カテゴリー別アーカイブ: カメラ修理

ニコンFM2のカメラ修理

さすがにこの時期は毎日寒いですね
今日は「日本最低気温の日」だそうですよ。
1902(明治35)年のこの日に
北海道上川地方旭川市で日本の気象観測史上の最低気温である
マイナス41.0℃が記録されています。
これが日本の最低気温だそうです。
その後、1978(昭和53)年2月17日に
北海道の幌加内町母子里(ほろかないちょうもしり)の
北大演習林でマイナス41.2℃を記録しましたが
気象庁の公式記録の対象から外れていたため
公式では上記の旭川市の記録が最低気温となっています。
ちなみに富士山頂の最低気温としては
1981(昭和56)年2月27日にマイナス38.0℃を記録しています。
年間平均気温(1981~2010年)は富士山頂がマイナス6.2℃
旭川市が6.9℃で、富士山頂のほうが13.1℃も低いそうです。
年間平均気温で見ると富士山頂が日本で最も寒い場所と言えるようです。
富士山は標高の高いことはもちろんですが
独立峰で遮るものがなにもないですものね…
それにしても寒いのはイヤですねぇ
身体を冷やすとロクなことがないのは
年取ってからよくわかったので
もし引っ越すとしたら今より少しでも暖かいところがいいですね
夏暑いのもそれは困りますが…

さてさて

本日は「ニコンFM2」のカメラ修理を行っています。
1982年発売のカメラです。
前モデルのFMをベースとして
シャッター速度の高速化を図った機種といえます。
チタンシャッター羽根をハニカムパターンで肉抜きすることで
シャッター速度最高速1/4000秒及び
シンクロ同調最高速度1/200秒を実現しました。
どちらも当時の一眼レフカメラの中で最高速でした。
2年後には シンクロ同調最高速度1/250秒となる
「ニューFM2」が発売されロングセラーとなるので
意外と「FM2」の生産台数は少ないようです。
時代的に電子制御シャッター機が中心となり
1985年にはオートフォーカスの先駆者「α7000」が
発売されます。そんな自動化への流れの中で
取り回しがよく良い意味でシンプルで
電池がなくても露出計が動かないだけで
シャッターは全速動作する「FM2」は貴重な存在になっていきました。
現在でも非常に人気の高いカメラです。

お預かりしている「FM2」は巻上機構に問題があり
まれに巻上してもシャッターが切れなくなったり
レリーズしてもミラーアップするだけで
シャッターが動かないトラブルに見舞われています。
基本的に非常に丈夫なカメラですが
同様の症状は「FM2」や姉妹機の「FE2」でも見られる症状です。
おそらく巻上機構の動作不良ではないかと思われます。
シャッターユニット内が原因のトラブルだったり
LED式の露出計に関するトラブルは
FM2の場合m、当店では修理不可能となります。
中古部品を含めても部品が入手困難なためです。

まだ取り掛かり始めの状態です。
大体の原因は予想できますが
デリケートな部分も多いカメラなので
より慎重に取り掛かっていきます。
シャッターは機械制御ですが
LED露出計は分解時にはちょっとした静電気等で
修理不可能になってしまう場合もあるので
とくにそのあたりは注意して作業を行います。
ハニカムパターンで肉抜きされたチタン羽根は
非常に美しいですがこれも非常に繊細な部分なので
取り扱いには注意が必要です。
分解時にはもちろんですが
通常使用時にも羽根に触れたり
フィルム端を羽根に突っ込むことのないように
より注意が必要なカメラです。

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ニコンFEのカメラ修理

今日は「カレーライスの日」らしいですよ。
1982(昭和57)年のこの日に
学校給食創立35周年を記念して
全国学校栄養士協議会が学校給食試食会を実施し
全国の小中学校の児童約800万人に
カレーライスの給食が出されたことに由来しています。
このとき私は小学6年生…これも食べてるはず…ですが
あまりよく覚えていない…(苦笑)
いや、これより少し前に米飯給食は既にあった気がするのですが…
地域によるのかな…ハヤシライスの記憶が結構残っているのですが…
まぁそれはともかくやはり「カレーライス」は
文句なしに美味しいですよねぇ
今では頻繁に食べることはありませんが
たまに無性に食べたくなるメニューです。
外食でお店で食べても家で簡単に作るレトルトカレーでも
いつも美味しくいただけます。
でもやっぱりカレーショップで食べるカレーがより美味しいかな…
しばらく食べた覚えがありませんが
たまには後片付けの心配の心配もいらず
出てくるのを待っているだけでいいキレイなお店で
ゆっくりカレーを味わいたいですね。

さてさて

今日は「ニコンFE」のカメラ修理を行っています。
1978年発売のカメラです。
適度にコンパクトなボディに
使いやすい機能を搭載した中級機です。
電子制御シャッター機で絞り優先オート露出で使用可能で
マニュアル露出も可能です。
どちらの露出モードでも非常に使いやすく
メータードマニュアルとしても秀逸な
二針式のファインダー表示露出計を内蔵します。
設定絞りも直読でファインダー内表示されます。
電子制御機でありながら
M90(1/90)と「B」はメカニカル制御で電池ナシでも作動します。
長時間露光等で使う際にはバルブが機械制御なのは
非常に重宝します。
多重露光レバーも使いやすく
いろいろな撮影に簡単に対応できるカメラでもあります。

お預かりしている「FE」は
基本的には一通り動作してるのですが
たまにシャッターが切れたあとに
ミラーアップしたままになってしまいます。
電子制御されるSSでのみこの症状が出るなら
電源や電気接点の接触不良等が考えられるのですが
電池を抜いてM90で作動させていていても
それなりの確率で同症状が出るようです。
…となると機械的駆動部分での問題です。
症状の出方を見ているとミラー駆動部に問題があるのではなく
シャッター駆動に何らかの問題があると予想されます。

画像は取り掛かり始めのものですが
ここからミラーボックスを分離して
シャッターユニットを降ろして
修理を行っていきます。
この時代のニコンなので電子制御機とはいえ
整備性は良好です。
…といってもかなりいろいろな部分に気を配りながらの
分解整備が必要となります。
「FE」は当店ではよく扱うカメラですし
見慣れた内部光景ではあるのですが
油断せずに集中して作業に取り掛かっていきます。

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ミノルタオートコードのカメラ修理

今日は「スイートピーの日」だそうですよ。
この時期が一年でいちばん香りが豊かできれいに輝くことと
またスイートピーの花弁が左右対称で
3種類の花びら(旗弁、翼弁、舟弁)からなり
それぞれ1枚、2枚、1枚あることから「121」の1月21日としたそうです。
スイートピーの花、キレイでかわいいですよねぇ
赤、ピンク、白、紫、青、水色、黄、オレンジ、緑、茶等々
染料を使ったものも含めると自然界にないものも含めて
本当に色とりどりのものが流通していています。
誰もが思わず気に入ってしまうスイートピーがあると思います。
個人的にはオレンジのスイートピーが好きかなぁ…
まだまだ寒いですが
スイートピーに限らずそろそろ早春の花が咲き始める季節です。
近所の公園では既に梅の花が見ごろになっているようです。
このあたりから少しずついろんな花が咲き始め
より季節の移ろいを感じる時期になり
少しずつ春が近づいて来るのがわかります。
なんだかいい季節ですよね。

さてさて

本日は「ミノルタオートコード」のカメラ修理を行っています。
国産二眼レフを代表するカメラといっていいと思います。
1955年発売のカメラです。
国産二眼レフは基本的にローライフレックスのコピーともいえますが
ミノルタの二眼レフは国産でほぼ最初に生産され
数々の工夫や機能が盛り込まれ独自の進化を遂げています。
オートコードはその完成形ともいえるカメラです。
以前のモデルから引き継がれた機能も多いですが
クランク式の巻上、セルフコッキング、
セミオートマットのフィルム装填、ハラキリ式のピントレバー
ビューレンズ上部での露出情報の集中表示
フィルム平面性確保のためのが通常とは逆の
「上から下」へのフィルム送り等々
どれも撮影に直結する機能満載で
レンズは評価の高いロッコール75mmF3.5
シャッターユニットはこれも信頼の高い
シチズンMXVを搭載します。
改めて今見ても非常によくできたカメラです。

お預かりしている「オートコード」は
おそらくチャージ状態かと思われますが
レリーズボタンを押してもうんともすんともいいません
シャッターが切れないから巻上クランクも動きません。
レンズシャッター機によくある
シャッター羽根の張り付きか駆動部の固着かと思われます。
加えてファインダーの汚れやレンズのカビも多いので
全体的に整備が必要な状況です。

まだ現状確認を行っただけの状態です。
これから本格的に分解整備に取り掛かります。
まずは固着しているシャッターの整備から行っていきます。
こうしてみても質感も高く
眺めているだけでも楽しくなってくるカメラです。
しっかり整備して気持ちよく楽しんで
撮影に使えるように整備を行っていきます。

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ペンタックスSVのカメラ修理

今日は「のど自慢の日」だそうですよ。
1946(昭和21)年のこの日、NHKラジオの
「のど自慢素人音楽会」が始まったことが由来となっています。
初めての聴取者が参加できる娯楽番組であり
その後、テレビでも放送されるようになり
現在も続く「NHKのど自慢」へとリニューアルします。
しかし、今でもまだやってるのはすごいですね。
私が生まれるより前からテレビでもやっているのに…
私、ここ数年は全く地上波を見ない生活になったので
今の番組はこれに限らず全くわからないのですが…
日曜の昼というと「のど自慢」のイメージが残っています。
子供の頃、家にいるといつもじいさんばあさんが見てました…
懐かしいですねぇ
臨機応変に変化も大事ですが
基本的な部分は続ける…というのも
大事ですよねぇ…そんなことを考えてしまいます

さてさて

本日は「ペンタックスSV」のカメラ修理を行っています。
1962年発売のカメラです。
内部が一新される「SP」より前の
アサヒペンタックス系の集大成といえるカメラです。
全モデルのS3で「完全自動絞り」や
「1/1000シャッター」を搭載していますが
加えてセルフタイマーを装備し
フィルムカウンターも自動復元式となりました。
露出計こそ非搭載ですが
古い露出計がトラブルの元になりやすいことを考えると
これでマニュアルカメラとして完成形といえると思います。
製造から60年経過するカメラであり
当時のままの布幕の場合は
ほぼ幕交換が必須となるカメラです。
ただしっかり整備を行えば
基本的には丈夫なカメラであり
長く安心して使えるカメラだと思います。

お預かりしている「SV」は
巻上が全くできない状態で
当店にやってきました。
もちろんシャッターは切れません。
フィルム室からシャッター幕位置を確認すると
幕はリリースされた状態です。
巻上ロック機構の不良かな…とも思ったのですが
よく見るとレリーズボタンが押された状態のまま
戻ってきていないようです。
何らかの理由でレリーズ軸が押されたままになっていて
そのため巻き上げロックが解除されないようです。
心配される幕の状態は
フィルム室から後幕の見える部分のみでしか
受付時には判断できませんでしたが
やけにキレイでしなやかです。
近年…といってもモルトの状態から判断して
10年以上は前だと思いますが
幕交換が既に行われているのではないかと思われます。

まずはある程度分解して
巻上ができない原因を探ります。
どうやら幕走行直後に戻らなくてはいけない部品が
油切れや汚れのために固着してしまい
そのためレリーズも戻れなくなっているようです。
これ以外にもさすがに動きの悪い駆動部分が
かなり散見され、シャッターが動くようなっても
精度は全く出ていない状況です。
ただシャッター幕及びリボンはやはり
既に一度交換されているようで
幕自体には何の問題もないようです。
通常の清掃整備で快適に動作するようにできそうです。
これから慎重に分解整備を行っていきます。

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ヤシカエレクトロ35GSのカメラ修理

阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)が
1995年(平成7年)1月17日(火)が発生してから
今日で31年になるのですね。
今日はやはりそれに関係する記念日が多いですね。
そんな中に「おむすびの日」というのがあります。
被災地に「おむすび」が届けられた
温かい心の象徴として記念日としたそうです。
天災は防ぐこと自体が難しいですし
特に地震は前触れもなくいきなり発生することが
多いですから常日頃から「くるかもしれない」と
対策しておくしかないのですね。
それでもどうにもならないことが多いでしょうが…
ところで先日帰省した際に
セブンイレブンの地域限定で「広島菜」の入った
おむすびがあったのですが
これが非常に美味しかったです。
全国販売すれば嬉しいのになぁ…

さてさて

本日は「ヤシカエレクトロ35GS」の
カメラ修理を行っています。
昨日に続いてエレクトロですね。
1970年発売のカメラです。
基本的な構造は初代エレクトロのものを
引き継いでいます。
ただレンズが新コーティング採用の
カラーヤシノンDX45mmF1.7レンズに変更されています。
他のスペックはほぼ初代と同様で
シャッターはコパルエレクを搭載し
B・約30秒~1/500秒をカバーします。
「B」とフラッシュ使用時以外は
絞り優先オート露出で制御を行います。
大口径レンズを搭載し
開発当初からの目標である
「ろうそく1本の光でも写る」を目指して作られています。
初代のエレクトロ35が1966年発売で
基本的な構造・スペックや外観を引き継いだまま
モデルチェンジが行われ
ほぼ同じ姿のまま1973年発売の
「GSN/GTN」まで生産されます。
この流れを見ても当初の基本設計が
優れていたことがわかりますね、

お預かりしている「エレクトロ35GS」は
電源が入らずシャッターが制御できない状態です。
先述した通り基本的に「絞り優先オート」で
撮影するカメラなので電源が入らないと
まともに撮影には使えません。
電子回路の状態や精度が気になるところですが
まずは電源が入るようになってからでないと
そのあたりの確認もできません。
続いて気になる大口径レンズの状態については
保管環境が良かったものと思われ
軽微なカビこそあるものの
比較的キレイな状態です。
動作させ正常に行えれば評価の高い
カラーヤシノンの写りを楽しめると思います。

少し大柄でスペースに余裕があり
整備性は非常に良好です。
ただこの時代の電子制御機なので
配線も非常に多くそのあたりはなかなかややこしいです。
さすがに経年劣化でハンダの劣化も出てきている場合があり
それが原因でオート制御の精度が出ない場合もあるので
このあたり入念にチェックを行います。
電源が入らない原因はやはり電池室からの配線と
ハンダの腐食でした。
精度や動きの確認は一通りの整備を行った後、
仮組みをして確認します。
弱点やトラブルの起こりやすい箇所はいくつかあるものの
意外にも電気回路自体は丈夫なカメラで
電子部品トラブルにより修理不能なることはあまりないカメラです。
特に「GS」以降のエレクトロは致命的なトラブルは少ないと思います。
黒もいいですがエレクトロといえば
やはりこのギンギラギンなシルバーですね。
個人的にも好きなカメラです。

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ヤシカエレクトロ35CCのカメラ修理

今日は「囲炉裏の日」だそうですよ。
「い(1)い(1)ろ(6)」(いい炉)と読む
語呂合わせからだそうです。
囲炉裏のあるような古民家って憧れますよねぇ…
一時期、興味があっていろいろ調べたりしました
囲炉裏だけじゃなくて古民家全体がそうですが
若くて体力のあるうちならまだしも
もうその維持や手間がどう考えても無理ですね…(苦笑)
加えて古民家のあるような場所は
今の私にはもう住めないかな…
まぁ所有するのは無理でも
少し足を延ばせば古民家カフェとかありそうですし
そういうところで雰囲気を楽しむのが正解かと思います。
少し話が囲炉裏からそれますが
古いものには味わい深いものも多くて
使っていて楽しいものもたくさんあるのですが
やはりそれなりに不便さや手間とコストはかかります。
そのあたりのバランスを趣味として
楽しめて許容できるかどうかが大事なのでしょうね。

さてさて

本日は「ヤシカエレクトロ35CC」の
カメラ修理を行っています。
1970年発売のカメラです。
エレクトロ35シリーズの中では
少し派生的な存在のカメラです。
本流のエレクトロ35シリーズは
翌年に「GSN」や「GTN」が発売され
まだ初代からの流れを汲む大柄なボディのカメラですが
「CC」はそれに比べると小型化が進められたカメラです。
そしてシリーズ中唯一の35mm広角レンズを搭載します。
さらに「ろうそく1本の光でも写る」がテーマの
エレクトロですからF1.8の大口径です。
距離計もしっかり装備されています。
このスペックのレンズ固定型カメラというのは
なかなか珍しいと思います。
ただこの時代のカメラなので大口径レンズは
ボケ味を楽しむという意味で搭載されているわけではなく
光量が少ない場面で速いSSを確保するためのモノですね。
そもそも絞り羽根が2枚なので開放以外では
独特のボケとなってしまいます。
それでもこのカラーヤシノン DX 35mmF1.8レンズは魅力です。

お預かりしている「CC」は
電池室はキレイで電池を入れるとバッテリーチェックも点灯し
ファインダー内警告灯も点灯します。
そのそも電源の入らない個体が多いので
そこは非常に良いのですが…
肝心のシャッターが切れません。
巻上はできてレリーズは押せるのですがうんともすんとも言いません。
ただレリーズボタンを押すとまた巻上は可能です。
電源は入るけどまったくシャッター制御ができず
一定速でしか切れないとかの症状は多いですが
このカメラでまったくうんともすんともいわないのは
割と少ないパターンです。
エレクトロはシリーズ全般的に
レンズシャッターでよくある羽根の油滲み等による
張り付き固着は起きにくいカメラなので
固着は固着でしょうが原因は羽根駆動部か
マグネットにあると思われます。
いずれにしても分解してみないとわかりませんね。

まだ取り掛かったばかりの段階ですが
これからシャッターユニットの周りの分解から
取り掛かっていきます。
整備性はこの類のカメラとしては良い方ですが
やはり初代からの流れを汲む
大柄なタイプのエレクトロに比べると
少々ややこしい作りになっています。
そもそも小型化されているので
いろいろなところが狭くて大変です。
電子制御機なので機械的駆動部に加えて
各電気接点等の整備も入念に行っていきます。

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オリンパスM-1のカメラ修理

今日は1/15で「小正月」ですね。
1月1日の「大正月(おおしょうがつ)」に対して
1月15日を「小正月(こしょうがつ)」といいます。
また、14日から16日までの3日間を
「小正月」とする場合などがあるそうです。
この日の朝には米と小豆を炊き込んだ
「小豆粥(あずきがゆ)」を食べる習慣があり
早朝に食べることから「あかつき粥」などとも呼ばれているそうです。
お粥よりもあまーい「ぜんざい」が食べたいですねぇ(笑
さすがに1月も半ばですから
お正月の特別感ももうずいぶん以前のような感覚です。
…とはいえまだ少しばかり長く休んでいた影響が
仕事にはありますね(苦笑)
もっと気合い入れて、休んでいた分を取り戻さなければ…

さてさて

本日は「オリンパスM-1」のカメラ修理を行っています。
1972年発売のカメラです。
のちの「OM-1」の最初期モデルですね。
「M-1」の名前で販売されていたのは
10ヶ月ほどの間です。
生産台数はいろいろな説がありますが
出ている数字よりも多く現存しているような気がします。
生産台数の少なさの割には比較的見かけることの多いカメラです。
中味的には初期のOM-1と変わりません。
M-1ならではの特徴も少しばかりありますが
その多くが最初期の「OM-1」の特徴でもあります。
フィルム室の4本スタッド、マウント部のマイナスネジ
巻き戻しネジのマイナスネジ、接眼レンズの形状
巻上レバー裏側の形状、プリズム抑えの4本バネとか
細かいところばかりいろいろあります
いずれにしても当時、他メーカーがやらなかった
軽量コンパクトで静かな一眼レフの先駆けです。
名機なことに間違いはないです。

お預かりしている「M-1」はかなり長い間
使われておらず眠っていた個体かと思われます。
精度はともかくとして動作はひととおりできますが
接眼レンズやファインダー内に多くのカビが発生していて
全体的に動きも少々重いです。
そして定番のプリズム腐食です。
フィルム室のモルトもボロボロでしたが
上カバーを開けてみるとプリズムと接眼レンズの
隙間を覆う遮光用モルトは加水分解でやはりボロボロです。
これがプリズムに侵食して蒸着の剥離を起こします。
そしてファインダー内の視野下方に腐食としても
確認できるような状態となります。

まだ取り掛かったばかりの状態です。
これから本格的に分解整備に取り掛かっていきます。
プリズムは交換で対応します。
いつも書きますがOM-1は小型化を進める上で
いろいろな独自の工夫が内部に凝らされており
整備性自体は悪くないですが
デリケートな部分の多いカメラです。
さらにM-1や初期OM-1の場合は
中期以降のOM-1に比べて内部樹脂部品の劣化が
進んでいることが多く分解時に非常に神経を使います。
今回もそのあたりをしっかり念頭に置いて
慎重に作業に取り掛かっていきます。

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ミノルタSR-7のカメラ修理

今日は「成人の日」ですね。
「ハッピーマンデー制度」導入に伴い
「成人の日」が1月の第2月曜日となったのは
2000年からですがやはり世代的にいまだに
「成人の日」というと「1月15日」をイメージしてしまいます。
もともと「成人の日」を1月15日としたのは
この日が「小正月(こしょうがつ)」であり
奈良時代以降の日本において成人を示すものとして行われる儀式
「元服の儀」が小正月に行われていたことによると言われています。
一般的なカレンダー通りのお休みの方にとっては
成人の日が第2月曜日になってここが3連休になるので
年末年始休みが明けてなかなかリズムが整わないところに
小休止的な3連休が入っていいのかもしれませんね。

さてさて

本日は「ミノルタSR-7」のカメラ修理を行っています。
1962年発売のカメラです。
世界で初めてCdS素子使用の
外光式露出計を内蔵した一眼レフカメラなのだそうです。
それよりも個人的には内部シャッターがミノルタ独特の
ユニット式になってかなり個性的な内部構造になっている方が
気になるカメラです。
ちょっと整備性がよろしくないのですねぇ(苦笑)
次のニューSR-7では比較的一般的な構造に戻ります。
この時代は大メーカーといえどいろいろ試行錯誤している時代で
各メーカーごとにいろいろなアプローチがみられて
なかなか個性的な部分が多い時代でした。
ミノルタのトップモデルは「SR-2」「SR-3」と続いてきたので
本来の順番では「SR-4」が順当だったのですが
宇宙船フレンドシップ7にハイマチックの改造品が持ち込まれて以来
ミノルタは「7」をとにかく推すようになったので
「ハイマチック7」に続き一眼レフも「SR-7」となりました。
マイナーチェンジを含めれば
通算7代目のミノルタ一眼レフカメラである…という理由もあるようですが
これはまぁ…とってつけた理由でしょうね(苦笑)
そのあたりはともかくとして外光式とはいえ
露出計内蔵でミノルタらしい使いやすい一眼レフです。

お預かりしている「SR-7」は
おそらくかなり長い間使われずにしまい込まれていた
個体かと思われます。
とりあえずシャッターはなんとか切れますが
シャッター音は油切れの兆候か耳障りな作動音で
内部には積年の汚れの蓄積もあってか
あらゆる部分の動作が重い感じです。
もちろんシャッタースピードの精度は全く出ていません。
この状態でなんとかシャッターが切れることに
このカメラの丈夫さに感心します。
露出計もなんとか動作してはいますが
動きが非常に不安定です。
もちろん精度も含めて実用できる状態ではありません。

とはいえ何か致命的な破損や不具合があるわけではなく
とにかく汚れや劣化した古い油脂類を除去して
最低限の注油を行い本来の動きを取り戻す作業を行います。
それだけである程度の精度は確保できると思われます。
あとは機械的な(露出計は電気的な)微調整で
通常撮影に問題ない精度を確保していきます。
このころまでのミノルタ機はフィルム室もそうですが
内部にもモルトがほとんど使われておらず
きっちりダイキャストや部品で
寸法的な精度が出ている印象です。
劣化モルトを起因とするトラブルももちろん起こりません。
非常に堅実に作られたカメラだと思います

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ニコンFG-20のカメラ修理

今日は「鏡開き」ですね。
正月に神(年神)や仏に供えた鏡餅を
下げて食べる日とされています。
神仏に感謝し、また無病息災などを祈って、
汁粉や雑煮などで食べます。
武家では鏡餅を刃物で切ることは切腹を連想させるため
手や木槌で割る風習があったそうです。
また、「切る」「割る」という言葉は避けて
「開く」という言葉が使われています。
いわれてみればここ長らく雑煮とかで
普通の「お餅」を食べていないような気がします。
鏡餅とか飾らないですし…
一人暮らしだとそんなもんですよねぇ…(笑
コンビニやスーパーでついつい手に取ってしまう
「大福餅」は頻繁に食べていますが…(苦笑)
でもあまーい汁粉はこの季節食べたくなりますねぇ…

さてさて

本日は「ニコンFG-20」のカメラ修理を行っています。
1984年発売のカメラです。
当店で扱えるニコン機としては最後発のカメラです。
「FG」と同じく「EM」ベースのカメラです。
「FG」からプログラムAEとTTL調光が省略されています。
言い方変えれば「EM」にマニュアル露出が
追加されたカメラともいえます。
ファインダー内露出計も「指針式」となっています。
ただしマニュアル露出があるのに
設定SSは表示されない指針が1本のみの露出計なので
さすがにそのへんの使い勝手は「二針式」の「FE」には劣ります。
それでもカメラ任せのオートでしか撮れない「EM」よりは
露出をコントロールして意図的な撮影が可能です。
外観は巻上側の肩が斜めに切り落とされていて
デザイン上のアクセントにもなっています。
軽量コンパクトで取り回しが良く
マニュアル露出も可能となかなか良いカメラだと思います。
発売時のキャッチフレーズは「ライトニコン」です。
この時代の他の「EM系」と同じく1/90と「B」が
メカニカル駆動で電池を必要としないのは
この時代のニコンらしい非常に良い機能です。

お預かりしている「FG-20」は少々困ったトラブルを抱えています。
まず電源は入りますがオート時、マニュアル時の設定にかかわらず
シャッターが「B」以外、一定速でしか切れません。
そしてマニュアル時の露出計は不安定ながらも
ある程度の動作を見せてくれますが
オート時には明るさにかかわらず高速側に指針は振り切ってしまいます。
これはちょっと修理可能かどうか微妙です。
摺動抵抗やマグネット、接点の接触不良等であれば
修理可能ですが基盤内のトラブルであれば
修理は不可能な可能性が高くなります。

画像は取り掛かり始めのもので
実際の作業もまだ途中ですが
結論から言うとまぁなんとかなりそうです。
基盤内自体には問題はなさそうです。
やはり接点等の問題のようです。
まだ断言できる段階ではないですが
各接点や摺動抵抗等を全て入念にチェックして
清掃整備を行っていきます。
機械的駆動には大きな問題はなさそうですが
これも一通りの整備を並行して行っていきます。
やはりこの類の電子制御機は
何が原因がわかりにくいトラブルが多いですね。
「FE系」にしても「EM系」にしても
この時代のニコン機は整備性がよくて
基盤内のトラブルは少ないので
比較的なんとかなりますが…(苦笑)

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ニコマートFTNのカメラ修理

今日は「風邪の日」だそうですよ。
1795(寛政7)年のこの日(旧暦)に
横綱・谷風梶之助が流感(りゅうかん)で
現役のまま亡くなったことに由来しています。
ここでいう「流感」は「流行性感冒」の略で
インフルエンザウイルスを病原とする
「インフルエンザ」のことです。
当時、流感は江戸全域で猛威を奮っていたそうです。
当時は今のように薬やワクチンがなかったので
本当に命に係わる病気だったのですね。
とはいえ今でもインフルエンザも新型コロナも怖いですよね…
私は運よくここ数十年は風邪やインフルには
全くかかっていないのですが
それでもこの乾燥する季節に人の密集する場所には
あまり行きたくないな…と思ってしまします。
加えてやはり普段の体調を
しっかり整えておくことが大事かとも思います。
しかし…風邪やインフルはかかっていなくても
生活習慣病はほぼコンプリートなので
そちらのほうがマズいです…(苦笑)
日常生活に気を付けます…

さてさて

本日は「ニコマートFTN」のカメラ修理を行っています。
1967年発売のカメラです。
ニコマートシリーズはニコンが展開する
中級機グレードのブランドです。
前身モデルとなるニコレックスシリーズでいろいろと
失敗もあったのでそれも踏まえて
社外のユニットシャッターをうまく取り入れつつも
開発製造は自社内で行い非常に完成度の高いカメラとなりました。
ニコマートには先に発売した機械制御シャッターの「FT系」と
のちに追加された電子制御シャッターの「EL系」があり
今回の「FTN」は最初の「FT」をベースに
開放F値補正操作を搭載し、中央部重点測光を採用
ファインダー内SS表示が追加されたモデルです。
ニコマートシリーズの中で最も販売数が多いカメラで
現存数も非常に多いと思います。
当店への修理依頼も非常に多いカメラです。

ニコマートFT系は基本的に非常に丈夫なカメラです
さすがに露出計関連には劣化等もあって
未整備のものは正常に動いていないものが多いものの
巻上やシャッターにトラブルは少なく
放置されていた個体でも
精度はともかくとして
とりあえずはシャッターは切れる…というものが
多いと思います。
巻上やミラーは中級機とはいえ当時のニコンにクオリティですし
シャッターは非常に評価の高いコパルスクエアです。
F一桁機とほどとは言えませんが非常に信頼性の高いカメラです。

しかしながらお預かりしている「FTN」は
めずらしくシャッター関連のトラブルです。
ミラーアップしたまま固着した状態で当店にやってきました。
ミラーアップしたままの症状はめずらしくないですが
シャッターも閉じてはいるものの
羽根の位置が非常に中途半端な位置で止まっており
ミラー駆動ではなくシャッターが原因のトラブルかと思われます。
汚れか何かで固着しているパターンではなさそうです。
とりあえず開けてみないと原因は何とも言えません…
何か部品が引っかかっているのではないかと思いますが…

まだ取り掛かり始めの状態です。
とりあえずはミラーボックスを降ろして
シャッターユニット全貌が確認できる状態にして
チェックを進め原因を探って行きます。
ユニットシャッター搭載な上に
非常によく考えられた構造で
整備性は良好です。
調整機構も多く分解整備を行いながら長く使うことを
前提とした構造になっています。
見慣れた内部ではありますが
だからこそ油断せずに慎重に分解整備に取り掛かります。

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