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ニコンF2フォトミックのカメラ修理

今日はこれといった記念日のない日です…
今日に限らず12月の記念日って意外と少ないのですよね
やはりクリスマスと年末にすべて持っていかれているのですかね?
それでは…と過去の12/18の出来事を調べてみると
1997年12月18日に東京湾アクアラインが開通していますね。
私がこっち(関東)に移住してくるより少し前の話です。
こっちに来てクルマ持っていた頃に何度も通るチャンスはあったはずなのに
実は自分の運転ではいまだに通ったことがないのです…(苦笑)
ほんとこっちに来てからは意外と出不精なんですよねぇ…
実はごくごく最近(ほんの数か月前)、知人の運転で
「海ほたる」まで行ったのが初アクアラインでした。
で、「海ほたる」いいですね!
ただのパーキングエリアではなくてここ自体が目的地でも
充分に満足できるスポットでした。
実際にそういうニーズがあるからなのか
アクアラインは海ほたるでUターンして
戻ることもできるようになっているのですね。
(Uターン時に専用料金所をいったん通過します
料金は対岸に行く場合と同額のようです)
川崎方面からだと海ほたるまでは海底トンネルなので
眺望も何もないですが海ほたるではたくさんある展望台から
様々方向を望むことができ、なかなか壮観です。
おみやげやさんや食べ物屋さんもいろいろあって充実しています。
ここでその時に食べた「あさり丼」とあさりたっぷりの「貝汁」は
本当に美味しかったです。ちょっとお高いですが…
また行ってみたいですがクルマ持ってないのでいつになるやら…(笑

さてさて

本日は「ニコンF2フォトミック」のカメラ修理を行っています。
ニコンF2のボディに露出計内臓のフォトミックファインダーを
組み合わせたモデルです。
先代の「F」ではフォトミックファインダーは
途中から追加された形であり
スタイリング的にも機能的にも「とってつけた感」を
どうしても感じてしまいがちでしたが
「F2」では最初からフォトミックファインダー付きモデルが
アイレベル以上に主力になると意識されて作られていると思われます。
多少の頭でっかち感はありますが
それでもFフォトミックに比べれば随分一体感もあり
ある意味独特の無骨さはニコンらしくて良いと思います。
F時代にはファインダー側にあった電池室は
ボディ底部に配置されメンテナンス性も向上しています。
そしてF2フォトミックではF時代にはなかった
ファインダー内SS・絞り表示も搭載され
アイレベルに比べても非常に使いやすい仕様となっています。
F一桁機ならではの交換式ファインダーはF2発売以降
いろいろな種類のものが追加発売されフォトミックファインダーだけでも
5種類のモノが存在します。

お預かりしている「フォトミック」はアイレベルと同時に発売された
最もベーシックなタイプのフォトミックファインダーです。
整備する立場としては後に出る「LED式露出計」のタイプだと
修理不可能な場合も多いのですが
指針式のこのタイプのフォトミックやフォトミックAは
ブラシ式の摺動抵抗に大きな劣化等を抱えていない限りは
大抵の場合は修理整備可能かとは思われます。
今回のフォトミックは露出計に関しては一通りは動作しているものの
その摺動抵抗の汚れが影響しているとみられる不安定さがあることと
精度的にも調整が必要な状況です。
トラブルの多い本体側の電池室には大きな問題はない様子ですが
シャッターは精度的にかなり問題があり
高速Ssの精度は出ておらず1/2000に関してはほぼ開いていない状態です。
低速は今度はスローガバナーに粘りがあって
息絶え絶えに動いているような状況です。
いずれも機械的な動きの悪さから来ているもので
一通りの整備で改善されるものと思われます。

この時代のニコン機は全てそうですが
特にF一桁機はメンテナンスを行いながら
長く使うことを前提に造られているカメラです。
そのため整備性はもちろん良く
非常によく考えられた部分に調整機構があり
隅々まで目が行き届くようになっています。
その上で一桁機ならではの丈夫な部品が組み合わされているので
余程過酷な環境にさらされていない限りは
登場から50年以上経った現在でも十分な精度を確保することができます。
とはいえ、古い機械は内部で何が起こっているのか
わからない部分もあるので今回も慎重に取り掛かっていきます。

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ミノルタオートコードのカメラ修理

今日は「電話創業の日」だそうですよ。
1890(明治23)年のこの日に
東京市内と横浜市内の間で日本初の電話事業が開始し
千代田区に設置された電話交換局が営業を始めたそうです。
当時の加入電話は東京155台・横浜44台で
電話交換手は女子7人・夜間専門の男子2人が対応したのだそうです。
当時の電話料金は定額料金で東京が40円・横浜35円。
この時代には1円で米が15kg買えたため
今の値段にすれば40円は24万円くらいに相当し
当時の電話はとても高価なサービスだったことが分かります。
今から133年前のできごとですね。
今や個人需要では固定電話より携帯電話が当たり前で
通話料金をそれほど意識しない場面が多くなってきてることを
考えると時代の違いを強烈に感じますね。
確かに133年前まで行かなくても私が中学生くらいだった
40年前と比べても今の通信状況は
その頃の想像を超える世界だと思います。
黒電話でダイヤルを回して「親が出たらどうしよう…」と
ドキドキしながら電話をかけていた頃が懐かしいですねぇ(笑

さてさて

本日は「ミノルタオートコード」のカメラ修理を行っています。
国産二眼レフの最高峰と言われることも多い名機です。
オートコード自体は1955年の発売で
その後、小変更を繰り返しながらいくつかのモデルが発売されます。
そして今回お預かりしている「オートコードⅢ」が
1965年に発売され、このカメラがミノルタ二眼レフの
最終モデルとなります。
前身の「ミノルタコード」からピント合わせは
レンズボード下部のレバー式となり
クイックで綿密なピント合わせが可能になり
「ミノルタコードオートマット」から
フィルム送りは通常とは逆の上から下へ巻く方式になり
フィルムの平面性を高めています。
そして「オートコード」にモデルチェンジされた際には
上記の特徴を引き継ぎつ絞り・SSの露出情報を
ビューレンズ上に集中表示する方式となり
さらに使いやすさを高めています。
レンズは共通してテッサータイプのロッコール75mmF3.5を搭載しますが
1965年に「オートコードCDS」と「Ⅲ」が出た際に
新ガラス・新コーティングを採用した「ニューロッコール」に変更されています。
…という感じでやはり今回の「Ⅲ」が
ミノルタ二眼レフの集大成と言えるモデルではないかと思います。

お預かりしている「オートコードⅢ」は
まずご依頼者様からご指摘をいただいているのは
「ピントレバーが重い」というところです。
実際にゆっくり動かしてみようとしましたが
思っていた以上に重いです。
「これはマズそうだ」と思い、
それ以上この状態で動かすのはすぐにやめました。
…というのもこのミノルタ独特のピントレバー
金属疲労で脆くなっているモノも多く
重い状態で無理に動かしていると
突然、パキンと折れてしまうことが多いのです。
そのためオークション等でも
ピントレバーの折れたオートコードをよく見かけます。
本来の軽く動かせる状態であればそうそう折れることはないと思いますが
今回もそうですがヘリコイドのグリスがかたまりかけていて
ピントレバーが重い、あるいは動かない状態の個体は多いと思われます。
そしてその状態で無理して動かしていると
ピントレバーは割と簡単に折れてしまいます。
破損のためピントレバー交換となると
中古だとしても部品を入手することが大変困難なため
当店では修理不可能となってしまいます。

まだ現状をチェックしているような段階で
具体的な作業はこれからです。
シャッターは全速動作はしていますが
やはり若干の羽根粘りもあるようです。
機械的駆動各部の整備を含めて全体的な清掃整備を行っていきます。
もちろんヘリコイドグリスは古いものをいったん落として
新しくグリスを入れていきます。
どのタイプのものもそうですが
オートコードはやはり質感も含めて高級感あるデザインです。
こうして眺めているだけでもなんだか楽しくなってきますね。

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ヤシカエレクトロ35CCのカメラ修理

今日は「観光バス記念日」だそうですよ。
1925(大正14)年のこの日に
東京乗合自動車により日本初の定期観光バスである
「ユーランバス」の運行が開始されたそうです。
日本初の定期観光バスだったそうですが
路線バス扱いであり、途中の下車観光地から乗車した場合の
運賃も定められていたといいます。
当初のコースは「皇居前~銀座~上野」だったそうです。
おおよそ100年前ですね。銀座や上野の風景も今とは
全く異なるものだったでしょうね。
バスに関連する記念日は年に何回かありますが
その話題が出るたびにまだ幼い頃に
数回だけ乗った記憶がかすかにある「ボンネットバス」
それも呉市営バスの青白のボンネットバスに
もう一度乗ってみたいという感情が湧いてきます(笑
いまや「呉市営バス」はなくなってしまってますが
市のイベントでたまに稼働しているのですよね…
スケジュールが合わなくてなかなか実現しませんが
来年こそはそういうイベントがあれば何とか乗ってみたいものです。

さてさて

本日は「ヤシカエレクトロ35CC」のカメラ修理を行っています。
「エレクトロ35シリーズ」は1960年代~70年代の
ヤシカを代表するコンパクトカメラのシリーズです。
当初から長時間露光に有利な電子制御シャッターを備え
「ろうそく1本の光でも写る」カメラを目指して作られたカメラです。
一部のモデルに例外はありますが
初代から最終の「GX」まで一貫した共通項があります。
「電子制御シャッター・コパルエレク搭載」
「少ない光量でもSSを確保しやすい大口径レンズ搭載」
「電子制御シャッターを生かした絞り優先オート搭載」
「連動距離計搭載」
ざっとそんなところでしょうか…
唯一超小型機である「MC」だけはこれに当てはまらない部分がると思います。
今回の「CC」はそんなエレクトロのラインナップの中で
唯一の35mmレンズ搭載機です。
載せられるレンズはカラーヤシノン35mmF1.8です。
組み合わされるシャッターユニット・コパルエレクは
この機種のための専用設計であり2枚羽根構成となっています。
絞りも2枚羽根で絞り形状も独特のひし形になるので
やはりボケ味を楽しむための大口径ではなく
この時代ならではの暗所でSSを稼ぐための大口径レンズということですね。
絞り優先オート機なので開放で楽しむことはできますが
ちょっと注意が必要なのはこCC搭載のコパルエレクは
最高速1/250なのでシチュエーションがかなり限定されるかとは思います。
とはいえ広角レンズを搭載したこの類のコンパクト自体が
なかなか貴重な存在なので個人的にも非常に好きなカメラです。

お預かりしている「CC」はよくある電池室のダメージも少なく
電池を入れてバッテリ-チェックを押せば煌々とカウンター部が光り
そのあたりには問題はないのですが
肝心のシャッターが切れません。
巻上げてレリーズボタンを押してもうんともすんともいいません。
ただレリーズを押すと再び巻上は可能です。
他のレンズシャッター機でこういう症状だと大部分が
羽根の汚れや油脂による羽根の固着を疑うのですが
コパルエレクに関して通常の使用では
いわゆる羽根粘りはほとんど起こらないことがわかっています。
後からわかりましたが今回も羽根の粘りが原因ではなく
レリーズ機構とシャッターユニットのリンクが上手く
動作しないことが原因でした。
心配される電子制御部分には大きな問題はなさそうですが
かなり動作が不安定なので接点やマグネットの清掃等が必要な状態です。
いわゆる露出計表示はなくエレクトロシリーズ独特の
赤矢印と黄矢印で露出(絞り)の設定を教えてくれる構造です。
シャッターは切れなくてもこのあたりは制御はできてそうですが
残念ながら黄色矢印は玉切れで点灯しないようです。

電気的な部分以外にもレンズ・ファインダーには
それなりに汚れやカビがあり距離計もズレています。
電気的な部分と機械的な部分、それぞれこれから
一通りの分解整備を行っていきます。
整備性自体はこの類のカメラとしては悪くないですが
なにせ70年代初めの電子制御機なので
配線も非常に多くハンダの劣化等もあるので
当然ながら手間は非常にかかるカメラです。
とにかく集中して丁寧に作業を行っていきます。

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ニコンFMのカメラ修理

今日はピンとくるような記念日がないですねぇ
記念日ではないですが今夜から明日の未明にかけて
「ふたご座流星群」がピークを迎えますね。
夏の「ペルセウス座流星群」と並んで
安定して毎年観測される流星群ですね。
数を見ようと思うとやはり日付の変わる夜半過ぎから
明け方になりますよね。
空気も澄んでいて天候と場所に恵まれれば
天体観察には絶好の季節ですが
なにせ寒いので防寒だけはしっかりとしなくてはいけませんね。
私は近年寒いのにはとことん弱いので無理ですねぇ(笑
「ふたご座流星群」とは関係ないかもしれませんが
昨夜の22:05頃、日課のウォーキング中に東の空に
めちゃくちゃ大きな青白い火球を偶然見ることができました。
痕がかすかに残るほどでした。
あんなに明るいのはヒサビサに見ました。
短い願い事なら三度言えたかもしれません(笑
いきなりのできごとだったので
「あっ!」と声が出ただけでしたが…惜しいことをしたかも…

さてさて

本日は「ニコンFM」のカメラ修理を行っています。
1977年発売の中級機です。
キャッチフレーズは「コンパクト・ニコン」です。
それまでのニコマートFT系の後継機ともいえますが
ニコマートに比べると洗練され適度にコンパクトになりました。
レンズとの露出計絞り連動はAi方式とされ
ここだけでもニコマート時代のガチャガチャとは
時代の進化を感じます。
(ニコマート時代にもFT3・EL2はAi方式)
ただし、それまでの非Aiレンズユーザーにも配慮し
Ai連動爪は折りたたむことができ
非AIレンズも装着可能です。
当然ながら開放測光は不可ですが絞込み測光であれば
露出計も使用可能です。
ちなみに後継のFM2ではAi連動爪は固定となり
非Aiレンズは装着そのものが不可になっています。
機能的にもファインダー内に設定SSが表示されるようになり
Aiレンズの刻印の直読窓も装備され
ファインダー内で絞り値も確認できます。
露出計もLED化され進歩しましたが
好みにもよりますがここはFE系のような
指針式にしてほしかったような気もします。

お預かりしている「FM」は
かなり長い間使われずに眠っていた個体かと思われます。
ご依頼者様のおじいさまが使っていたカメラとのことです。
基本的に丈夫なカメラなので
さすがにシャッターは切ることができ
電池もきちんとん抜いてあったので
電池室へのダメージもなく露出計も作動しています。
ただ露出計は接触不良で少々不安定で
指示する値も少しズレてしまっています。
シャッターも一通り全速動作はするのですが
高速SSは精度的に問題があり
低速はガバナ―が粘っていてこちらも精度的問題有りです。
そして内部・フィルム室も含めて
当然ながらモルトは全滅でボロボロに劣化しています。
やはり不安なく撮影に使用するためには
一通りの整備が必要な状態です。

まだ取り掛かり始めですが
これから本格的に分解整備に取り掛かっていきます。
電子制御機で兄弟機でもあるFEと比較されることも多いFMですが
機械制御シャッター機ということで
プリズム周りの基盤等はシンプルです。
しかしながら整備性だけに絞ってみてみると
意外とFEのほうが分解整備は容易だったりします。
糸連動で動作するファインダー内SS表示や
非常にデリケートなLED式露出計周りが
分解整備していく上で非常に手のかかる箇所になってしまっています。
構造自体はシンプルではあるのですが
なかなか一筋縄にはいかないカメラだと思います。
特に露出計周りは非常に神経を使うカメラです。
これから集中して細心の注意を払って整備に取り掛かっていきます。

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ニコンFのカメラ修理

今日は「百円玉記念日」だそうですよ。
1957(昭和32)年のこの日に
日本で初めて百円硬貨が発行されたことが由来となっています。
当時の百円硬貨は戦後初めての銀貨だったそうです。
現行の百円硬貨は1967(昭和42)年発行で
素材は銀から白銅(銅75%・ニッケル25%)に変更されています。
私よりも年上なのですね(笑
でも現行の一円、十円、五十円は現行になってから
もっと長い年月が経っています。
五百円硬貨は比較的頻繁にモデルチェンジされていますね。
現行の百円玉に描かれているのは
日本を代表する桜の山桜(ヤマザクラ)です。
百円玉って響きがなんだか他の硬貨よりも耳に心地よく感じます。
小学生低学年の頃の私のお小遣いが週に百円で
毎週水曜日にばあさんから百円玉を1枚もらっていたのですね。
そしてそれを握りしめて近所の駄菓子屋さんへ向かうというのがパターンでした。
そのせいもあってか「百円玉」という響きに
何だか特別なものを感じてしまいます。
今や百円だとお菓子もろくに買えませんよねぇ(苦笑)

さてさて

本日は「ニコンF」のカメラ修理を行っています。
言わずと知れた伝説の名機ですね。
ニコン初の一眼レフモデルであり
ニコンFマウント初搭載のカメラでもあります。
ベースとしてはそれまでの主力製品であり
トップモデルであったレンジファインダー機
「ニコンSP」の構造を引き継ぎ
SPのボディを左右に二分割してその間に
ミラーボックスを挟んだような構造となっています。
SP時代からそうですがプロ用として酷使されることを
前提として設計されていて
各部品の精度も非常に高い上にオーバークオリティ過ぎでは?と
言いたくなるほどの強靭な部品で各部が構成されています。
故によほどの酷い環境でない限り
致命的な破損、故障の非常に少ないカメラとしても知られ
難しい状況・環境でも最低でもシャッターは切れて
フィルムは巻き戻せる…といったことが
最優先に作られているカメラかと思います。
とはいえ、さすがに発売開始から60年以上経過したカメラであり
ペンタプリズムを蒸着はさすがに剥離しているものが多いですが
強靭な各駆動部の部品は
相変わらずの丈夫さを持ち続けているものが多いと思われます。
ただ、さすがに未整備の状態では
その各部品が正常に動けないような
状態になっている個体が多いかと思われ
とりあえずはシャッターは作動していても
SS精度等も含めて本来の動きを取り戻すためには
一通りの整備が必要なカメラかと思います。

お預かりしている「F」も一通りは動作しているのですが
巻上にスムーズさはなくレバーの戻りも悪い状態です。
シャッターも動作はしていますが精度的にはよろしくなく
測定器でSSをチェックしても高速は精度不良が見られ
低速ではガバナ―の粘りが見られます。
特に何かが破損しているとかいう状況ではありませんが
やはり本来の動きを取り戻すためには
一通りの整備が必要な状況です。

整備を行いながら長く使っていくことを
前提にされているカメラでもあり
当然ながら整備性もよく考えられていています。
画像には写っていませんが組み合わせている
ファインダーはアイレベルファインダーで
さすがにプリズムには腐食が多少見られますが
それほど撮影に問題になるほどの大きさ・酷さでもありません。
もちろんボディ側の整備が終わった後に
ファインダー側もできる限りの清掃整備を行います。
ご依頼者様は発売当時にこの「F」を手に入れて
使うことは少なくなったとはいえ
ずっとこの「F」を大切に持ち続けているそうです。
今回、リフレッシュさせて再び気持ちよく撮影に
使っていただけるように入念に整備を行っていきます。

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コニカオートS2のカメラ修理

今日は記念日制定の少ない日ですねぇ…と思いながら
毎日の日課で調べていたら
「マウスの誕生日」…ん?なんのこっちゃ???と思ったら
パソコンで使う「マウス」のことなのですね!
1968(昭和43)年12月9日、
アメリカの発明家で「ITの父」ダグラス・エンゲルバートにより
マウスやウインドウ、ハイパーテキストなど
パーソナルコンピュータ、インターネットの歴史の出発点ともなる
デモンストレーション「The Demo」が行われたことに由来しています。
そんな前からマウスって存在自体はあるのですね!
私がパソコンに最初に触れたのは中学生の頃の
PC-8801mkⅡSRだから1980年代半ば…その頃には
マウスどころかwindowsもまだ一般的ではなかったです。
windowsやマウスが一般的になったのはやはり
1991年のwindows3.1あたりからじゃないかと記憶しています…
でももう30年以上前の話なのですね。
いまやPCの操作にマウスなしは考えられませんが
ショートカットキーを使ったほうが早い場合も多いので
やたらとショートカットキーを覚えた時期があって
今でも重宝しています。でもマウスないと困りますけどね
今はワイヤレスが主流ですがたまにマウス側やOS側がトラブって
マウスが使えなくなると何もできなくなることもありますものねぇ
そんな感じで今日もエレコムさんの赤いマウスを右手に握りながら
PC作業も行っています。

さてさて

本日は「コニカオートS2」のカメラ修理を行っています。
コニカⅠ・Ⅱ・Ⅲシリーズの後継機である
「コニカSシリーズ」をベースに
露出計受光体をCdSに変更し
さらにシャッタスピード優先オート露出を搭載したのが
「コニカオートSシリーズ」です
「S2」はその2代目のモデルにあたり
CdS受光体がレンズフィルター枠内に移設され
フィルター使用時の露出倍数等の補正が不要となった改良版です。
レンズもヘキサノン47mmF1.9から45mmF1.8へ変更されています。
シャッターユニットはコニカSVAが搭載され
B・1s~1/500をカバーします。
公式な資料はないのですがかなりのヒット作だったと思われます。
…というのもコニカSシリーズ、オートSシリーズで
最もよく見かけるのがこの「オートS2」ですし
実際にこの時代のコニカとしては
この「オートS2」が一番修理依頼も多いカメラだと思います。
実際にSS優先オートも含め非常に使いやすく
ヘキサノン45mmF1.8のレンズの写りも非常の良いカメラです。

お預かりしている「オートS2」は
かなり長い間、ご依頼者の自宅で眠っていた個体だと思われます。
使われなくなってから数十年は経過していると思われます。
まずシャッターが切れない…というより
レリーズボタンが押せません。
おそらくシャッターはチャージされているものと思われますが
レリーズボタンそのものが錆と緑青で完全に固着していて
全く動かない状態です。
溶剤や油を使ってまずはレリーズボタンの固着を解消してみたところ
レリーズはできるようになりましたが
シャッター羽根は定番の粘りでゆっくりとしか動作できない状態です。
全体的にサビや緑青で巻上機構も含めてかなり動きの重い状態です。
レンズやファインダーの状態は比較的良いのですが
それでもそれなりにカビや汚れは付着しています。
水銀電池はしっかり抜いてあって電池室への
大きなダメージはないですがやはり電池室裏のハンダやSW部は
緑青で覆われていて通電せず露出計も不動の状態です。
フルコースで整備が必要な状態かと思われます。

まずは各部の動きを確認しながら分解に取り掛かっていきます。
ここからさらに前板及びシャッターユニットを分離して
機械的な整備を行っていきます。
並行して露出計回路の配線等を必要に応じて交換し
各接点を入念い清掃していきます。
その上で各部の調整を行っていきます。
この時代のカメラなので少し大柄で内部には余裕があり
整備性は良好なカメラです。
見慣れた内部構造ではありますが
細心の注意を払って修理整備を行っていきます。

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オリンパスフレックスのカメラ修理

今日は12月8日…「御事納め」で
関連して「針供養」の日ですね。
ここのブログを始めてほぼ丸8年が経つのですが
毎年この「お事納め」の日になって
それに関するブログを書いていると
なんとなく年末感を感じてしまいます。
この日は農作業など一年の作業が終わる日であり
農事が終わることを祝って行った行事のことも意味するそうです。
この日には、里芋・こんにゃく・にんじん・小豆を入れた
「御事汁」を食べる風習があったそうです。
いいですね。御事汁…素朴な味であったまりそうです。
ちなみに御事納めに対応する御事始めは2月8日です。
この間はお正月あるいは年神さまをお迎えする期間になるわけですね。
そう考えると…昔のお正月…長いな…(笑
あくまで農作業的に御事納めなのでしょうが
ここから御事始めまでは厳しい寒さを耐え忍ぶ時期でもあるのですよね。
現在の社会ではこのあたりからが本格的師走で
年末に向ってラストスパートですね
仕事納めの28日までしっかりがんばります!!!

さてさて

本日は「オリンパスフレックス」のカメラ修理を行っています。
1950年代に到来した二眼レフブームですが
オリンパスはズイコーレンズを他メーカーの二眼レフや
フォールディングカメラに供給しつつ
自社でも二眼レフを発売していて
それが今回のオリンパスフレックスです。
オリンパスフレックスにもいくつか種類があるのですが
特に75mmF2.8の大口径ズイコーレンズを搭載したモデルは
当時としてもかなりの高級機です。

今回お預かりしてるのは最初に出た「Ⅰ型」「BⅡ型」から
少し機能を簡略化した「A2.8型」かと思われます。
搭載レンズは最大の特徴でもある自慢の
ズイコーF.C 75mmF2.8レンズです。
この時代のズイコーレンズは搭載カメラに関係なく
経年劣化で曇っているものが多く
またその曇りは修理不可な場合がほとんどなのですが
今回のオリンパスフレックスは前玉表面に拭き傷は多いものの
曇りはほぼ皆無な状況でコンディションは
かなり良いほうだと思われます。
シャッターはセイコーシャラピッドで
B・1s~1/200・1/400までをカバーします。
ただ、1/400は後のセイコーシャラピッドやMXの1/500と同様で
そのためだけに用意された別の強力なバネで駆動する
シャッタースピードのためリリース時でも1/400に入れるのは
少し重いですしチャージ後は重すぎて1/400に入れることは不可能です。
(もちろん無理に入れてはいけません)
フィルム装填はスタートマーク合わせのセミオートマットです。
「BⅡ」との大きな違いはSS・絞り設定がダイヤル式ではなく
レバー式になっていることとレリーズロックレバーが省略されています。
このため見た目で比較的簡単に判別できます。
レリーズボタンはビューレンズの脇にあり
少々独特ですね。慣れないとついつい探してしまいます。

全体的にはコンディションの比較的良い個体ですが
シャッターの動きに少し粘りがあることと
ファインダーやレンズにそれなりの汚れも見受けられるため
できる限りの清掃整備を行っていきます。
まだ現状を確認しただけの状態ですが
これから本格的に分解整備に取り掛かっていきます。

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ニコンFGのカメラ修理

今日は二十四節気でいうところの「大雪」ですね。
北風が吹いて雪が激しく降り始める頃という意味で「大雪」とされています。
日本海側では雪が降る時期ですよね。
関東ではまだ年内はほとんど雪は降らないでしょうし
今日なんて妙に陽射しが強くて暖かく
ちょっと「大雪」という雰囲気ではないかもしれません。
明日は少し冷えそうですが週末は20度に届くかも…なんて予報が出ています。
なんだかいつまでも季節が落ち着かない感じですね。
それでも今日はともかくとしてもここ数日は
冬らしい寒さが続き少し前まではまだ妙に暖かいと思っていましたが
いつの間にかしっかりした上着とネックウォーマーが
手放せなくなってしまいました。
暑いのも寒いのも本当に困りますねぇ
特に年老いてきてからは寒い季節になると
また血管関連のリスクが高くなると思うと
本当に油断できません…(苦笑)
季節の変わり目なうえ、よくわからない寒暖差もあるので
皆さまも体調管理にはくれぐれもお気をつけくださいませ。

さてさて

本日は「ニコンFG」のカメラ修理を行っています。
絞り優先オート専用機のエントリー機「ニコンEM」をベースに
マニュアル露出、プログラムオートを追加し
なんでもできるフルスペック機に仕立て上げたモデルです。
プログラムオートは絞りを手動で変更すると
プログラムシフトと称してシャッター速度優先オート的にも使用できまする。
そのためAi絞り連動レバーの動きを絞り段数にほぼ比例するよう
改善したAi-Sニッコールレンズが同時期に投入されています。
ただし従来のAiニッコールレンズでもオート露出を可能とするため
ミラーアップ直前に絞り込み測光を行う瞬間絞り込み測光が搭載されています。
いわゆるマルチモード機にするために
なかなか苦肉の策を盛り込んだ形になっています。
この複雑な機構のせいもありシャッター音(正確にはミラー駆動音)が
少々独特で「シャコン」とう感じのFGならではのシャッター音がします。
個人的にはこの駆動音が妙に耳に心地よく
無駄に空シャッターを切ってしまいそうになります(笑

修理する立場としてはなかなか難しいカメラのひとつで
フレキ満載でも比較的シンプルなEMであれば
この類のカメラの中ではまだ何とかなるほうでしたが
FGとなると調整箇所もチェック箇所も倍増し
何かトラブルがあると非常にややこしいカメラです。
お預かりしているFGはご依頼者様が昔から使っているカメラとのことですが
しばらくぶりに使おうとしたところ
電源が全く入らない状態になってしまったようです。
当店でも試してみましたが単純な電池室の接触不良とかではなく
電源SW部に接触不良か何かの問題を抱えていそうです。
EMも含めこのシリーズのカメラは
フィルムカウンターが「1」にならないと
電気的にオンにならないような仕組みになっています。
「1」になるまでは機械的なM90で切れるようになっています。
露出計もオフのままです。

これから本格的に分解整備に取り掛かっていきます。
単純なカウンター部のSW不良とかならいいのですが
まずそのあたりから原因を探っていきます。
電源が入ったところで各機能の動作チェックも行っていきます。
ここで何も問題がない…なんて都合の良いことは大抵はないのですよね(苦笑)
この類のカメラは何にしてもやってみないとわからない部分も多いですし
今回のように電源が入らず動作確認できない状態だと
動作確認ができる状態になって初めてわかるトラブルも多く
それが致命的な場合もあるので
ある程度、先が予測できるまではなににせよ非常に不安です。
まずはひとつひとつ確認しながら修理整備に取り掛かっていきます。

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キヤノネットのカメラ修理

今日は「音の日」だそうですよ。
1877(明治10)年のこの日に
アメリカの発明家トーマス・エジソンが
自ら発明した蓄音機「フォノグラフ(Phonograph)」で
「メリーさんの羊…」の音を録音・再生することに
成功したことに由来しているのだそうです。
そのため、この日はオーディオの誕生日ということになるのだそうです。
フィルムカメラ好きな方にはオーディオ好きな方も多そうですね。
特に私たちの世代はレコードやCD、あるいはFMラジオ等から
好きな音楽をテープに録って聴く…というのを体験している方が多いので
マニアではなくても多少はオーディオの知識を持っている方が多いと思います。
私もマニアではありませんがいまだにレコードが聴ける環境は
維持していてCDと並行して比較的頻繁に聴いていますし
それなりのアンプやカセットデッキが
いまだにシステムに組み込まれていて
現在も元気に稼働しています。
デジタル化して音源もあって携帯とかで聴くには非常に便利ですが
レコードを拭いてスタイラスクリーナーで針先もキレイにし
アンプに灯を入れてレコード針をそっと落とす…って行為は
いまだにやっていて楽しいですね!
マニュアルカメラで露出決めて
ピント合わせてシャッターを切る…に通じるものがありますね。

さてさて

本日は「キヤノネット」のカメラ修理を行っています。
創業以来、フォーカルプレーンシャッターの
高級レンジファインダー機を手掛けてきたキヤノンが
初めて世に送り出した中級レンズシャッター機です。
以下、キヤノンのサイトから引用
「高級カメラメーカーが手掛ける
中級35mmカメラとの期待と、明るいf/1.9レンズ付きで2万円を割るとの
予告情報から、カメラ業界は一斉に反発したが
1961年1月無事に発売され、1週間分の台数が僅か2時間で完売という
快記録を残し、キヤノネットブームが沸き起こった。
2年半後実販累計100万台を記した。」
まさに社会現象となった伝説のカメラです。
上記の通りで大口径レンズを搭載し
セレン光電池式の露出計を装備し連動して
シャッタースピード優先オート露出まで搭載
露出計情報はEE時のみだがファインダーに表示され
もちろんレンジファインダー装備で
マニュアル露出も可能、
シャッターはコパル製でSSは1/500~1s・B…等々
レンズが固定式である以外は
当時の最先端を行く機能を満載した上で価格破壊的な設定で
発売されたキヤノネットは爆発的ヒットを記録します。
キヤノネットの登場は1940~50年代にたくさん誕生した
大小の多くのカメラメーカーを低額化・高機能化の面でぶっちぎり
ついていけなくなった多くのメーカーが
倒産・撤退するきっかけとなったとも言われています。
ただし内部を見てみればわかりますが
安っぽい造りやちゃちな部分は微塵もなく
非常に精巧に効率よく組み上げられた機械であることがよくわかります。
それだけまだこの時代は生産や内部構成の効率化は
進んでいなかったということかと思います。

お預かりしているキヤノネットは長らく眠っていたものかと
思われますが比較的レンズの状態も良く
大切に保存されていたことが伺えます。
ただファインダーはクモリが酷く
シャッター羽根・絞り羽根が粘りがあり
ピントリングもかなり重い状態です。
さすがに動かしていなかったため
あちこちで動きの悪い部分が多発していると思われます。
ちゃんと目覚めてもらうには
全体的にリフレッシュさせる必要がある状態です。

心配されるセレンの起電状況も悪くなく
そのままではダメですが調整で充分に精度が出せる状態です。
巻上レバー、巻き戻しクランクも底部に配置されているので
上カバー部は非常にすっきりしたデザインです。
そのレリーズボタンとカウンター窓しかない上カバーに
筆記体で「Canonet」の文字…なんともレトロでオシャレです。
この時代なのでコンパクトカメラというには
少し大柄で重いですがその分しっかりと作られていて
内部的にも余裕があり整備性も良好です。
内部も分解整備を行い調整することを前提とした造りになっています。
個人的にも非常に良いカメラだと思います。
これから入念に各部の清掃整備を行った上で調整を行っていきます。

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ミノルタX-700のカメラ修理

今日は「カレンダーの日」だそうですよ。
1872(明治5)年に太政官布告で
太陽暦が採用されることとなり
明治5年12月3日(旧暦)が
1873年(明治6年)年1月1日(新暦)となったのだそうです。
新暦になって150年になっているのですね。
季節的にも来年のカレンダーを準備する時期です。
壁掛け用には恒例の「カープカレンダー」を既に入手済みですし
卓上はありがたいことに毎年お客様から
お送りいただいているものがあり
これも既に来年のモノをいただいているので
カレンダーに関してだけは来年の準備は万全です!
こうして年の変わり目を意識することが毎日増えていくと
今年ももうすぐ終わりだなぁ…という気持ちが盛り上がってきますね
さぁ、あと4週間ほどのラストスパートです!

さてさて

本日は「ミノルタX-700」のカメラ修理を行っています。
1981年に発売され
かなりの長期間にわたり
ミノルタのMF一眼レフカメラの頂点に君臨したカメラです。
機能的には中級機クラスに該当しますが
新設計のフレーム+ユニット化された横走りシャッターを搭載し
非常に使いやすく、またミノルタらしく使い心地の良いカメラです。
ミノルタX3桁機種として最上位のカメラでもあり
1985年には社会現象ともなるAF一眼レフのαシリーズが登場し
主役の座を譲りながらも1999年まで
18年もの間、存在し続けたロングセラーモデルです。
マニュアル露出、絞り優先オートに加え
プログラムオートも搭載した
初心者から上級者まで幅広い層に支持され続けたカメラでもあります。
使い勝手が良い上にロングセラー機で現存台数が多いこともあり
現在でも人気の高いカメラでもあります。

当店で扱えるカメラとしてはこのX-700あたりが
最も新しい世代のカメラとなります。
80年代の電子制御機なので
シャッターの制御が全くできないものに関しては
修理不可能な場合もございます。
ただ致命的な電子制御トラブルは比較的少ないカメラです。
やはり大抵のトラブルの原因は機械的なものだったり
接点の接触不良等が原因の場合も多く
それであればまだ対処が可能という状況です。

お預かりしている「X-700」は電源は入り
シャッター半押しでファインダー内の露出計表示は反応するものの
シャッターは全く切れないという状況です。
なかなか判断の難しい状態です。
シャッターが切れないこと自体は
マグネットの吸着状況の問題である可能性が高く
それであればマグネットの清掃整備で何とかなると思われますが
電磁レリーズの制御が原因であれば修理不可能となります。
またレリーズの問題がクリアできたとしても
シャッターの制御に電気的トラブルがあればお手上げの可能性もあります。

まだ上下カバーを外しただけの段階です。
こればかりはもうやってみないと何とも言えません。
妙な分解とかショック品ではないので
おそらく何とかなる確率のほうが高いとは思いますが
まずはできることから試してみて
ひとつひとつ動きを確認していきたいと思います。

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