日別アーカイブ: 2021年2月13日

キヤノン7のカメラ修理

今日は「世界ラジオデー」だそうですよ。
さすがに最近はラジオ聴くこと本当に少なくなりました。
(たまにナイター中継聴くくらいかな)
昔はよく聴いていたと思います。
クルマで長時間移動していると
CDばかりじゃ飽きるのでラジオつけることが多かったし
仕事が外回りの頃にはなおのこと聴いていたかな
でもラジオと聞いて思い出深いのは
やっぱり小学校高学年くらいから中学校の頃にかけて
布団の中でイヤホンして聴いていた
AMラジオのラジオドラマやオールナイトニッポンかなぁ
好きなアイドルや女優さんが出ている
ラジオドラマはくまなくチェックしていたし
その頃全盛期だった鶴光のオールナイトニッポンはすごく面白かったし
その少し後にパーソナリティやっていた
中島みゆきのオールナイトニッポンも面白かったなぁ
エアチェックするために
FMも番組表とやたらにらめっこしていましたが
単純に聴いてておもしろかったのは深夜のAMラジオかな
また夜更かししていると怒られるから
家族にばれないようにイヤホンして布団被って聴くのが
背徳感があっていいのです(笑)
まぁ、あの時代ならではの楽しみだったかもしれませんね
そんなAMラジオももはや風前の灯火ですねぇ
あの音質が悪くてノイジーなのが味わい深いのになぁ(苦笑)

さてさて

本日は「キヤノン7」のカメラ修理を行っています。
「キヤノン7」の発売は1961年
既にニコンから「F」が出て2年ほど経っており
ペンタックスからも「S3」が発売されている頃で
時代は確実にレンズ交換式カメラに関しては
レンジファインダー機から一眼レフへ移行している時期でした。
キヤノンもそのあたりは重々わかっていて
1959年には初の一眼レフであるキヤノンフレックス
1960年には1/2000搭載のR2000を発売しています。
でもその頃のキヤノンの主流はまだまだ
高級レンジファインダー機であり
またそのブランドイメージも確立されていました
しかしながら時代の流れは確実に一眼レフに傾いていき
このキャノン7と後に出るマイナーチェンジ版の「7S」が
キヤノンレンズ交換式高級レンジファインダー機の
最後のシリーズになってしまいました。
「7」はそれまで30年近く作り続けてきた
レンジファインダー機の集大成ともいえるモデルで
最高速1/1000のシャッターを搭載し
ファインダー視野枠は35/50/85+100/135の4つを
手動で切り替えることができます。
(パララックス補正機能付き等倍採光式ブライトファインダー)
さらにセレン光電池式の露出計までも搭載しています。
シャッタースピードの設定に応じて
対応する絞り値を指針が差し
それに合わせて手動で絞り設定を行う方式です。
50mmF1.4レンズが付いて当時の価格は47,500円
大卒初任給が15,700円の時代です。
やはりかなり高価かつ高級なカメラだったことがよくわかります。

お預かりしている「7」はちょっとレアな
ブラック塗装の7です。
露出計が不動ということでお預かりしていますが
露出計周りに弄られた形跡もあり
メーター表示版の位置関係もおかしいですし
ASA設定も不動で設定ができません。
さらにメーター窓のアクリル板は破損しています。
通常、交換部品の確保が非常に困難なカメラなのですが
今回はご依頼者様から部品取りとして
同じブラックの「7」をもう1台ご提供いただいています。
メーター窓は交換しようにも取り外す際に
破損する可能性も高いので今回は
上カバーごと交換で対処します。
メーター不動ということでセレンの状態が
非常に心配されましたが
セレンそのものはしっかり起電しており
照度切替SW付近での接点接触不良が不動の原因でした。
シャッターはとりあえず一通り動作はしていますが
やはり高速域での精度は今一つで
そのあたりも含めて全体的に整備を行います。

画像は一通りの整備が終わった段階でのもので
装着しているレンズは当店のテストレンズです。
露出計は通常使用に全く問題ないレベルで精度も確保できています。
シャッタースピードも問題ないレベルになり
巻上も非常にスムーズになりました。
普段シルバーしか見る機会がないので
ブラックはやはり新鮮なイメージです。
黒ローレットのこの時代のキヤノンレンズが合いますね
70年代中期にはキヤノンの一眼レフというと
ブラックボディのイメージが強くなるのですが
この時代のキヤノンのブラックも良いですね。
もう少し様子見を行った後に最終チェックをして完成となります。
見違えるほど操作感も良くなったと思うので
ご依頼者様にも堪能していただきたいと思います。

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