キヤノンF-1のカメラ修理

今日は「植物学の日」だそうです。
植物学者の牧野富太郎さんの誕生日に由来した記念日です。
私も公園で花を撮ることも多いので
ほんの少しは植物についての知識はあるつもりですが
本当に植物やお花の種類の判別は難しいですよね。
特に公園とかに植えられているものは
園芸種だったりで日本固有のものではなかったりもしますから
尚のこと判別が難しいです。
「花だけではなくて葉や茎で判別しなければ
わからないものも多い」ともよく言われますが
それって人間でいえば
顔だけで誰か判断するのではなくて
お尻や足を見て誰か判断しろってことですよね(汗)
いやいや江戸伸介じゃないんだからそれは無理ですよ(苦笑)
すみません、話が少し暴走しました…
ただ今はネットで画像付きでいろいろ調べられるので
随分便利になりました。
よくわからない花を撮ったときには
コンデジで花の形や葉の形がわかる写真をたくさん撮っておいて
帰宅してからPCで調べれば大抵わかりますものね。
でも毎年見ている花や樹木は
できるだけ一目でわかるように覚えたいものです…

さてさて

カメラも古いものでモデル名の刻印とかがないものだったりすると
(特に1950年代、あるいはそれ以前の二眼レフやバルナックコピー)
モデル名の判別が非常に難しいものが多いですね。
それが1960年以降になって一眼レフが市場の中心になってくると
モデル名がボディに大きく刻印されているもがほとんどとなり
とりあえずパッと見にモデル名がわからないというのは少なくなりました。
今日は「キヤノンF-1」のカメラ修理ですが
キヤノンのフラッグシップ機ということもあり
前面に誇らしげに「F-1」の文字が刻印されています。
ただF-1も前期後期でいろいろ部品の変更が行われており
その辺の判別をするにはある程度の知識と慣れが必要ですね。
今回は後期のF-1です。
一番判別にわかりやすいのが製造番号で
50万番台以降は後期のF-1(F-1N)となります。
前期のF-1との違いは内部の細かい部品構成以外にも結構あり

・巻上角の違い
・巻上レバーの形状
・対応できるフィルム感度範囲の高感度側が変更(ASA2000→ASA3200)
・シンクロターミナルがネジ式に変更
・ミラーの反射率の変更
・レリーズボタン受け皿部の形状変更
・ファインダー接眼レンズに多層膜コーティング
・バッテリーチェックボタンが自動復元式に変更
・ボディ背面にメモホルダー追加
・巻き戻しクランク引き上げ時にクリックが追加

細かいことを言うともう少しありそうですが
結構、違いがあるものですね。
もちろん基本的構造や主なスペックに変更はありません。
使っていて一番の違いは巻上角の変更ではないかと思います。
これは巻き上げてみると明らかに
前期と後期の違いがよくわかります。

お預かりしているF-1はご依頼者様が
高校生の頃から40年以上使われている相棒です。
使い込まれてはいますが
丁寧に大切に使われてきたのだということは
よくわかる状態です。
ただ、やはり経年劣化でいろいろなトラブルを抱えてしまっています。
まずはシャッターの先幕後幕の幕速バランスが崩れていて
1/2000は開かない状態です。
1/1000以下は何とか開きますが
やはり後幕が追い付いてしまうような状態で
写真両端でかなり露出差が出てしまう状態です。
1/125以下になるとほとんど気にならなくなります。
露出計は電池入れてSWをonにしてもほとんど反応がありません
いろいろ試しているとたまに動くこともありますが
とても普通に使える状態ではありません。

画像は整備完成後の状態です。
シャッターは幕速バランスの悪さもありましたが
調速カムの設定がかなり狂っていたせいもあり
高速シャッター(特に1/2000)が大きく狂ってしまっていたようです。
露出計不調の原因は露出計本体内部の接触不良が
まず一番の原因でこれはメーター交換で対応しています。
さらにご依頼者様が使用されていた
電圧変換型電池アダプタにも問題があり
上下からある程度押されるとほぼ通電しなくなる状態でした
電圧変換型電池アダプタも
長い間使っているとトラブルを抱えているものも中にはあるので
ご注意いただければと思います。
(その点は無変換タイプの方がトラブルは起こりにくいと思われます)

装着されているレンズはFD55mmF1.2 S.S.C ですが
やはりこのくらいの堂々とした大きさのレンズがF-1には似合いますね。
こちらのレンズはボディとは別に
後から中古で入手されたものらしいのですが
ピントリングがやたらと重く
ヘリコイドが固着気味の状態でした
さらにそれだけでもなくヘリコイドが重い状態で
結構無理して回していた時期があるらしく
一部部品に変形もありました。
もちろんできる限りの修復と整備清掃で
現在は全く問題ない状態に仕上がっています。

ボディもレンズもすっかりリフレッシュされたので
また新たな気持ちで今後も使い続けていただければと思います。

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プリモフレックスのカメラ修理

今日は「シ(4)ジ(2)ミ(3)」ということで
「シジミの日」だそうですよ。
シジミのお味噌汁美味しいですよねぇ…
いわゆる「貝汁」ってどれも美味しいですが
シジミのお味噌汁はその中でもとくに優しい美味しさですよねぇ
肝臓の働きを助けてくれる成分が豊富ということで
二日酔いの朝の定番でもありますが
二日酔いなんてしてなくてもいつ飲んでも美味しいです。
島根県松江市と出雲市にまたがる宍道湖(しんじこ)は
国内で有名な「シジミ」の産地の一つで
私は広島出身で比較的地元に近いこともあり
シジミと言えば「宍道湖」のイメージです。
宍道湖のシジミは日本固有の「ヤマトシジミ」ですね。
宍道湖しじみ館という全国唯一のシジミ展示館があって
そのうち広島に行ったときに足を延ばして
行ってみたいなぁ…と思っていたのですが
昨年、新型コロナの影響もあって閉館してしまいました…
それでも宍道湖・中海周辺は見どころ満載だし
美味しいものもたくさんあるので
大手を振って出かけられるようになったら
是非行ってみたいと思います。

さてさて

本日は「プリモフレックス」のカメラ修理を行っています。
プリモフッレクスは東京光学の二眼レフカメラです。
堅実な造りと使いやすさで数ある国産二眼レフブランドの中でも
非常に人気の高いシリーズです。
これまたプリモフレックスも1950年代の二眼レフブーム時に
いろいろなモデル(11機種)が作られているのですが
この区別がなかなか大変です。
今回のご依頼者様からは2台のプリモフレックスをお預かりしているのですが
1台はおそらく1950年発売の「プリモフレックスⅠA」で
もう1台は1952年発売の「プリモフレックスⅠB」かと思われます。
「ⅠA」はフィルム装填は赤窓式で巻き止めも何もない
シンプルな二眼レフです。
シャッターは「Ⅰ」と異なりレクタスシャッターを搭載し
B・1~1/200のシャッタースピードです
レンズはトーコー銘3群3枚7.5cmF3.5が搭載されます。
「ⅠB」は「ⅠA」のマイナーチェンジ版とも言えるモデルで
フィルム装填が最初の1枚のみ赤窓式で
2枚目以降は巻き止め+フィルムカウンターが装備されました。
シャッター、レンズは「ⅠA」と同様です。

2台とも正直言って受付時には
あまり良いコンディションとは言えない状態でした。
外装も一部部品がない部分等もありレンズやミラーの状態も悪く
もちろんシャッターの動きも悪い状態でした。
そして何よりも両方ともヘリコイドが強烈に固着しており
「ⅠA」は無理矢理回そうとしたのか
ノブが空回りして知っている状態で
「ⅠB」はビクともノブが動かない状態でした。
古い二眼レフではたまに見受けられる症状ですが
これがそう簡単には動くようにはなりません。
溶剤を入れてみたりクリーナーを入れてみたり
油を入れてみたりしながら時間をかけて
少しずつ固まっている部分を溶かしていくしかありません
手間もかかりますが時間も非常にかかる作業です。

何とかピントノブの件はクリアでき
ファインダー・レンズはできる限りの清掃です。
シャッターも一部バネそのものが弱っている部分もあり
できる限りの修復と調整を行っています。
通常の撮影には問題ないレベルには仕上がっています。
外観等はできる限りの修復と清掃です。
それでもお預かり時に比べると
見違えるほどに良い状態になっていると思います。
ちなみに上の画僧の手前が「ⅠA」で、奥が「ⅠB」です。
もう生産されてから70年が経過するのですね。
今のカメラが70年後に整備して普通に使えるようになるか?と言われれば
非常に難しいのではないかと思われるので
シンプルな機械であるこの時代のカメラはやはり素晴らしいと思います。
(それでも長期間放置されたものを
普通に使えるように整備するのは本当に大変です)

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オリンパスM-1のカメラ修理

今日は「道の駅の日」だそうです。
高速道路のSAの一般道路版といった感じですが
地方にクルマとかバイクで行ったときに
「道の駅」があるとついつい寄っちゃいますよねぇ
以前は山梨・長野方面に登山目的で
クルマで行った帰りには必ず道の駅によって
果物や野菜を買って帰ったものです。
お土産だけじゃなくて
温泉施設を併設していたり
そこでしか食べられないグルメがあったりして
いろいろ見どころ満載なのですよね!
まぁ今はなるべく遠出したり移動はするなとのことなので
GWでも積極的に「道の駅」があるようなところにも
「行きましょう!」とは言えませんが…
大手を振ってまた行けるようになれば
たくさんお土産買いに行きたいですねぇ~

さてさて

本日は「オリンパスM-1」のカメラ修理を行っています。
ここを見ているような方にはもはや説明不要だとは思いますが
「M-1」は「OM-1」の元々のモデル名で
「M-1」で発売してすぐにMシリーズを展開する某老舗メーカーから
クレームが入り「OM-1」にモデル名変更が行われたわけですね。
そんなことがあったせいで
ただの「OM-1」の最初期モデルである「M-1」が
ネーミングのせいでプレミアがついた市場価格になってしまいました。
実際に「M-1」とごく初期の「OM-1」は
上カバーのロゴ以外はほぼ一緒です。
「M-1」は1972年7月発売で1973年5月に「OM-1」に改名され
その間に製造されたM-1は約3000台と言われているのですが
実際にはもっと多いと思います。
…というのも意外に見かけるのですよ。
ちょっと大きな中古カメラ屋さんに行けば必ず1台は飾ってあるし
オークション等でも常に出品されていますよね。
まぁカバーだけ替えられた「偽M-1」なんてのも見たことはありますが
それにしても現存台数が多いような気がするので
3000台ってことはないかと思われます。
それでももちろん「OM-1」に比べると圧倒的に少なく
それなりのレアアイテムであることに変わりはありません。

修理する立場で言えば「初期OM-1」も「M-1」も同じことではありますね。
お預かりしている「M-1」はまずは定番のプリズム腐食です。
プリズムと接眼レンズの隙間を埋めるために貼られた分厚いモルトが
加水分解でボロボロになりそれがプリズムの蒸着を侵食してしまいます。
OM-1でファインダー視野下部にモヤモヤした曇りのようなものが見えれば
ほぼ間違いなくプリズム腐食です。
もうこうなるとプリズムは交換が一番間違いない処置かと思われます。
再蒸着という方法もありますが当店では行っておりません。

シャッターは一見正常に動作しているようですが
やはり高速シャッターでは精度は出ておらず
幕軸や底部三連ギア部の清掃が必要な状態です。
もちろんミラー駆動部辺りも要清掃です。

トラブルの比較的多い露出計はとりあえず動作はしていますが
怪しい配線やハンダ付けはトラブル予防の意味も含めて
修復・交換を行います。
その上で今回は1.5Vで最適な値が出るように調整しなおします。
ちなみに1.3Vで正しい値が出ているところへ
1.5V電池で使うと1.5段ほどアンダーを指示することになります。
0.2Vの電圧の高さで指針が振れ過ぎてしまうのですね。

巻上レバーはM-1や初期のOM-1ではよくあるのですが
樹脂の指あて部が劣化で破損してしてしまっているので
交換で対処します。さすがにM-1の巻上レバーは用意できないので
OM-1のもので対処いたします。
組んでしまえば外観では違いは判りませんが
軸とのリンク部分の構造がOM-1とM-1(最初期OM-1)では少し違います。
上の画像にも写っていますが
リンク部が別体でネジ3本留されているのがM-1仕様ですね。

まだ取り掛かったばかりですが
これから慎重に整備に取り掛かっていきます。
以前も書いた覚えがありますが
M-1や初期のOM-1はメーターやプリズムの台座になっている部分の
樹脂部分が弱くうっかりするとグズッと崩れてしまうので
そのあたりは特に慎重に取り扱っていきます。

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ヤシカエレクトロ35GSのカメラ修理

今日は「地図の日(最初の一歩の日)」だそうです。
1800(寛政12)年のこの日に伊能忠敬が
蝦夷地の測量に出発したことに由来しています。
伊能忠敬さんってもともと造り酒屋を営む商人で
50歳の時に繁盛していた店を長男に譲り
それから測量・天文観測などを学んだのだそうです。
その後、56歳の時に『大日本沿海輿地全図』の測量を開始したのだそうです。
その上、幕府からの資金援助はあまりなく
測量器具や旅の費用のほとんどを自費で賄い計測を行ったということです。
当時の50歳って今と違ってもうほぼほぼ寿命ですよ。
それから勉強して56歳で徒歩で16年間自身で実際に測量を行っているのです。
すごいなぁ…私、現在の50歳過ぎでこんなにヘロヘロなのに…(苦笑)
何事もチャレンジあるのみだということがよくわかります。
頭いかれてなければなぁ…まだもう少し何でもできたと思うのですが…(汗)
まぁ、私は私でできることからいろいろチャレンジしていきます。
仕事が何とかできますからね。それで十分なのですが…
それにしてもこの『大日本沿海輿地全図(伊能図)』の作成は
調べれば調べるほど大変だったのだなぁ…と思います。
この記念日の由来となっている最初の出発時点なんて
本当に気の遠くなるような
終わりの見えない測量の出発点だったと思いますが
伊能さんはどんな気持ちだったのでしょうね
残念ながら『大日本沿海輿地全図』が完成したのは
伊能さんの死後3年後の1821年になってしまうのですが
完成したときの達成感は言葉にできないほどだったでしょうね。

さてさて

本日は「ヤシカエレクトロ35GS」のカメラ修理を行っています。
相変わらず今月もエレクトロの修理は多いです。
「GS」は基本的な構造は初代エレクトロから大きくは変わっておらず
外観も初代とほぼ変わりませんが
このモデルから新コーティングの
「カラーヤシノンDXレンズ」に変更されています。
構成や45mmF1.7の大口径レンズであることは変更なく
シャッターユニットもお馴染みのコパルエレクで
HM-4N電池で絞り優先AE専用機として駆動します。

お預かりしている「GS」は
ご依頼者様のお母さまが元々お使いになっていたもので
何十年もケースに入れた状態で仕舞い込まれていたものとのことです。
ケースに入れたまま保管されているカメラは
ケースの中で湿気をため込んでしまう場合が多く
レンズやファインダーに盛大なカビが発生ていいる場合が多いのですが
今回は乾燥した場所で保管されていたらしく
ケースの内側の状態も悪くなく
レンズには多少のカビが見られるものの大きなダメージはないようです。
ファインダーはさすがに全体的に曇ってしまっていますが
これも何とか清掃でクリアにできそうです。
電池室を開けてみると中からゴロンと当時のHM-4N電池が出てきました
「うわ…これは電池室にかなりダメージあるかな?」と心配しましたが
酷いものになると
完全に朽ちてしまっている場合もある電池室の蓋側は
ほぼダメージはない状態でした。
さすがにマイナス端子側は緑青が発生しており接触も不安定で
それに伴い本体電源も不安定な状態です。
単に電池端子を磨いただけでは改善されず
おそらく端子裏ハンダは腐食して断線寸前でしょうし
配線も最低でも電池室からのものは交換しないダメかと思われます。
電源が不安定で挙動が不安定なため
オート精度等ははっきり確認できないのですが
電子制御的に大きなダメージはないかと思われます。
ケース入れっぱなし、電池入れっぱなしである割には
非常にコンディションの良い状態かと思います。
特に水銀電池は例え液漏れが起こっていなくても
電池自身から出るガスで端子や配線を腐食させたり
電池自身を腐食させたりするものなのですが
今回は運よくそれほどのダメージはないものと思われます。

外装は今度は逆にケースに入れられていたこともあり
非常に良いコンディションです。
もしかしたらそれほど使われていない、あるいは
使っても非常に大切丁寧に使われていたものかと思われます。
それほど外装のコンディションは良い状態です。
この頃のヤシカ独特のギラギラしたシルバーが綺麗です。
個人的にこのシルバーはものすごく好きです。
さすがにフィルム室内のモルトは全滅ですが
やはり湿気は少なかったらしく
ベタベタではなくホロホロに腐食しており
触るとボロボロと落ちていきます。
おそらく内部モルトも同じ状態でしょう
モルト屑が悪さをする可能性もあるので
分解時には隅々までモルト屑の清掃も行います。
まだ現状チェックを行っただけの段階です。
これから分解整備に本格的に取り掛かります。
大事に丁寧に扱われてきたエレクトロを
まだまだ安心して使っていただけるように
隅々までキチンと整備を行っていきます。

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ミノルタSR-3のカメラ修理

今日は「お香の日」だそうですよ
最近は家でお香をたくことなんてめったにないのですが
一時期はいろいろな種類のお香に凝ったことがありました
(まぁ安物ばかりでしたが…(笑))
お香の香りで気分転換もできるし
リフレッシュや癒しにもなるし
なかなか良いと思います。
ただ煙に抵抗がある方だったらお香ではなく
アロマディフューザーとかでもいいかもしれませんね。
そういえば私が子供の頃
うちの実家ではじいさんが
朝夕、しっかり線香をたいてお経をあげるので
常にほんのり線香の香りがしていたなぁ
イヤではなかったけど「仏壇くさいなぁ」とは思っていました。
でも今考えるとあの線香の香りをかぐと
「家に帰ってきた~」という感じがしてよかったのだと思います
もはや仏壇もありませんが家で線香たいたら
ちょっとは懐かしい気分になれるかな…(笑

さてさて

本日は「ミノルタSR-3」のカメラ修理を行っています。
ミノルタ初の一眼レフカメラ「SR-2」の後継機です。
「SR-2」のデビューが1958年で
「SR-3」の発売が1960年、機能的に変わったのは
シャッターダイヤルがそのまま回せるようになりクリックストップになったことと
スクリーンがスプリットになったこと(翌年モデルではマットに戻った)
着脱式連動露出計ソケットが追加されたくらいなのですが
中身的には「SR-2」の後継というよりは
この2年の間に頻繁にマイナーチェンジを行ない
結構、中身の部品の変更等がされた
「SR-1」の1960年型に1/1000を追加したものが「SR-3」といったほうが
正しいかと思われます。
どちらにしても基本的構造はほぼ同じではあるのですが…

お預かりしているSR-3は製造番号の早さと
スクリーンがスプリットであることから
1960年型のSR-3ではないかと思われます。
ミノルタSR系はシャッター機構自体は非常に丈夫で
このSR-3も全く整備歴はないのではと思われますが
シャッターはとりあえず動作してはいます。
しかしながらたまにミラーアップしたままになってしまいます。
この年代の横走り機でミラーアップとなると
いつも同じことを書きますが
ミラー駆動部が原因ではなく
シャッター幕の走行不良が原因のことがほとんどです。
今回も測定器で幕速を測ってみると
先幕に比べても(先幕も決して速くはない)
後幕の幕速が非常に遅く
1/1000だと写真の両端で
1段以上露出が異なってしまうような状態です。

ということで、分解をここからさらに進めて
シャッター幕軸の清掃注油を行っていきます。
過去に妙な弄られ方をしていなければ
それだけでシャタースピードもおおまかには合うはずです。
あとは幕テンションをほんの微調整程度に調整します。
巻上部にも油切れ+古い汚れがたまっていると思われ
巻上が妙に重い感じもするので念入りに清掃整備していきます。
もちろん最後にファインダー清掃&調整を行って
最組み立てして聴きます。

個人的にじいさんから引き継いだSR-2も持っていて
数年前には状態の良いSR-3も手に入れてたまに使っています。
キチンと整備されたSR機はミノルタらしい
ひじょうに使い心地の良いカメラで撮影する過程が楽しめるカメラです。
今回のSR-3もそういう部分も含めて
完成後には楽しんでいいただければと思います。

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ペンタックスSPのカメラ修理

今日は「職安記念日・ハローワークの日」だそうです。
最近はよくわかりませんが若い頃は
よく通いました…職安…(苦笑)
私、最終学歴が専門学校中退なので
最初の就職から職安のお世話になったのですよねぇ
それで特に20代の頃は短期だったのもありますが
仕事を転々としたのでそれこそそのたびに
しばらく職安に通う日々が続くような状態でした。
今のハローワークだと端末の前に座って
いろいろ募集要項を検索して気になるものだけ
プリントアウトして持ち帰りも可能という感じだと思いますが
私が昔よく通ってた頃は
募集要項は業種別にファイリングされていて
それをパラパラめくりながら希望に近いものを探すという感じでした
今から考えると超アナログです。
たった30年前くらいなのに…(苦笑)
その募集要項の内容もほぼ手書きだったような覚えが…
ただ、おそらくその頃は今よりも
仕事は見つけやすかったと思います。
私の住んでいた田舎でもあまりより好みしなければ
とりあえず正社員で入れるところもいろりおありましたし…
ただあまりに書いている内容の条件が
あまりに良さそうなところは要注意で
そういうところは、まず間違いなく精神的・体力的
あるいは両面からなかなかしんどい仕事だったかと思います。
いわゆるブラック的な会社はその頃もたくさんありましたし…
どちらにしても私は集団行動が少し苦手なタイプなので
最終的にチームワークで利益で上げる会社員には
ちょっと向いてなかったのかもしれませんね(汗)

さてさて

本日は「ペンタックスSP」のカメラ修理を行っています。
SPもなんだかんだと毎月コンスタントに依頼のあるカメラです。
月によってはOM-1よりも多いかもしれません。
依頼の多い最大の要因は
発売当時に超大ヒットしたカメラで現存台数が非常に多いことかと思われます。
家の物置の奥で眠っていたカメラが「SP」だったというパターンは
非常に多いかと思われます。
現行モデルだった頃に非常に売れたのも
使いやすく優れたカメラだったからですが
現在でもその魅力は全く色あせるものではありません。
M42マウントという汎用性の高いユニバーサルマウントを採用しているため
ペンタックス純正のみならず
世界中のM42マウントレンズを使えるのはやはり非常に魅力的です。
ただし、その汎用性の高いシンプルなマウント故に
絞込測光となってしまうので露出計の使用には慣れを必要とし
場合によっては開放測光よりは使いにくいことも多いかとは思います。
ファインダーも時代なりのもので特別明るいわけでもないですが
ピントの山は掴みやすく
巻上は本来の状態であるならば非常に軽く気持ちの良いフィールです。
(しかしながら未整備のものは異様に重いものが多い)

お預かりのSPは程よく使いこまれた
非常に渋いブラックボディです。
機能に問題あるほどではありませんが
上カバーの角は少し凹み、塗装剥げもあちこちにありますが
いかにも長年使いこまれてきた感があって悪くありません。
お預かり時にもケースに入った状態でお預かりしたのですが
おそらく全盛期にもケースを付けて使用していたと思われ
上カバー周りのキズ、凹みの多さとは裏腹に
底カバー部はそれもほとんどなく非常にキレイな状態です。
当時は純正ケースを付けて使っている方の割合が
今とは段違いに多くこういう状態になっている個体も多いと思います。

保存状態も比較的悪くなかったのではと思われます。
装着されているスーパータクマー55mmF1.8レンズには
カビもクモリもほとんどなく非常にクリアな状態です。
ただしボディ側はファインダーを覗くと
おそらくプリズムとコンデンサレンズに生えていると思われる
結構大きめなカビが目立ちます。
ファインダーを覗いていると意外に気づきませんが
接眼レンズにも盛大にカビが生えています。
電圧変換機能を持つ電池蓋に交換されていて
現在の電池をセットしても1.3Vに変圧されますが
露出計の値は少しオーバー側にズレているようです。
で、お約束の高速シャッターはやはり幕速のバランスが崩れており
幕軸の清掃注油が必要な状態です。
しかしながら定番のミラーアップのトラブルを引き起こすほどには
酷くないものと思われ低速スローガバナーも清掃は必要ですが
今のところ動作に大きな問題はありません。

現状のままでも写真が撮れないほどではありませんが
より長く快適に使うためにはやはり整備が必要な状況です。
分解している途中で気づきましたが
前回の整備が昭和55年に行われていることが記録されていました。
それでも今から40年前です。
当然油は古くなっていますし汚れが溜まっているところもあり
このまま放置しておく、あるいはこのまま使い続けると
新たなトラブルを呼び込み可能性は高いです。
このタイミングできっちりできる限り整備を行っておけば
また当分、安心して使っていただけると思います。

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リコー35Lのカメラ修理

今日は「エスプレッソの日」なのだそうです。
エスプレッソマシン等の専用の器具で
豆に蒸気による圧力をかけて短時間で一気に抽出した
コーヒーのことを通常は指しますが
エスプレッソはあくまで製法の名前なので
コーヒーに限ったことではないそうです。
…まぁでも普通はコーヒーのことですよね
強い香りと濃い味わいが特徴ですね。
エスプレッソでも日本茶でもそうですが
濃くて苦い味わいには
お茶請けとして、あま~い食べ物が欲しくなるし合いますよね!
その組み合わせによってお互いの味わいが
掛け算のように膨らんでいくと思います。
日本酒(特に純米酒)と肴の関係と同じですねぇ
あぁお昼の後には濃くて苦いエスプレッソと
甘いチョコレート系のケーキなんて良いですねぇ…
いかんいかん、また血糖値が爆上がりする…(苦笑)

さてさて

本日は「リコー35L」のカメラ修理を行っています。
リコーの35mm判レンズ固定レンズシャッターカメラも
1950年代から1970年代初めにかけて生産・販売された
いろいろな種類やシリーズが存在します。
本流である「リコー35シリーズ」の他にも
「リコレットシリーズ」、「オートショット・ハイカラーシリ-ズ」
「エルニカシリーズ」、「500シリーズ」、「300シリ-ズ」
関係性が複雑かつバリエーションも豊富で
なかなか全てを把握するのは難しいですね
今回のリコー35Lは1962年発売のカメラで
当時の最先端の機能を盛り込んだカメラです。
セレン式の露出計を備えて定点合致方式で連動するタイプです。
レンズは日東光学製のコミナー40mmF2の大口径レンズ
シャッターはセイコーシャSLVで最高速1/500
巻上はこの時代に多くリコー他機種でも結構採用している
底部巻上レバー式
巻戻しは上カバー上ですがボップアップ式でなかなか凝った作りです
でも一見、クランクかと思いきやノブ式なのですね。
これは巻き戻しがちょっとおっくうかもしれません。
スペックの割には地味な存在のカメラになってしまっていますが
巻上や巻き戻しの操作感がちょっと時代にそぐわなかったのかな…と思います。
もちろんレンジダインダーでファインダー内に露出計指針も表示されます。

お預かりしている35Lは外観のコンディションはなかなか良く
非常にキレイな状態なのですが
まずシャッターが全く開きません。完全に固着してしまっているようです。
レンズには多少のカビが見受けられますが
まずまずの状態です。ファインダーの方が大きなカビが目立ちます。
セールスポイントのひとつでもあるセレン式露出計は
全く反応のない状態です。
定点合致式とはいえマニュアル露出機なので
露出計はなくても撮影はできますが…
せっかくお預かりしているので何とかしたいところですが
お預かり時にご依頼者様にもご説明はしていますが
セレン光電池本体が起電しないようであれば残念ながら修理不能です。

まだ現状チェックを行っただけの状態です。
セレンに関しては意外と接触不良だったり
断線だったりセレン本体以外が原因で不動の場合もあるので
できる限りのことを行ってみます。
もちろんそれ以外のシャッターのトラブルや
距離計調整・レンズ清掃等々はきっちり整備清掃いたします。

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ミノルタオートコードのカメラ修理

今日は「いちご大福の日」だそうですよ。
「よ(4)いいち(1)ご(5)」と読む語呂合わせと
いちごの旬の時期であることからだそうです。
餡子がそもそも大好きですし(こし餡派)
大福ももちろん大好きですし
それに苺を入れてしまうなんて
最初にこれを思いついた人はすごいですよねぇ
比較的近年(昭和後期)に登場したにも関わらず
発祥を巡っては様々な説が存在し
全国各地で多くの店が元祖であることを表明しているのですが
いずれも定かではないのだそうです。
まぁ発祥はどうであれ
今はコンビニでも気軽に買えますし
それがまた十分美味しいのですよねぇ
調子に乗ると頻繁に買ってしまいそうになるのですが
血糖値の高い私としては食べ過ぎは厳禁です(苦笑)
渋めのお茶を入れていちご大福…
あぁ午後の気分転換に最適ですね
あとでちょっとスーパーかコンビニ行ってこようかな…

さてさて

本日は「ミノルタオートコード」のカメラ修理を行っています。
国産二眼レフを代表するカメラと言っても良いと思います。
ミノルタの二眼レフの歴史は古く
最初は1937年の「ミノルタフレックスⅠ」からですが
諸説ありプリンスフレックスに約2ヶ月遅れたという説が有力ですが
量販機としてはほぼ国産初の二眼レフと言ってよいと思います。
それから改良を重ねミノルタフレックスは「Ⅲ型」まで発展し
1950年代前半にミノルタコードへとモデルチェンジされます。
(最初はミノルタコードはミノルタフレックスⅡBの普及版でした)
このミノルタコードからピント合わせがハラキリ型のレバー式となり
続くミノルタコードオートマットでは
フィルム平面性確保のためフィルム送りが通常とは逆の
「上から下」に巻く方式になり
単なるローライコピーの二眼レフではなく独自の進化を遂げていきます。
で、1955年に登場したのが「ミノルタオートコード」です、
ハラキリ型のピントレバーや上から下へのフィルム送りは
ミノルタコードから継承され
設定された絞りやSSはビューレンズ上部に集中表示されるようになり
撮影態勢のまま確認が可能となりました。
シャッターはB・1〜1/400秒でセルフタイマー付きの
シチズンMXVが採用されています。
使ってみると良くわかりますが
左手はカメラを支えることに集中させ
ほぼ右手だけで巻上から露出設定、ピント合わせ、レリーズと
上からのぞき込む態勢のまま操作することができます。
さらにレンズは写りの評価の非常に高い
テッサータイプのロッコール75mmF3.5です。
やはり国産二眼レフの中では最高峰と言えると思います。

お預かりしているオートコードはいわゆる前期モデルです。
オートコードを預かるときに一番気になるのがレンズの状態です。
後玉ユニット前部がコーティング劣化のために
曇っているものが非常に多いのです。
この症状が出ているレンズはほぼ間違いなく
清掃では状況を改善することができないため
お預かり時にチェックして状態が悪ければ
改善の見込みがないことをご依頼者様に説明しなければならないからです。
今回お預かりの個体は大きなカビが前玉ユニット内に見えてはいますが
それは清掃で除去できそうなものですし
後玉ユニット部のコーティングは比較的クリアだったので
状態としては悪くないと思われます。
(もちろんこのままでは撮影結果に影響が出る状態なので
しっかり清掃は行ってクリアにしていきます)
シャッター羽根にはお決まりの羽根粘りが少々あり
絞り羽根にも少し粘りがあるようです。
ファインダースクリーンもずいぶん汚れてしまって
見えにくい状態ですが
さらにミラーも劣化して曇ってしまっているので
ミラーに関しては交換で対処し
スクリーンはできる限りの清掃で対処します。

60年以上経過しているカメラと考えると
今回の状態はかなり良いほうだと思います。
。。。とはいえさすがにこのままでは写らないことはないでしょうが
普通に使える…とは言い難い状況ですので
しっかり整備して当時と同じように
快適に使えるような状態に整備していきます。
まだ現状チェックを行っただけのい状態で
これから本格的に分解整備に取り掛かります。
外装の貼り革があちこちがめくれてきてしまっています。
うっかりすると「パリン」と割れてしまうので
慎重に取り扱った上に最後にできる限りキレイに貼り付けていきます。
この時代の貼り革は後の時代のものに比べ
非常にデリケートで脆いので取り扱いにはかなり注意が必要です。

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ニコンFE2のカメラ修理

今日は「タイタニック号の日」なのだそうです。
1912(明治45)年のこの日に
初航海中のイギリスの大型客船「タイタニック号」が
北大西洋ニューファントランド沖で氷山に激突し
翌日未明にかけて沈没したこと由来しています。
私が子供の頃から有名な事故ですし
この事故で「氷山は見えている一角より
水中に沈んでいる部分の方がずっと大きい」なんてことも習いました。
で、さらに1997(平成9)年
ジェームズ・キャメロン監督・脚本による
映画『タイタニック』として映画化もされました。
この映画「タイタニック」に私も当時はまりました。
映画館にも3回見に行きました。
ディカプリオもカッコ良かったけど
ローズを演じるケイト・ウィンスレットが
めちゃくちゃ魅力的だったのですよねぇ。。。
もちろん物語自体も素晴らしく
何回見ても号泣モノで2回目以降なんて
最初に老女となったローズが出てきた時点で泣けてしまうほどでした(笑)
そういえば最後にまともに映画を見にったのはいつだろう?
そっか…「この世界の片隅に」以来、行ってないんだな
たまには大きなスクリーンで良い映画を見て「涙活」しなくては…

さてさて

本日は「ニコンFE2」のカメラ修理を行っています。
中級機「FE」を基本としてさらにブラッシュアップを行ない
フォーカルプレーンシャッター機としては
史上初の1/250シンクロを実現したカメラです。
一般的な横走り機だと1/60シンクロが普通でしたから
縦走りとはいえ1/250は非常に画期的でした。
その副産物として当時世界最速の1/4000シャッターも実現したと言われています。
(1/4000シャッターは前年に登場したFM2が先発でしたが
FM2のシンクロ速度は1/200)
FE2は当然FEの後継なので電子制御シャッターです。
そのためFM2と異なりスピードライトTTL自動調光も可能となりました。
まさに当時の最先端を行くカメラでした。
それでも当時の流行のマルチモード機ではなく
あくまで「FE」なので露出モードはマニュアルと絞り優先AEのみという
シンプルさがまた良かったと思います。
(マルチモード機はFE2登場の半年後にFAが発売されています)
FEの最大の魅力である使いやすい2針式の露出計はFE2にも受け継がれ
メータードマニュアル機としても非常に使いやすいカメラです。
ただ、残念なのはFM2も同様ですが
Ai連動レバーが固定式となったため非Aiレンズは装着不可となりました。
たまに強引に取り付けているものを見ることが(オークション等で)ありますが
Ai連動レバー破損の原因となるので決して装着しないようにしてください。

お預かりしているFE2は随分長い間使われずに
仕舞い込まれていたもののようです。
新しい電池を入れても電源h\が入らないとお聞きしていますが
こちらでチェックしてみると全く入らないわけでもなく
入ったり入らなかったりするようです。
電池室は問題なくキレイそうなのですが
それでも汚れの接触不良も多少はありそうですし
それよりも電池室裏のハンダが劣化していることが
大きな原因となっているようです。
露出計・オートは多少ズレてしまっていますが
これは電気的調整で問題ない状態になると思われます。
シャッタースピードがやはり多少不安定なので
これはシャッターユニット周りの整備が必要かと思われます。
モルトは当然ですが全滅です。
フィルム室内もそうですが接眼レンズ下の座布団モルトも
劣化して酷い状態になっています。

画像ではわかりにくいですが
初期のFE2や「New」でないFM2
ごく初期のNewFM2ではお馴染みの
ハニカムパターンに肉抜きされたチタン羽根シャッターです。
少しでもシャッター羽根を軽量化し幕速を上げるための
苦肉の策だと思われますが
この時代ならではの貴重な技術の表れだと思います。
後期のFE2や後期NewFM2では
同じ幕速が技術の進歩で通常のアルミ羽根で
実現可能になったことということで
このハニカムパターンのチタン羽根ではなくなってしまいました。
しかしながらこのハニカムパターンのしゃった羽根は
羽根自体の強度は問題ないのですが
カシメ部分の強度に少々問題があるらしく
ある日突然バラバラになってしまうことがあるらしいです。
そうなるともちろん修理不可なのですが
預かっている間に不可抗力でそんなことになったら
どうしようもないな…といつも不安に思いながら
シャッターの整備を行っています。
(今のところそんな事態になったことはないですが…)

今回も慎重に慎重を重ねながら整備を行っていきます…

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オリンパスOM-1Nのカメラ修理

今日は「世界宇宙飛行の日」だそうです。
1961(昭和36)年のこの日に世界初の有人宇宙衛星船
ソビエト連邦のヴォストーク1号が打ち上げられました。
ヴォストーク1号は地球を一周し、無事に帰還。
人類初の有人宇宙飛行に成功しました。
打ち上げから帰還までは108分だったそうです。
搭乗したのは日本でも有名なユーリイ・ガガーリン少佐ですね
名言として「地球は青かった」と表現したとされてますが
どうもこれ言い回しが随分変えられているようで
直訳だと「空は非常に暗かった。
一方、地球は青みがかっていた」になるらしいです。
さらにこれが有名な名言になっているのは日本だけらしいです。
日本以外では地球周回中のガガーリンの言葉とされる
「ここに神は見当たらない」の方が有名なのだそうですが
こちらは発言自体が記録に残っていないのだそうです。
いろいろ不思議ですねぇ
何にせよこの世界初の有人宇宙飛行から
60年が経過したわけですが
こと、宇宙旅行に関しては意外とびっくりするほどの
飛躍がなかなかないですねぇ…
宇宙開発自体が莫大な費用を必要とすることと
国を挙げて今それをやっている場合か…ということになりますものねぇ
私が生きている間には残念ながら
気軽に宇宙旅行に行けるようにはなりそうにありません(苦笑)

さてさて

本日は「オリンパスOM-1N」のカメラ修理を行っています。
「1N」はフラッシュ関連の機能以外は
基本的にOM-1と変わりません。
ただ、OM-1の後期からそうですが
内部はいろいろと細かい変更が加えられており
機能的には変わっていなくても中身は意外と変わっていたりします。
まぁ、それは私のような修理を行うために
内部の部品の互換性や変更点を把握する必要のある場合だけで
普通に使っている立場からすれば
「OM-1」後期も「1N」もほぼ変わりはありません。
つい数日前にも「OM-1」の修理を行いましたが
相変わらず修理依頼の非常に多いカメラです。
それだけ人気も高く非常に魅力的なカメラということですね

今回、お預かりしている「OM-1N」は
シャッターに若干の不安定さや高速時の露出ムラが
見られますが一応は動作していて
露出計もそれほど大きな問題は見られません。
定番のプリズム腐食もなくファインダーも他方の汚れ等はあるものの
撮影自体には問題のないレベルです。
それでもタイミング的にはモルトもくたびれていますし
整備一式を行ってよいタイミングだとは思われます。
…と思いきや…結構な大問題をこの個体も抱えていました。
OM系の巻き戻しボタンはちょっと独特で
通常なら底面に巻き戻しボタンがあり
それを押さないと巻き戻しができないというのが普通ですが
OMな上カバー前面に巻き戻しダイヤル(?)があり
これを「R」ポジションに回してセットすれば
巻戻しが可能になるというものです。
で、今回の個体はこの巻き戻しダイヤルがビクとも動きません。
もちろんこういう場合にあまり力回せに回そうとすると
トラブルをさらに拡大させるのが関の山なので
それほど無理はしませんがそれにしても全く動きません。
これを知らずに撮影を始めてしまっていたら
「さてフィルム終わったし巻き戻して現像に出そう!」と思っても
巻戻しが全くできず途方に暮れることになってしまいます。
たまにこの巻き戻しダイヤルが「R」にロックされず
指で「R」ポジションに押さえておかないと
巻戻しができないというものはたまに見かけますが
全く動かないというのはちょっとめずらしいですね。

全体の整備ももちろん行うのですが
まずはこの「R」のトラブル原因から探ります。
画像の隅に転がっているのは巻上部で
巻上部をごっそり外すと巻き戻しダイヤル部の全容が確認できます。
ダイヤルが「R」ポジションになると
スプロケットのロックが浮き上がって解除され
スプロケットがフリーになり巻き窓氏が可能となるというのが
良くわかります。
で、結論から言うと汚れ等で強烈に固着してる状態でした。
溶剤と油を少しずつ流し込んで時間をかけて優しく
動かしていると何とか動くようになりました。
なぜこんなにここが固着してしまっていたのかは不明ですが
破損とかでなかったのでよかったです。

「R」トラブルの解決のめどが立ったので
このままシャッター周り、ミラー駆動部の整備に移行していきます。
せっかく分解しているのですから駆動部分はすべてチェックして
一通りの整備を行っていきます。
おそらくそれで最初に少し触れた高速シャッターの不安定さや
露出ムラは解消されると思われます。

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