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ニコンFGのカメラ修理

今日は「身体検査の日」だそうですよ。
1888(明治21)のこの日に
文部省(現:文部科学省)がすべての学校に
毎年4月に生徒の「活力検査」(身体検査)を
実施するよう訓令したことに由来した記念日です。
年末ですが今年はなんとかじわりじわりと
体重を減らすことに成功し
MAX時に比べると10kgほどの減量に成功しました。
それよりもなんとか血糖値(HbA1C)が夏以降
基準値内で安定していることのほうが成果ですかね…
これも油断するとすぐに上がろうとするので
この年末年始は気を付けなければ…(苦笑)
ところで当店の年内営業も今日まででございます。
今年もみなさまのおかげで
なんとかやりくりして乗り切ることができました
ありがとうございます。
年始は1/7(水)からの営業です。
来年もよろしくお願いいたします。

さてさて

本日は「ニコンFG」のカメラ修理を行っています。
1982年発売のカメラです。
絞り優先オート露出専用機だった「ニコンEM」をベースに
マニュアル露出、プログラムオート露出を追加したモデルです。
「EM」の国内販売が思ったほどではなかったため
追加された様々な撮影に対応できる「マルチモード機」とも言われています。
プログラムオート露出は絞りを手動で変えると
プログラムシフトと称してシャッター速度優先AE的に使用できます。
この露出機構のため、自動絞り連動レバーの動きを
絞り段数にほぼ比例するよう改善したAi-Sニッコールレンズが投入されました。
ただこの時代のニコンらしいのが従来のAiニッコールレンズでも
オート露出を可能とするため、
ミラーアップ直前に絞り込み測光を行う瞬間絞り込み測光が
搭載されていることですね。
かなりいたせりつくせりのカメラです。
機械的な駆動部は確かに「EM」をベースとしていますが
制御方法は一気に複雑化したのでもはや別物です。
測光方法の変更のせいもあって
シャッター音(ミラー駆動音)がFGならではの独特な音がします。
個人的には非常に好きな独特なシャッター音です。
愛称は「プログラム・ニコン」
「機能的」には上級モデルである「FE」を一部超えるカメラとなりました。

お預かりしている「FG」はミラーアップしたまま
固着した状態で当店にやってきました。
電池切れのときになる症状なのですが
電池を入れ替えてもメカニカル駆動の「M90」にセットしても
ミラーが復帰せずシャッター切れず巻上できずの状態です。
機械的にどこかでスタックしたものと思われます。
シャッタユニット周りの汚れや油切れが原因と思われます。

画像は取り掛かり始めのモノですが
この後、分解を進めて
とりあえずシャッターが切れる状態にはなりました。
やはりミラー駆動部の動作不良で
固着してしまっていることが原因でした。
「EM」は電子制御機としては比較的整備性の良好なカメラでしたが
さすがに「FG」は制御が一気に複雑化していることもあって
なにをするにもなかなか難儀なカメラです。
一通りの機械的整備を行って仮組してみると
今度はオート露出制御が随分とオーバー目であることが発覚します。
ネガだったとしても写真に影響が出そうなレベルです。
マグネットや接点の清掃整備は並行して行っていて
マニュアル時SSには問題がないようなので
電気的な調整で対応します。
この時代のカメラになると機械的側面と電気的側面と
両方の整備を行わなくてはならずなかなか手間がかかります。
それでもニコン機はこのあたりまではなんとか対応可能です。
とはいえ回路内の部品トラブルがあると
残念ながら修理不可能にはなってしまいます。

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キヤノンデミのカメラ修理

この時期になると記念日の制定も
ぐっと少なるのですよねぇ…そりゃそうですよね…
過去のこの日に起こった出来事を調べてみると
1995年12月27日に東海道新幹線・三島駅で
駆け込み乗車をした乗客の指がドアに挟まれ
ホーム端まで引きずられてレールに転落し、
車輪に轢かれて即死という事故が起きています。
新幹線開業以来の初の旅客死亡事故だったそうです。
当時の車両の安全機構や確認の見逃し等の
いくつもの不運が重なった事故でもあるのですが
年末ということで外出している人も多く
バタバタと移動することもあると思いますが
こういうときこそゆっくり落ち着いて行動したいものですね。
特に普段の毎日のルーティンとは異なる動きをすることが
多い時期でもありますから
より注意深く何事も行う必要があると思います。
私も年末年始休業に入ったら
外出が増えますが何事もなく来年も普通に生活できるように
慎重に過ごしていきたいと思います。

さてさて

本日は「キヤノンデミ」のカメラ修理を行っています。
1963年発売のカメラです。
「デミ」とは 「半分」や「部分的」を表す接頭語です。
ラテン語やフランス語に由来しています。
まさにその名の通りハーフ判のカメラです。
ハーフカメラといえばオリンパスペンや
リコーオートハーフが圧倒的に有名ですが
「デミ」もそこまでいかなくとも商業的に成功したカメラです。
ハーフカメラとして少々後発となってしまいまたが
巻上は主流のダイヤル式ではなく巻上レバーを備え
プリズムを使用した贅沢な実像式ファインダーを装備します。
またファインダーの対物側はレンズの真上に配置され
より正確なフレーミングが行えるつくりになっています。
オート露出こそ備えていませんが
シャッターはプログラムシャッターで
絞りとSSの組み合わせはシャッターユニットに委ねます。
セレン光電池使用の露出計指針に
プラグラムシャッター連動の追針を手動で合わせて露出を決定します。
搭載されるレンズはSH28mmF2.8です。

お預かりしている「デミ」は心配されるセレン光電池は
十分に元気で露出計もしっかり動作しています。
シャッターはとりあえず動作しますが
かなり長い間使われずにしまい込まれていたものとみられ
巻上や露出設定リングの動きがかなり重いです。
積年の汚れによるものと思われます。
特にシャッター設定ダイヤルの動きの悪さは問題ありで
シャッターを設定したいのにリングの動きが悪いため
ASA感度側が動いていしまう…という状態です。
これは思うように露出設定できません。
ファインダーは持病の曇りも少なく
比較的良好な状態なのですが
レンズにはかなり大きなカビがしっかり生えています。
全体的にリフレッシュが必要な状態です。

巻上のトラブルも比較的多いカメラなのですが
部品の変形等もなく動きの改善のみで問題ない状態にできそうです。
ハーフ判ではめずらしい巻上レバーは
本来はこのクラスらしからぬ非常にスムーズな感触で
使い心地も非常に良いカメラです。
しっかり整備してそのあたりもご依頼者様に
楽しんでいただきたいと思います。
まだ取り掛かり始めの段階ですが
これからしっかり分解整備を行っていきます。
蝶番式とはいえコンパクトカメラ等でありがちな
フィルム室にかぶせる構造の裏蓋なので
裏蓋には遮光用モルトが大量に使用されています。
当然ながら劣化で機能をはたしていない状態なので
そのあたりもしっかり対処していきます。

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オリンパスペンEE-3のカメラ修理

今日はいわゆる「御用納め」ですね。
官公庁で年末年始の休日を前に
その年の最後の事務を執ることを意味します。
また多くの民間企業でもこの日が「仕事納め」となります。
古くは1873(明治6)年から
官公庁は12月29日から1月3日までを休暇とすることが
法律で定められており
通常は12月28日が最後の業務日であり「仕事納め」となります。
で、今年は27、28日が土日なので
今日が「御用納め・仕事納め」になるわけですね。
ちなみに当店は日曜日まで営業しますので
28日が「仕事納め」となります。
今はいろんな休みの形態がありますし
年末年始も通常業務の方も
それなりにいらっしゃるとは思いますが
それでもやはり年末年始は少し特別な感じがしますよね。
…ってこんなこと書いていると
つられて「仕事納め」の気分になってしまいそうです。
私はもう少しあるので日曜日までしっかりがんばります!

さてさて

本日は「オリンパスペンEE-3」のカメラ修理を行っています。
1973年発売のカメラです。
ハーフカメラを代表するカメラであるペンシリーズですが
その中でも「ペン」といえば「EEシリーズ」を
イメージする方も多いと思います。
実際、現在でも使われている「ペン」で
最も多いのは「EEシリーズ」ではないかと思います。
「EE-3」はその名の通り「EE」としては3代目になるモデルです。
さらにこの後、フラッシュ内蔵になった「EF」も発売されますが
「EEシリーズ」のみならずフィルムの「ペンシリーズ」で
最も最後まで生産されたのがこの「EE-3」となります。
1986年までなんと13年間も生産され続けました。
生産終了の前年の1985年には一眼レフの世界では
既に「ミノルタα7000」が発売され
オートフォーカス機の到来へと大きく時代が変わった頃です。
同じオリンパスのコンパクトカメラの世界では
1983年に「ピカソ」が発売されいわゆる全自動カメラも
各メーカーラインナップされている時代です。
そんな中にセレン光電池使用のハーフカメラが
まだラインナップされていたことは
何だか不思議な感じがします。
それだけ基本設計に優れていて気軽に持ち歩け
簡単に撮れるカメラとして支持され続けてきたのだと思います。

生産時期が長いので細かい仕様変更は行われていますが
基本的には「EE-3」は発売同時から最後までほぼ変わっていません。
レンズはDズイコー28mmF3.5搭載で
セレン光電池を使用した露出計と連動し
プログラムオートで撮影するカメラです。
オート露出はSS2速切り替えで絞りも連動します。
ピントも固定焦点のシンプルなカメラです。

お預かりしている「EE-3」は
最近まで普通に使用できていたそうなのですが
突然シャッターが切れなくなったとのことです。
よくあるシャッター羽根の固着かな…と思ったのですが
少しチェックしてみるとそうではないようです。
レリーズボタンが押し込まれた位置で
どうやら固着していて内部の露出計指針も挟み込んだまま
固着してしまっているようです。
ちょっとめずらしいパターンです。

ある程度分解してもぱっと見には何が原因で
レリーズ軸が固着しているのかわからない状態でした。
よくよく調べてみると部品の一部が破損し
その欠片がレリーズ機構の奥のほうで挟み込まれて
動けなくなっていることが判明しました。
ペンEE系ではシャッターユニットのネジが外れて
いろんなところに挟み込まれるトラブルも多いのですが
今回はネジよりももっと小さな破片でした。
取り除いて破損部分の交換修復を行って
正常な動きを取り戻していきます。
他、やはり動きの悪い部分もあったので
露出計やオート調整も含む一通りの整備を行っていきます。

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ミノルタSR-T101のカメラ修理

今日は「「昭和」改元の日」だそうですよ。
1926(大正15/昭和元)年のこの日に
大正天皇が崩御され
皇太子であった裕仁(ひろひと)親王が
新天皇に即位されました。
これと共に新しい元号「昭和」が制定されました。
「昭和」の由来は、中国最古の歴史書『書経』にある
「百姓明、協萬邦」(百姓(ひゃくせい)昭明にして
萬邦(ばんぽう)を協和す)という一行から
上下一文字ずつ取ったものだそうです。
国民の平和および世界各国の共存繁栄を願う意味なのだそうです。
もうほぼ100年前のことなのですねぇ…
私は昭和44年生まれですが
そりゃほぼじいさんになるわけですね…(苦笑)
私が子供のころ、「明治生まれ」と聞くと
そりゃもうかなりのおじいさんだよねぇ…とよく思いましたが
もう少ししたら令和生まれの方からみたら
そう見えるんでしょうね…時代は流れますね…
ただ昭和は他の元号に比べてもかなり長いですから
あまりひとくくりにもできませんが…

さてさて

本日は「ミノルタSR-T101」のカメラ修理を行っています。
SR時代のミノルタ機を代表するヒットモデルですね。
1966年発売のカメラです。
ミノルタ初のTTL測光機であり開放測光機です。
ダイキャストはニューSR-7で登場したものを引き継いでいますが
操作感もよくスペックも十分なもので
非常に使いやすいうえに丈夫なカメラです。
造りの良さも評価されヒットモデルとなり
7年間にわたって生産されるロングセラー機にもなりました。
後継機のSR-TスーパーやSR505/101も
SR-T101のマイナーチェンジモデルといっても良いほどの
変更点しかなくSR-T101が基本設計に優れていることもよくわかります。
ロングセラー機だったこともあり
現存台数も非常に多いカメラで状態は千差万別ですが
基本的に水没品や分解品でない限り
致命的に壊れている個体は少ないかと思われます。
登場からほぼ60年ですが
未整備でもとりあえずは動作しているものも多いと思います。
しかしながら本来の姿でスムーズに動作している個体は
反対に少ないような気もします。

お預かりしている「SR-T101」は比較的初期の個体と思われます。
とりあえずはシャッターはなんとか切れるのですが
やはり未整備で長期間しまい込まれていたこともあり
とても本来の動きとはいきません。
高速シャッターは1/1000、1/500はシャッターが開かないまま
動作してしまっている状態です。
このシャッタースピードで写真を撮っても
もちろん何も写りません。
先幕と後幕の幕速バランスが崩れているせいですが
そもそも幕軸の動きがかなり悪いようです。
低速時にはスローガバナーも粘っていて
なんとか動きますが今にも止まりそうです
そしてそんな状態のため
頻繁にミラーアップしたままにもなってしまいます。
露出計も電池を入れても不動です。
ファインダーも装着されているレンズにも
かなりカビが生えて汚れてしまっています。

いずれにしても徹底的な内部の清掃が必要です。
そのうえで最低限の注油を行い
本来のスムーズな動きを取り戻していきます。
もともとの作りが良いカメラなので
新品同様とまではいきませんが
動きに関しては本来の動きを取り戻せると思います。
露出計不動はよくある配線の腐食とハンダの劣化が原因のようです。
こちらもCdSが劣化しているようなことは
SR-Tの場合はあまりなく精度も十分確保できると思います。
連動糸がそれなりにあり少々コツが必要ですが
整備性も良好で内部機構もよくできたカメラです。
SR-T系は修理依頼の多いカメラなので
見慣れた内部ですが油断せず慎重に整備を行っていきます。

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コニカⅡBーmのカメラ修理

今夜は「クリスマス・イヴ」ですね。
残念ながらホワイトクリスマスとはならず
冷たい雨のイヴになるようです。
「イヴ」は「イブ」と表記される場合もあります。
「eve」は「夜・晩」を意味する古語「even」から来たもので
「クリスマスの夜」という意味になります。
キリスト教会暦では日没が一日の始まりであり
クリスマスは24日の日没から25日の日没までとなるので
その間の夜である24日の夜のことを「クリスマス・イヴ」と呼びます。
日本では「クリスマス(12月25日)の前夜」と認識されることが多いですが
正しくはその言葉通り「クリスマス当日の夜」となり
「クリスマス・イヴ」は既に「クリスマス」に含まれています。
…毎年この日に同じことを書いている気がします(笑
まぁなんにせよ、日本では祝日でも何でもないですから
なにかイベントごとをするなら今夜ですね。
ステキなクリスマスの夜をお過ごしください!
私はまったく何もない普通の水曜日です(苦笑)

さてさて

本日は「コニカⅡB-m」のカメラ修理を行っています。
1955年発売のカメラです。
同年発売の「コニカⅡ」をベースに
タイム露出ダイヤルを廃止し、レンズを50mmF2.8から
ヘキサノン45mmF3.5に変更したモデルです。
コニカⅡにあったダブルヘリコイドの沈胴も省略されています。
よりシンプルで無理のない構造になり
使いやすく壊れにくいカメラだと思います。
ただし二重露出防止装置搭載は搭載されていますが
まだセルフコッキングとまではいかず
シャッターチャージとフィルム巻上は別々の動作で行います
そのフィルム巻上と巻き戻しはノブとなり
1枚1枚ゆっくりそんも動作も楽しみながら撮るカメラとなります。
この時代のカメラはその操作もしっかり噛みしめながら
使いたいものですね。

お預かりしている「ⅡB-m」は一通りは動作しているものの
各部の動きにさすがに積年の汚れ等による重さが見受けられます。
加えてレリーズが妙に深い位置で切れるようで
普通にレリーズボタンを押し込んでも
「あれ?まだ切れない???」という感じで
そこからもう一押し力を入れてやっと切れる…という感じです。
内部にレリーズタイミングの調整機構はあるはずなのですが
どんなことになっているのやら…

画像はひととおり整備が完了した状態です。
レンズ・ファインダーは非常にクリアになり
レンズ・ファインダーの清掃調整
シャッター羽根の洗浄整備、巻上チャージ機構の調整を行い
各部の動きも問題なくスムーズになっております。
非常に気持ちよく使えます。
先述したレリーズタイミングの問題は
レリーズ軸の調整箇所を見ると既に
めいっぱいレリーズを浅くする方向で設定されていて
これであの深さになるのは何かがおかしいということで
周辺も含めていろいろ調べてみたところ
一部部品の変形等が見受けられました。
できるかぎりの修復と若干の加工を行って
現在は適正な位置でレリーズが行えるようになっています。
やっぱり少し押し込んだところでタイミングよく
シャッターが切れないとなんだか気持ち悪いですよね…(苦笑)
今回に限りませんがレリーズとシャッターのレスポンスは
やはり大事だと思います。
ここ次第で使い心地のよさが全く変わってくると思います。

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フジカST605Ⅱのカメラ修理

今日は「冬至」ですね。
北半球では太陽の高さが一年で最も低くなる日となり
そのため一年中で最も昼(日の出から日没まで)が短くなり
夜が最も長い日となります。
季節の変わり目であり
寒さがますます厳しくなる時期でもありますね。
ちなみに日没のの最も早い時期は
今年の東京の場合、12月1日~12月12日頃で
日の出の最も遅い時期は年明けから1月13日頃までです。
自転軸や公転軌道の関係で少しズレるわけですね。
冬至にはユズを浮かべた柚子湯(ゆずゆ)に入り
カボチャを食べると風邪を引かないと言われています。
加えて冬至に関連して今日は「酒風呂の日」だったりします。
日本酒をお風呂に入れる「酒風呂」は
体がよく温まる、お肌がつるつるになる、
リラックスできる、ぐっすり眠れるなどの効果があると言われています。
いずれにしてもゆっくりお湯につかって
しっかり温まりたいですね。

さてさて

本日は「フジカST605Ⅱ」のカメラ修理を行っています。
1978年発売のカメラです。
フジカSTシリーズは元々はM42ねじ込みマウント機ですが
ST801発売以降はM42マウントレンズを使えつつも
独自機構であるフジカSTマウントレンズを装着することで
開放測光に対応しています。
開放測光対応のSTマウントレンズには位置決め用のピンと
絞り値伝達レバーが追加されています。
ST605は従来、開放測光をあえて省略し
絞り込み測光とした普及機でしたが
「Ⅱ」では開放測光対応モデルとなっています。
SSは「605」同様、B・1/2~1/700となっています。
小型軽量で取り回しの良いカメラです。

お預かりしている「ST605Ⅱ」は
高速シャッターの精度不良にプリズム腐食という
トラブルを抱えています。
STシリーズもプリズム腐食の多いカメラです。
ただ他の多くのカメラのように
プリズム周辺のモルトが起因となるものではなく
プリズムの蒸着自体の劣化によるものが多いと思います。
蒸着の強度が少し弱いのかもしれません。
加えて先幕・後幕の幕速バランスが比較的崩れやすいのも
STシリーズに多く見られるトラブルです。
ただこれは生産から50年経過することもあり
整備調整が必要なのは当然ともいえますが…

構造は比較的シンプルで
整備性は良好…でもないのですよね(苦笑)
難しいわけではないのですが
ちょいちょい手間がかかる部分が多いカメラです。
加えてスクリーン周りのちょっと厄介な部分に
モルトが貼り巡らされているので
その部分のモルト交換は必須です。
放置しているといくら清掃してもファインダー内に
いくらでもモルト屑が入り込んできます。
シャッターに関してはとにかく積年の汚れを除去し
本来の動きの滑らかさが出るように整備を行います。
しっかり清掃して最低限の注油を行えば
あとはわずかな調整で精度は確保できると思われます。
これから本格的に分解整備取り掛かっていきます。

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コシナCT-1Aのカメラ修理

今日は「クロスワードの日」だそうですよ。
1913(大正2)年のこの日に
『ニューヨーク・ワールド』紙が
日曜版の娯楽のページに
クロスワードパズルを掲載したことに由来しています。
昔は新聞や雑誌の片隅に載っている
クロスワードパズルに結構ハマって
時間を溶かしていたことがよくありましたねぇ
最近は見なくなったかな…と思ったら
そもそも紙媒体の新聞や雑誌を手にすることがないからですね…
ちょっとした気分転換や頭の体操にいいと思いますが
わざわざ探し出してまでやるほどでもなのですよねぇ…(苦笑)
頭の体操といえば一時期ニンテンドーDS版の
脳トレに結構ハマった時期がありました。
最近、部屋の片づけをしていてDSが出てきたのですが
まだ立ち上がるかな…ちょっとやってみたくなりました…

さてさて

本日は「コシナCT-1A」のカメラ修理を行っています。
1980年発売のカメラです。
その前年に発売された「CT-1」の露出計を
LED型に変更したモデルです。
丈夫さで定評がありいろんなメーカーのカメラに搭載された
コパルスクエアシャッターを搭載した機械制御機です。
マウントはペンタックスKマウントです。
特に質感が高いとか使い心地が良いとかのカメラではありませんが
シンプルで丈夫かつ適度に小さく軽く
非常に使いやすいカメラです。
Kマウントレンズは各メーカーからいろんなレンズが
発売されていますので拡張性が高く
様々な場面や撮影に対応できるカメラです。

お預かりしている「CT-1A」はシャッターを切ると
かなりの高確率で…というかほぼ間違いなく
ミラーアップしたまま固着してしまいます。
「B」で切ってシャッター羽根の動きを見ていると
明らかに後幕のシャッター羽根の動きが悪く
ミラーダウンの動作に繋げられないようです。
この状態であればシャッタースピードも全般的に
精度はなった出ていないと考えられます。
縦走り金属羽根はフィルム室から見る限りは
キレイなのですが羽根の基部に汚れや
ゴムダンパーの劣化した破片等が詰まっていて
動きを妨げているものと思われます。
シャッターユニットの清掃整備が必要な状態です。

もともとがお求めやすい価格帯のカメラなので
コストを抑えている部分は多く見られますが
シンプルな機能に機械制御のユニットシャッターの
組み合わせなので整備性は悪くありません。
ただ少しばかりファインダー周りは独特な構造です。
LED露出計は分解して回路が露出すると
扱いは非常にデリケートなので注意が必要です。
CT-1Aに限りませんがちょっとしたことで
修理不能な状態になる可能性もあります。
まだ取り掛かり始めですが
これから本格的に分解整備取り掛かっていきます。

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ニコンFE2のカメラ修理

今日は「果ての二十日」ですね。
身を慎み災いを避ける忌み日です。
一年の終わりの月である12月を
「果ての月」といい
「果ての二十日」は12月20日(本来は旧暦)を意味します。
年末の挨拶や大掃除、正月の準備など忙しさの極まる時期だが
この日は一切の仕事をやめて外出を避け
静かに過ごす日と伝えられています。
由来については諸説あって
近畿地方では罪人の処刑をこの日に行っていたからとも言われています。
また、山の神に深く関わる忌み日とされていて
この日に山に入ることを避ける地方が多いのだそうです。
和歌山県と奈良県の県境沿いには「果無山脈」(はてなしさんみゃく)という
山脈があり「果ての二十日」である12月20日のみ
または12月20日過ぎにのみ現れる
「一本だたら」という妖怪が棲んでいたと伝えられています。
いろいろ忙しく余裕がなくなりがちなこの時期だからこそ
「果ての二十日」くらいはいったん落ち着いて
静かに過ごす…というのは良いかもしれませんね。
天気もあまりよくないですし
温かい飲み物でも準備して少しゆっくりしましょう

さてさて

…といいつつも…お仕事は年末スパート中なので
次々といかなくては…(苦笑)
本日は「ニコンFE2」のカメラ修理を行っています。
1983年発売のカメラです。
前身の「FE」から基本構造を引き継ぎながらも
シンクロ1/250を実現したカメラです。
その副産物として当時世界最速となる
シャッタースピード1/4000を搭載します。
1/4000が注目されましたが
やはり当時の実用を考えると
フォーカルプレーンシャッター機の弱点でもある
シンクロスピードが1/250になったことが大きいかと思います。
使いやすい露出計+ファインダー情報はFEから引き継がれ
非常に使いやすいカメラとして当時も現在も人気のカメラです。
ただAi連動爪が固定式となり
非Aiレンズは装着不可となりました。

お預かりしている「FE2」は
シャッターを切るとシャッターが開いたままで
固着してしまいます。
電子制御シャッターが…という問題ではなく
M250でも同様の症状が発生します。
「FE2」も「FE」と同様に電子回路のトラブルは
非常に少ないカメラでたいていのトラブルは
機械的動作不良が原因です。
今回の場合も機械的にシャッター後幕が
汚れ等を原因とする動作不良かと思われます。
「FE2」や「FM2」の初期モデルに見られる
ハニカムエッチングが施された
独特のチタン製金属羽根は非常に魅力的ですが
製造から時間の経った現在では
トラブルが非常に心配される部分です。
もちろん羽根の変形等があった場合は修理不可能です。
金属羽根は通常のものでもデリケートな部分ですが
「FE2」や「FM2」のシャッターはそれにまして
繊細な部分なので取り扱いには注意が必要です。
不用意に触らないのはもちろんですが
フィルムの先端等で突かないようにも気を付ける必要があります。

今回はシャッター自体に重篤な問題があるわけではなく
通常の羽根清掃や調整で動きは改善できそうです。
他にも巻上等に動きの悪い部分があるので
そういった部分の機械的整備を行ったうえで
電気的調整を行っていきます。
整備性は良好ですがデリケートな部分が多いので
分解整備には気を抜けないカメラです。
慎重に取り掛かっていきます。

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オリンパスOM-1nのカメラ修理

先日(17日)に
人類初飛行を記念する「飛行機の日」がありましたが
今日は「日本人初飛行の日」なのだそうです。
1910(明治43)年のこの日に
東京・代々木錬兵場(現:代々木公園)で陸軍軍人徳川好敏が
日本初飛行に成功したことに由来しています。
ライト兄弟の7年後になりますね。
飛行機はフランス製のアンリ・ファルマン式複葉機で
飛行時間は4分・最高高度は70m・飛行距離は3000mだったそうです。
実際には5日前の12月14日に
陸軍軍人日野熊蔵が飛行に成功していたのですが
公式の飛行実施予定日ではなかったため
「滑走の余勢で誤って離陸」と報告されているそうです。
まぁそのあたりは大人の事情なんでしょうね…
ちなみにこの37年後には有人で音速を突破します。
この時代の技術の進歩の勢いはすごいですね。

さてさて

本日は「オリンパスOM-1n」のカメラ修理を行なっています。
今月もしっかりOM-1の修理がありますね。
いつも同じようなことを書きますが
やはり軽量コンパクトな機械制御一眼レフとなると
やはり真っ先にOM-1の名が挙がると思います。
1972年に「M-1」として発売され
翌年には「OM-1」へと改名
細かなマイナーチェンジを繰り返しつつ生産が続き
1979年に今回の「OM-1n」が発売されます。
基本的な構造・機能は従来のOM-1と変わりません。
機能的にはフラッシュ機能の一部が変更されている程度です。
内部機構的にもOM-1の後期とさほど変わりませんが
OM-1後期から露出計SWの構造が大きく変更されています。
他は細かな部品変更等に留まっています。

お預かりしている「OM-1n」は
一通り動作はしている状況です。
ただ高速シャッターの精度には問題があり
1/1000は半分以上開いていない状態です。
実際に写真を撮ると
写真の2/3くらいが真っ黒になると思われます。
幕テンション云々というより
汚れ等による幕軸の動きの悪さと
調速カム部の動作不良によるものだと思われます。
しっかり内部の汚れを落としたうえで調整が必要です。
加えてフィルムカウンターがうまくリセットされないようです。
これもカウンター軸の汚れが原因かと思われます。

ファインダーからチェックしたときに視野内には
全く問題なかったのですが
プリズムの遮光モルトはベタベタに加水分解しています。
蒸着面にまでは影響ないですが
プリズム塗装表面には少し侵食しています。
今のうちにチェックできてよかったです
侵食が広がらないように後で対処を行っておきます。
これから本格的に分解整備に取り掛かります
OM-1は整備性は良好なカメラですが
やはりその小ささと軽量さゆえに
かなりデリケートな部分も多いので
整備調整にはかなり気を使うカメラです。
基本的には丈夫なカメラではありますが
経年劣化の影響もあり華奢な部分もありますので
そのあたりには注意して作業に取り掛かります。

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ミノルタXEのカメラ修理

今日は「東京駅完成記念日」だそうですよ。
1914(大正3)年のこの日に
東京駅の完成式が行われたことが由来となっています。
ちなみに開業したのは同年の12月20日なのですね。
意外と東京駅周辺って行くことないのですよね…
私の住んでいるエリアで考えると
ほとんどの用事が新宿いけば問題ないですし
ほぼ中野・新宿エリアから出ない生活です…
先日、所用で渋谷に行く機会がありましたが
これも数年ぶりで駅出入り口の変わりように戸惑いました(笑
でも東京駅は新幹線の起点なので
広島に帰省する際には必ず利用します。
この年末もお世話になります。
少し話がそれますが
1997年のこの日には東京湾アクアラインが開通しています。
夕暮れ時の海ほたるとか行きたいですねぇ…

さてさて

本日は「ミノルタXE」のカメラ修理を行っています。
1974年発売のカメラです。
前年にXシリーズ第一号機の「X-1」が発売されており
それに続く第二弾モデルです。
ポジションとしては中級機ですが
ライツ・コパルと共同開発した
縦走り金属羽根シャッターを搭載していて
それが使用感向上に大きく貢献しています。
Xシリーズのなのでもちろん電子制御機です。
スペックとしては飛びぬけた部分があるわけではなく
絞り優先オート機としても標準的で
少し大柄で重いカメラではありますが
何といってもその魅力は滑らかな巻上に代表される
使い心地のよさだと思います。
それがゆえに根強い人気のあるカメラです。

比較的初期の電子制御機ということもあり
トラブルはやはり多めなカメラだとは思います。
今回、お預かりしている「XE」も
外観は使用感が少なく非常にキレイなのですが
電源を入れてシャッターを切ってみると
かなりの高確率でミラーアップしたまま固まってしまいます。
まともに切れる方がまれという状況です。
「XE」にはメカニカルで動作する「X」と「B」が
装備されておりここ以外のSS設定ではすべて電子制御となります。
電池を入れずに電子制御で切ると
同じようなミラーアップになりますが
今回の場合は電源は安定されて供給されているようです。
このミラーアップはXEで比較的多い症状で
何通りかの原因が考えられます。
その中で電子基板内のトラブルが原因の場合があるのですが
その場合は残念ながら当店では修理不能となります。

まだ取り掛かり始めで
これから原因をはっきりさせるために
分解を進めていくのですが
おそらく電子基板にあのトラブルではないと思われます。
何か所かチェックポイントがあるのですが
おそらく接点の接触不良が原因と思われます。
いずれにしても今回は修理可能かと思います。
巻上に多少の引っ掛かり等もあるので
機械的な整備も並行して行っていきます。
正直なところあまり整備性は良いとは言えず
なかなか手間のかかるカメラです。
それでもキチンと本来の姿で動作する「XE」は
やはり気持ちの良いカメラです。
個人的にも好きなカメラですし
根強い人気があるのもよくわかります。

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