オリンパスペンFのカメラ修理

今日は「公衆電話の日」だそうですよ。
1900(明治33)年のこの日に
日本初の自動公衆電話が
東京の新橋駅と上野駅の駅構内に設置されたのだそうです。
当時は公衆電話ではなく「自動電話」と呼ばれていたそうです。
交換手を呼び出してから
お金を入れて相手に繋いでもらうものだったそうです。
1925(大正14)年にダイヤル式で
交換手を必要としない電話が登場してから
「公衆電話」と呼ばれるようになったのだそうです。
現在では公衆電話を使うこともほとんどなくなってしまいましたが
おあの大きな受話器が懐かしいですねぇ
携帯電話が普及し始めたのは
私が働き始めて何年か経った頃ですから
10代~20代初めにかけてはまだまだ公衆電話全盛期でした
電話ボックスや公衆電話にまつわる歌なんかも
たくさんありましたし
「あそこの電話ボックスはおばけが出る」なんて
噂もたくさんありました(笑
公衆電話どころか今では「ダイヤルを回す」という
動作もなくなってしまいました…ちょっと寂しいですねぇ
あ、ちなみにダイヤル式電話、うちではまだ現役です(笑

さてさて

本日は「オリンパスペンF」のカメラ修理を行っています。
世界初のハーフ判レンズ交換式一眼レフです。
1963年発売のカメラです。
余談ですが
オリンパスはいわゆる35mm判一眼レフより
このハーフ判一眼レフのペンFを先に開発発売しています。
オリンパスの35mm判一眼レフとなると
ペンFの販売が落ち着いた後の1972年登場のFTLまで
待たなければいけません。
ペンFの修理のたびに同じようなことを書いてしまいますが
ペンFは単純に既存の一眼レフがハーフ判になっただけのカメラではありません。
「ハーフ判である」ということを最大限生かし
コンパクトに作るために
通常の一眼レフとは全く異なる構造をしています。
まず一眼レフでは当然のようにあるはずの
ペンタプリズムの出っ張りがペンFにはありません。
これは第一反射面のミラーで折り返した光を
ファインダーに導くまでの光路が独自の構造で
プリズムは2つ使っているのですが
ボディ巻上側と接眼部に上手く組み込まれており
通常のペンタプリズムではないためです。
シャッターも一眼レフでは一般的な
フォーカルプレーンシャッターではなく
ロータリシャッターというパックマンのような形の
金属羽根を回転させることで開閉を行う構造のものです
これも大きなフィルムサイズになると
内・外周の露光時間の差が問題になってきたりするのですが
ハーフサイズであれば大きな問題にならないということで
採用されたものです。
構造上全速でシャッターが全開するので
フラッシュシンクロが全速で科の王という利点も持ち合わせています。
それらのファクターにより
レンズが大きくオフセットされ
ボディ上面がフラットになるというペンF独特の
ボディデザインが生まれることになったというわけです。

そんないろいろと独創的すぎるペンFですが
その個性的な構造のため
シャッター…というかミラー連動関連のトラブルが多いのも事実です。
今回、お預かりのペンFもミラーアップした状態のまま
にっちもさっちも動かない状態で当店にやってきました
ガバナに依存するシャッター制御部のトラブルも多いのですが
ミラーアップ、絞り込み、シャッター動作、絞込解除、ミラーダウンという
一眼レフの一連の動作が上手くリンクしなくなることも
非常に多いカメラです。
主な原因は経年劣化や各部の汚れ油切れ等で
動きが悪くなってうまく連携できなくなることなのですが
元々の連携部の構造が少しデリケートなことも起因していると思われます。

まだ現状を確認している状態で
まずは底部からどんな状態で固まっているかを確認しています。
レリーズが押し込まれたままの状態で固まっており
やはりミラーアップからシャッター動作への
連携がうまくリンクできず固まっているようです。
ミラーボックスを外して一度リセットして
組みなおさないとダメな感じです。
もちろんその際に再発しないように
各部の動作部やリンク部を整備・調整していきます。
それでもペンFTよりはシンプルなのでまだマシですね
ただ、ペンFは通常の一眼レフとは
全く造りが異なるのでペンFの分解整備に慣れていないと
まともに整備調整のできないカメラです。
今日も慎重にここから分解整備に取り掛かっていきます。

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