ミノルタSR-1のカメラ修理

今日は5月3日。。。
「ごみの日」、「ゴミ片付けの日」、「そうじの日」だそうですよ
どれも「ご(5)み(3)」の
語呂合わせが由来となっている記念日です。
掃除は常日頃から少しずつこまめにやっておいたほうが
効率よいことはわかっているのですが
ちょっと油断すると汚れがたまってから
しかたなく掃除するパターンに陥りがちです(汗)
お店はまだしも自宅がちょっとひどいので
どこにも行かないGW中にしっかり掃除しておきます!
あ、お店のエアコンのフィルターは
昨日、しっかり掃除しました!
いきなり冷房の出番が来そうな
暑さですものねぇ。。。

さてさて

本日は「ミノルタSR-1」のカメラ修理を行っています。
1959年に発売されたカメラです。
前年にミノルタ初の一眼レフカメラ「SR-2」が発売され
(最初なのに「2」。。。数字が大きいほうが上位機種ということからしいです)
SR-2の普及版として追加となったのが
「SR-1」です。普及版といいますが初期のSR-1は
SS最高速が1/500以外はSR-2とほぼ変わりません。
ただ、このSR-1、デビュー以来毎年ののように結構おおがかりな
マイナーチェンジが行われます。
それでもモデル名はSR-1のままなので
同じSR-1でもボディの形から違う。。。なんて現象が起きています。
ボディ形状だけで4種類存在します。
当然中身もそれぞれ細かく異なるので
修理時に部品交換が必要な場合は非常に厄介なカメラです。
(最も交換頻度の高いプリズムはSR-1,2,3共通だから
まだよいのですが。。。)

お預かりしている「SR-1」は
おそらく1963年のモデルかと思われます。
前年には「SR-7」が登場しており
それに合わせてボディのデザインも変更され
フィルムカウンター窓がそれまでの巻き戻し側から
巻上側に変更されています。
中身もSR-7との共通化が行われています。
こうしてみるともはや初期のSR-1とは別物です。
上位機種は「SR-2」→「SR-3」→「SR-7」と
モデル名も変化しているのに
中身は同様に進化しているのに「SR-1」は
ずっと「SR-1」のままなのです。
比較的後期の63年式とはいえ
もはや60年近く経過しようとしているカメラです。
もちろんそのままで快適に使える状態ではありません。
しかしながらさうがタフなSR系で
とりあえずはシャッターは動作します。
。。。。とはいえ、油切れの状態で一生懸命何とか
とりあえず動いているという状態で
「あぁ、もういいよいいよ、無理しないで!」と言いたくなる状態です。
(自分でシャッターを切っておいておかしな話ですが)
ちなみに1/1000に設定した状態で
1/100程度しか出ない状態です。
後幕の動きが圧倒的に悪いようです。
スローシャッター時にはガバナを引っ張り切れずに止まりそうな状態です。

シャッターもそうですがミラー駆動部、巻上部
駆動部分の動きは全て悪いです。
もちろんファインダー内やレンズ内にも
結構なカビや汚れが見受けられます。
このままでは使える状態ではありませんが
どこかが致命的に破損しているわけではございません。
とにかく分解して古い油や溜まった汚れを取り除き
新たに注油を行い、限られたバネの力で
スムーズに動けるように整備を行います。
その上で微調整を行うと全く問題なく
撮影に使える状態になると思います。
まだ現状チェックを行っただけの状態です。
これから本格的に分解整備に取り掛かります。

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ニコンFのカメラ修理

今日は「えんぴつ記念日」だそうです。
修理作業のために「鉛筆の粉」を使うことはありますが
筆記具として鉛筆を使うことはさすがになくなりましたね。。。
小学生低学年の頃はまだ鉛筆が当たり前だったかな。。。
高学年になった頃はシャーペンがずいぶん普及して
ほぼシャーペンで書くようになっていましたねぇ
でもそれなりに鉛筆も使っていたし
教室の後ろの棚には必ずでっかい鉛筆削りがありました
(クランクを手で回すタイプのやつ)
家の学習机には電動鉛筆削りが組み込まれていて
ちょっと先が丸くなったらすぐ削ってたなぁ(笑)
後ろに小さな消しゴムが付いた鉛筆も
よく使っていました。。。鉛筆一つでいろいろ思い出しますね。
そういえば今でもダーマト(芯の太い赤鉛筆)は
フィルムのプリント指示とかを書き込むために使いますが
これ子供の頃にも家のいたるところにあって
(じいさんが使っていた)
不必要に糸を引っ張って芯を出しては怒られたなぁ
(使ったことある人しかわからないネタですみません)

さてさて

本日は「ニコンF」のカメラ修理を行っています。
一眼レフの歴史を語る上で決して外すことのできない
伝説の名機ですね。
何がすごいかいうと「これでもか」といわんばかりの頑丈さです。
分解してみるとよくわかりますが
明らかにオーバークオリティな強度の部品が使われていて
普通に使っている限りは壊れることはないのではないかと考えさせられます。
。。。。とはいえ部品そのものは丈夫でも
定期的メンテを行わないと動きが悪くなってしまうのは避けられません。
それでもやはり「F」致命的な部品破損や変形の非常に少ない
カメラだと思います。
加えてその機械的な精度の高さも同時期の他カメラと比べると
やはり明らかにレベルが違います。
当然それだけ頑丈に作られているため
大きく重いのは当然ですが
どんあシチュエーションでも撮影が中断されることのないように。。。という
明確なメーカーからのメッセージが伝わってくるカメラだと思います。

お預かりしている「ニコンF」はアイレベルファインダーの装着された
精悍なブラックボディです。適度に使い込まれた感もありますが
それはそれでよい味を出していると思います。
お預かり時にとりあえずしゃったーは切れているかな。。。と思いながら
SSチェックも行ったのですが
なんと1/60~1/1000まで高速シャッターが全てまったく開きません。
1/30以上のスローガバナが介入するSSにばってやっと開きます。
SSダイヤル下の調速カム周りの動作不良が原因かと思われます。
何とかシャッターの開く低速側も
スローガバナの粘りがあり問題なしとはいきません。
とにかく動作部分にいろいろ動作不良が起きている状態です。
それでもきちんと清掃・注油の上、再調整を行えば
問題なく動作するようになります。

写真は一通り作業の終わった段階で撮ったものです。
しゃったーは全く問題の精度で1秒~1/1000まで動くようになりました。
「F」の唯一の泣き所といえばプリズム腐食で
今回の「F」も目立つほどではないのですが
やはり中央縦方向にわずかながら腐食があります。
これはもう交換用のプリズムが入手不可なので残念ながら現状のままです。
今回くらいであれば全く問題ないレベルではありますが。。。
装着されているレンズはプリセット絞りの
「PCニッコール35mmF3.5]です。
シフトアオリ機能の付いた特殊レンズです。
外装・レンズ共にカビ汚れが酷かったため
できる限りの清掃とヘリコイドグリスアップ
絞り羽根の清掃を行っています。
ボディ・レンズ共に
非常に気持ちよく使っていただける状態になったと思います。

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オリンパスペンFTのカメラ修理

今日は5月1日。。。
昨年の今日に「令和」に改元されて丸1年
今年は閏年だから「八十八夜」も今日ですね。
「夏も近づく八十八夜♪」と「茶摘み」でも歌われていますが
外は本当に初夏の陽気です。
お店にいても冷房付けたくなるほどです。。。
さらに今日は語呂合わせの記念日も多くて
「語彙の日」、「恋の始まる日」、「鯉の日」
「コインの日」。。。等々
ちょっと変わったところでは「扇の日」。。。
紫式部の『源氏物語』において
女性が光源氏に扇(おうぎ)を贈っていることから、
「こ(5)い(1)」(恋)の語呂合わせで記念日となっています。
紫式部で思い出したけど
入院騒ぎやそれに続く世の中のコロナ禍で
すっかり忘れ去っていましたが
百人一首を覚えようと思っていろいろ2月に資料を集めているのですよ
そろそろそれも時間を作って取り掛かなければ。。。(汗)

さてさて

本日は「オリンパスペンFT」のカメラ修理を行っています。
ペンFTの修理、コンスタントにありますね。
毎月1、2台はブログに書いているような気が。。。
「ペンF」よりも「ペンFT」の修理依頼のほうが
圧倒的に多いですね。
「F」も「FT」もその独特なミラー駆動部周りや
ロータリーシャッターを制御しているガバナのトラブルは
共通項ですが
「FT」の場合はそれに加えて
何らかの露出計トラブルが加わります
(露出計用のハーフミラー劣化等も含む)
冷静に比べても「FT」のほうが巻上等も含めて
トラブルが多いような気もします。
。。。とはいえ、「ペンFシリーズ」は
他のカメラでは見ることのできない
独特なフォルムや独創的なメカニズム等
非常にたくさんの魅力があるカメラです。
私も昔、個人的に撮影に使っていた時期もありました。
撮影していてもとても楽しいカメラです。

お預かりしている「ペンFT」は
定番の露出計トラブルで非常に指針が不安定です。
電池室~受光体・露出計への配線に接触不良があるようです。
ペンFTの修理で毎回、問題となる
受光体へ光を導くためのハーフミラーですが
今回はめずらしく問題のない状態でした。
ただ、ファインダーは随分曇ってしまっていて
とても快適にピント合わせのできる状態ではありません。
ファインダースクリーンやプリズム、拡大レンズや
ダハプリズム、接眼レンズ、通常の一眼レフに比べると
複雑な経路のファインダー光路にかかわる部分は全て清掃します。

写真は一通り整備を行った後のものです。
今回はシャッターはとりあえず動作はしていましたが
ペンF系はとにかくガバナとミラー駆動部にトラブルの多いカメラなので
予防も含めてその辺りの整備は必ず一通り行います。
今回もその甲斐あってシャッターの動きもスムーズになり
巻上の感触もかなり気持ちの良いものになりました。
そういえば今回、電池室の蓋が妙に締まりにくい症状があり
作業前によくよく調べてみると
おそらく以前に斜めに差し込まれたまま
強引に回して締めてしまったことががあるようで
蓋側も受け側もネジ山が破損してしまっていたので
交換で対応しました。
何事もそうですが力任せで強引なことをすると
たいていがロクなことになりません(笑)
もうひとつ余談ですが
もともとアクセサリーシューが装着されていたのですが
ペンF系のアクセサリーシューは
接眼レンズ枠に引っ掛けて装着するものですが
その接眼レンズ枠がプラスチック製で
経年劣化で脆くなっているものが多く
シューをつけていることによって破損してしまうものが多いのです。
今回も接眼レンズ枠が割れかかっていたので
補修・補強してシューは取り外しておきました。
本当にフラッシュ等を装着するとき以外は
普段から外しておくことをお勧めします。

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オリンパス35EDのカメラ修理

今日は「図書館記念日」だそうです。
1950年(昭和25年)のこの日に
「図書館法」が公布されたことが由来になっているようです。
ほんの数年前までは結構頻繁に図書館は利用していました。
私は小説や文庫本等はほぼ読まないので
興味の湧く分野の専門書等を借りて読むことが多かったです。
あと貸出禁止のものも多いのですが
その図書館のある地域の文化や歴史を紐解いた資料とかも
よく読んでいました。だから自分の住んでいるところ以外の
図書館も見つけると立ち寄ったりもしていましたね。
こう思い返すとこの仕事始める前のほうが
時間的にも精神的にも余裕があった気が。。。(汗)
そういえば中野区民になってから図書館に行ってない。。。。
今はコロナの影響でもちろん休館中ですが
落ち着いたら行ってみることにしましょう。。。

さてさて

本日は「オリンパス35ED」のカメラ修理を行っています。
オリンパス35シリーズは1948年の「35Ⅰ」から続く
歴史あるレンズ固定式コンパクトカメラのシリーズです。
1960年代末あたりからはコンパクト化も進み
様々なカメラがラインナップされます。
結構、種類が多くてわかりにくいのですが
「トリップ35」、「35DC」、「35RC」
「35SP」、「35EC」、「35EC2」、「35ECR」
このあたりが1960年代末から70年代前半に発売された
35シリーズのカメラです。
今回ぼ「35ED」は1974年発売で
35シリーズのカメラとしては最終モデルではないかと思われます。
モデル名が「E」で始まるということで
電子制御シャッター機です。
シャッタユニットはミノルタハイマチック等でお馴染みの
セイコーESFシャッターです。
レンジファインダーを搭載し、レンズはコンパクトな
38mmF2.8を搭載します。
スペック的にはECRの進化版といったところでしょうか。。。

今回お預かりの35EDですが
電池を入れてもシャッターが全く動きません。
電子制御シャッターなので
とりあえずは電源が入らないことには話になりません。
電池室周りの問題だけであれば何とかなるかとは思いますが
シャッターユニット内部まで腐食が進んでいると
もはやお手上げの可能性もあります。

とりあえずはある程度分解してみないと何ともいえません。
かなり長い間、動かないままで眠っていたと思われます。
ご依頼者様のおじさまのカメラと聞いています。
何とか復活させる方向で進めていきたいと思います。
まずは中身の現状をチェックすることから取り掛かります。

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ニューキヤノネット28のカメラ修理

今日は言わずと知れた「昭和の日」ですが
かつての「みどりの日」の関連で
「畳の日」でもあるのですね。
畳の部屋はいいですよねぇ。。。
ばあさんが亡くなって実家を引き払ってからは
本当に縁がなくなってしましたが
風通しの良い畳の和室は
この季節にごろんと寝転がっていると
本当に気持ちが良いのですよねぇ
私は広島県呉市の出身なので
畳のサイズはやはり「京間(本間」が一番なじみ深く
畳の長辺が約190cm、短辺が約95cmというのは
かなり小さなころから覚えていました。
。。。というか、今や畳のサイズが
京間、中京間、江戸間、団地間等々、いろいろあることを
知らない方も多いでしょうねぇ。。。
あぁ、畳の部屋でゴロゴロしたいですねぇ
普通に落ち着いたら山奥の温泉宿ででも
1週間くらいのんびり過ごしたいですねぇ。。。

さてさて

本日は「ニューキヤノネット28」のカメラ修理を行っています。
キヤノネットの修理と言えば
初代か最終モデルのG-Ⅲが多いのですが「28」は
ちょっと珍しいですね。
「キヤノネット28」にも
1968年に発売されたセレン光電池を使用したモデルと
1971年に登場した「ニューキヤノネット28」の2種類が存在します。
今回は後者ですね。
その名の通りコンパクトになった「ニューキヤノネット系」のカメラで
「ニューキヤノネットQL17」がベースになっています。
「クイックローディング(QL)」を省略し
シャッターは他のニュー系同様コパルではあるのですが
いわゆるプログラムシャッターを採用し
他のキヤノネットのようにSS優先AEではなく
プログラム露出で撮影します。
マニュアル露出も省略されています。
よりシンプルに簡単に使えるように仕上げられたモデルです。
。。。とはいえ、初代28のようにゾーンフォーカスではなく
しっかりパララックス補正機能も付いたレンジファインダーを備え
ファインダー内にSSも表示されます。
レンズは40mmF2.8でキヤノンらしい
メリハリの付いた描写をするレンズです。
気軽に撮り歩くのになかなか良いカメラだと思います。

お預かりしているニューキャノネット28は
かなり長い間眠っていたようで
いろいろと問題が散見されます。
露出計の値を基にプログラムAEで撮るカメラなのに
電池室の腐食が酷く露出計が動きません。
もはやこの時点で普通に撮影ができる状態ではないですね
さらにレンズにはカビが多く発生しており
ファインダーは曇りまくりです。
さらにピントリングを操作しても
ファインダー内の二重像が全く動きません。
もちろんモルトは全滅です。

まだ、現状確認を行っただけで
これから本格的に分解整備に取り掛かります。
もうひとつ気になるのは
フラッシュモード時にはシャッターは無条件に
切れなくてはいけないはずなのですが
その場合にもレリーズが全く押せません。
まぁどちらにしても動く部分は全部見直す必要がありそうですね。

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キヤノンAE-1のカメラ修理

今日は「駒ヶ根ソースかつ丼の日」だそうですよ。
これがっつり食べたいときには本当に美味しいのですよねぇ。。。
通常のかつ丼と異なりご飯の上に千切りキャベツを敷き
その上に秘伝のソースをくぐらせたカツを乗せた丼なのです。
駒ヶ根では「かつ丼」というとこのソースかつ丼のことを指し
通常の玉子で閉じたかつ丼を頼もうとすると
「卵とじかつ丼」とか「煮かつ丼」とかで特別に頼まないと
出てこないのだそうです。
ところで「駒ヶ根市」といえば
中央アルプス・木曽駒ケ岳の麓ということがその名の由来です。
もう少し範囲を広げれば
駒ヶ根市のある伊那谷では西に中央アルプス・木曽駒ケ岳
東に南アルプス・甲斐駒ヶ岳が鎮座しており
木曽駒を西駒、甲斐駒を東駒と呼ぶことも多いそうです。
「駒ヶ岳」は由緒ある山の名で
全国に駒ヶ岳と名の付く山はたくさんありますが
その代表といえばやはり「甲斐駒ヶ岳」と
「木曽駒ケ岳」ですよね。
もう一度、普通に歩けるようになったら
また登りたいですねぇ。。。

さてさて

本日は「キヤノンAE-1」のカメラ」修理を行っています。
キヤノンのカメラというと
時代の節目節目でその強力な技術力を持って
その後のカメラ業界の在り方を変えてしまうメーカーという
イメージもあります。
その昔でいえば1961年のキヤノネット
レンズ固定式とはいえ、その当時考えられる
最新の機能をすべて備え、価格はそれまでにないお求めやすさ。。。
社会現象にまでなり一般向けカメラの高機能化・低価格化に
ついていけなくなったかなりの数のメーカーがカメラ生産から
撤退したといわれています。
「AE-1」も同様のインパクトのあったカメラだと思います。
キヤノンが電卓やコピー機等の別分野で培った
マイクロコンピュータ技術を惜しみなくつぎ込んだ
その後続く「Aシリーズ」の最初の1台でもあり
全てのベースともなる1台です。
シャッタスピード優先AEを備えた電子制御機というジャンルは
決してAE-1が最初ではありませんが
露出・SS制御をマイクロコンピュータで行うことにより
300点以上の部品を削減し、
生産の効率化によるコストダウンも大幅に進められたそうです。
もちろんAE-1は発売と同時に大ヒット作となりました。
AE-1の大ヒットにより
カメラの電子化・高機能化・生産効率化はさらに進化することになり
間接的についていけなくなった中堅どころのメーカーは
かなりあったのではないかと思います。

今回、お預かりしているAE-1は
ご依頼者様が以前から持っているカメラなのだそうです。
ただし、ここ十数年は使っていないとのことです。
AE-1はじゃなり荒っぽく使われている個体も多いのですが
今回の個体は外観も非常にキレイで
大切に扱われてきたことがうかがえます。
電池を入れればとりあえずは動作するのですが
シャッターを切ると「ギャイン!」と定番のシャッター鳴きです。
シャッター鳴きとは言いますが正確には
ミラー駆動部のギアの油切れが原因です。
今回もミラーの動きもやはり緩慢です。
シャッター幕軸の油切れもあるようで
高速SSでは全く精度も出ていません。

あ、しまったな。。。鳴きの原因となる
ギア部分をこっちに向けて写真撮ればよかった(汗)
今回はそんなことはないのですが
ミラーボックス中が油だらけになっているのに
肝心のギア部には油が届いてなくて
まともに動けない状態になったAE-1もたまに見かけます。
注油はピンポイントで必要最小限に行いましょう。
マウントネジ穴からのあてずっぽうな注油はトラブルのもとになります。

これからミラー駆動部やシャッター幕軸の清掃・注油
マグネットの清掃等々、一通りの整備を行います。

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オリンパスOM-1Nのカメラ修理

今日は「地ビールの日」で。。。
飲みすぎて二日酔いになったら
そこは「しじみ汁」。。。
今日は「しじみの日」でもあるのです。
でもそんなことより
子供の頃に強烈にあこがれた
強い赤ヘル軍団を山本浩二選手とともに
引っ張っていた鉄人・衣笠祥雄選手が
71歳で亡くなってもう2年が経ちました。
プロ野球も全く開幕できそうな気配すら感じませんが
今は過去のコンテンツを気軽に見ることもできるので
昔や比較的近年の「カープ名場面」や
もちろん、しむけんさんのコントもよく見ています。
衣笠さんが2年前に71歳、しむけんさんが先月、70歳。。。
やっぱ早すぎますよねぇ
子供の頃にあこがれていたり応援していた方が亡くなると
やはり強烈に寂しいものです。。。

さてさて

本日は「オリンパスOM-1N」のカメラ修理を行っています。
OM-1(M-1)がデビューしたのは1972年ですが
「1N」が発売となったのはその7年後の1979年です。
機能的な違いはフラッシュ関連のみで
シュー4+専用フラッシュ使用時に
フラッシュ充電確認表示+発光確認がファインダー内で
できるようになりました。
それ以外はOM-1MDと変わりません。
基本的な構造も最初のOMのままではありますが
細かい部品や取り回し等はさすが最初のモデルから7年経過することもあり
かなり変更されています。
上カバーを開けてすぐ目に付くのは
大きく変更された露出計SW部です。
それまでのOM-1の露出計SW部は
正直言って比較的トラブルの多い箇所でした。
まぁ、SW部なんてものはトラブルの起きやすい箇所ではあるので
「1N」になってもトラブルが起こらないことはないのですが、、、
他にもこまごました部分でかなり変更されている部分は多いです。
部品に互換性のない部分も多いので注意も必要です。

お預かりしている「OM-1N」は
一通り動作してはいるのですが
高速シャッターが少々不安定で
たまに開ききらないことがあるようです。
他、フィルムカンターが戻りにくかったり
アイレットが緩んでいたりと
全体的にリフレッシュが必要な状況です。
プリズムに腐食はありませんが
接眼部にかけて腐食の原因となる大きなモルトが貼られていて
触れてみるとやはり少し粘り気がある状況です。
大きなトラブルになる前にこちらも対処します。
付いてきているレンズは少し古いもので
「M」システムEズイコーオートT100mmF2.8です。
明らかに写真に影響するレベルのカビが内部に
発生しているので清掃を行います。
このレンズはやたら分解に苦労の多い
ズイコー交換レンズの中では比較的スムーズに
レンズの外れるレンズです。
実はそれでも何が起こるかわからず少々不安だったので
先にレンズの清掃を行っています(汗)
これから本格的にボディ側の整備を行っていきます。

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オリンパスペンFTのカメラ修理

今日は「道の駅の日」だそうですよ。
道の駅って私が免許取ってしばらくたったころから
始まったのですよねぇ
(試験的に1991年から始まり1993年に103ヶ所が正式登録)
今や全国1173ヶ所もあるそうです。
大抵の場合、見つけると気軽に立ち寄れて
地元の美味しい食材なんかも手に入って
ちょっとした食事もできたりして
ドライブでもツーリングでも非常に重宝しますよね。。。
南アルプス方面に登山によく出かけていたころは
帰りに道の駅でいろいろ買い物して帰るのが定番コースでした。。。
まぁ、今はそんなことさえも許されない世の中になってしまっていますが
少々時間がかかることも痛みを伴うこともしかたないですが
以前と同じように楽しく出かけられるようになることを
心から祈っています。

さてさて

本日は「オリンパスペンFT」のカメラ修理を行っています。
「ペンF」シリーズといえば
なんといっても「世界初のハーフ判レンズ交換式一眼レフカメラ」です。
1963年の「ペンF」からスタートしますが
1966年に内蔵露出計とセルフタイマーを備えた「ペンFT」がデビューします。
他にも巻上が2回巻きから1回巻きになったり
スクリーンやプリズムが変更されていたりと
意外といろいろな部分が変えられています。
(つまり修理する側から考えると
意外と部品の互換性がない。。。ということでもあります)

お預かりしているペンFTは
シャッターが開いたままで止まってしまっています。
ペンF系のシャッターはロータリーシャッターと呼ばれる
これまた独特のもので
パックマンのように円の一部が切り欠かかれたシャッター羽根が
くるんと1回転することでシャッターが開閉します。
何の介入もなく1回転した時が最高速SSでペンFの場合は1/500です。
それ以外のシャッタースピードの時は
シャッターが開いたときにガバナが介入し
設定されたSSに応じてシャッタ羽根の動きを止めるというわけです。
で、今回はそのガバナが完全に固着してしまっていました。
そのためシャッターが開いたままで固着しているわけです。
強制的にガバナが介入しない1/500に変更すると
とりあえずシャッターは閉じました。

写真は一通りの整備が終わり
しばらく様子見の上、最終調整待ちという状態です。
他にもプリズム・ハーフミラーの腐食が酷いため交換を行い
巻上機構の動きも悪くレバーが戻りにくい問題があり
根本的に分解整備を行い
露出計も再調整を行っています。
もちろんペンF系でトラブルの多いミラー駆動部も
きっちり整備を行っています。
お預かり前とは使い心地もかなり改善したと思います。
早くご依頼者様にも体感していただきたと思います。

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ミノルタV3のカメラ修理

今日は「珈琲牛乳の日」だそうですよ。
現在では法改正もあって「珈琲牛乳」という商品名はなく
「コーヒー入り乳飲料」となってしまっています。
一番最初は駅で売り出されたのだそうです。
王冠で栓をした瓶入り珈琲牛乳で
駅弁が35銭で売られていた時代に
珈琲牛乳は20銭と結構高価だったのですが
飛ぶように売れたのだそうです。
私のイメージする珈琲牛乳は
銭湯でいつも風呂上りに飲んでいた
瓶に紙の蓋が付いたタイプかな。。。なんて懐かしい(笑)
何だか珈琲牛乳飲みたくなってきましたね。
当時のものは無理ですがあとでコンビニで
カフェラテかミルクコーヒでも買ってきましょう。。。

さてさて

本日は「ミノルタV3」のジャメラ修理を行っています。
V3というと私個人的には「仮面ライダーV3」なのですが
今日はカメラのV3です。
このカメラ、レンズシャッター機なのに
1/3000秒が設定できるということで「V3」なのです。
発売開始は1960年ですが
この2年前には1/2000が使える「V2」も発売されています。
通常、高速シャッターといえばレンズシャッター機だと
1/500が最高速でまれに1/1000が可能なものもありますが
物理的にはその辺が限界とされています。
V2やV3のシャッタユニットはミノルタとシチズンで
共同開発されたオプチパーHSという高速レンズシャッターユニットですが
このシャッターユニット、高速時(1/2000、1/3000)には
なんとシャッターを全開させることなく
途中で閉めてしまうことでこの高速シャッターを実現しています。
なかなかのコロンブスの卵的な発想ですね。
そのため絞りリングにもマークされているのですが
1/2000はF4、1/3000はF8以上に絞り込んで使うことになります。
この時代ならではの発想とも言えますが
それでも1/3000は当時としてはインパクトのある数値だったと思います。

お預かりしているV3は
まず距離計の精度が全く出ておらず縦も横もずれまくりです。
ファインダーもずいぶん曇っています。
自慢のシャッターは動作はしていますが
若干の粘りがあるようです。
レンズボード内側の遮光板が外れているようで
ボディを振るとカタカタと音がしています。
V3はV2と異なりセレン光電池式の
露出計を搭載しているのですが
動いてはいるのですが
調整範囲を大幅に超えた5段オーバーといった感じです。
さすがにV3のセレンは入手不可なので
今回は露出計の整備はあきらめました。

搭載されるレンズは大口径の
ロッコール45mmF1.8です。
もちろんキレイに清掃できているので
評価の高いロッコールの写りを存分に楽しんでいただけると思います。

この時代のミノルタのレンズ固定式のカメラは
種類も豊富でなかなか個性的なものも多く
楽しめる存在です。
今回のご入り者様はお若い方ですが
是非、往年のミノルタの写りを楽しんでいただきたいとお思います。

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キヤノンAE-1プログラムのカメラ修理

今日は二十四節気でいうところの「穀雨」です。
この頃に田畑の準備が整いそれに合わせ
春の雨が降り穀物の成長を助けるということから
「穀雨」と呼ばれるようです。
もう「穀雨」の次は「立夏」なんですよ。
何だか時の流れは世の中に関係なく
無常に流れていくような気がしてしまいますね。

さてさて

本日はキヤノンAE-1プログラムのカメラ修理を行っています。
個人的にはキヤノンAシリーズで何か1台選んでと言われれば
AE-1プログラムを推すかな。。。と思うほどに
よくできたカメラだと思います。
Aシリーズのカメラは基本的には全て最初のAシリーズとなる
AE-1をベースに作られています。
機械的な部分はかなり共通項も多いのですが
最初のAE-1が1976年生まれであるのに対し
AE-1プログラムは5年後の1981年生まれです。
機械的なベースは共通とはいえ
この時代の5年間は電子制御技術が日進月歩で進む時代で
もはや全く別物というほどに進化しています。
まずは上カバーを開けた瞬間に電子制御が格段に進んで
リード線がじゃばい少なくなっていることに気が付かされます。
AE-1ではまだ糸連動だったSSダイヤルからの露出計連動も
連動糸はなくなりました、
もっとわかりやすいのはファインダーで
明らかにそれまでのAシリーズに比べるとスクリーンは明るく
ピントの山も掴みやすく進歩しています、
露出計の表示もLEDでよりわかりやすくなっています。
でも操作した感じは良くも悪くもAシリーズとった感じです。
ここは機械的な部分が共通なのが利いているのかもしれません。

お預かりしているAE-1プログラムは非常にキレイな個体ですが
シャッターが開いたままで固着してしまっています。
電子制御シャッターなので
シャッターの動きを司どっているのはマグネットですが
汚れ等で正常に吸着できなくなってるものと思われます。
マグネットの清掃でとりあえずはシャッターは動作するようになったのですが
シャッタースピードが妙に不安定で
オート時の絞り制御も制御レバーの動きが悪く不安定です。
やはり全体的にスムーズな動きを取り戻す処置が必要です。

Aシリーズといえば定番のトラブルとして
シャッター鳴きが有名ですが今回のAE-1Pは
そこは全く問題がありませんでした、
ただどちらにしても分解しなくてはならないので
シャッター鳴きの原因となるミラーボックスのギア部には
清掃を行った上で必要最小限の注油を行います。

装着しているレンズは当店のテスト用レンズです。
時代的にも本来はNewFDレンズのほうが似合いますが
旧FDレンズとの組み合わせもなかなかよいですね。
AE-1Pはパームグリップがついているのも良い点ですよね。
これがあると構えた時のグリップ感が全く違います。

一通り整備を終えた状態でまず大丈夫だとは思いますが
現象が再発しないか様子見をしている段階です。
ある程度時間をおいてから
最終的な微調整を行って完成となります。

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