ペンタックスSVのカメラ修理

今日は「コスモスの日」だそうですよ。
3月14日の「ホワイトデー」から半年後となるこの日に
プレゼントにコスモスを添えて交換し
お互いの愛を確認し合う日などとされています。
もはや私には全く関係ない日ですが(笑
ちょうどコスモスが開花し始める時期でもありますね。
少し涼しさを感じる秋の風にゆらゆらと揺れる
コスモスの花は何とも言えず良いものですよねぇ
でも写真に撮ろうとすると
あのゆらゆらがなかなかやっかいで
特にMFだとイライラするほど苦労します(苦笑)
あれほどそよ風でゆらゆらするほどの
細い茎で大丈夫なのかといつも思うのですが
台風の襲来とかでいっせいにコスモスがなぎ倒されている光景も
よく見ることがあり何だか悲しくなりますよね。
でもあの儚さが何とも魅力だったりするんどえすが…

さてさて

本日は「ペンタックスSV」のカメラ修理を行っています。
1962年発売のカメラです。
前モデルの「S3」で完全自動絞りとなり
「SV」ではついに自動復元型のフィルムカウンターが装備され
セルフタイマーも追加されました。
「SV」の「V」はセルフタイマーを意味する”Voraufwerk”の
頭文字だといわれています。
この時代のカメラのセルフタイマーレバー部に
「V」と刻印されているものは他にもたまにありますよね。
ただこのセルフタイマー、初見で事前に情報がないと
セルフタイマーがあることに気づかないかもしれません。
その後のカメラによくある前面にレバーがあるタイプではなく
巻き戻しクランクの基部のダイヤルでタイマーセットを行います。
余談ですがここのセルフタイマーの動作不良が原因で
レリーズ不良を起こすことが「SV」ではたまにあるようです。
露出計こそ内蔵されていませんが
この「SV」でほぼ現代的な
マニュアルカメラとなったといえると思います。
アサヒペンタックスS系最終モデルにして完成形といえるカメラです。

お預かりしている「SV」はシャッター幕の硬化のため
シャッター幕が正常に走り切れない状態でした。
「SV」でこれまで一度も幕交換が行われていない個体は
ほぼほぼ幕交換が整備の前提となります。
破れているとか穴が開いているとかではなくても
硬化して波打っているともはや正常に動作することはできません。
登場から60年経過するこの時代の布幕フォーカルプレーンでは
さすがにシャッター幕も消耗品となってしまいます。
使われているシャッター幕にもいろいろ細かな違いがあるのですが
当時「SV」で使われているシャッター幕は
間違いなく耐用年数を超えているようで
先述した通り過去に幕交換がされていない個体では
硬化がかなり進んでいて正常に動作しないものがほとんどです。

画像は既に整備完了済みの状態で
少し動きが落ち着くまで様子見をしている段階です。
手前に置いてあるのが交換したシャッター幕で
やはりこれでは1/1000や1/500どころか
普通にも走行できないだろうな…と
一目でわかる硬化状態です。
今回はミラーも劣化がかなり進んでいて
ファインダー像に影響が出るレベルだったので
ミラーの交換も行っています。
これから最終テストを行って問題なければ完成となります。
1/1000から1秒まで全く問題ない精度で安定しています。

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フジカ35MLのカメラ修理

今日はこれといった記念日のない日ですね…
ただ毎月13日は13にちなんで
「一汁三菜の日」となっています。
まざまな栄養素がバランスよくとれる
「一汁三菜」(主食・汁物・主菜・副菜・副々菜)という
和食のスタイルを伝えていくことが目的だそうです。
一汁三菜の良しあしは置いておいて
バランスよいメニューで食べることは
非常に大切ですよね…私も意識はしていますが
これがなかなか難しい…(苦笑)
現代だと炭水化物は意識しなくても十分摂れるので
タンパク質と野菜を意識して毎日食事をしています。
脂質は若いころと違って
好んで摂らなくなったので今がちょうどいいかもしれません。
ただ基本的に規則的な食事以外に取る
甘いものが大好きな上にそれがほぼ間違いなく体に良くないので
そこは気をつけているのですが…これがまた誘惑に勝てないですよねぇ(笑
時間や手間との兼ね合いもあって
なかなか難しいですが気をつけていかなくてはいけません。
口から入ったもので身体は作られるのですから…

さてさて

本日は「フジカ35ML」のカメラ修理を行っています。
1958年発売のカメラです。
レンズ性能に定評があることと
独特なデザインと操作性で根津い良い人気のあるカメラです。
1957年発売の「35M」の改良型です。
ライトバリュー化されたことで「ML」なんでしょうね。
「35M」と同じく巻上レバーは底部に配置
巻き戻しクランクは上カバー側面
そしてピント合わせは背面ダイヤルで行うという
独特な操作配置です。
「M」から「ML」への変更点は先述した露出設定が
ライトバリュー化されたことと
レンズがフジノン45mmF2.8から45mmF2に変更…のはずですが
今回お預かりしている「35ML」は
フジノン45mmF2.8が搭載されています。
そしてシャッターは1/500までカバーする
「シチズンMVL」ではなく
レンズシャッターでは珍しい1/1000までカバーする
「シチズンMLT」が搭載されています。
調べてみるとどうやら発売翌年の1959年に
仕様変更が行われてこのレンズとシャッターの組み合わせに
変更されているようです。
この時代のカメラのこの辺の変更はなかなか把握しきれません(苦笑)

お預かりしている「35ML」は
シャッター自体は大きな問題なく動作しているようです。
ただ自慢のレンズやファインダーにやはり
それなりの曇りやカビが多いです。
そしてご依頼者様曰く
「巻上がたまにひっかかることがあり
その現象が起こるとコマ被りを起こす」ということです。
ただこちらで整備前にいろいろ確認したのですが
同じ現象は起きませんでした。
ただ、巻上の動きはスムーズさに欠けていて
加えて巻き戻しクランク側の動きがやけに重いので
おそらくこのあたりに原因があるものと思われます。

…という感じでまずは巻上機構の動きを確認している段階です。
巻上側もかなり独特な構造ですが
巻き戻し側もその配置のためにギアがあったりするので
経年もあって動きが重くなりやすい部分です。
このカメラに限ったことではなくすべての古いカメラに言えますが
スムーズな動きが大前提として精密に造られているので
やはり古くなってくると抵抗となる汚れや
古い油脂は取り除かなくてはなりません。
そして最低限の注油です。
長年放置していると当然、最終的には破損に繋がります。

巻上関連の確認と整備の上でシャッターユニットも降ろして
シャッター周りの整備、レンズの清掃
そしてファインダーの清掃調整を行っていきます。

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ニコンFG-20のカメラ修理

今日は「公衆電話の日」だそうですよ。
1900(明治33)年のこの日に
日本初の自動公衆電話が
東京の新橋駅と上野駅の駅構内に設置されたことに由来しています。
当時は「自動電話」と呼ばれていたそうで
1925(大正14)年にダイヤル式で交換手を必要としない
電話が登場してから「公衆電話」と呼ばれるようになったそうです。
設置台数は随分と減り現在ではなかなか使う機会もありませんが
大地震などの災害時には携帯電話などと比べて繋がりやすいため
非常時における重要な連絡手段としての役割を担っているそうです。
公衆電話や電話ボックスも
もはや懐かしいアイテムになってしまいましたね。
昔は10円玉数枚と100円玉1枚握りしめて
家でまわりにあまり聞かれたくない電話をするために
近所の電話ボックスまで夜中に通ったものです(笑
テレフォンカードが一般的になったのは高校生の頃だったかな…
そして携帯電話を初めて持ったのは25歳の頃でした。
比較的早かったほうだと思いますが
調子に乗っていると電話代が高くって
かなりダメージを食らった記憶が…(笑

さてさて

本日は「ニコンFG-20」のカメラ修理を行っています。
1984年発売のカメラです。
EM系列のカメラとしては最も最後に発売されたカメラで
マルチモード化されフルスペックとされた「FG」と比べると
随分シンプルに仕上げられたカメラです。
機能的にはベースとなる「EM」に
マニュアル露出モードが追加されたカメラです。
当時の愛称は「ライトニコン」です。
電子制御シャッター機ですが
「EMシリーズ」共通の仕様として1/90と「B」に関しては
電池がなくても作動させることができます。
このあたりがエントリークラスとはいえ
当時のニコンらしい部分ですね。

お預かりしている「FG-20」はマニュアル露出時には
問題なく一通り使えるのですが
絞り優先オート露出に切り替えると
露出計の指針が上に振り切ったままになり
露出も制御されないという症状です。
他のカメラで露出計指針が振りきった状態のままになるということは
摺動抵抗の汚れや劣化などを疑うのですが
マニュアルモード時には露出計は適正な値を示しているので
そのパターンにはあてはまりません。
「FG-20」は他の「EM系」のカメラ同様
フィルムカウンターが「1」になるまではオート時は
強制的に機械制御1/90で切れるような仕様になっています。
(空シャッター時に無用なスローシャッターになるのを防ぐため)
そしてその場合は露出計指針は振り切ったままとなり
ファインダー内表示も最も上に表示のある「C90」を指すようになっています。
これがカウンター「1」になっても露出計が通常動作にならず
カウンター「1」未満の状態で動作しているのはないかと思われます。
…となるとほぼ間違いなくカウンター基部のSW部に問題があると思われます。

画像は取り掛かり始めのものですが
ここから分解を進めてカウンター基部のSWも確認した結果
スイッチ端子が少し変形して接触不良を起こしているようです。
他の接点部も随分汚れが溜まっているので
ここも対処しつつ一通りの整備を行っていきます。
フィルム室も内部モルトももちろん劣化が進んでいるので
このあたりの交換や機械的駆動部の整備調整も行っていきます。
「FG」よりはシンプルな分、比較的整備性は良好です。
さすがに「EM」よりはややこしいですが…
いや…あまり大差ないかな…(苦笑)

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ヤシカフレックスのカメラ修理

今日は「カラーテレビ放送記念日」だそうですよ。
1960(昭和35)年のこの日に
東京・大阪でNHK・日本テレビ・ラジオ東京テレビ(現:TBS)
・朝日放送・読売テレビの5局が
カラーテレビの本放送を開始したことに由来しています。
アメリカに次いで世界で2番目となるものだったそうです。
さすがにこの出来事自体は私が生まれる前の話ですが
その後、東京オリンピックが開催されたことから
カラーテレビの普及が一気に進んだそうです。
私の実家にカラーテレビがやってきたのは3歳か4歳ころだったなぁ
(1972年か73年)
…もう記憶もかなり薄れていますが…
最初のテレビは白黒だったことは割とはっきり覚えています。
白黒も最初のカラーテレビもいわゆるガチャガチャ
チャンネル回すタイプのものでもちろリモコンなんてありません。
UHFは別ダイヤルでラジオのように合わせます。
実家の広島はこの少し後にテレビ新広島が開局して
UHF局が2局となりました。(それまでは広島ホームテレビのみUHF)
「カラーテレビ」というワードだけで
いろいろ昔のことを思い出すトリガーになりますね(笑

さてさて

本日は「ヤシカフレックス」のカメラ修理を行っています。
ヤシカフレックスもこの時代に多いパターンで
銘板は同じような「Yashicaflex」で
いくつものモデルが存在します。
今回のヤシカフレックスは「C型」です。
見分け方もいろいろあるのですが
「C型」は個体にもよりますが
フィルム室内に「Model C」の刻印があることが多いです。
1955年発売のカメラでレンズはヤシコール80mmF3.5
シャッターユニットはコパル製でB・1秒~1/300をカバーします。
フィルム装填はスタートマーク合わせのセミオートマットで
セルフコッキングはなくシャッターチャージは
シャッターユニットから伸びているチャージレバーで行います。
レリーズは本体下隅にあるレリーズボタンで行います。
ピント合わせはノブ式です。
シンプルな構造で非常に使いやすく
典型的な1950年代の二眼レフといった感じです。

お預かりしている「ヤシカフレックス」は
シャッターは切れようとするのですが
チャージしてレリーズボタンを押すと
シャッターが開いたままで固まってしまいます。
再びチャージするととりあえずは閉じるのですが
再びレリーズしてもまた開いたままになってしまいます。
これではどうにも撮影には使用できません。
最初はよくあるシャッター羽根の汚れや油滲みによる
動作不良かと思ったのですが
もちろんそれもあるのですが比較的開くときはスムーズで
羽根には固着するほどの油滲みもなさそうです。
内部の駆動部等が固着しているのではないかと思われました。

まずはシャッターユニットの動きから確認していきます。
内部に粘りや汚れはあるものの
それが開いたまま固着する直接の原因ではないようです。
駆動部分が見える状態にして
ある程度粘り等を解消し何度か動きを確認していると
シャッター開閉を制御しているレバーが
変形してセルフタイマーユニットに
引っ掛かってしまうことが判明しました。
おそらくセルフタイマーを過去に無理に動かしたのが原因かと思われます。
これは開けてみないとさすがにわからないですね(苦笑)
レバーの変形は修復して各部の動きを再確認していきます。
問題ない状態には修理できそうです。
他、レンズ清掃、ファインダーミラー交換の上でのファインダー清掃
ピント調整等々、各部分を整備調整して仕上げていきます。

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ミノルタSR-7のカメラ修理

今日は「救急の日」だそうですよ。
「きゅう(9)きゅう(9)」(救急)と読む語呂合わせからですね。
過去に救急搬送されたことが二度ありますが
いざというときには本当に頼りになります。
めったなことでお願いすることではないですが
本当に困ったときに救急車がすぐ来てくれる環境は
本当にありがたいことですね。
そして昼夜を問わずその業務に携わってくれている
方々には本当に感謝しかありません。
でもできればもうお世話になることのないように
日ごろの体調管理やリスク管理は
できるだけのことをしていきたいと思います。
「110」や「119」とかにかけることのないような
穏やかな毎日を過ごしていきたいものですね。

さてさて

本日は「ミノルタSR-7」のカメラ修理を行っています。
1962年発売のカメラです。
世界初のCdS使用の外光式露出計を内蔵した一眼レフカメラです。
露出計表示はシャッタースピードダイヤルに連動して
絞り値表示が変動するタイプで露出計指針が指す
絞り値に手動でセットして露出設定を行います。
Cds受光部は前面巻き戻し側に配置され
受光窓の大きさ切り替えで通常感度、高感度への切り替えが可能です。
(背面のボタンを押すと高感度になります)
露出計内蔵関連に注目が集まりがちですが
内部構造も前モデルSR-3から一新され
独特のユニット構造になっています。
正直なところ整備する立場で言えば
この構造は分解整備に多少手間がかかり
ちょっと困ることの多い構造でもあります…(苦笑)

お預かりしている「SR-7」は
まず電池室がかなり激しく腐食していて
緑青だらけになっています。
当然ながら電池を入れても露出計は全く動きません。
後の分解で露出計本体やCDSには問題がないようなので
電池室腐食のせいで断線状態になっていると思われます。
もちろんそこからの配線も腐食で導通しないと思われます。
機械的な部分にも動きの悪いところが多く
特にシャッター後幕は特に動きが悪く
シャッターはなんとか切れるものの
1/1000設定時に実際の露出値は1/200程度になってしまっています。
先幕の幕速はそれなりに出ていますが
幕軸清掃の上で駆動部には一通りの整備が必要な状態です。

露出計関係に巻き戻し側のスペースを取られたので
SR-3までは巻き戻し側にあったフィルムカウンターが
巻上側に移設されています。
こちらに配置されている方が多数派ですが…
シャッタースピードダイヤル連動で
絞り値表示を動かす手法はキヤノンFXあたりも同様です。
どちらも分解時には連動部の糸や帯に注意が必要です。
画像は取り掛かり始めのものですが
これから電池室やそこからの配線の修復と並行して
機械的駆動部の整備を行っていきます。

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ペンタックスKXのカメラ修理

今日は「CMソングの日」らしいですよ。
1951(昭和26)年のこの日に
初めてCMソングを使ったラジオCMが
中部日本放送(CBC)・新日本放送(NJB)で放送されたことに
由来しています。
ここのサイトではおなじみの
小西六写真工業株式会社(現:コニカミノルタ株式会社)の
「さくらフイルム」のCMでしたが
歌の中に社名・商品名は全く入っていませんでした。
CMソングの曲名は「ボクはアマチュアカメラマン」です。
まさにこの時代の写真撮影の「あるある」が
フルコーラスにわたりずらりと並んでいます。
ものすごく共感できるのですが
どれも実際に起こったらガックリすることばかりですね(笑
まぁ現在と違って普通に撮るだけでも
ある程度のスキルが必要な時代とアイテムですものね…
そこがまたいいのですが…
この曲は「youtube」とかでも聴けますので
今日ものある方はぜひ検索してみてください。

さてさて

本日は「ペンタックスKX」のカメラ修理を行っています。
1975年発売のカメラです。
「ペンタックスKシリーズ」は
これまでのペンタックス一眼レフのM42マウントから
バヨネットマウントとなる「Kマウント」を新規開発し
初めて搭載したシリーズです。
トップモデルの「K2」のみが完全新規開発のモデルで
ミドルモデルの「KX」は従来の「SP」から改良を行い
使い勝手を改善しつつKマウント化されたカメラです。
最新のSPDによる露出計や
ファインダー内情報表示の変更、銀蒸着のペンタプリズム、
ミラーアップ機構などが追加され
より進化したモデルとなっています。
それでいて基本的な機械駆動はこれまでの実績があり
非常に安定した「SP」のものが引き継がれていて
非常にバランスの良いカメラに仕上がっています。

お預かりしている「KX」は
ファインダー内にゴミが多数混入してしまっていることと
露出計の挙動が不安定で
シャッター半押しで起動しない場合が頻繁に起こります。
電池室とか配線、レリーズボタンSW部に
問題はなさそうなので基盤周りを重点的にチェックしていきます。

機械制御機で駆動部は基本的に「SP」のものなので
整備性は非常に良好です。
ただやはり露出系回りはSP→SPF→KXと
モデルチェンジされるたびに一新されていて
少々手ごわい部分もございます。
基盤内部品不良等があるとかなり困難なことになるのですが
テスターを使って細かくチェックを行ってみたところ
一部接触不良な部分があるようです。
おそらくこれが原因かとは思いますが
いろいろテストを重ねながら確認をしつつ
対処を行っていきます。
もちろん並行して機械的駆動部の整備調整も行っていきます。

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キヤノンEFのカメラ修理

今日は9月6日ということで
語呂合わせで「黒」に関する記念日が目白押しです。
「黒の日」「黒牛・黒豚の日」「黒豆の日」
「黒酢の日」「黒い真珠・三次ピオーネの日」
「黒あめの日」「9696(くろぐろ)の日」
「カラスの日」「黒にんにくの日」
「松崎しげるの日」…等々あげるとキリがないほどです。
「黒染めの日」なんてのもあるのですが
近年、生え際に白髪が目立ち始めて
定期的な白髪染めがルーチンになりつつあります…(苦笑)
「黒霧島の日」なんてのもありますね。
美味しいですよね。
トロッとした濃厚なコクと甘み、
キリッとした後切れがいいですよねぇ…
食事のお供にももってこいです。
やっぱロックでちびちびいただくのが最高ですね。

さてさて

本日は「キヤノンEF」のカメラ修理を行っています。
これも「黒」ですね。(設定色がブラックのみ)
端正なスタイリングが非常にカッコよいカメラです。
1973年発売のカメラで時代的には
「キヤノンFシリーズ」の一員なのですが
内部構造的にも成り立ち的にも
「Fシリーズ」共通性はほとんどなく
異端児的な存在のカメラです。
キヤノンとしてはめずらしく
コパル製の縦走り金属羽根ユニットシャッターを採用しています。
他の「Fシリーズ」も次の「Aシリーズ」も全て
布幕横走りシャッターなのでこの時点で異端児です。
そしてそれを制御するのは最高速1/1000~1/2は
機械制御で1秒以上のスローシャッターは電子制御となります。
これもまためずらしい構造です。
少し補足すると例えば2秒のシャッターに設定した場合
レリーズから1.5秒は電子制御でシャッターを開いたままにして
ボディ上面のランプが点滅します。
そして最後の1/2秒だけ機械制御のスローガバナ―に引き継ぎ
合計2秒でシャッターが閉じます。
1秒でも4秒でも8秒でも同様で最後の1/2秒だけは機械制御で完了します。
そしてシャッタースピード優先オート露出を搭載しますが
露出計にもちろん電池は必要ですがこの制御自体は
昔ながらの機械的な指針挟み込み式で絞りを制御をします。
次に控えるAE-1ができる限りの電子制御が込みこまれる過程で
それまでのつなぎとして電子化と機械制御の
ハイブリッドのようなカメラです。
なかなか面白いですよね。

お預かりしている「EF」は非常にキレイな個体で
機械制御の高速シャッターから1/2秒までは
比較的良好に作動しているものの
電子制御+機械制御ハイブリッドとなる
低速シャッターが不安定で
1秒以上のシャッター設定で
いきなり機械制御の1/2で切れてしまう症状が頻発しています。
どこかの接触不良かマグネットの吸着部の状態が
よろしくないと思われます。

コパルシャッターユニット採用モデルは
比較的内部も整然としていて
整備性の良好なカメラが多いのですが
「EF」は例のハイブリッド制御の影響もあって
少々ややこしい構造になっていて
多少分解整備に神経を使います。
画像は取り掛かり始めのものですが
この後に分解を進めた結果
電子スローシャッターのトラブルは
マグネット吸着部の汚れが主な原因と思われます。
機械的駆動部の整備と併せて各部の清掃整備を行っていきます。
そういえばレバー軸部にレリーズボタンが配置されているのも
キヤノン一眼レフ機では珍しいですよね。

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ミノルタミニフレックスのカメラ修理

今日は「くしの日」だそうですよ。
「く(9)し(4)」と読む語呂合わせですね。
ヘアブラシは常備していますが
「くし」は長らく所有してないですねぇ…
床屋さん行ったときくらいしか
使われることもなかったですが
床屋さんにもここ1年以上行っていないので
「くし」を見かける機会もなくなってしましました。
細かいスタイリングとかをするのなら
ブラシより「くし」なのですが
今の私には必要ないかな…
中学生の頃とか制服の胸ポケットに「くし」入れて
持ち歩いてましたねぇ…カッコつけて…(笑)
たいして「くし」が必要な頭しているわけでもないのに…
あの時代にあの年頃だと結構必須アイテムでした。
「くし」はともかくとしても
ヘアブラシは毎日使うのですよね…絡まりまくるので…
100均かどこかで買った適当なブラシ使っていますが
もうちょっとちゃんとしたもの買おうかな…

さてさて

本日は「ミノルタミニフレックス」のカメラ修理を行っています。
1959年発売の二眼レフです。
幅46mmの「127フィルム」を使用するカメラです。
一般的な二眼レフが多く使う「120フィルム」が
幅61.5mmなので一回り小さな写真となります。
120フィルムで撮れる写真が「6x6cm判」(有効サイズは56x56mm)に対して
127フィルムでは「4x4cm判」となります。
今となっては少しフィルムの入手に苦労するカメラです。
フィルムが小さいので一般的な二眼レフに比べ
カメラのボディサイズも小さくなります。
4×4判の二眼レフはこの時代、各社から発売されていて
代表的なものはやはり「ベビーローライ」かと思います。
でもどの4×4カメラも何ともかわいらしくて
魅力的なものばかりです。

「ミノルタミニフレックス」はそれでなくても
現存台数が少なめの4×4判カメラの中でも
見かけることが少ないカメラだと思います。
まだ現状確認中で作業には入っていないのですが
少しレアなので先に画像を…

スマホ画像だと色の再現性が今一つなのですが
この時代らしいレトロな薄めの青緑が何とも魅力です。
大きさのかわいらしさと相まって
眺めているだけでもお酒が飲めるカメラです(笑)
歴代の6×6判二眼レフで技術を培ってきた
ミノルタなのでカメラとしての魅力も十分すぎるほどです。
レンズはテッサータイプの60mmF3.5ロッコールで
シャッターはシチズンMVLで
B・1s~1/500をカバーします。
ピント合わせはノブ式で
フィルム装填はスタートマーク合わせのセミオートマットです。
セルフコッキングまでは搭載されていないので
シャッターチャージはシャッターユニットのレバーで行います。
かなりしっかりとした精度高いダイキャスト製なのですが
少し変わっているのがファインダー枠までダイキャストの一部で
一体化されています。
そのためファインダー部の分解整備は通常の二眼レフとは
少しばかり勝手が異なります。
私も久しぶりに整備するカメラなので資料を確認しつつ
慎重に作業に取り掛かっていきます。

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キヤノンA-1のカメラ修理

今日は「ベッドの日」(good sleep day)だそうですよ。
日付は英語表記の「good sleep day」の「グッドスリープ」を
「グッスリ」と読み、「9」と「3」の語呂に合わせたものだそうです。
暑さのピークもようやく少し過ぎて
秋の夜長を迎えることも由来しているようです。
私はベッドではなく布団なのですが
毎日の睡眠は本当に大切ですよね。
人や年齢によって個人差がかなりあるとは思いますが
私の場合、睡眠時間が6時間を切ると翌日のパフォーマンスが
明らかに悪化して仕事から何から
全ての効率が悪くなります。
ギリギリ睡眠6時間も何日か続くと少しツラいですね…
若いころはもっと短くても平気だったのですが…
そんなわけでなるべく睡眠7時間を確保するようにしています。
ついつい夜更かしや深酒してしまって
予定通りにはいかないのですが…
適度な運動と充実感と少なめの飲酒で
リズム正しく過ごせていると7時間睡眠で
朝まで一度も目が覚めることもなく
翌日の集中力や身体の動きも明らかによくなります。
忙しくてなかなか予定通りにいかないことも多いとは思いますが
なるべくしっかり寝てリズミカルな毎日を心がけましょう!

さてさて

本日は「キヤノンA-1」のカメラ修理を行っています。
1978年発売のカメラです。
当時の愛称は「カメラロボット」です。
当時の最新電子制御で完全武装されたカメラで
多彩な自動露出撮影モードを搭載されています。
両優先オート(SS・絞り)にプログラムオート
ファインダー内には制御値と設定値が同時表示されます。
ファインダーのデジタル表示が今となっては
ちょっとレトロで私世代にはちょっと刺さります(笑
ただ当時の最新といっても1978年なので
内部的には後発のAE-1プログラムあたりと比べると
まだまだ発展途上かと思われるところも多く
登場から50年近くなった現在となっては
電子制御関連にトラブルを抱えると
修理不能になることが比較的多いカメラで
年々コンディションの良い個体は減っていると思われます。
存分に楽しめるのは今のうちかもしれません。

お預かりしている「A-1」は
まずは電池を入れてポジションを「A」にしても
電源が全く入りません。
メカニカル制御のシャッターを持たないカメラなので
電源が入らないと何一つ動きを確認することができません。
たんに電源が供給されないだけなら何とかなりますが
こうなるとやってみないと修理できるかどうかもわからない状態です。
こういうパターンは取り掛かる前は
何が起こっているいるかわからないのでかなり不安です(苦笑)

画像は全然取り掛かり始めの状態のものですが
この後、分解を進めて
とりあえず電源が入らないのは電池室からの
配線不良が原因だと判明しました。
細かい制御はあとで仮組みしてから
いろいろなテストを行ってみないと判断できませんが
まずはとりあえずは動作は一通り行えそうです。
ただ「Aシリーズ」全機種共通の持病である
シャッター鳴きがなかなか盛大で
シャッターを切ると「ギャイン」と相当耳障りな音がしています。
いずれにしても分解しているのでピンポイントで
鳴きの原因のミラー駆動部ギアに注油を行って
対処して行きます。
ただ先ほども言ったように一通りの整備を行っても
細かい動きを確認するにはある程度組み上げないと行えないので
その時点で致命的な問題が発覚することもあり
非常に気を抜けないカメラです。
もちろん電子回路の取り扱いにも細心の注意が必要なので
「A-1」の修正整備はどうしても時間がかかってしまいます。
何はともあれ気を抜かずに慎重に作業行ってまいります。

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コニカオートSのカメラ修理

今日は「ハッピーサンシャインデー」だそうですよ。
「ハッピー(8)サンシャイン(30)」と読む語呂合わせからだそうです。
太陽のような明るい笑顔の人のための日とされています。
この日に生まれた人は笑顔の素敵な人が多いことから
生まれた記念日となっていて
明るい笑顔で過ごせばハッピーな気分になれる日ともなっています。
まぁ、天気の良い日に笑ってりゃ気持ちいい!ってことですね(笑
この世知辛い世の中、なかなか能天気に「ハッピー!」ともいきませんが
気分だけでも明るく過ごしたいものですねぇ…
そんな「ハッピーサンシャインデー」ですが
残念ながら今日の都内は曇天です(苦笑)
涼しくていいですけどね。

本日は「コニカオートS」のカメラ修理を行っています。
1963年発売のカメラです。
先行展開していた「コニカSシリーズ」をベースに
シャッタースピード優先オート露出を搭載したモデルです。
それまでの「Sシリーズ」ではセレン光電池露出計でしたが
この「オートS」からはCDS受光体となり。
露出計駆動のため水銀電池も必要となりました。
シャッターはコパル製でシャッター自体は機械制御で
電池なしで動作します。
マニュアル露出も可能ですが「AUTO」時には
露出計指針挟み込み機構と連動して
絞りを制御しシャッタースピード優先オート露出となります。
レンズはヘキサノン47mmF1.9です。
同年に「Sシリーズ」もマイナーチェンジされ
「SⅢ」となり多くの部品を「オートS」と共通化しています。

お預かりしている「オートS」は
かなり長い間しまい込まれ眠っていた個体のようです。
電池室からは当時の水銀電池が入っていたようです。
液漏れ等はなかったものの
さすがに電池室の端子や配線はガスの影響もあって
緑青がビッシリ着いていて腐食してしまっています。
シャッターや巻上の動きは比較的良好ですが
やはり油切れや汚れの影響もあり
本来の動きとは言えません
そしてレンズやファインダーにはかなりの量の
カビが発生しています。
ガラスやレンズに浸食すると
カビ自体は除去できても跡は残ってしまうかもしれませんが
撮影に影響のない程度にはクリアにしていきたいところです。
いずれにしても全体的にリフレッシュが必要な状態です。

シャッターユニットからのSS情報伝達は
電気的な摺動抵抗とかではなく
機械的に伝達されます。
摺動抵抗を使うタイプだと抵抗体の劣化が
心配されたり修理不能になることも多いですが
機械的連動だと安心です。
そのため電気的配線も電池室からメーター脇の簡易基盤
そしてメーター本体へと至る部分だけで
シンプルな作りになっています。
電池室からの配線は当然交換です。
CDSもメータ本体のすぐそばに設置され
受光体は外光式となっています。
受光窓が巻上側前面なのはセレン時代の「S」と同様ですが
構え方によっては受光体を手で隠してしまうこともあるので
特にオート撮影時には少し注意が必要です。
シンプルな作りのため整備性は非常に良好です。
隅々までしっかり清掃して
本来の動きや制度を取り戻す作業を行っていきます。

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