにそれに加わったのがこの初代ハイマチックです。
セレン光電池を使用した露出計を装備し
いわゆる指針挟み込み式でプログラムオートで露出計制御するカメラです。
その心臓部ともいえるシャッターユニットは
プログラムシャッターのシチズンユニEを採用しています。
レンズは既に定評のあるロッコールPF45mmF2の大口径レンズです。
アンスコへのOEM製品としてアンスコオートセットとして輸出もされ
アンスコオートセットは装着レンズが45mmF2.8で
マーキュリーアトラス6号(コールサイン「フレンドシップ7」)に搭載されて
初めて宇宙に飛んだカメラとなり
この際「グレン効果」の撮影に成功しています。
その功績を記念しこの後でミノルタは「7」の付くモデル名を
各カメラに設定していきます。
その後も「7」はミノルタにとって特別なモデル名となっていきます。
要は撮影を簡単に行える距離計連動プログラムオート専用機です。
時代を感じさせる直線的なデザインや
何ともレトロなグリーンがかったグレーの貼り革がステキなカメラです。

お預かりしているハイマチックはまずシャッターを切ってみると
「カチ」というシャッター音はするのですが
シャッター羽根は全く動かず開きません。
羽根固着という感じではなく羽根駆動部の動作不良かと思われます。
絞り羽根にも粘りが見られ
オート時に上手く制御ができないようです。
最も心配なのはセレンの状態ですが
当然劣化はあるものの何とかある程度の起電はされているようです
これなら何とか通常の撮影に問題のないレベルで
調整できそうです。

基本的な構造はシンプルなカメラなのですが
ちょっと造りが独特な部分もあり
整備性はあまり良好とは言えません。
昔の話ですが一番最初に分解したときに
結構いろいろと苦労したことをかなり鮮明に覚えています。
画像ではシャッターが半開きで固まっていますが
何度かシャッターをテストで切っているうちに
いきなり開いたと思ったらこの状態で動かなくなりました。
やはり駆動部分に何か問題がありそうです。
まずはシャッターユニットの修理・整備から取り掛かります。
そこからオート制御部の整備調整を行い、
レンズ清掃、ピント調整、ヘリコイドグリスアップへと進み
仮組みしてから露出計調整、ファインダー・距離計調整を行います。

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